蔦マンション一家惨殺事件②
私が現場検証を終えた頃、警視庁から二人の刑事がやって来た。
「タケちゃん、早いね。この事件、タケちゃんが担当してくれるのかい? タケちゃんなら、こっちもやり易いよ」
顔馴染みの竹村刑事だった。警視庁捜査一課の刑事だ。
竹村刑事は百八十センチを超える身長、学生時代に野球に熱中してだけあって、筋骨隆々の逞しい体だ。目が細く、やや額が突き出ているので、一層、小さく見える。団ごっ鼻にぶ厚い唇と、いかにも男臭い風貌だ。
過去に一度、竹村刑事と一緒になったことがある。気の良い若者で、雑に見えて結構、細かいところがある。
「ヤマさん。お久しぶりです。そう言ってもらえると、光栄です。ああ、こいつ、会ってましたっけ? 吉田です」
竹村はそう言って隣の青年を紹介してくれた。「初めまして。吉田です」と青年は小さく頭を下げながら、「タケちゃん? 先輩。僕もタケちゃんと呼んで良いですか?」と小声で竹村に囁いた。
「ダメに決まっているだろう。俺のことは、殿下と呼べ! うん、殿下、良いな。刑事のあだ名っぽい」竹村は「うひひ」と甲高い声で笑った。
吉田は竹村の六つ下だそうで、スラリと背が高いが、竹村と並ぶと、流石に小さく見えてしまう。細身で目付きが鋭く、見るからに頭が切れそうな面構えだ。一重瞼で、ぐっと吊り上った眉毛がりりしい。笑うと目が線のように細くなった。
竹村は誰とでも上手くやって行けるタイプだが、吉田とは気が合いそうだった。
ああ、何故、ヤマさんと呼ばれているのか説明しておくか。言っただろう。霜村陽昇は本名じゃないって。ヤマさんって、いかにも名刑事のあだ名って感じだろう?
「現場の状況を教えてもらえませんか?」と竹村が言うので、分かっていることを教えてやった。
「被害者は金本信吾、四十二歳、そして、その妻、美紀、三十八歳と一人娘の葉月、三歳の三人。旦那は無職のようだ。美紀は北千住にあるバーで働いており、その収入で暮らしていたらしい。一家は資産家で、金を持っていたと言う話がある。
死亡推定時刻は今朝の六時から八時の間。死因は見ての通り、鋭利な刃物による刺殺だ。凶器は見つかっていない。犯人が持ち去ったんだろうな。金本信吾、美紀、葉月の順で殺されたようだ」
竹村と共に廊下の金本信吾の遺体から順に、遺体の状況を確認した。
「幼子まで手にかけるなんて、冷酷非情な犯人ですね」と竹村が言ったね。やさしいやつなのだろうけど、刑事に同情なんて禁物だ。必要なのは犯人同様、冷酷に事実を見つめる目なのだ。
遺体の確認が終わると、「ヤマさん。匿名の通報で事件が発覚したと聞きました。通報者の特定は出来ているのでしょうか?」と竹村が尋ねて来た。
「生憎、携帯電話からの通報だったようだ。直ぐに通報者を特定することが出来たのだが、ガイシャである金本美紀さんの携帯電話からかけられた電話だった。通話記録に残っている声は男性のもので、ガイシャのものではなかった。犯人が三人を殺害後、ガイシャの携帯電話を使って警察に通報したのかもしれないな」
「犯人が被害者の携帯電話を使って通報したのですか?」
「変だが、そうとしか考えようがない。自分で殺しておいて、通報するなんて、変わった犯人だ。携帯電話は鑑識が持ち帰って指紋を調べている」
「まるで我々に挑戦を挑んでいるかのようですね・・・」
そう言われると、そうだ。
――どうだ!掴まえて見ろ。
と犯人から挑戦されている気がした。猛然とファイトが湧いてきた。ファイトが湧いたって、 言い方が古かったかな。やる気が出て来たってことだ。