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ある従僕と露店 前編

 仕事というのは需要と供給で成り立つ。

 つまり、有能でも需要がなければ、仕事が見つからない。


 先に雇ったメイド三人は普通で、賃金なしで雇うには罪悪感はなかった。

 次の庭師2人はその職業から、次が中々見つからないだろうしそれまでの付き合いと割り切ってもいる。


 しかし、ゲートルートは違った。

 美味しいご飯を作るのと優秀メイドを兼ねていて、なおかつ教育係もしている。

 給金を払わないと悪い気がしてくるレベルだ。ついてきた者もおとなしくお手伝いをしている。夜間の多少の外出にはギーは目をつぶっているが。


 そんな彼女がなぜ仕事がなかったのか。

 ギーの疑問にゲートルートは年が理由だと言っていた。

 しかし、同席していたメイドたちは微妙な苦笑いをしている。後でこっそり聞けば、醜聞がなくとも侯爵家に仕えるメイド長なんて肩書が恐れ多すぎて雇えないだろう。ということらしい。ただのメイドとしても、日雇いとしても雇うほうが恐縮するらしい。

 つまりは何事もなくとも転職先がほぼない。隠居にはまだ早い時期だからこその不幸な話だったようだ。

 そこでギーは首を傾げた。それならば、ギーは恐縮しない雇い主と思われているのだろうか。

 彼女たちの態度を見れば問うまでもない。


 それはともかく、新たなる人員追加で屋敷はきれいになりつつあった。そうなると次の彼女たちの身の振り方が問題となった。


 新たに雇いたくても給料を払えない。頑張って一人分。全員で割ると子供のお小遣いじゃないんだからと言われる額の支給ではさすがにまずいだろう。

 困ったものだと思っているうちに、庭師から報告があった。

 普通の庭のほうに薬草が群生していると。


「これは百年草ですな」


 見に行ったギーにイェレはそう説明した。言ったら分かんだろという態度は専門家にありがちだ。一応、ギーはその方面に詳しくはあるのでいいが、その隣でなにそれって顔をしているアリッサには説明がいるだろう。


「薬効は薄いんだけど、なんにでも効く草だったな?」


「ええ、年数を重ねるごとに成分も強くなって、百年目に枯れます」


「で、これはどの程度?」


「50年物と言ったところでしょうか。ほどほどに使える代わりに、周囲の養分を奪う頃合いでしょう」


「そこが問題なんだよな」


 強い草は周囲の植物の分の養分も奪っていく。放っておくと枯れ野原ができる。庭ではさすがに見栄えが悪い。花壇に仕立てるにしても見た目はただの細長い草だった。


「養分足して周囲の植物は移設しようと思いますが、よろしいですかな」


「構わないけど」


 ギーは周囲を見回した。百年草は色々な花がある花壇のど真ん中に雑草です、といった風情でいた。それらをすべて別の場所に運ぶ。言うのはたやすいが、実際やると重労働だ。イェレは凄腕庭師でも年だ。腰が痛いという話はよく聞いた。二コラ一人には荷が重いだろう。


「男手、いるよね?」


「いりますな。

 どこかから都合の良い若い男をだまくらかして」


 それはイェレの冗談であろう。結構マジな声であったというのはギーは気がつかないふりをした。

 その時はそれで話が終わった。ほかにも回る場所はあった。いくつか薬草が生えている場所を見てそれなりの収入が見込めることにギーは気がつく。手入れが必要ではあったが、手入れをする庭師分は稼いでくれそうだ。

 ギーはイェレに良いところを刈り取ってもらい、薬草の卸問屋に行くことした。

 常世の庭にも薬草はあるが強すぎて現世では使い勝手が悪い。外に卸すのは難しいだろう。


 ギーはアリッサを連れて屋敷を出た。今後の売買はアリッサに任せるためだ。問屋のものが屋敷に引き取りに来られるのは困る。見るものが見れば、異常な庭の様子がすぐにわかるためだ。


「そういえば、次の仕事見つかりそう?」


「紹介所には話をしていますが、簡単ではなさそうです。

 侯爵家の元使用人でも雇うが、長期にというより仮雇用、期間が終わったらどうなるかは不明で」


「ああ、上のほうがどう動くか様子見ってとこか」


「どうなってるんですかね? 偉い人たちなにしてんだか」


 ギーは曖昧にそうだなと返答した。

 ちょっとだけ知っている範囲で言えば、揉めてる。

 善良な侯爵夫妻を糾弾し、責任を取らせたということで、隠居したはずの他界から口出しされていた。やっぱり、といったところだ。ギーは先に忠告していたというのに、上に話を流しもしなかったのだろう。


 侯爵家は知らないうちに混血の使用人を多数雇っていた。上級とされる使用人はそれなりの家のものを雇っていたが、下級の使用人は身分を問わず実力主義だった。それとは別に使用人を育てる枠があるらしい。これはゲートルートを話していて知ったことだ。

 貴族の責務として、民への奉仕の一環としていたそうだ。孤児院育ちでも受け入れある程度、教育したら紹介状を書いて外に出すらしい。

 その枠に入っている混血の使用人はほとんど元侯爵夫婦についていったようだ。

 ますます、善良でという話になる。


 さらに、常世の庭の花を枯らしたのは、相応しくない嫡男がいたからだなどと吹聴されていたことが判明して、目も当てられない惨状だ。

 常世の庭はそういうものではない、というのは、苦情を入れるような他界の重鎮なら知っている。お気持ちで枯れるようなシステムを有してない。

 常世の庭が枯れたなら本物ではないか、寿命が来たのいずれかだ。


 どちらであっても侯爵家が悪いというものではない。

 その件は始祖もダミーが長続きしててすごいわぁと呆れた様子ではいたが、枯れたことを責めることはなかった。


 それどころか侯爵家の没落は、人の都合で勝手に推し量って、勝手に断罪したということ。それを勝手にうちのせいにしないでくれます? と始祖は苦情を申し立てているらしい。

 まずは報告でしょう。それから、うちから確認役を送る、そこからの話を勝手に処理されては、と詰めて界を超えて数人を送り込む算段をつけているそうだ。


 普段子供っぽいのに、そういう強かさはある。

 ギーはその送り込まれる人員というのが誰なのかとか、接待するのかと気が気ではないのだが。うっかり、始祖本人が出しゃばってくる。もし来たら、帰れと送り返すつもりだ。

 そんなことを考えつつ、ギーは道を進む。アリッサはそれに黙ってついてきていた。

 王都には複数の商業区画がある。ギーが向かっているのは、下町のものだ。


「あれ? 坊ちゃんいますよ」


「ぼっちゃん?」


 ほら、あれ、とアリッサが指さす先には男性がむすっとした顔で座っていた。露店のある通りの端も端である。布を敷いてその上に置いてあるのはよくわからない壺と何かのキラキラしたものだった。

 ちょっと興味を惹かれてギーは近づいてみた。


「冷やかしはお断りだ」


 偉そうである。ギーは苦笑しながら、値段とものを確認した。遠くで見たのとは違い、キラキラしたものは装飾品とわかった。安っぽいにギリギリならない優美さがある。


「四つ、もらう」


「まいど」


 愛想もない態度がいっそ潔い。慣れない手つきで商品を包む男をギーは遠慮なく観察した。

 侯爵家の嫡男であり、婚約破棄の少し前まではまともであったらしい。ジャネットとは政略結婚ではあるが、それなりにやり取りはしていて関係は良好だった。

 しかし、ある日突然途絶した。


 婚約者など存在しない、とでも言わんばかりに。直前に大喧嘩をしたということもあり、そのせいかと思っていたとゲートルートは言っていた。

 喧嘩して絶縁。分かり合えないならば仕方がないが、そこに忘れ薬が絡むと途端にきな臭い。


 本当にジャネットのことを、忘れてしまった、のではないだろうか。


「なにか?」


 じろじろ見てんじゃねぇよという圧を感じてギーは引きつった笑みを辛うじて浮かべた。長生きしようがこういう対応は苦手である。上手く受け流す? このインドア万歳の魔法使いが? ご冗談でしょうと言うところだ。


「おつりは取っといていいよ。

 施しじゃなくて一つ言いたいことがあってさ」


 ギーは身構える男にアリッサを指さした。


「君のとこのメイド、うちで雇用することにしたから安心してほしい」


「旦那様、覚えてませんって、視界にすら入ってないって思いますよ」


 ぼそぼそと主張するアリッサだが、彼にとっては違ったらしい。


「花を飾っていたメイドだな。

 覚えている。

 ……他にも仕事があってよかった」


 微妙な含みのあるとギーは思ったが、アリッサは素直に受け取ったようだった。


「いつまでも花が咲く庭なんてないんだよ。本当の常世の庭だって、咲かない。比喩表現を本気と取られたあの人のアレなアレも悪いけど」


 あっけにとられたような相手からギーは買ったものを取った。そのついでに少々のいたずらもしておく。


「君もお幸せに。

 詫びはそのうちに届くよ」


 問い詰められる前にギーは立ち去ることにした。

 アリッサが慌てたようにそのあとをついていく。


「なにしたんですか。変な感じしたんですけど」


「ああ、わかったんだ。資質あるかもね」


「なんのですか」


「ちょいと遅延の魔法を使ったんだよ。掴みかかられて逃げる自信なかったからね。

 大丈夫、一分程度だから」


「魔法使いってマジだったんですね」


「そうだよ。まあ、魔法使いは俺以外もういないから見ることはまれだろうけどね」


「え」


 アリッサが立ち止まった。

 その後ろから、立ち上がった男の姿が見えた。


「ほらほら、追いかけられる前に逃げなきゃ」


「は、はいっ!」


 はぐれないようにアリッサの手首をつかみ、ギーは人ごみに紛れた。


「……占い、当たるんですね」


 そうつぶやいていたことの意味をギーが知るのはもっと先のことである。



 薬草及び、薬の問屋は商業地域のど真ん中にあった。元々は端にあったが周囲が拡張していったため、そういう立地である。ここが王都となった初期からある店なので敷地は広い。

 店に入る前に小さい庭があるほどに。


「はじめて入りました」


 びくついたようなアリッサ。ギーはそうだろうと頷いた。用もなければ入りがたいのが正面からだ。裏口は別な意味で入りにくい。

 つまりは専門業者以外の一般人お断りということだ。


「顔見知りがいるんだけど……」


 店の入り口で揉めていた。ただ、入口のど真ん中に陣取っているわけではなく、端に寄っている。店に入るには問題はないだろうが、邪魔くさい、そういうところだ。


「毒草ばかり持ってこられても買えませんよ」


「そこをなんとか!」


 とやり取りしている。ギーはそれを横目に見て通り過ぎようとした。


「あれ? ディル」


「へ? あ、アリッサ!」


 必死の形相だった男がアリッサに視線を向けた途端、人懐っこい笑みを浮かべた。

 アリッサもにこやかだった。ギーはちょっともやっとする。


「仕事見つかったんだ。よかった」


「うん。

 リーチェもシシリーもいる。……ええと、その、どうしたの?」


「どうしたもこうしたも、薬草だから買えと押し付けられて」


 本人ではなく、相手していた店員がそう言った。もう相手をしたくないという態度が滲んでいる。


「パンの一つでも恵んでくれと言いました」


「魔女の店に行くと買ってくれますよ」


「嫌ですよっ! なんか、変なお茶飲まされるし、気がついたら朝で怖いことにっ!

 またおいでって行けませんよっ」


「美女でいいじゃないですか」


「俺が子供のころから美女ですよっ! ご近所の憧れのお姉さんがあんなっ! あんなっ!」


「……うら若き乙女がここにいるのでやめてくれ」


「あ、今ので推測ついたんで大丈夫です」


 悟り切ったような表情のアリッサに男たちは沈黙した。

 そもそも店先でする話ではない。


「ひとまず、個室にご案内いたします。

 商談ですよね」


「頼む。

 ええとディル君といったかな。君も仕事いるならついておいで」


 若いそこそこ筋肉ある男。今探している人員にぴったりである。

 純朴そうな青年をだまくらかすのはちょっと良心が咎めるがギーは肉体労働したくない。


 店内の個室に案内され、店員は一度席を外した。その間に、ギーはディルがとってきた薬草を確認した。


「……たまにいるんだよね。薬草を摘めない人」


 ものの見事に、毒草ばかりだ。ギーがちらりと観察した限りでは、手荒れもない。手袋をしても荒れそうな草もあるのに、だ。

 魔女お気に入りであるのも不穏である。

 まあ、修行中か、遊びに来た放蕩者かのどちらか。もしくは婚活である。魔女は女しかいないが、単体で増えないので異種族の男を必要とする。


 ディルは可愛げのある少年っぽい感じだった。なんか刺さったんだろう。


「魔女がいるって本当?」


「本人は魔女って言ってました。周囲の人もそういう認識で」


「そのうちあいさつしにいかないとな。

 まあ、勤め先を探してるなら屋敷にこないかい?」


「ぜひ!」


 詳細を聞かずに即決なところがアリッサたちといい勝負だ。よほど切羽詰まっているらしい。

 そこでギーは聞いてみた。


「他に誰が連れてきたりしないよね?」


 ギーとしてはむしろ男手は増量したいくらいだ。ディルはきょとんとした顔をしている。


「みんな、誰か連れてきていたから……」


 気まずそうにアリッサが状況を伝えていた。

 ディルもうーんと唸っている。


 人手が欲しい時には誰も来ない。ギーはぽんぽんとディルの肩を叩いた。


「君の働きには期待してるよ」


「はい?」


 そこで店の者が戻ってきて、話はうやむやになった。


 俺、騙されました? と気がつくのは、屋敷で働かされて三日後のことである。



 

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