3話 集落
集落に着くと、エンジェリア姫がタイミング良く起きてくれました。
「みゅ? 着いたの? 」
「ああ。今日は珍しく早かったな」
「うん。それで、リゼねぇ、治して欲しい人はどこにいるの? 」
エンジェリア姫は眠たそうに目を擦りながらリゼシーナ様に聞きました。
「こっち」
**********
リゼシーナ様が入ったテントの中に入ると、ベッドの上で男性が眠っています。リゼシーナ様が治してほしいと言っている相手です。
「フォル君達は会った事あるよね。わたしの婚約者のルアン。歩きながら話していた通り、王都から帰ったあとからずっとこうなの。エンジェリアちゃん、治せる? 」
エンジェリア姫は彼の容体を見る事なくこくりと頷きました。
収納魔法から魔法杖を取り出すと、両手で握ります。
エンジェリア姫の握る魔法杖の先端から、きらきらと緑色の光が溢れ、彼を包み込みます。
「これで、何か異常があっても治るの……多分」
エンジェリア姫は自身なさげですが、フォル様の言うように、彼女は一流の治癒術師。一般的な呼び方だと、回復魔法師と呼ぶのでしたか。
「治ってる? 」
不安げにフォル様にそう聞くエンジェリア様の頭をフォル様が撫でています。
「うん。普通の魔法や怪我によるものならこれで治っているよ。でも、目を覚ますまではまだ時間がかかりそうだね。リゼ、僕らは外で待っているよ。ルアンが起きたら連絡魔法具に連絡入れて」
「うん」
リゼシーナ様がルアン様の右手を両手で握っていました。エンジェリア姫は、ゼーシェリオン様達と再会する前に採っていた果物を彼の隣に置き、フォル様の手を握り、テントを後にしました。
**********
エンジェリア様はテントから出るとすぐにフォル様から離れて、一人で木陰へ向かいました。
「くちゅ」
「なぁ、その格好でいると風邪引くからもっと厚着しろ」
「違うもん。粉の方だもん。というか、なんでエレのところきてるの? フォルやゼム達と一緒にわにゃんしていれば良いと思うの。エレの事なんて放って」
「放っておけるわけねぇだろ。何度言ったら分かるんだよ。そりゃぁ、フォルじゃなくていやなのかもしれねぇが」
エンジェリア姫が自分からゼーシェリオン様に抱きつきました。表情が御機嫌斜めと言ってます。
「……ぷすっ」
「ぷす? 」
「……ゼロ、暇だから何かお話しして。例えば、エレのすきなところとか、エレのすきなアイスがここにありますとか」
「それは俺もあって欲しかったが、残念ながらねぇんだ。こういう話はどうだ? もし、何もする事がなかったとすれば、どこに行きたい? 」
何もする事がなければ。エンジェリア姫達はやるべき事がありますから、夢のような話でしょう。ですが、それがいつか夢ではなくなる日が来る事を願うばかりですね。
もしくは、ここでしたら……
「フォルと結婚生活。新婚旅行はロストに行くの。結婚式は……どこだろ? どこが良いと思う? 」
「アスティディアあたりはどうだ? 」
「良いかも。そういえば、次はどこに行く予定なの? エレはゼロに助けられたからゼロに着いて行かないといけないの。だから教えて? 」
律儀なようにしておりますが、ただの言い訳でしょう。
「知らね。その場で決める事が多いからな。予定立てても急な出来事で狂うとかしょっちゅうで」
「……そうなんだ。エレには関係ないけど。エレはゼロのお供としてついていくだけだから」
「お前いつまでそれやるんだ? 」
「飽きるまで。それよりまだ連絡来ないんだよね? エレはねむねむさんをよぉきゅうするの」
ここへ来るまで寝ていたはずなのですが、まだ寝足りなかったのでしょう。エンジェリア姫が、ゼーシェリオンの膝の上に頭を乗せて寝ようとしてます。
「……フォルなの」
フォル様が木の枝の上にいます。
「ゼロに話があったけど、邪魔だったかな? 」
「邪魔じゃないの。フォルは大歓迎なの。それにエレはねむねむさんだから、ゼロを貸して良いの」
「俺の所有権はお前が持ってんのか? 」
エンジェリア姫、そこで視線を逸らすのは皇帝しているようにしか見えませんよ。落ちていた木の枝を見ているだけのようですが。
「……」
「……エレ? 」
「不思議なの。木は枯れてる。木の枝すぐ折れそう。なのにどうやったら木の枝に座れるの? 」
「座ってはないよ。これも魔法。君には今度教えるよ」
フォル様がそう言って木から降りてきました。
「おやすみ」
エンジェリア姫が宣言通り寝ました。
「話ってなんだ? 」
「……ゼロ、さっきのあれどう思う? 」
「……人、って感じはしなかったな。リゼはあれをルアンだと思っているようだが」
ゼーシェリオン様とフォル様には、彼が人に見えなかったのでしょう。フィル様とゼムレーグ様も同様に感じていたはずです。
エンジェリア姫は、普通に回復魔法を使っていたあたりから、人ではないとは感じていなかったかもしれませんが、違和感はあったと思います。
「……ゼムとフィルにも話を聞きたいけど、二人で散歩しているみたいなんだ。あれこそ邪魔しない方が良いかなって」
「なぁ、もし聞かれてたら誤解を招くからその言い方やめろ」
「何が? あの二人仲良いから。一応様子を見に行ってみたけど、入れそうになくて」
ゼムレーグ様とフィル様は、昔からとても仲が良く、こうして何もない時間はいつも一緒に話しています。その雰囲気が誰も入れないような感じで、フォル様が遠慮するのも無理はないでしょう。
「……それはあるかもしれねぇな。俺もあれは時々入りづらくて諦める」
「うん。それで諦めて君のとこきた。君らはまだ入れそうだから。あの子が眠そうだったっていうのもあるんだけど」
「……俺が聞き行こうか? 入りずらいけど、フォルが聞きたいなら聞きいく」
フォル様の願いは叶えてあげたい系、健気なゼーシェリオン様です。
「良いよ。エレの側にいてあげて。連絡が来た時に行けば良いよ。今は二人で魔法の練習させてあげたい」
「魔法の練習? またやってんのか? 」
「うん。時間があると毎回フィルが魔法の練習に誘ってる。ゼムも初めはいやがっていたけど、今は少しずつ受け入れつつあるよ」
今回は魔法の練習をしていたようです。ゼムレーグ様が魔法を自分から使うようにとフィル様が日夜は励んでおられます。その成果が少しは出てきているというのは嬉しい話でしょう。
「……すゃぁ」
エンジェリア姫がフォル様の手を握ってすりすりと頬を擦り寄せています。
「ふふっ、相変わらず可愛い。にしても、遅いね。エレの魔法ならそろそろ目を覚ましても良いと思うんだけど」
「ああ。普通ならな……俺らは怪我なんて見てねぇし、だからと言ってリゼを疑うわけでもねぇが、本当に何かが原因で目を覚まさなかったのか? エレに魔法を使わせる前に少し見ておけば良かったな」
普通は状態を知ってから、その状態に合う魔法をかけるのですが、エンジェリア姫にはそれが必要ありません。
それで確認しなかった事でどうなるかは、彼が目を覚ましたあとにのみ知れる事でしょう。
「……ちゃんと見てないから分かんないけど、呪いとかの類じゃなさそうだったから、怪しさ満点。毒なら、リゼも分かるはず……エレを愛でてれば何か分かるって言うのでもあれば良いのに」
「なんでエレを愛でるだけで何か分かるんだよ……って、あいつの占い術があれば愛でるだけで分かるか」
「やってくれると成功するは違うけどね……連絡きた。ゼロ、エレおこして」
フォル様の連絡魔法具に着信が入りました。ゼーシェリオン様が、エンジェリア姫を起こします。
「エレ、起きろ」
「……みゅ? にゃむえんにゃーるす? 」
「そんなもん存在しねぇよ。じゃなくて、リゼから連絡きた」
「リゼねぇからの連絡……分かったの。行くの、にゃむえんにゃーするに」
**********
星の音 一章 三話 集落