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名探偵の回顧録  作者: 西季幽司
回顧録(二)「消えた篤志家」
25/72

白骨遺体⑥

 外部から見えないように、車のシートに深々と腰かけた。

 これから、やつが動くかもしれない。夕食には少し早かったが、木村に買ってきてもらった海苔弁当を手早く掻き込んだ。食事を済ませ、爪楊枝を使った後、胸ポケットを戻すのを見て、木村が眉をしかめた。衛生的でないし、自分でも悪い癖だと分かっている。それでも止められない。癖なのだ。

 今日は竹村たちと別れ、木村と共にアパートで張り込みをしていた。

 男が出て来た。勘の良い男で、張り込みに気が付いたようだ。アパートの前で、暫く立ち止まって逡巡していたが、やがて吹っ切れたように歩き始めた。

「やっこさん、気がついたみたいですね」体格の良い木村はシートに沈み込んでも、外から丸見えだった。

「ちっ! 一筋縄では行かない野郎だと思っていたが、やはり手強いな。随分、修羅場を踏んでやがる」思わず舌打ちしてしまった。

「そりゃあ、やっこさん、やくざ者で、前科持ちですからね。しかも、殺しで、刑期を終えて出て来たばかりです。人一倍、鼻が利くに決まっています」

 蔦マンションの真向かいにあるアパートで聞き込みをかけた時、住人の一人が気になった。刑事である以上、証拠を集めることが肝要だが、時として刑事の感がものをいう時がある。男を見た時、ピンとくるものがあった。防犯カメラの映像にあった男と特徴が一致していたからだ。靴が一足しかなかったことや、日雇労働者だと言った割に、働いている様子が無かった点も気になった。

 賃貸契約を調べてみたところ、村田勇という男であることが分かった。

 そして、村田の経歴が調べて驚愕した。何と殺人罪で十六年、府中刑務所で刑に服し、半年前に釈放されて出て来たばかりだったのだ。

 村田はかつて、広域指定暴力団「玄武会」の構成員だった。組同士のいざこざから、敵対する組織の幹部を殺害し、服役していた。やくざ同士の殺し合いだ。短ドスと呼ばれる短刀で、相手を滅多刺しにしており、殺し方が残虐だと言う理由から、十六年間、服役していた。

 出所したばかりだとすると、家に家具がなかったことは頷ける。

 捜査会議で、村田の経歴を報告すると、暫く様子を伺ってみろということになった。

「日雇いのバイトに出ていると言っていたが、働きに出かけるのかな?」

 村田は手ぶらで、木村たちが張り込んでいる車と逆方向に、ぶらぶらと歩いて行った。時刻は夕刻だ。夜勤の仕事に出るには、丁度良い時間だ。

「買い物か、夕飯を食べに出るだけかもしれません。後をつけますか?」

「俺たちは面が割れているからな。距離をおく必要がある。それよりどうだ? やつの歩き方は? 俺には右肩がやや上がっているように見えるが・・・」

「はい。僕にも右肩が上がっているように見えます。やつですよ。あれだけ手際よく、一家三人を殺害しているのです。やつしか考えられません。やつが金本一家惨殺の犯人に違いありません」

「決めつけは止めろ!」と木村を叱っておいてから、「まあ、そう焦るな」となだめた。「思い込みは禁物だ。だが、やっぱり歩くときに体が左に傾いているよな。科捜研の報告と特徴が一致している」

 体格の良い木村はこれ以上、無理だと言うくらい、運転席に沈み込みながら、「ええ」と苦しそうに頷いた。

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