白骨遺体②
田端文士村記念館の中田が言ったように、岐山は自分が死んだ後、松子が前妻や前妻の子供たちから、不当な扱いを受けることを心配していたのだ。屋敷から追い出されないように、生前、登記を変更し、葆光彩磁花瓶を隠しておくように言っておいた。
「それで、松子さんが亡くなった後、花瓶はどうなったのですか?」ここが肝心なところだ。
「松子が死んだ後、直ぐに家屋敷を押さえに行きました。ところが、あの女、遺書を残していて、たまたま、あの屋敷に下宿していただけの見ず知らずに若者に、全てを譲ってしまったのです。私たちには一円だって渡したくなかったのでしょう。全く、執念深い女でした」
「全財産ですか・・・」流石に、竹村も絶句した。
生前、松子は岐山の前妻や子供たちに、余程、酷い目に遭わされたと言うことだろう。全ての財産を赤の他人に譲り渡してしまった。
「あの女、被害妄想で、完全に狂っていました」
「屋敷に下宿していた若者に全財産を譲った訳ですね。その若者の名前は分かりますか?」
「名前? 何だったかなあ・・・親父から聞いた話ですからね。静岡辺りの田舎から、東京の大学に進学して、松子の家に下宿していた学生だそうです。ん? 松子・・・そう言えば、松なんとかと言う名前だった様な気がします。ああ、そうだ。松永だ。松永と言う名前でした」
「松永さんですね。下の名前は分かりませんか?」これで松子と松永が完全に繋がった。
松永は無人となった板倉邸を買い取ったのではなく、たまたま松子の家に下宿していて、全財産を譲り受けたのだ。後は松永と金本の繋がりを証明するだけだ。
「名前までは覚えていません。記念館の人間に調べてもらえば分かると思います。電話、かけて調べてもらいましょうか?」板倉は言う。記念館の創設に当たり、岐山が生前、使用していたものを幾つか、松永から借り受けた記録があるというのだ。
「是非、お願いします」竹村が答えると、板倉はその場で電話を掛けて、記念館の職員に調べさせた。折り返しの電話を待たされたが、予想通り、「松永典久と言う名前でした」と言う答えが返って来た。
「縁も縁も無い人物が、岐山の貴重な遺品を相続してしまった。だから、岐山の遺品は散逸してしまった。私のような子孫に残してくれていれば、大事に保管しておいたのに」板倉は悔しそうに言った。
「散逸? どういう意味でしょうか?」
「松永という男はろくに働きもせずに、遺産を切り売りして暮らしていたようです。岐山は人気がありますから、岐山関連のものなら、何でも飛ぶように売れた。松子に当てた手紙なんかも売りに出ていたのですよ。おまけに屋敷の庭まで売り払った。あそこは岐山の窯のあった貴重な場所なのに。今じゃあ、上にビルが建っています」
庭に建てられたビルのオーナー、斉藤から直接、話を聞いている。確かに、松永から土地を買ったと言っていた。
「葆光彩磁花瓶が市場に出た時、出所は松永だと思いました。あいつが花瓶を持っていることを知っていたら、いや、売りに出たことに気づいていれば、法的措置を取るなり何なりして、松永の手から花瓶を取り返すことが出来たかもしれません」
板倉の愚痴が続いた。




