松永久秀の末裔①
さて、翌日、午前中、竹村たちと別れて、木村と一緒に現場マンション近隣の聞き込みを行った。
木村は西新井警察署の刑事で三十代、柔道の有段者とあって、縦にも横にも大きい。小さな目が獲物を追う猟犬のように鋭い。
道路を挟んで向かいにアパートがある。そこの住人から聞き込みを行うように指示を受けていた。事件当日の朝、エントランスの防犯カメラに怪しい人物が映っていた。その人物の目撃証言がないか聞いて回るのだ。三日前にも別の捜査員が聞き込んで回っている。新たな目撃情報が無いか、もう一度、確認するのだ。こうして、一見、無駄に見える地道な捜査が、時として実を結ぶことがある。
ただ闇雲に聞き込みを行っても意味がない。そこで私は考えた。
位置的にアパートの東半分、二階以上だと道路に面したベランダからマンションのエントランスが丸見えだ。そこから聞き込みを始めることにした。
二階から聞き込みを始めた。日中の昼間とあって、留守が多かった。やっと顔を出してくれた若くて小太りの主婦は「朝の七時過ぎですか。朝食を食べていました。もう少し後だと、洗濯ものを干す為にベランダに出ていたんですけどね~」と呑気に答えた。
収穫がないまま、三階へと移動した。
三階の東から二番目、三番目の部屋辺りが、蔦マンションのエントランスが正面に見える絶好の部屋だ。先ずは二番目に住んでいる住人を尋ねた。
何度かチャイムを鳴らしたが応答がなかった。
諦めて隣の部屋に移る。こちらも何度かチャイムを鳴らしたが応答がなかった。ダメかと諦めかけた頃、「はい」と部屋の中から返事があった。ガチャリとドアが開く。男が顔をのぞかせた。短く刈った頭に白いものが目立ち始めているが、まだ四十代だろう。目付きが異様に険しい。右の眼の上の眉毛が、丁度、真ん中辺りで切れている。切り傷の跡のようだ。尋常ならざる過去を暗示しているかのようだった。
「お休み中、すいません。警察のものです。幾つかお伺いしたいことがあります。宜しいでしょうか?」
「何でしょう?」男は靴を突っ掛けて、廊下に出て来た。部屋の中を見られたくないのだ。
私のアンテナがビビっと反応した。
「先週の木曜日に、向かいのマンションで事件があったのをご存知ですか?」
「ニュースを見ました。何でも人が殺されたとか。犯人は捕まったのですか?」
「いえ、犯人逮捕にご協力頂きたくて、こうしてお話を伺って回っています。先週、木曜日、向かいのマンションで何か変わったことを見たり、聞いたりしませんでしたか? 不審な人物がマンションに入るのを見たとか、物音を聞いたとか」
「先週の木曜日の朝ですか・・・さあ、寝ていたと思いますので、隣で何かあったとしても、気が付かなかったと思います。ましてや向かいのマンションだと、分かりませんね」
声が上ずっている。警察官を前に緊張しているのか?
「何故、朝だと?」
先週の木曜日と言ったが、朝とは言っていない。
男は焦った様子で答えた。「いや、その、ほら、ニュースで早朝だと言っていたので」
私のアンテナがビリビリ震えている。
「なるほど、そうですか。夜遅いお仕事ですか?」
「えっ? 何故です」
「いえ、朝、六時から八時くらいの間に事件が起きたと考えられています。普通のお仕事だと、その時間は仕事に出かける準備をしている時間かなと思いまして」
「ええ、まあ。昼間は寝ていて、夜、仕事に出ています」
「ああ、それで。夜間警備か何か、夜間のお仕事なのですね?」
「道路工事の日雇いですよ」
「でしたら、夜中に働いて、朝方に戻って来るのでは?」
「まあ、そうです」
「六時から八時と言うと、帰宅される時間では?」
「ああ、まあ、そうです」
「何か見ませんでしたか?」
「先週の木曜日は休みでしたので、朝寝坊をしました」
「そうですか。木曜日以前でも結構です。向かいのマンションで何か変わったことはありませんでしたか?」
「特に気にしたことがありません。すいません」
「いえ、失礼しました。何か、思い出したことがあれば、些細なことでも構いませんので、ご連絡下さい」
男に名刺を渡しておいた。
「分かりました」男は返事を待たずに、「じゃあ」と部屋に戻って行こうとした。
「ああ、すいません。お隣さん、お留守のようですが、何時頃、お戻りか分かりませんか?」と尋ねると、「今の時間なら、近所のスーパーにいると思いますよ」と男が答えた。
「近所のスーパー?」
「そこで働いているようです。何度か買い物に行ってみかけましたから」
「親しいのですか?」
「いえ、話をしたことはありません。もう良いですか?」
「結構です」




