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ある料理人と幽霊 前編

 ギーには前世の記憶がある。

 特に役に立ったことはない。なぜなら、すでに前世の記憶があり、好き放題していた始祖というナマモノがいるからだ。セイブツというより、ナマモノ。そんな感じのアレだ。

 生まれたこの世界では大人しくしていたらしいが、界を分けたときにじゃあ、好きにするわーと自分の区画だけ技術革新をしたのだ。不幸なことに、配下は寿命だけは有り余る植物精霊。長ーい時間の末に、それなりに出来てしまった。冷蔵庫、電子レンジ、オーブン、エアコンにテレビまで。山奥にそんな家電風なものがあふれる家がある。

 初見の違和感が半端なかった。

 なお、テレビ局もある。3局あり、天候専門、時事専門、娯楽専門と別れて日に数時間放送されている。さらにラジオもあり、こちらのほうが放送局が乱立し、私的放送があったりと群雄割拠だった。


 そんな自重しない開発の結果、異世界を繋いで話せる電話も実はある。


「庭、見つけちゃったの!?」


 電話の先で騒がれた。ギーは電話を遠ざけた。本人じゃなく、実家の父につないだはずが、側にいたらしい始祖に強奪されたらしい。

 それもこれもギーの話を大して聞かず、魔女の庭!? と叫んだ父が悪い。顔はいいけど、ボケの権化と言われた祖先とよく似ていると言われるだけはある。

 このボケの遺伝子がいつか発祥するのではないかとギーは恐れているが、それは余談である。


「きーてーるー?」


 音声がやや小さくなったことを確認してギーは再度耳にあてた。スピーカーにしたほうがいいような気がするが、外にも聞こえて欲しくもない。


「先日、継承した庭をさがしたら繋がりました。

 うちに今、半植物精霊のお嬢さんがいるんですが、その人が見つけまして。

 アリッサという名前なのですが、ご存じだったりします?」


「確かにちょっと前にお化け屋敷継いだとかきいたね。

 ふむ。

 アリッサちゃんってしってるぅ?」


 そう後ろの誰かに尋ねている声が聞こえた。鮮明ではないが、うちの孫の子じゃなぁい? と聞こえてくる。


 うちの孫というからには世界樹と始祖の間の子の子孫だろう。この場合、血と枝と魂の一部をこね合わせて作ったなんか、である。合成生物感ありだ。

 倫理的にどうなんだろとギーは思うが、まあ、それでもここではちゃんとした植物精霊の増え方である。一般的とは到底言えないが。


 アリッサが始祖の曾孫であるなら、あの資質もあり得るような気がしていた。


「たぶん、ローレルの娘、だと思う。ごめんね、孫が多すぎて思い出すの時間かかるの。

 その子が見つけたんだ。じゃあ、私の後継者かなっ!」


「…………普通の娘さんなので、普通に普通でいさせてあげてください」


「ちっ。無職になって好き放題したいのに」


 最高に物騒なことを言いだしている。背後からも久しぶりに旅に行きましょーよーと自重のかけらもない声もあった。


「やめてくださいね」


「つまらーん。

 まあ、それはあとで考えるけど。

 今、ローレルちゃん、今、聖樹選抜試験にやってきていて、お子さんたちは夫に任せたので大丈夫! と言っていたという話、らしいよ?」


「独立されたって話なんですかね」


「ちょい待ち。

 貴族の旦那と息子と娘がいるって記録にある」


 メイドしそうにない。さらに解雇されて身売りと言う状況になりそうにもない。

 なんだかギーが思ってたのと違う話になってきた。


「没落したって話?」


 電話の向こう側でも困惑している。


「ローレルさんが界を渡って行かれたのっていつです?」


「今、調べる。

 ……そっちの時間だと10年前くらい? 人にとってはちょっとお出かけには長すぎるかしら」


 かわいた笑いが聞こえた。

 この10年。人の感覚で言う半年から1年程度である。種によっては、あ、1週間くらい? まである。

 そう言う感覚のずれをちゃんと説明していったかは疑問がある。ちょっと旅にといっていなくなった妻を待てるのは何年か。

 思えばアリッサは過去形で話していたような?


 ギーは、アリッサの父が後妻もらってても、その後妻にいびられても、おかしくはないんじゃないかなぁと嫌な想像をしてしまった。


「もうちょっとで終わるから。事後報告しとくからなんとかして!」


「と言われても……」


「庭、使っていいから。じゃ、サポート役と調査人員送るわ。大至急で!」


「一度、一族の調査したほうがいいんじゃないですか?」


「検討する……。こんな増える予定ではなかったのよ。増殖しすぎじゃない? 直系5人よ」


 そう嘆いているが、何代繋いでいると思っているんだろうか、あの人。ギーはそうツッコミたいのをこらえた。電話が長くなるだけで全く話は進まない。


「そういえば、最近、気になることがあって意見をお伺いしたいんです」


「んー?」


「この世界の原作って存在すると思います?」


「はあ!? あったら私が無双したわっ! あ、でも、私が転生して長いし、元の世界でなんかあった? でも双方向の干渉とかなさそうだし……」


「それはわかりませんよ。

 ただ、今、原作ありきな感じで無双中なお嬢さんがいて、忘却の薬を持ち出したっぽいんですよ」


「なんか面白そうね。

 必要そうな素材があったら言って。送るから」


 電話の向こう側の声はひどく静かだった。いつもの子供かというふるまいとは違う冷ややかさ。

 こういうところがおっかないんだよなとギーは思い出した。


「ところで! 曾孫のアリッサちゃんとお話ししたいんだけどなぁ。後継者しないかなぁ」


「しません。話しません。

 では、大叔母様、失礼します」


「はいはーい」


 始祖はかるーく返事をして、父に電話が戻ることもなく切られた。


「面倒事になってきたなぁ」


 ギーはため息をつく。

 アリッサたちがやってきて早2か月ほど。ギーが関わりたくもないお城の仕事も騒がしくなってきている。

 ある程度時間をかけ調べたところによれば、婚約破棄された側のジャネット嬢は、王子様と仲良く過ごしているらしい。このまま輿入れか、辺境伯家へ婿入りかという噂である。

 辺境伯領は、今までなかった、とされる発明で発展している。実際は前文明ですでに出尽くしているので、文献だけは残っている。一部現存もしているので、それを扱うような専門家は苦笑していたりした。便利ではあるが、残されなかったもの。技術力が低下したことだけが理由ではない。


 この世界には、文明の発展を阻害したいものたちがいた。


 かつて魔法文明を極めたときに作られた種族、魔女。彼女たちは、文明の発展を嫌っていた。自らが生み出されたような発展を遂げるかもしれないなら、叩き潰すのが彼女たちの信条だ。そうすれば、同じものは生み出されないと。

 界を分けた今は緩やかな発展は黙認するようになって久しいが、それでも急激な発展は危険視するだろう。

 ジャネットのやり方は、魔女を呼ぶかもしれない。少なくともその存在はすでに伝えられているだろう。


 最悪、国が一つ、地図から消える。文字通り、抹消だ。

 既知である水没の魔女や日覆の魔女がやってくる可能性もゼロではない。ギーはその前に止めておく義理はあった。

 ここに魔女の庭があるならば、守るのが子孫の役目だろう。

 ランタンの火を定期的にメンテナンスするだけが仕事でもない。


「あーめんどい」


 なお、婚約破棄した側の侯爵家は、地位を返上し、元侯爵夫妻は田舎で屋敷を買ってスローライフ中。

 なお、元使用人も田舎暮らしできる人は引き連れていったそうだ。最初からそのつもりというより、泣きつかれて仕方なしにという形のようだ。


 その子息も平民となり、偉そうな態度の露天商をしている。逆に面白いと人気になっているらしい。目利きは確かで、お安くほどほどのものとお高いけど良いものをそろえているようだ。さらに婚約破棄のときに一緒に居た令嬢とめでたくご結婚された、らしい。

 なんでも、平民でも君を幸せにしたいと言われたそうな。これは新聞で読んだ記事なので本当かは不明ではある。不明ではあるが、あんた偉そうにしないの! と夫婦漫才方式で彼女も一緒に露天商をしているそうだ。


 逆に没落したほうが楽しそうとはこれ如何に。


 元の屋敷は、王家が買い取りをし、現在も閉鎖中である。ギーにも庭師の件で探りを入れられた。意図的に雇い入れたのではないかと痛くもない腹を探られて大変不快だった。

 そのために、気に入らない相手の家に仕えていただけで、雇うなよと圧をかけるような根性の悪いことしていると呪われるよと告げておいた。あからさまに怯えていたのでギーとしては溜飲が下がったところである。

 その脅しがきいたのかはわからないが、紹介所でも元侯爵家でも歓迎の文面が見られるようになったそうだ。逆に怖いとメイドたちは避けるリストに入れていたが。

 彼女たちの働きにより順調に屋敷は片付いており、残り数か月もたたずに出ていかねばならないと今から活動している。


 ギーは、いっそ、長く勤務する? と誘いをかけるタイミングを逸し続けていた。陰のものにああいう誘いをかけるのは難しい。


 色々考えても腹は減る。

 ギーは食堂に顔を出した。昼食の時間は決まっており、遅れた場合、自力調達する約束になっている。俺、家主と主張したが、ルールはルールですと笑顔で押し切られた。


「今日のお昼なにー」


 と何の気なしに聞いたのが、まずかったと後で聞いた。


「もぉっ! 料理! したくありません!」


 食堂の真ん中で、リーチェが叫んだ。

 最初は当番制であった食事の準備も能力の差が激しく、今ではリーチェのお仕事になっていた。

 新しく加わった庭師も料理の役に立ちそうにないらしい。


「旦那様、ぜひぜひ、料理人を雇いましょう。そうしましょう! 今すぐにでも斡旋所に!」


 ギーは両手を握って迫られる。逃げんなよという強い圧を感じた。


「いや、いいけど……。君たちの伝手ないの? 困ってる同僚いたら拾うよ?」


 侯爵家の料理番ならきっと料理も上手じゃないかという下心があったことは否めない。

 リーチェは料理ができるが、料理上手でもなかった。


 二人か、雑用込で三人までという制限に、誰がいいのかと元侯爵家使用人は議論を尽くし、ある一人をあげた。

 メイド長である。

 料理人ではなかった。


「たまーに、すんごいアップルパイ焼くんです」


「病気の時のパンがゆ、心に沁みました」


「家庭料理をたまに振舞ってくれて」


「……君らがいいなら、いいけど。王都に残ってる?」


「ご実家が下町にあり離職後は戻る予定と聞いてました。アタックしてきます」


 うきうきと出かけるメイド三人に護衛として二コラもつけてギーは送り出した。


「どのくらいの年の人なの?」


 さすがに彼女たちの前で年を聞くのもと思って控えていたが、この家にはお化けではないが、歩くぬいぐるみがいる。夜も実は幽霊が出るらしい。幸いというべきかギーは見かけたことはない。

 シシリーはああ、昨日お話聞きましたよ、なんて言っていたが。一番幼いように見えて中々達観しているのでこれもきっとなんか訳アリとそっとしている。

 そんなお化け屋敷に老齢のご婦人が来てはと心配になったのだ。


「儂と同じくらいでしょうかね。

 純粋な人といいますが、なにぶん変わった方で」


「……変わってない人雇ってないの? 侯爵家って」


「それを言われるとツライですな。混血に寛大である分、そう言うものが集まりやすいのです」


「多い、の?」


 イェレの言葉にギーは表情をひきつらせた。

 さすがに他の使用人は普通の人間であろうと思っていたのだ。大きな家とはいえ、混血ばかりを集めたりもしないだろうと。これは外から調べることは難しい。本人が隠していることは多く、聞くことは失礼だという認識はある。

 ただ、雇われるときには申告が必要な場合もあった。ギーはあえて聞かなかったが。


「下級使用人の半数程度は何かしら混じっていると思いますね。

 儂の感覚で察知できた分ですが」


 怪訝そうなイェレにはこの話の問題がわからないだろう。


「このままだと国が更地どころか消失する」


「消失とは穏やかではないですな」


「混血ってあまり歓迎されないんだけど、界を渡った先の奴らってアレだろ」


「ああ。わかります」


 イェレは苦い顔で同意する。

 混血、といっても幅がある。アリッサのように純粋種からの混血からギーのようによくわからないくらいに混じったものまで。半分以下になると同族にあまり歓迎されないことが多い。

 ただ、ここに謎理論があり、仲間内で区別することはいいけど、他所のやつらにやられるのって腹が立つ、というものたちもいる。さらにうちの血に文句付けんの? という血の気の多さもある。


 そう言うものたちに界を渡った先まで、混血を雇用し、守ってきた(と思われている)侯爵家がなくなった、と知られるとまずい。

 このままでは寝耳に水な話で王家に殴りこまれる。

 王家が何も知らなくても、当の侯爵夫妻が知らないうちにそうなっていたとしても関係ない。事実上、普通に雇用して、普通に扱っていた事実が大事だ。混血と知られるとやや悪い待遇からスタートするのが当たり前であるからそこから考えると温情がありすぎる。


「自分たちがいつも差別しているくせに、こういうときだけ嬉々として乗り込んでくるとか最悪」


「落としどころはあるんですか」


「えぇ? 原因を辺境伯に押し付けてぶっ潰して、誠心誠意、謝罪して、侯爵家の名誉回復、現状復旧、しかねぇよ」


「過激ですな」


「あの規模の家の使用人だろ。

 関与する界が一つ二つで済まない。一応、言うが、アリッサの血だけでも、この国潰しておつりがくるからな?」


 そうしないのは始祖が大事にしている魔女の庭があるからだ。もう一つ、思い出のランタンも壊せない。さらに灯台のもじゃもじゃはわが友、とか言ってる。

 盾に使えばよくないか? とギーはちょっと思った。

 異界間交渉は丸投げしようと決めた。


「それはそれは。おそらく我が土の精霊も関わってくるでしょうな。常世の庭の管理人を追い出すとは、けしからんと」


「ああ、こりゃ、ダメかも……」


 知らないうちに埋まっていた地雷を踏みぬきまくっている。

 そう項垂れてもお腹は空く。


「ところで、俺たちのお昼って?」


「食べに行きますか?」


「そうしようか……」


 ギーも料理は上手ではないし、イェレも侯爵家に入ってからはろくに料理をしたことがない。出来上がるのは食べられなくもないけど、というものだけだ。

 食材が哀れなので、多少の金銭的損失には目をつぶることにした。

あんな始祖(祖先)が活躍する草魔法の話はこちらです。大体ヒドイ。

余談ですが、現王都は始祖がいた当時は王都ではなく、一領地の領主の住む町。

ホントは怖い草魔法(連作まとめ版)

https://syosetu.com/usernovelmanage/top/ncode/2267507/


こちらにも小話があります。

続きそうで続かない短編倉庫

ep.42 旅は道連れ世は情け、というが。

ep.43 あたし天草、ベンチの上にずっと座っているの。人のいない海って静かね。

https://ncode.syosetu.com/n8727ft/


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