12話 魔族の国
外は薄暗く、自然の光はありません。ここは、魔族の王国、ローシャリナ。この国の国王が保護している姫のために用意された邸です。
「それで、ローシャリナは、魔族のための王国として今もなお存在し続けている」
「みー」
灯りをつけた部屋の中、ソファに座って五歳の幼女と男児が二人で勉強をしています。青と桃のグラデーションの長い髪と同色の瞳でじっと歴史書を見つめる幼女。その隣でこの国の歴史を教える闇色の髪の男児。
「……ミディ、今日はここまで。がんばったご褒美」
「みー」
世界管理システムの暴走を止めてから数百年。エンジェリア姫とフィル様は、幼い姿で二人で一緒にいました。エンジェリア姫の方は、転生の影響で全ての記憶を失っています。
世界管理システムの事も、この世界の事も何も知らないのでしょう。
勉強の褒美としてフィル様が、エンジェリア姫にチョコレートクッキーをあげました。
「みーみー」
エンジェリア姫は、嬉しそうにチョコレートクッキーを食べています。
「……みー、みー」
「今日? 今日は仕事はない。明日も休みだから、久しぶりに二人で買い物でも」
「み? みー」
とても喜んでいます。この国に転生してエンジェリア姫が外出したのは数えるほどしかありません。今のエンジェリア姫には、外出というものが特別な事なのでしょう。
「みー」
「うん。おれも、特別……エレと一緒もあるけど、明日は珍味祭で色んな店がくるから」
「み? ……珍味まにゅあ……ミディは、まほぉぐほちい」
この年齢で珍味祭に好きで行くのも珍しそうですが、エンジェリア姫の興味を引くものの方が珍しいのでしょう。この年齢の子供は魔法に興味が持っても、魔法具に興味を持つ事はほとんどないので。
今は知りませんが。
「買うからこっちも付き合って」
「ちゅきあうの」
「……それと、分かっているだろうけど、外では喋んないで」
「みー」
エンジェリア姫は、この時代の言葉を知りません。フィル様も教える気はないのでしょう。エンジェリア姫は、唯一覚えている「みー」だけしか外で喋る事はしないようにとフィル様に言われています。
「みー」
「うん。可愛い服で行って良いよ」
「みー」しか言えないのでしたら困りそうですがこのように、フィル様はエンジェリア姫の言いたい事が全て伝わるので、喋る必要がなく、今まで数少ない外出時には一度も困った事はないのでしょう。
「み」
「まだ起きていたいって、もう遅いから寝よう。明日寝坊して良いなら良いけど」
「……み」
外がずっと薄暗いので分かりにくいのですが、現在は夜。幼子はそろそろ眠る時間でしょう。
エンジェリア姫とフィル様は、一緒にベッドへ向かい、眠りました。
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薄暗い景色とは正反対に賑わう街並み。今日は珍味祭というのもあってなのでしょうか。いつも以上に賑わっています。
「迷子、気をつけて」
「み」
エンジェリア姫とフィル様は、迷子にならないよう手を繋いでいます。
大人達が集まっている出張店へ迷わずに向かっています。
「……みー」
「何買うのって、ドクグリクッキーとオンミンスープの素」
「みー……みー」
「ピレッポ草が欲しい? 珍味として有名だから売っているけど……なんで」
「みー」
エンジェリア姫は魔法具だけではなく、調合にも興味があるようです。
「……調合にって……ピレッポ草……痛み止め? 」
「み」
「もうそんなものまで作れるんだ」
フィル様が、エンジェリア姫が欲しいというピレッポ草以外にも、調合の素材にもなりそうなものをいくつか買っています。
エンジェリア姫が使えると知らないものまでありそうですが。
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買い物が済むと、ベンチに座って休憩をしました。
「みー」
「向こうの方が騒がしい? 」
「み」
エンジェリア姫は、無意識に音魔法を使って遠くの音を拾っているのでしょう。賑わっているのとは違う騒がしい音が聞こえてきたようです。
「……行かない方が良い」
「み」
「うん。帰ろう」
騒ぎに巻き込まれないよう、エンジェリア姫達は、立ち上がり、帰る事にしました。
「みー」
「分からない。人が多いと、何かありやすいからかも」
「み」
騒ぎの方には近づかなくとも、気にはなるようです。
「み⁉︎ 」
「……っ、ごめん! 怪我ない? 」
帰ろうとしているエンジェリア姫に、帽子を被った男児が走ってきてぶつかりました。
帽子からはみ出た銀髪の髪の隙間から不安そうな青い瞳が覗いています。
「みー」
「ごめん、急いでいて」
「みーみー」
帽子を被った男児が、騒ぎの方へ向かっているので、エンジェリア姫は、危ないと伝えました。みだけで。
「……騒ぎに? そう、なんだ……」
「み? みみー? みー……みー」
「……俺は……詳しくは言えないけど……逃げて、ここまできて」
「み、みみー」
帽子を被っていて分かりづらいのですが、幼いゼーシェリオン様です。ゼーシェリオン様でしたら、エンジェリア姫の言葉を何の疑問も持たずに会話しているのでしょう。
ゼーシェリオン様も、転生の影響で記憶はないはずなのですが。
「……そんな事……迷惑じゃ」
「み、みー」
「……ミディにはこのあと言うつもりだったけど、しばらく仕事で忙しくなる。ミディの世話の心配しなくて良くなるから、逆に歓迎」
フィル様はゼーシェリオン様にエンジェリア姫の世話を全て押し付けようとしているのでしょう。
エンジェリア姫はそんな事気づいていないでしょうが。
「……み」
「……じゃあ、よろしく。それと、ありがと」
エンジェリア姫はゼーシェリオン様を気に入ったのでしょう。じっと見ては笑顔を見せています。
「みー、みみー」
「ミディリシェルっていうんだな。俺はゼノン」
「みーみー」
少しは突っ込んでも良いと思うのですが、全く突っ込む気配がありません。ゼーシェリオン様には、これが普通の言葉に聞こえるのでしょうかと思うほど。
触れられたくないから言うまでは聞かないという事なのでしょう。
「みーみー」
「うん。遅くならないうちに帰ろう。早く帰らないと魔物が増える」
「み」
夕刻に近づくにつれて魔物は増えていきます。エンジェリア姫は、魔物に狙われやすい体質。それは転生した今も変わりません。
エンジェリア姫とフィル様の暮らす邸には魔物が入れない結界があるので、魔物が増えないうちに帰らなければ、魔物に襲われる可能性がかなり高くなるでしょう。
「……みー」
エンジェリア姫がゼーシェリオン様の手を握ります。フィル様から迷子にならないためにはこうすると教えられらているからでしょう。
「……ミディ、そろそろ人がいないから喋って良い」
「ふにゅ。喋って良いの」
「えっ⁉︎ ちゃべれ……喋れたのか? 」
ゼーシェリオン様はエンジェリア姫があれ以外喋れないとでも思っていたのでしょう。普通に喋るエンジェリア姫に驚いている様子です。
エンジェリア姫は、無言でこくりと頷いています。
「……ミディは、この通り古代語以外喋れないから、街では喋らないように」
「ちゃべらないおやくちょくなの。ちゃんと守った良い子。なでをよぉきゅぅするの」
「帰ってからなら。少しは時間があるから」
このあともエンジェリア姫達は、楽しそうに話しながら、邸に帰りました。
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記憶を失くそうと大事な事は身体が覚えているのでしょう。
これは彼のお方から頼まれたエンジェリア姫とゼーシェリオン様に贈るもう一つの世界の物語の二章。転生したエンジェリア姫とゼーシェリオン様の幼少期です。
星の音 二章 一話 魔族の国




