板倉岐山の壺④
板倉松子の戸籍を洗って見た。
松子は五十八年前に病没していた。中田の話通り、岐山と暮らした田端の家屋で病死したようだった。
板倉松子、旧姓、香椎松子は戦中と戦後の混乱期に、両親と二人の兄を失った。天涯孤独の身の上だった。岐山の三度目の妻となり、板倉姓となった。岐山との間に子供はいなかった。再婚もしていない。松子の遺産を引き継いだのは誰なのか、戸籍からは分からなかった。
終の棲家となった田端の家屋の所有者を調べてみると、松子の死後、松永典久と言う人物が所有者となっていた。家屋敷は現在も松永の所有のままだ。
「松永!?」
つい最近、その名前を聞いたばかりだ。金本慎吾は松永久秀のお宝だと言って、西浦竜玉堂に壺、いや花瓶を持ち込んだ。
私のアンテナにビビっと来た。こうした、ちょっとした思いつきや直感が、事件を解決に導いたりする。
「松永繋がりで、偶然かもしれないが、探ってみた方が良いかもしれない」
そう言うと、竹村は「何か出るかもしれませんね」と言って、「うひひ」と笑った。
松永典久のもとへ事情を聞きに行くことにし、その前に鑑識に寄って、何か新しい情報がないか確かめることにした。
「私が行って確かめてみよう」
私は警察組織で顔が広い。竹村に任せるより、遙かに多くの情報を仕入れることができる。鑑識課に顔を出すと、青田がいた。青田は四十代、短く刈り上げた髪に四角い顔、鬼瓦のような顔で、暴力団等の組織犯罪を専門にする組織犯罪対策部、俗にいうマル暴にでもいそうな面相だが、こう見えて鑑識のようなちまちまとした作業が得意な男だ。
「青田さん。何か新しい発見があったかい?」と聞くと、「おう。幾つかあったぞ」と鬼瓦のような顔で笑った。
「先ずは下足痕だ」と鬼瓦は言う。
犯行現場で見つかった犯人のものと思われる下足痕の復元が完了したと言うのだ。
部屋の中、それに廊下から血の着いた下足痕が見つかっているのだが、どれも犯人が拭き取った跡があった。科捜研ではこれらの下足痕を採取、分類し、識別が可能であった部分を組み合わせ、下足痕を復元することに成功していた。
「下足痕は運動靴らしい。市販の量販品で、購入者を特定することは難しいそうだ」
「まあ、下足痕は期待薄だったので、仕方ない。他にはどうだ?」
「例の防犯カメラの映像を解析した結果、分かったことがある」
「犯人の正体が分かったのか!?」
まだ、犯行時刻に防犯カメラに映っていた人物を特定できていない。フードを目深に被り、防犯カメラに映らないように気を遣っていた。現時点で第一容疑者と言えた。
「まさか、あの映像から人相を割り出すのは無理だ。映像から身長を割り出すことが出来た。身長は百七十五センチから百八十センチの間だ。それに、不審人物の動きを解析した結果、歩く時に上体が僅かに左側に傾いていることが分かった。つまり、歩くときに左肩に比べて、右肩がやや上がっていると言うことだ。そういうやつがいたら、防犯カメラに映っていた人物の可能性が高いと言うことだ」
「身長百七十五センチから百八十センチ、歩くときに右肩が上がっているやつを見つければ良いんだな」
「そう言うことだ」
「何かあれば、また教えてくれ」
「了解、了解」
鬼瓦が手を振ってくれた。
記憶をまさぐった。身長百七十五センチから百八十センチ、歩くときに右肩が上がっている人物。現時点で、その特徴に符号する人物とは会っていないはずだ。事情聴取で会った人物の特徴を押さえておくことが重要なのだ。
竹村たちのもとに戻り、松永家へ向かうことにした。
途中、鑑識から聞いた情報を二人に伝えた。
「事件関係者の中から、身長百七十五センチから百八十センチ、歩くときに右肩が上がっているやつを探す訳ですね。今のところ、特徴に合致する人間はいなかったような気がします」
竹村も同じことを考えた訳だ。やはり優秀な刑事なのだ。
「漠然とした話だな」と言うと、「何もないよりはましです。ははは」と竹村は笑い飛ばした。




