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ある料理人と幽霊 後編

 足るを知る者は富み、つとめて行なう者は志有り。


 ゲートルートは現状に満足はしながらも努力し、勤勉であった。

 一か月前までは。


「……ああ、なんでこんなことに」


 侯爵家を解雇され、次の仕事が見つからないという話はゲートルートも聞いていた。想定を超えてどこにもいく先がない。実家に出戻ったところで、居場所もなく、しかし、貯蓄も老後までもちそうにないのでいるしかなく。

 日雇いをさがしても年を理由に門前払い。

 これなら若いものを残してくださいとかっこつけて退職せずに最後の最後まで、仕事にしがみついておけばよかったと後悔しても遅い。割り増し退職金と今までの職歴に慢心していた。うなだれてももう仕事は戻ってこなかった。


 行き詰ったその日に、ゲートルートは落ちてた子を拾った。いや、買った、らしい。記憶には全くないが。

 ヴィオと名乗った少年が言うには、その子捨てるならちょうだいと銀貨を投げつけてたと。それが最高にクールでかっこよかった、らしい。

 キラキラの目で見上げられて、ゲートルートは記憶にない私がすごかったと思うしかなかった。本当に覚えていない。


 しかも、実家に連れ帰って難色を示す身内に、不当な扱いをする子を見逃せというのかと演説したらしい。

 もちろんこれも記憶にない。しかし、身内の記憶には残っており、あなたそんな熱血なところあったのねと少しばかり扱いが変わった。

 冷血だと思っていたのに情があったのかと。


 それでも現実は無情で、食い扶持が増えた分、家に入れる金は増えた。いいのよというが、借りは作りたくないとやせ我慢したが、貯蓄は予断を許さないほどに減り、早急に何とかしなければならないという状況になってしまった。

 こうなっては田舎に引っ越しした元侯爵夫妻に雇ってもらうと旅立ちの準備を進めていた時に、ゲートルートの元同僚が訪ねてきた。

 メイド三人が一般の民家を尋ねるというのはなかなかにシュールだった。さらに背後にでかい男がいた。彼が庭師であることを知ってはいるが、知らずに見ると異様に威圧感がある。

 最初に応答した身内がひぃと悲鳴を上げたのもわからなくもない。ただ、借金取り? などと言われたのは心外である。


「どうしたの? 私も伝手はなくてよ?」


 仕事に困っているのかと思いそう伝えると彼女たちは首を横に振った。


「料理人をさがしてまして、総意としてお迎えにきました」


「どういうこと?」


 意味が分からなかったのはゲートルートの察しが悪いせいではないと思いたい。

 ほどほどに使えるメイドであった三人組は今は別の主人に雇われている。賃金は出せないが、衣食住完備、やめるときには紹介状も出してくれる。侯爵家の名が入らないので、ロンダリング完璧と力説し、どうかと頼まれた。

 一番熱が入っていたのはベアトリーチェだった。

 私もう料理したくないんですと泣きそうな顔で訴えてきた。ほかの二人、アリッサもシシリーもお料理しそうにない。そこそこ裕福な家のメイド暮らしというのは、料理メイドでもない限りしないものである。

 今日ついてきた庭師とさらにもう一人の庭師もいるらしい。

 その人員では、やはり食事を期待するのも間違っている。


 ゲートルートはしばし考えた。待遇が良いとは言えないが、背に腹は代えられない。遠くまで旅に出るより、近いほうがいいだろう。こちら子連れ、その上、初老に差し掛かっている。正直長旅はつらい。

 拾った子(ヴィオ)も一緒で良ければと伝えれば、不思議そうに見返された。


「あれ? お子さんいましたっけ?」


 アリッサは首を傾げている。ほかの二人も怪訝そうではある。完璧なるオールドミスであるゲートルートに男っ気など全くなかった。


「拾ったのよ」


 その拾い子がやたらキラキラしい金髪赤目だったせいで、三人からさらに怪訝そうな視線を向けられることになった。少し気まずい思いをしたが、手伝いとして使えるなら雇ってもらえるだろうという話で連れていくには問題ないようだった。

 そして、翌日には引っ越しをすることになった。急な話ではあったが、今日はもう作りたくないとごねるベアトリーチェを宥めてようやくそうなったのである。さすがに即日に引っ越しは難しい。多少は荷物があるのだ。

 彼女らの中では、夕食はテイクアウトで、と雇用主に掛け合うそうことで話がついた。昼食は食べて帰ろうとも言っているが、当の雇用主の食事はどうするつもりなのか。

 話の分かる雇用主なのか、嘗められているのか。

 少々不安になったというところはある。


 翌日に訪れた屋敷は確かにお屋敷で、お化け屋敷のような雰囲気がした。人を拒むような気配ともいえる。

 ゲートルートは意を決して、門をくぐった。自動開門するから、表門は勝手に入っていいと聞いていたのだ。もちろんそのあとは閉めるのを頑張って! とも。思った以上に立派な門に腰をやらないか少々不安になるが、二人分の力で何とかなるだろう。

 たぶん。

 そんなことを思いながらゲートルートは門を超え振り返る。


「どうしたの? こないの?」


「ん」


 ヴィオは少し困ったように立ち止まったままだった。

 ゲートルートは少し戻って少年の手を握った。少しばかり冷たい手は今日は汗ばんでいるようだった。


「なぁんか、妙な気配すると思ったらさ」


 そう言って現れたのは顔の良い青年だった。誰もいなかったの突然現れて、ゲートルートは悲鳴をあげそうになった。

 それを隠せるのは年の功と場数であろう。


「君がゲートルートさん? よろしくね。

 早速で悪いんだけど、お昼ご飯頼んだ。僕が好きなのは、トマト煮込み。臓物を入れて、豆も入ってるやつ」


「……夕食にはご用意します」


「よろしく!」


 上機嫌の青年がどうやら主であるらしい。

 ゲートルートは顔で評価はしないほうではあるが、顔がいいか悪いかくらいはわかる。

 貴族系でも王族系でもなく、異郷系でもない。

 異種の美しさであると判断した。


 どこかで見覚えがあるようなとまじまじと見るゲートルートを気にせず、彼はヴィオに視線を落とした。


「どうぞ。お入りください。ただし、うちの使用人に手出しはしてはいけない。

 それからルールは守ること。保護者の言うことは守る。わかったな」


「承った」


「外敵なら多少はいいよ。事件にならない程度にね」


「うん」


 二人だけがなにかわかったような態度である。

 怪訝そうゲートルートに彼は向き直ってぎこちない笑顔を向けてきた。


「帰りにパンは買ってくるからよろしくね! 豆は白エンドウがいいな」


「承りました」


 主はやったとご機嫌に去っていった。


「……変わってる、というのは確かそうね」


 その日の夕食は絶賛され、ありがとうございますぅとベアトリーチェが半泣きでお代わりしていた。


 それから一週間ほどは、何事もなかった。ぬいぐるみが動きません? という変な質問も来たが、全くなにもなかった。

 いや、寝るときにはいたと思ったぬいぐるみがいなくなっていたことはあった。連れてきた少年がどこかに連れ出したと聞いて気にはしなかったが。


 その日、夜中に目を覚ましたゲートルートは、一緒のベッドに入っていた少年がいないことに気がついた。

 しばらく待ってみたが、帰ってくる様子もない。どこかで迷子になっているのでは?と思ってゲートルートは部屋の外に出た。

 静まり返った屋敷は昼とはまるで違った。

 無音を乱すようにぱたりぱたりと頼りなげに音を立てるスリッパ。ゆらゆら揺れる手燭。影が踊る置物。


「ヴィオ、どこなの」


 小さく声を出してしまったのは不安に駆られたからだ。本当に、誰もいなくなってしまったのではないかと思うほどに、他に音がない。

 人が少ないせいということはゲートルートも理解している。


 人の気配が少ないだけで、いないわけではない。自分にそう言い聞かせ、廊下を進む。そのうちに、小さい笑い声が後ろから聞こえてきた。

 なにかを話しているが意味が分からないような声。

 気のせいと思えないほどのそれを振り返りたい衝動をゲートルートはこらえた。良き隣人は、良き隣人として付き合いたいのならば、見てはいけない。それは禁忌として伝えらえる言葉。

 見てしまったのならば……。


「あれ? メイド長?」


 急に声をかけられたが、それが知り合いの声だったのでゲートルートは安心してそちらを向いた。

 白い塊だった。


「ヴィオ君、ちょっとお庭に行きましたよ」


 その白い塊がシシリーの声で話す。それだけでなく、青白い炎が近くうろついていた。

 きっとこれは悪い夢だ。夢だから意識が遠くなってもおかしくはない。


「……え、ええっ!?」


 卒倒したゲートルートを見て慌てたような声が聞こえた。


 翌日、ゲートルートはベッドの中で目を覚ました。起き上がってみれば、何事もなかったようにヴィオが隣で寝ている。天使のような愛らしさがある。眠っている時は、だが。

 起こさないようにゲートルートはベッドを出て身支度をした。朝食の準備がある。


「お、おはよぅごさいますぅ」


 厨房で準備をしていると声をかけられた。見ればシシリーがドアを半分開けていた。


「おはようございます。

 まだ、準備中です。もう少し待ってくださいね」


「お手伝いします。あの、変なことなかったですか?」


 脈絡もない問いにゲートルートは首を傾げた。いつもと変わらぬ朝だった、と思えたが、何かが引っ掛かった。


「……変な夢を見たような気がするわ」


 そう、幽霊みたいなのを見たような。


「そ、そーですかー。安眠のお茶があるのでお譲りしますです」


「ありがとう?」


 挙動不審である。しかし、ゲートルートは問わなかった。長い付き合いをしていくというのは、踏み込まないことである。

 ゲートルートはここを終の棲家とする決意をしていたのだから、余計なことは言わないつもりだった。居座るには色々なことには首を突っ込まない。それは前の勤め先でも同じだった。

 冷たいとかとっつきにくいだとか言われていたのはそのせいだ。ちょっと気にしていたが、それでいまさらやり方を変えられるわけもない。


 冷たくて結構。面倒に巻き込まれるほうが厄介だ。


 と思っていたが、周囲は冷たいとは感じておらず、そこそこ慕われていたということをゲートルートは知らなかったのである。

異世界に孔子も論語があるのかと言えば、その前に転生してきた誰かが広めました。

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