葆光彩磁花瓶②
警視庁に戻ってみると、折り良く、静岡県警から幾つか捜査結果が届けられていた。松永典久が、母親の死亡保険金を受け取ったかどうかは、静岡県の捜査でもはっきりとしなかったが、もうひとつの捜査依頼だった血縁者を見つけてくれていた。
松永の父親は既に他界していた。父親は松永の母親と離婚後に再婚しており、後妻との間に子供が一人いた。この後妻の子の協力のもと、DNAを採取し、検体が警視庁に送り届けられて来た。これで白骨遺体のDNAと照合することが出来る。血縁関係が認められれば、白骨遺体は松永典久のものであると断定して良さそうだ。
また、小田島が所有する花瓶の桐箱から採取した指紋が、松永家の遺留指紋のひとつと合致した。やはり、岐山の指紋ではなかった。松永の指紋であると見て間違いなさそうだった。
後はDNAの照合結果を待つだけだ。
捜査員注目の中、DNA鑑定が行われ、遺体から採取したDNAと後妻の子のDNAの間に血縁関係が認められた。白骨遺体が松永典久のものであることが確定的となった。
松永典久は殺されて床下に埋められた可能性が高い。こちらも殺人事件として捜査されることになった。
白骨遺体の身元が松永であることが分かった今、捜査に出たかったが、竹村が行方不明だった。
「すいません。何処で油を売っているのでしょうね」と吉田が申し訳なさそうに言った。
「なあに、彼のことだ。情報を求めてさまよっているのさ」
「さまよってばかりですけどね」と吉田が言った時、「おい、ついに決定的な証拠が見つかったぞ!」と姿を消していた竹村が戻って来た。
「先輩! どこで油を売っていたのですか?」早速、吉田が批難する。
「油を売っていたとは、何だ。優秀な捜査員は常に最新の情報を求めて、走り回っているものなのだよ、吉田君」
私の言った通りだ。
「で、どんな証拠が見つかったのですか?」
「金本が松永さんを殺害した証拠が見つかった」
「松永さん殺害の犯人が金本である証拠が見つかったのですか⁉」
「だから、そう言っている。鑑識が床下から灰皿を見つけたのを覚えているか? 遺体のそばに埋められていたやつだ。白骨遺体の頭骨に残っていた裂傷と灰皿の形状が一致したことは、お前も知っているよな。灰皿が凶器と見て間違いない。泥まみれだったが、鑑識で泥を取り除いて調べたところ、血液反応が出た。これを白骨遺体のDNAと照合したところ、一致したそうだ」
「なるほど。それで、金本が犯人である証拠と、どう繋がっているのですか?」
「まあ、慌てるな。犯人は血のついた手で灰皿を触ったようだ。灰皿についていた血痕に指紋が残っていたんだ。それを金本の指紋と照合したところ、それが一致した」
「松永さん殺しの犯人は金本で決まりですね」
もともと動機がはっきりとしない見立てではあったが、これで村田が松永を殺した線は無くなった。松永殺しの犯人は金本だったのだ。
「おうよ! 金本が松永さんを殺害して壷を奪った。そして、松永さんの関係者が復讐の為に、金本一家を殺害した。その線で間違いない!」
「村田はどうでしょう? 何せ、やつはムショに入っていた訳ですから、復讐したくても出来なかった。今まで復讐しなかったことの説明がつきます。」
刑務所で松永の死を知った村田は復讐の炎を胸に刑期を勤め上げた。そして、出所後に松永が金本に殺されたことを調べ上げ、一家殺害に及んだ――と考えれば、辻褄があう。床下を掘り起こしたのも村田だろう。
だが、松永の復讐の為に、村田が金本一家を殺害したとすると、二人はよほど強い関係で結ばれていたことになる。松永と村田の結びつきが強ければ強いほど、その痕跡がどこかに必ず残っているはずだ。
「良いねえ~ヨッシー君。当然、やつも容疑者だ。松永さんと村田の関係を証明できれば、やつを引っ張って来ることができる」
「或いは、金本と村田の関係を証明することが出来れば、松永さんの事件と関係なくても、村田を呼んで話を聞くことくらいは出来ますよね」
「ほう~言うね。パーフェクト・ヨッシー君と呼んでやろう。うひひ」
「止めて下さい」吉田は心底嫌そうな顔をして見せた。
金本の過去を洗ってはいたのだが、有限会社ヤマケンをクビになってからのことが分からなかった。ギャンブルに狂い、かつての同僚だった吉村と競馬場で出会ったことは分かっている。性質の悪い借金を抱えていたようで、金本が村田と知り合ったとすると、この時期である可能性が高いのだが、どこから金を借りたのか分からなかった。闇金融から金を借りたとすると、いくら調べても、何も出てこないだろう。
あれから十五年以上の年月が経っている。昔の借金のごたごたが、一家惨殺に繋がっていると考えるのは無理があった。
「借金の線はひとまず置いておいておこう。先ずは、松永さんの線から、村田との関係を洗ってみるとするか!」竹村が元気良く言う。
金本が花瓶を売って金に変えた時期と、松永を殺害された時期は符号しているはずだ。
「どこから手をつけましょうか?」
「俺に少々、考えがある」竹村が胸を張る。「ビルのオーナーから、松永さんは保護司をしていたとことがあると言う話を聞いたじゃないか」
「ああ、そうか。保護司の線から、松永さんの過去を洗ってみる訳ですね」
「そうそう、君、理解が早いね。俺は好きだよ、頭の回転が早い人間は――」
「先輩に気に入られてもなあ・・・」
「まあな、どうせなら可愛いお姉ちゃんに気に入られたいよな。まあ、せいぜい頑張んな、吉田君。当時、東京都の保護司会の会長をやっていた高沢さんと連絡を取ってある。どうだ? 俺が油を売っていた訳ではないことが、よく分かるだろう」
なるほど、保護司の線が残っていた。感心した。私の薫陶よろしく、竹村は才能を開花させつつある。
「うひひ。さあ、行くぞ! 俺が運転する」と竹村が飛び出した。
「あっ!先輩。待って下さいよ~」吉田が、すいませんと手を上げながら後を追う。
私も慌てて後に続いた。




