ある魔法使いと 1
いま、この屋敷は人外魔境と言えるだろう。
ギーは、改めてこの屋敷の構成員を思い返す。
まず、メイド三人組。
アリッサは半植物精霊。それも人間で言えば王家の流れを汲む由緒正しき血筋。
ベアトリーチェは水の精霊の系統。詳しくは聞かないが、それなりの血筋っぽい。
シシリーは、家出お嬢様だった。その系統はおそらく霊的ななんかのようではある。
庭師はまだ普通で、イェレは土着系ノームの血を継いでいて、ニコラは祖先に巨人族がいたらしい。
メイド長のゲートルートは純粋のヒトと言えるが、その連れというのは、悪魔や死霊の類。特定できそうだが、ギーはしたくなかった。
そして、新入りのディルは、何でもできる男である。このなんでもできる男というのはどこかの神話からの引用であるらしい。始祖が中二病的にちょっと言ったら広まった言い回しだそうだ。
そういうの結構あるからぎょっとするんだよなとギーは思う。知らない異世界で前世の言葉が蔓延していて、誰かがいた形跡を発見するということは。
それはともかく、始祖が命名した何でもできる男というのは実は種族名に近い。それ以前は万能種とか言われたようだった。なお、ごく少数ではあるが、なんでもできる女もいたりはする。
この種はこの世界にも創世神というものがいて、それの血をもらい受けた罪人が最初である、らしい。そのあたりの伝承は過去の文明崩壊でうやむやになり正確なことは誰も知らない。
その性質は、なんでもできる、に集約される。一番にはなれないけれど、最低限使える程度にすぐになる。それは技術の種類問わずである。教えれば、魔法から暗殺技術まで、こなしてしまう。闇落ちしたらもう手の付けられないモノが出来上がる。本当に強い個体だと見ただけでトレースしてくるそうだ。
そんなのが、侯爵家の従僕やってたということにギーは空を仰ぎたくなった。確かに、ろくに訓練しなければその程度の能力しか発揮しない。紛れ込みやすいとはいえ、なんか、変だと誰か思わなかったのか。
そう思って他の者に聞いても特別目立ちもしていなかったらしい。
メイド長だけは、そつなくこなすと思ってはいたようだが、職務の違いによりあまりかかわっていないためその程度の認識だったらしい。
ギーはディルの擬態を疑うが、どうも素でとぼけた性格のようだった。魔女にも気に入られるならば邪悪さはあってもさほどではないだろう。彼女らは身内ですら、魔女たちの信条に反するなら処分する。なにかあったら、そっちで対処してもらうことになるだろう。
それに気になるところはあるが、それを言い出せば全員、問題がある。ギーも人のことを言えない。突っ込まれたら困ることは山ほどある。
そっとしておくに限る。ずっといるわけではないのだから。
辺境伯のご令嬢をめぐる件も調べがついてきている。それが片付いたら、きっと、侯爵家は元通りになり雇用も戻されるだろう。そうでなければならないという圧力のもとに。
最終的に一人かと思ったが、この屋敷には他にも色々いるんだった。人工妖精やら幽霊っぽいものやらが。
「あのあたり片付けてもらわないと……」
あれらは、自由だ! と調子に乗りそうに思えた。ギーはため息をついた。
季節はいつの間にやら夏に近づいていた。
第一回 文明を考える会議、という嘘っぽい名前の会議は王城で開催されることになった。本当は別の場所で開催予定だったのだが、王家からの懇願により、めんどくさくなって王城で行うことになった。
それに加え、王太子である第一王子、当事者に近い第四王子も見学をさせて欲しいとねじ込まれたので条件を出した。
一言も話してはならない。
界を渡った者の中には人嫌いがいる。それらと揉め事を起こさないためにも必要な約束だった。
破った場合には、支払いをしてもらうことになっている。
一応は主催した側なので、ギーは早めに城に向かった。
正装の効果かいつもより丁重に案内される。勝手知ったる他人の城なので案内はいらないのだが、今日の立場的にそういうわけにもいかない。
その途中でギーは声をかけられた。魔法使い様でしょうか、と。
「人違いじゃないかな」
ギーは息をするより簡単に嘘をついた。魔法使いと断定して話しかけてくるのは厄介事を抱えていることが多い。今まで話を聞いてもよいことはなかった。
視線を向けることもないギーの態度に案内人のほうが動揺していたようだった。
それを心に留めつつもギーは早足で通路を進むことにした。行く先は知っているが、先導に合わせていたに過ぎないから道に迷うこともない。
「そうですか。
よろしければ、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか。私はジャネットと申します」
振り切られることもなく、ついてきたとギーは慄いた。令嬢の機動力を考えればありえない。そして、聞こえた名に少々どころではなく聞き覚えがあった。
例の婚約破棄されたご令嬢である。そして、今の事態の発端でもあった。ちらりと視線を向けると微笑みが返ってきた。
ギーは関わらないことを決めた。なんか、気質が合う気がしない。
「名乗るほどのものではないよ」
「少しお話しできませんか?」
「厚かましいって言われない?」
ギーとしては今忙しくてね。と言おうとしたのだが、うっかり本音のほうが口を出てしまった。さすがに失礼な言い方だった。怒るだろうかと思ったが聞こえたのは笑い声だった。
「すみません。
言われたことはありませんが、初対面の人に言うことではありませんでしたね。引き止めてしまって申し訳ございません」
あっさりとジャネットは諦めて立ち止まった、ように思えた。ギーはちょっとほっとした。インドア生活が長いので体力切れは早い。どこかで、息切れを起こす可能性は高い。
「魔法使い様、またお会いしましょう」
背後から聞こえた朗らかな声はホラーだった。ギーは寒気がしてきて両手で腕をさする。
「なんなのあの子」
「あのような失礼な態度をとるようなことはいつもはないんですが……」
案内の者も戸惑うような態度であったらしい。
「彼女が、ルーニャ辺境伯令嬢であってる?」
「はい」
「城には良くいるのかい?」
「登城の話は聞いておりません」
そうなると話を聞きつけて、やってきたと見るのが良い気がした。ギーはため息をついた。出待ちされた、だろう。いつもと違う案内があったのはこのせいのように感じた。
「ところで、俺が魔法使いって機密事項?」
言われて案内人ははっとしたようだった。当たり前のように聞かれたが、ギーが城の出入りをしているのは建前上魔法使いとしてではない。魔法使いの仕事をすることもあるが、それは表立った話ではもうない。それこそまだ魔法使いが生息していた何十年も前ならば別だが。
そのころの文献で知ったとしても、普通はそこまで長生きしない。普通の魔法使いは、人であるので人並みの寿命しか許されない。魔女は不自然な生は狩るから。
ギーは祖先からのいろんな混血で長生きなだけである。そういう話は、昔から話してはいない。
誰が教えたか知らないがだいぶきな臭い話ではある。
「確認いたしましょうか」
「いいよ。
どうせ、バレるし」
その時には口止めも意味がない。
ギーは黙った案内を従えて予定の部屋へ向かった。幸いまだ誰も部屋にいなかった。
今日の会議の参加者は各界の重鎮が送り込んできたエリートばかり。参加者リストを眺めるだけでギーはうんざりする。
そうしているうちにちらほらと参加者が現れた。
魔法使いが住む界からも顔は知っている相手がやってきている。こちらに連絡するでもなかったので、ギーは他人のふりをすることにした。
ギーは植物界の女王の代理人であり、魔法使いとしてこの場にはいない。権力的に言えば、上位5名のうちの一人となる。発言力はただの魔法使いとしているよりも上だ。
界を分ける前にこの世界を支配していたのは、魔女である。ただし、それは世界の治安を維持し、文明レベルを上げないという方面で発揮されたものだ。その世界を統治していたのは人である。
別な意味で敵に回してはいけないものとしてあったのが植物たちである。動物も結局、植物を食べる都合上、彼らが枯れ果ててしまってはどうにもならない。植物精霊の筆頭である世界樹はこの世界と別世界に同時に存在している。
水の精霊もまたなければ生きて行けぬと重きを置かれている。元の世界にはもう興味がないとされていたが、この場にでてくるからには誰か血縁が関わっているのだろう。
光と闇は表裏一体として存在してはいたが、特に意見もないと今回は欠席している。
そして、もう一つ。死を超えたものたちである。不死者といっても幅広いが、まとめているものは不死者の王と呼ばれている。
割り当てられた席に見知った顔が、俺、王様、という風に座ってた。
「すまんね。こちらに異常があると潜入したつもりが人買いに売られそうになって、助けてもらったんだよ」
ちょっとだけバツが悪そうに、少年が言っていた。
「ゲートルートにはバレないようによろしくお願いします。記憶を消すなら、念入りに」
「しないよ。なんかいい感じに身内に迎えに来てもらう」
「ついでに、花嫁につれていくのでは?」
「……ま、まあ、その話は、あとでしよう」
途端にうろたえたので、ギーは軽く流しておくことにした。
他の知り合いはと見回すと魔女が二人いた。一人は少し前にあった魔女である。その隣は見たことがないが、彼女がアリシアだろう。
少し話をしておきたかったが、すでに人は集まり、大半が席についている。
なにか揉め事が起こる前に始めるべきだろう。いつの間にか二人の王子も入口付近の椅子に座っていた。今のところ、壁と同化しているように黙っている。
「お忙しい中、お集まりいただきありがとうございます」
ギーは普通の挨拶から始めた。
議題は2つ。
侯爵家の不当な没落に対する抗議について。
急激な技術開発への介入について。
両方がつながっているのだから、実質一つとも言える。
どこら辺が落としどころというと侯爵家の復権だけでは済まない。魔女は狩りをするだろうし、嘘を流布したものを処断することを望まれるだろう。
誰もかれもが不幸になることもないが、皆が幸せにもならない。
何とも後味の悪い話になりそうである。ギーはため息をついて、現状の確認を行うことにした。