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ある庭師と常世の庭 前編

 庭というのは、家のステータスである。

 美しさだけでなく、希少なものをそろえているか、流行のものは押さえているかということも合わせて判定される。その庭を任せる庭師というのはその庭に住んでるようなもので、主が変わってもめったに解雇されることはない。

 ないのだが。


「庭師のイェレさんです。

 よろしければ面接してくれませんか?」


 メイドたちが家になじんできたころ、困ったような顔でアリッサが小柄な男性を連れてきた。女性であるアリッサよりこぶし一つ分小さいので男性としてはかなり小柄である。

 一目でギーはピンときた。


「…………じゃあ、二人だけで」


「お茶お持ちしますね」


 心配そうな表情のまま二人を残しアリッサは部屋を出ていった。


「ノームの血を継いでらっしゃいますね?」


「そっちからは草の匂いがします」


 お互いに顔を見合わせてにこりと笑った。

 がしっと手を握る。


「よろしくお願いします。正直、影響を舐めてました」


「はははっ、あれは手入れのし甲斐がある庭ですな」


「本当に……」


 植物精霊ドライアドの血を引くものが二人いたら、植物も頑張っちゃって庭がすごいことになった。

 門から玄関までの道はなにかの仕様でもあるのか雑草一つ生えないが、ほかの場所はわしゃ、としたものだ。それ以上の観測をギーはしたくない。森に棲んでた祖先がいても、ギーは都会派である。ダンゴムシはいけても、カブトムシには悲鳴を上げるほうだ。


 アリッサは植物精霊の血を引くだけでなく、草魔法に適性があるようだ。それに気が付いたのは、一輪の花からだ。

 お花飾りたいから欲しいなと呟いた翌日から欠かさず一輪咲くようになったらしい。季節を問わずに、何かの花が。異常であるとメイド仲間も思っていなかった。いつも、そうだからと。


 花が咲く季節を知らないから、勝手に咲く。魔法とは思いの力とはよく言ったもので、思い込みで様々なことをしでかす。だから、資質がある奴ほど先に常識教育をしなければならない。

 そんな変なこと起こらないと刻み込まねばなにをされるかわかったものではないからだ。

 そのうち、苦くないピーマンとかが勝手に生成される可能性がある。始祖のやらかしを思い起こせば、勝手に品種改良された植物が出てくるというのも別におかしくはない。


 早急に、専門家からのツッコミが必要だった。

 庭師が来てくれるのは正直とてもありがたい。


 ただし、庭師すら解雇されたという事情は聞いておきたい。ノームというのは土属性の妖精だ。精霊よりはより物質に近い。人の世に残り、人との混血もそこそこ存在するくらいには。

 ノームの血により、植物というより土いじりに向いている。その結果、庭師や山の管理人、鉱山などに勤めていることが多い。

 本人たちが混血であることを言うことはないが、俗説として小柄な男性のほうが優秀な庭師が多いとされている。


「どうして、庭師を辞められたんです?」


「どうもこうも、花が咲かなくなりました」


「天候の、というわけでもなさそうですね」


「常世の庭、というものをご存じですか?」


「どこかで聞いたことがあったような気がするけど」


「国内で言うと忘れえぬ炎、草覆いの灯台、失墜者の水場と同じようなものです」


「遺産か。そうか、王都にあったんだ?」


 遺産というのは異種族が残した足跡のようなものだ。界を分けても残っている驚異。時を経ても損なわれないもの。それだけに取り扱いは注意が必要だった。

 それが侯爵家にある、というのはわかる気がするが、ギーは少しばかり違和感を覚えた。

 王都には雑多な力が残っている。だから個別の力を判別するのは難しいが、その遺産に類似したものを感じたことはない。

 常世の庭は始祖が関わったこともあり、血が勝手に察知してもおかしくはないはずだ。


「そう言うことになっていたんです。

 その場所だけは常に何かの花が咲いていた。雪の日も雨の日も、熱い夏の日も。それが、一輪も咲かなくなりました。

 常世の庭を守るために作られた家門なのでこれで侯爵家はとり潰しになります。その前に皆が解雇されました。最後まで付き合う必要もないからと」


「今から咲かせても、手遅れ?」


「奥様も旦那様も、もう、終わりでよいと」


 ギーの問いにイェレは首を横に振った。

 婚約破棄からはじまった話は、侯爵家を一つ潰すことになった。アリッサが残っていれば、まだ花が咲いた可能性はある。しかし、彼らは解雇してしまった。

 そこは知っていたのか、知らなかったのかではその意図が違う。


「もとより、疑惑のある庭だったのですよ。

 本物ではないのでは? と」


「まあ、確かに本物っぽい匂いがしない。うちの」


 そう言いかけてギーは口を閉じた。そこまで言う必要はないだろう。

 それくらいなら、ここのほうが近い匂いがする。植物が増えたせいもあるだろうが、故郷のような匂いになりつつあった。


「ここは良い庭ですな。

 ところで、知り合いも困っていてつれてきていいですかな?」


「……雇用条件が同じでいいなら」


 なんでまたこいつら他の人を連れてくるんだろうか。ギーはそう思いながらも、この庭を一人で管理しろとは言い難くそう言うしかなかった。



 イェレが連れてきたのは背の高い男だった。一般的成人男性の範疇にあるギーより頭一つ分高い。巨人と思ったら先祖返りだという。

 大柄だが、気は弱いという男は二コラというらしい。

 アリッサたちとも知り合いらしく、久しぶりと声をかけていた。そこには少しの親しみがあるようで、悪いやつじゃないようだとギーはちょっとばかり安心する。


「そういえば、この家、お化け出るけど、大丈夫?」


 気が弱いと聞いてギーは確認した。イェレはここに来た当日の夜に部屋の中で動くぬいぐるみを目撃し、縄で縛って朝まで放置したそうだ。

 つぇえなとギーは感心した。これ以降、ぬいぐるみ連中はイェレを避けている。


「……大丈夫っす」


 二コラは大丈夫じゃなさそうな顔色をしていた。

 その夜のうちにやっぱりぬいぐるみが強襲したらしいが、寝かしつけられてしまったそうだ。かわいいからとニコニコしていたので、やっぱりこいつもただものではないとギーは慄いた。


 そんな新たなる雇用から一週間。


「なんで、私が、庭担当に配置されてるんですか」


「仕方ないだろ。2人だけでこの庭とか無理だし、ほら、お前半分植物」


「差別。それなら旦那様も植物」


「俺は1/6くらい。あと日差しで日焼けで死ぬ」


「影のイキモノですか」


「影の中に潜んでいるイキモノなので、無理。あと雇用主。命じる権利ある」


 そう言ってアリッサに植物の常識を叩き込むべく、庭に送り込んだ。本人は大変不満であるが、仕方ない。

 そう思っていた。判断が間違っていたと気が付いたのは、それから数日後のこと。


「……あの、菜園があるんですけど」


「……は?」


「ついでに、薬草園と、かなり、強固に隠された何かが」


 イェレとアリッサが報告してきた。その大きさを聞いて、ギーは驚く。そんなに庭が大きいはずはない。敷地を超えている。


「どっか、繋げてるな」


 現地についたギーが見たのは、確かに菜園だった。生け垣を超えてどこかに連れていかれたのだ。全くそう気が付かない間に。

 生い茂った草木をかき分けて、たどり着いた先には家があった。


 それをギーは知っていた。


「…………魔女の庭じゃねぇかよ」


 かつて、始祖が師匠とも親ともいえる存在と暮らした家。

 どこにあるのかと明確に残されなかった場所。


 見たことはないが、思い出の中で語られるそれを幾度も聞いた。似せた絵もなんども、見せられてあの頃は楽しかったんだと思うと小さく笑う姿を覚えている。

 誰も残っていないなぁと。

 そういうとまあ、世界樹があたしがいるじゃなぁいと言い出すのだが。お前は人ではないので勘定しないとかギャーギャーうるさいものだった。ギーは勝手にやってろと子供ながらに思ったものだ。


「眠っているような状態ですな。起こしますか?」


「起こせるのか?」


「儂ではなく、アリッサ嬢ちゃんなら」


「わたし!?」


 アリッサが驚いている。本人無自覚の資質があるのだから仕方ないだろう。


「いや、やめておく。

 実家に連絡して、沙汰を待つ。勝手したら、あの人、こっち来る。界の協定で超えることは許されないとかあるはずなのに、ぶっちぎってくる」


「……そんなやばい人の知り合いが?」


 アリッサがドン引きしているが、イェレは誰か察したらしい。

 この話は、植物業界では有名すぎる話ではあるのでノームの庭師なら知っていてもおかしくはない。


「ここの話は他言無用だ。

 言えば、咎があると思え」


「わかりました」


「承知した」


 二人を先に庭から出し、ギーは改めて見回した。


「常世の庭、ね」


 そんないい話でもなかった気がする。

 ミントぶちまけ事件とか、ニンジン育てたらマンドラゴラ湧いてきたとか、あれ、ゴボウでもいけるんだってよとか。

 始祖はなんかいつもくだらない話をしていた。楽しそうに。


 非公表だな。

 ギーはそう決めて、垣根をくぐった。その先では二コラがそわそわしたように待っていた。それだけならいいが、残りのメイド二人もいた。興味津々の顔で。


「ちょっと閉鎖しておいて。

 誰も入らないように」


 改めてそう言う。


「入ったら外出す。紹介状も書かない」


 不承不承な返事が二つかえってきた。元々二コラが入れそうなサイズなので彼は返事しなかったのだろう。


 ニセモノを常世の庭と言っていたという罪状も追加したら、侯爵家はとり潰しどころでは済まない。

 どこまで知って、あのお嬢さんは手を打ったのか。そもそもあの令嬢にはおかしな点がいくつかある。それはギーだけが気がつくものもある。


 なんだか、自分一人だけが、全部知ってるみたいな振る舞いが鼻につく。


「ま、関係ないか」


 ということがフラグになることをギーは忘れていた。

忘れ得ぬ炎は、ある魔女を偲んで置かれたランタンである。その子孫が今も守っている。

草覆いの灯台には、消えぬ光がある。航海の安全を守る紫のもじゃもじゃお化けが出るらしい。

失墜者の水場はかつて豊かな農地だったが、水に沈んだ。二度と水が引くことはない。

常世の庭は植物たちの主の菜園だった場所とされる。主が異界に去った後でも絶えず花が咲く。



なお、この屋敷には杉もヒノキもブタクサもございません。

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なんて(花粉症患者に)やさしい庭なんでしょうw
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