5話 安らぎの聖女
エンジェリア姫が起きると、小さな蝙蝠二匹と黒鳥二匹がいます。
――みんないるの。みんなどうしたの?
エンジェリア姫が寝ている間に全員脱出してエンジェリア姫の元へ来てから変化魔法でこの姿になり眠っていたのですが、エンジェリア姫が知るわけはないでしょう。
エンジェリア姫は、ゼーシェリオン様達をまじまじと見ています。
――……フォル可愛い。
エンジェリア姫が一人でフォル様を見つめてにこにことしています。
「……おはよ。僕のお姫様」
――うん。おはよ。
「エレ、魔原書なんだけど、教主が持っているみたい。教主が会えるのは、儀式の日だよね? 今度は」
――ふぇ? 普通にくると思うよ? 時々様子見にくるから。今日もくるかも。
「そうなの? じゃあこのまま待ってようか」
エンジェリア姫は、フォル様の黒鳥をじっと見つめています。
「……どの辺が良いの? 」
――密着する近さ。
フォル様がエンジェリア姫の頬のところまできてあげてます。
――ふにゅ。ご満足……ご満悦?
「安らぎの聖女、明日の儀式だが……なんだその動物は、わたしが動物嫌いな事を知ってか? 」
「へぇ、教主様って動物きらいだったんだ」
「エレも動物みたいに可愛らしいのにとか思ってる?」
「少し」
フォル様とフィル様が元の姿に戻りました。
――……ゼロ、ゼム起きるの。お寝坊。
「……ん? おはよ」
「おはよう、エレ……って挨拶してる場合じゃないよね」
ゼーシェリオン様とゼムレーグ様も元の姿に戻りました。
「魔原書を渡して」
「魔原書? これの事か? 断るに決まってんだろう。そちらこそ、聖女を返したまえ」
「この子は君の所有物じゃない。その魔原書も。あの子の前で血生臭いとこは見せたくないんだ。それを渡せ」
フォル様の瞳が翠色から黄金へ変わります。
「……な、なんだ、身体が、勝手に」
教主がフォル様に魔原書を渡しました。
「この子の前から消えろ」
「ひ……ひぃ⁉︎ 」
フォル様の命令に従うように、教主が走ってどこかへいってしまいました。
「……フォル、あまりむりは」
「このくらいは平気。それより、僕の可愛いエレが可愛くなってるんだけど」
エンジェリア姫は、無自覚なんでしょう。これはどう見ても恋する瞳にしか見えません。そんな瞳でフォル様を見つめています。
「……」
「……ゼム、俺あれ苦手。やり方教えて」
「オレも苦手だよ。殺気だけであそこまで恐れられるとかないから」
「……エレ、鎖とるのと、声が出るようにしてあげないとだよね」
フォル様がエンジェリア様の両手足を縛る鎖を取り、癒し魔法で声を出せるようにしました。
「……フォルらぶ……喋れるの」
「うん。一番最初に言うのがそれって……ってそれは良いとして、早くここから出ようよ」
「うん。早くここから出るの」
エンジェリア姫は、フォル様から魔原書を受け取り、暴走の原因を探ります。
「……にゃい……でも、どうにか直せはしたの」
魔原書が元の状態に戻ると、自然と元いたテントへ戻ってこれました。
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「おかえりなさい。ルアンは……」
「ふにゅ。それに関しては大丈夫なの。どこにいるか分かるものがあるから」
心配そうにしているリゼシーナ様にエンジェリア姫はそう言って笑いかけました。
エンジェリア姫は、魔原書を開きます。
「リプセグ、ルアン様の居場所を教えて」
なんでも聞けば返してくれるんじゃありませんから、その聞き方はどうかと思いますが、魔原書は、ヒントを答えます。光の文字で。
「小さな子供。奥の地。箱の中?……なにこれ? エレの占い術波に分かんないの」
私が何でもかんでも教えてあげると思わないでいただきたいのですが。こんなふうに頼ってばかりいるのでこんなヒントだけになるんです。
「……小さな子供って孤児院じゃないかな? ルアンが行きそうな場所だとすればだけど」
「孤児院か……確か、ここ近くにある孤児院の奥に古代魔法具を祀っているって噂があるんだ。その古代魔法具の形が箱型。歴史を残し体験するための空間魔法具らしい」
「ぷにゅ。ならそこへ行けば会う事できるの。早速出発なの」
「……エレ、これがどんな確率か知ってるのか? 何万回かやって一度同じ場所に着くかどうかだぞ? 」
エンジェリア姫が良く分からないとか言いたげにきょとんと首を傾げます。
「……低確率だから簡単じゃねぇつってんだよ」
「でも、空間内に入れればエレはどうにかできるの。空間を好きに移動できるように設定し直して、そこから……そこから……なんか、ふにゅって感じで」
魔法具の暴走前提の話でしょう。暴走していなければ確率など考えなくても良いので。
エンジェリア姫もそれを前提として、直す事まで視野に入れています。
「大丈夫じゃない? ここには天才魔法具技師が二人もいるんだから」
「……フォルもだと思うの。やらないだけで」
「僕は普段はやらないから。仕事の方が忙しいし。まぁ、そういう事だから会えない可能性についてはそんなに考えなくても良いんじゃないかな? 」
エンジェリア姫がこくこくと頷いています。
「ていう事で……まずは地図なの。どこにいるか分かんないから。地図でどこか見ないと。リプセグ、地図欲しいの」
エンジェリア姫が地図を見ただけで理解できるかは不明ですが、頼まれたからには地図くらいは描いても良いかと。
「……わからな……なんとなく分かったの。きっとできるの」
「えっ? きっとできるのって何が? 何ができるの? 」
「ふっふっふ、エレは進化するの。今までは苦手だった転移魔法もここでできるようになるの。ここだから、きっと転移魔法も使えるようになっている気がするから」
発展している時代であれば、ゲートがあるため転移魔法が使いやすくなっていますが、ここではそれがありません。位置を把握していなければ、知らない場所に転移するという事も多いでしょう。
エンジェリア姫は自分で位置を把握しての転移魔法は苦手なので、そうなる可能性が高いのですが、自信満々です。
「……ふにゃ⁉︎ でも、その前にフォル、リプセグってどうすれば良い? エレが持っていて良いの? 」
「うん。それは元々君のだから。それに、君が悪用するつもりなんてないのは知ってるから」
「するつもりないの。禁止指定魔法と同じような区分に入るみたいだけど、基本的に場所が分かんないからって聞くのが多いの。エレが迷子になった時に道を教えてもらうの。ついでに、エレがすきそうな甘いもを紹介してもらうの」
魔原書は悪用すれば、世界を脅威に晒す事など簡単ですが、エンジェリア姫が持っている限りは安全そうです。
「うん。甘いものはほどほどにするんだよ? 全く食べるなとまでは言わないから」
「みゅ。甘いものは少しにするの。リプセグの所有許可ももらえたから、転移魔法を使うの。場所は、孤児院の奥にある古代魔法具を祀っている場所。地図は良く分かんなかったけど、きっと大丈夫だと思うの」
エンジェリア姫は楽しそうに転移魔法を使おうとしています。
「……なぁ、誰か止めろよ。あれ絶対やばいやつだろ」
「練習させてあげると思ってやらせてみれば? ちゃんと位置調整しているみたいだから、前よりは少し成長しているんだから。できないかもしれないからやらせないなんて考えないで」
「……失敗した時考えろよ」
「失敗しないの。そう信じていれば、きっと大丈夫なんだから。という事で準備できたから、転移魔法ー」
エンジェリア姫が転移魔法を使いました。テントから姿を消し、別の場所へ移動します。その場所が、都合良く目的地へつけたかどうかは、まだ分かりませんが。
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星の音 一章 五話 安らぎの聖女