運命の赤いピン
白馬に乗った王子さまは、きっとどこかの樹海で彷徨っているのだろう。
スマートフォンを持っていれば地図アプリで直ちに検索をして私の元へ来てほしいのだが、白馬に乗って移動している時点でそれは期待できない。
いつか、どこかで出会えたらいいな~と思いながら生きてきた結果、気付けば40歳になっていた。
恋人がいない歴=年齢
これまでよくもまぁ、誰の目にも止まらず生きてこれたと自分でも感心する。
恋が始まる瞬間…
その場に立ち会ったことはある。
会社の飲み会でお酒に酔った後輩の美咲ちゃんはコクリ、コクリ、と頭を前後左右に揺らし舟を漕いでいた。
斜め向かいに座っている私は「大丈夫かな?」と美咲ちゃんを見ていると、
彼女の頭はその隣に座っている私と同期の藤森くんの肩にコツンっとぶつかった。
美咲ちゃんが目を覚まし、驚いた表情で隣にいる藤森くんを見る。
一瞬見つめ合った2人はすぐに恥ずかしそうに微笑み合った。
私は「あー、今、絶対好きになっただろうな~」と一人静かに恋の始まりを感じていた。
それから1年後、私は2人の結婚報告を聞くことになる。
周りでは起きるけど我が身には起こらない都市伝説的なもの。
私にとっての恋愛は都市伝説そのものなのだ。
恋が始まる予感は私にもあった。
合コンで知り合った消防士とは食事の約束をして、連絡が途切れた。
久しぶりにメッセージが来たと思えば、
奈々さん、お久しぶりです!
昇任試験で連絡できませんでした…
もしよければ、今度ご飯いきましょー
・・・私の名前は「あずさ」である。
このメッセージ、何回コピペしたんだろう?
思い出してくれただけでもありがたいとは思うべきなのだろうか。
それにしてもコピペして名前を変える配慮すらされない私って…。
って、もしや私宛じゃなかったんじゃ!?
はぁー、運命の人はどこにいるんだろう?
そもそも、私にはそんな人がいないのだろうか。
ふと、手元のスマートフォンに目をやる。
地図アプリを開いて【運命の人】と入力してみる。
世に知られていないサプライズ機能が付いていて、普段の検索履歴とかなんやかんやを集計してピッタリの運命の相手に赤いピンが刺さるかもしれない。
「さすがに無理かー」
そう思いつつ、少し震える指先で検索ボタンを押す。
一瞬、クルクルと検索中の画面になった。
もしや! 期待できるかもしれない!
そう思うと同時にスマートフォンの画面に表示された文字に私は顔が緩む。
【該当する場所はありません】
フっと息が漏れた。
分かっていた。そんな機能がないことなんて。
でも、もしかしたら。そんな淡い期待が砕け散る。
【該当する場所はありません】
その文字が【運命の人はいません】に見えてしまう。
誤作動でもいいから、せめて富士山周辺の樹海に赤いピンが刺されば探しに行ったのにな~と思い、地図アプリを閉じた。