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ある従僕と露店 後編

 ディルは微妙に運が悪い。さらにお人よしと言われ、いろんなものを譲ることが多かった。

 切羽詰まっていたってそれが変わることはなかった。


 さらに雑用で稼ぎようやく手にしたパンが鳥に襲撃されたり、仕事候補も僅差で奪われたりと追加でひどかった。

 侯爵家に雇われたことで運が全部なくなったとでもいうのかとディルは嘆いた。わりと周囲もそうかもなぁと思うほどの不遇っぷりだった。


 それでも仕事の斡旋所に通っていたのだが、日雇いの力仕事くらいしかなかった。元同僚たちも同じような状況だったが、一人一人と減っていき、いつしかディル一人が取り残されていた。

 ディルもさすがに心折れた。

 公園のベンチで項垂れ、いつぞやパンを奪っていった鳥たちに足元をつつかれた日。


「どーしたの?」


 声をかけてきたのが魔女である。小さい頃、近所に住んでたなとディルは思い出した。

 その頃と全く同じ姿に変わらないなぁと思って、固まった。変わらなさすぎでは? と。


「お困り事があれば占いするよ。格安」


 胡散臭い押し売りをしそうな雰囲気がした。そのうち金運のツボとか売ってきそうな。

 ディルは悲しいかな、その手のことに騙されかけてきたので察しがよくなっていた。


「間に合ってます」


「冗談だよ。

 なんか深刻そうな顔してたから声かけてみただけ」


「金も仕事もないなら、そういう顔になりますよ」


 ふぅん? とつぶやいた魔女はじゃあアルバイトする? と持ちかけてきた。雑用よりは良い手当てにディルは揺らいだ。さらに食事付とも言われればぐらんぐらんした。怪しくない?という心の声はあったが、ほんと困ってるという魔女の言葉に嘘はなさそうだった。

 数日だけですよと応じるディル。知人がその現場を見れば、思い留めさせてくれたかもしれないが誰もいない。足元の鳥がいるだけだった。


 草刈りと聞いた話が総合的雑用だと知ったのは、働いて2日目くらいだった。あれ? 予定と違くない? と巨釜をかきまぜた時に気がつく。


「あの、俺、草むしりでは」


「ああ、そっちもしてもらうよ。はい、あと少し頑張って」


「はぁ」


 ちょっとがものすごく長かった。それから、買い出しの付き合い夕食を一緒に作った。夜中に採取しなきゃいけない草でねという話をされたのは夕食も終わったころだった。

 月光のでているうちにと指定され、庭の草を言われるままに摘む。腰が痛くなるような作業はディルが担当し、魔女は摘み取った草を検分していた。


「ひどくないですか?」


「ふふ、ごめんなさいね」


 悪いとも思ってなさそうな言い方ではあった。ディルは顔をしかめるが手を休めることはなかった。手を抜くのは何か違う気がしたから。


 月光の下で見る魔女は、神秘的でとても美しかった。記憶にある通りに。


 それから数日、魔女の指定した時に草を刈る仕事をすることになり、仮眠部屋を用意された。

 手回しの良さに怪しむものもいるようなことだったが、ディルは全く気がつくこともなかった。当の魔女がちょっとばかり後ろめたそうな表情だったことも全く。


 その後の数日は特に何事もなかった。順調に庭の草は刈られ、薬草の分類などを教えられながら干したりすりつぶしたりという作業を行った。

 草刈りの範囲を超えていることは気がついてはいたが、給金割増という夢のような単語に踊らされていた。


 そして、最終日に事件は起こった。

 もうちょっと延長しないかという魔女の誘いをディルは断った。手伝いはあくまで手伝いでしかない。魔女の弟子にでもなるならともかく、そうでないなら他の仕事を探したかった。

 それに近すぎる魔女との距離感に戸惑ってもいた。嫌いというより好きだけど、こちらも無職なのでもうちょっと自立してから考えたい、という微妙な気持ちは少々説明しがたかった。


 魔女は残念そうだったが最後にお茶を入れてくれた。ディルは魔女界特性のお茶で特別なときにしか振る舞わないという話をぼんやり聞いていた。


「あたしはディル君をおいしくいただきたいの」


 ん? と思った時点で逃げていればよかったというのは役に立たない後知恵である。

 その後のことでディルが覚えているのは、ごめんねという寂しそうな声だった。

 翌朝、目が覚めた時には見知らぬベッドで、隣には魔女が寝ていた。

 部屋を見渡せば何かがあったと言わんばかりに脱ぎ散らかされた服。生々しすぎてディルが絶句しているうちに魔女が目を覚ます。


「んー。おはよ、だーりん」


 悲鳴を上げてディルは逃げ出した。許されざることと思うが混乱の極みだったのだ。

 彼がすべったなという魔女のつぶやきと自分が服をちゃんと着ていたということに思い至ることは全くなかった。


「困ったら、またおいで」


 優しげな声を背に逃げ帰った先で、何も思い出せないことに恐怖した。少しぐらいいいところ覚えていたかった、という下心もあるが覚えてなさすぎた。

 ディルは2日呆然として過ごし、三日目に魔女の家に向かった。しかし、扉を叩くこともできずいたところをご近所さんに声をかけられた。


「あらぁ、魔女さんは用があって一週間不在にするっていってたわよ」


「知らないんですが……」


「振られたんじゃない? 前もあったもの。元気出しなさい」


 背中をどーんと叩かれ、ディルは途方に暮れた。しかし、それでも生きていかねばならない。なんとなく薬草を外に探しに行き、売ろうとした。

 ところが、どれも通常では扱わないと断られることになった。

 最後にあそこならと紹介された薬草問屋でも断られたところで、ギーに拾われることになったのである。


 新しい屋敷には元の勤め先である侯爵邸の使用人がいた。メイドたちは知り合いだし、庭師の二人も立ち話くらいはしたことがある。メイド長だけは話したこともないが、顔は知っていた。

 新しい主のギーは城務めで暇なときは街で占い師をしているらしい。この屋敷は相続で継いだので貴族でもないそうだ。だが、一般国民でもなさそうだった。


「出かけるからついてきて」


 そうディルが言われたのは、庭での仕事がひと段落したころだった。

 行先も告げられず、ギーについていく。一つの通りをぐるりと周回して、ギーはため息をつく。


「……やっぱり駄目だな。

 着かない」


「迷子、ですか?」


「目の良さが必要なんだよ。

 ほら、そこ、道があるだろう?」


 ギーが壁を指さした。店と店の間にほんの少し隙間があるにはあるが、歩けそうにはない。ディルはそこに目をこらすと何かが見えた。


「開いた」


 その声を聞くと同時くらいに押されてその隙間に押し込まれた。


「な、なにすんですかっ!」


「悪いね。

 魔女の結界を抜けるには、男がいるんだ。それも、気に入ってるやつ」


「……へ?」


「俺は警戒されてるから、入れないし、会えなかった。

 さあ、魔女の住処に案内してくれ」


 ギーの言葉にディルは途方にくれた。


「誰でも、行ける店ですよ」


「ああ、俺だけダメなんだよ。悪いことしているわけじゃないなら、告げ口なんてしないのにねぇ」


 そう言いながら、ギーはディルの背中を押した。目の前にはいつもの道が急に広がっていく。

 口をパクパクさせるディルにギーは苦笑した。


「観念したかな」


「な、なんですか、あれっ!」


「なんだ、と言われてもね。魔法だよ。ほらほら、動揺しているうちに押し込もう」


「は? 押し込む!?」


 ギーは喚くディルに嫌そうな顔をしたが、背を押す手は離れず、勝手に足が歩いた。

 勝手に動かされる気持ち悪さは、どこか記憶にあるような気がした。確か、子供の頃に。あれも月夜で、とても美しかった魔女が……。

 しかし、掴んだと思った記憶は零れ落ちていった。


 魔女の家は目前で、扉は触れる前に開いた。そこで用無しといわんばかりにギーから手を離され、先に中に入る。ディルは迷った挙句に中に入ることにした。

 魔女の家は薬草の匂いがした。巨釜をかきまぜる魔女はちらりとも視線を向けない。


「開けてくれたんだ」


「扉を壊されたくはないわ。

 50年物なの」


「まあ、いい感じの樹だよね。俺も樹には、ひどいことはしないよ」


「には、ってところがね……。

 なんの用?」


「ご令嬢の件だよ。うちの始祖から、仮の代理人を拝命してね。魔女界はどうするのか確認しなきゃならなかった」


「そっち……。

 ならいいわ。今、手が離せないの。お茶でも飲んで待っていて。ああ、今度は、大丈夫よ。普通の薬草茶」


 最後だけは明らかにディルに向けての一言だ。ディルのびくついた態度に魔女は肩をすくめている。

 気がつけばその場にはテーブルとイスがあり、お茶が用意されていた。ギーは何も疑問に思っていないのかさっさと座ってお茶を検分していた。


「そーゆーの嫌われるわよ」


「どこの葉か調べるのは癖だね。毒とか疑ったんじゃない。

 デリア農園」


「正解」


「あの! お知り合いなんですか!」


 ディルはなんだか仲が良さそうな二人にもやっとしてついに口を出してしまった。

 二人がきょとんとした顔でディルを見る。やってしまったと思っても遅い。


「お互い顔は知っている、噂やら知人からの評を知っている、程度の知り合い」


「口をきくほどには親しくない。好き嫌いの範囲の外、ってところね」


「元恋人とかはありえないから安心するといいよ」


 ギーのにやにやした言い方にディルは思わず立ち上がった。


「そ、そういう心配してないですからっ!」


「それならよかった」


 すました顔でギーはお茶を飲んでいた。ディルは釈然としない気持ちで座りなおし、お茶に口をつけた。とても苦かった。


「焼き茶って言って、焦がした茶葉を飲むという薬効溢れるお茶。

 砂糖とミルクを入れて飲む」


「先に言ってください」


 ディルは高い砂糖と考えず、どぼどぼと投入しミルクも溢れんばかりにそそぐ。甘みと濃厚なミルク、苦みが混然となった液体は、以前出された味と同じだった。いつもは調整済みのものが提供されていたということ。

 魔女を思わず振り返るとぼんやりとこちらを見ていた。


「……あー、そういうの、後回しにしてもらっていい?

 今後のすり合わせの会合を開きたい。主宰したくないけど、当地に在住するものがいないからね。

 魔女界からはアリシアさんが来るって聞いたけど、もう来てる?」


「迎えに行ったわ。しばし、現地で調べてくるって辺境に旅立っちゃった」


「一か月後を予定してるから連絡しておいて。

 それから、彼なんだけど」


 ディルは急に話を向けられて驚いた。


「うちに雇うことにした。なんでもできる男は役に立つ」


「あたしが先に、見つけたのに」


「通いでもいいからそのあたりはちゃんと話しときなよ。用件は以上だ」


 ギーが立ち上がると同時にディルも立ち上がりたかったが、椅子にぴったりくっついたように動けなくなっていた。


「え、俺も帰ります」


「お茶ごちそうさま。次は普通に入れてくれ」


 ディルの主張はあっさりと黙殺されギーはさっさと扉の向こうに消えた。


「……全く、噂通りの身勝手さだわ」


 魔女が呟いた。背後で。

 ディルがぎょっとして背後を向くと見下ろされた。いつかと同じように。


「どこから話せばいいのかしらね。

 あたし魔女、異界からやってきたの。くらいは知っているよね」


 ディルは頷いた。

 金色に輝く目はとてもきれいで怖かった。


「異界からくるのは修行と監視と婚活」


「婚活?」


 聞き返すと魔女がため息をついた。そして、椅子に座る。

 頬杖をついて、ディルを見てもう一度ため息をついた。


「魔女は魔女しかいないから増えるためには相手がいるってこと。夫が亡くなるまで、あるいは別れるまでこの世界に留まるのが普通ね。

 前は、人工子宮でも作ってという研究もされてたんだけど、事故が起こってもうしてない。自前の腹から生産するしかないってわけ」


「はあ」


「で、ディル君をだまくらかして、ちょっぴりちょうだいしようと思ったんだけど」


 なにをというまでもない。魔女は気まずそうに視線をうろつかせていた。


「……お茶を一口飲んで卒倒され、さらにお茶をこぼしちゃって火傷すると思ってお着替えして、寝かせておしまい。

 もう、疲れ切って隣に寝ちゃった。というのが真相」


「なにもなかった」


「大変残念だけど、なにもなかった。何かしたかった」


 魔女がしみじみともったいなかったと続けている。

 憧れのお姉さんが、そんなことを言うとディルは想像もしたこともない。そもそも、そういう対象ですらなかったのだから。


「もうその気はないから安心していいわ。

 あんなビビられちゃあね」


「その、ごめんなさい」


「いいの。モテない歴更新されていくだけよ……」


 哀愁を漂わせているのが、かわいそうに見えた。しかしである。ディルに薬を盛ったのは確かなのだ。被害者は俺、とディルは思うが……。


「お友達からどうですか」


 思い出補正は強かったのである。ディルはぽかんとしたような魔女を見て、ちょっとかわいいなと思った。

 たとえ覚えていなくても、別に良かった。


「最終的に結婚的なお友達」


「そこはあなたの誠意次第」


「くっ」


「寝込み襲うとかしたら即終了」


「えぇ、据え膳喰わねば男の恥とかいわない?」


「では、お友達も終了で」


「うそうそ、ちゃんと友好を築きますです」


「本当ですかね?」


「魔女、約束破らない」


「それならいいです。

 週一くらいのお茶から始めましょう」


「お金払ったらもっとあってくれる?」


「ダメ」


 ちっと舌打ちする魔女。どこにも憧れの麗しき魔女の面影はないが、思い出で美化しすぎていたのだろう。たぶん。


「それでは、また」


 え、帰っちゃうのぉという魔女の声を聞きつつ、ディルは立ちあがった。今度はすんなり立てる。きっと魔法使いがなにかしたのだろう。

 全く、魔法使いというのは、いつの世でも。


「ん?」


 忌々しいと思ったのはなぜだったのか。ディルは首をかしげたが、特に考えもしなかった。知らぬ方が良い気がしたからだ。

 ディルが魔女の家をでると商店が立ち並ぶ通りの外れに立っていた。後ろを振り返っても道はない。


「そこは邪魔だ」


「す、すみません」


 威圧感のある声にディルは反射的に謝った。その声の主はと視線を向けると一方的に知っている相手だった。

 侯爵家の坊っちゃんである。平民になって、露天商をしていると聞いていたが、ほんとだったらしい。


「おまえ、うちで働いてたな。

 仕事は見つかったか?」


「なんとか……」


 ホッとしたような顔にディルは何とも言えない気持ちになる。

 あなたのせい、とも言い難い。しかし、遺恨はある。でもそれをぶつけるのも何か違う。

 ディルはなんとなく商品に目を落とした。


「悪いと思ってるなら、安売りしてくれません? 指輪とか」


「贈り物は値切らないほうがいいぞ。延々とあの時の指輪、安売りで買ったんだよねと言われる。一生黙っていられる性分ならいいがな。それから相手のサイズは知っているのか?」


 ディルは大人しく髪飾りを買った。定価で。おまけともう一つつけてくれたのは割引となにが違うのだろうか。

 釈然としない気持ちを抱えたままディルは屋敷への道を歩いていた。


 そういえば、と思い返した。あの坊ちゃんはディルのことを覚えていた。雑用の一人でしかなかったはずなのに。それだけで、なんかいい人だったのかなと思えてくるのが不思議だった。

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