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名探偵の回顧録  作者: 西季幽司
回顧録(一)「蔦マンション一家惨殺事件」
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松永久秀の末裔②

 部屋を出てから、木村に聞いた。「見たか? 部屋の中、がらんとしていた。靴も一足だけしかなかったし、あそこで暮らしているにしては妙な雰囲気だった」

 男がドアを閉める瞬間、素早く部屋の中を覗き見しておいた。こういう観察力が事件を解決に導くのだ。

「日雇い労働者にしては、このアパートは少々、贅沢なんじゃありませんかね」

 木村が鋭いことを言う。無口な男だが、たまに出てくる言葉は何時も適切だ。

「だな。背丈も俺より少し高いみたいだから、百七十五センチ以上はあるだろう。細身だし、履いていた靴と言い、防犯カメラの映像にあった男と特徴が一致している。で、どうだった? 歩く時に、上体が左側に傾いていたか?」

「流石にそこまでは分かりませんでした」

「そうか、いずれにしろ、要注意だな。表札に名前が無かった。アパートの管理会社に当たって、住人の素性について、調べておこう。あの面構え、気になる」

 結局、この時の私の直感が事件を解決に導くことになる。

 隣へ、隣へとカニ歩きしながら聞き込みを行ったが、どこも留守だった。

「スーパーに回ってみるか。一応、話を聞いてみよう」

 我々はアパートを後にした。

 近所のスーパーに行き、店員に、ここにアパートの三階に住んでいる従業員がいるはずだと聞くと、「ああ、園田さんだと思います。ほら、あそこにいます」と男を指さした。

 棚の商品に値札を貼っていた。四十代に見えるが、若者のような長髪だ。清潔感が必要なスーパーの店員らしくない。中肉中背で、目と鼻が見事なYの字を描いている。

 警察手帳を見せると、「ああ、ちょっと、そのまま」と私の警察手帳をじっくりと覗き込んだ後、眉をひそめた。

「木曜日の朝、対面のマンションで怪しい人物を見ませんでしたか?」と尋ねると、「朝、朝は何時もばたばたしているので、対面のマンションなんて、気にする余裕なんて無いよ」とぶっきらぼうに答えた。

「出勤時はどうです?」

「さあ、特に見なかったな」

「木曜日に限らず、近所で怪しい人物見たりしていませんか?」と尋ねると、「あんた」と短く答えた。

「物音はどうです? 近所で――」と質問を続けようとすると、「刑事さん。もう良いですか? 仕事中なので」と話を打ち切られてしまった。

 我々を無視して、黙々と仕事を始めた。

「捜査協力は市民の義務だが、ああいう非協力的なやつもいる」と愚痴ると、「仕方ありません。職場に刑事が尋ねてくれば、周囲に、あいつ、何かやったんじゃないかって思われてしまいます。誰だって外聞が悪いですからね」と木村が妙に分別臭いことを言う。

 こうした冷たい扱いを受けることが多い職業なのだ。それでも、我々は犯人を確保すべく、日夜、捜査を続けている。

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