親子と復讐とざまぁ 6
アリッサが知るエリンは庭の世話など気にしたこともなかった。庭は美しければそれでよかったように見えた。手入れが必要とも考えたことがないだろう。
その彼女が汚れた服と荒れた手をしている。
「この領地を立て直すには、この薬草が必要なの! そうすればみんな幸せになれるわ」
キラキラした目で語っているが、その薬草というのがヤバそうである。ここに来るまで緑と活気が減っていった。この街から一番近い村はもう無人で畑も荒れていた。
ちらっと横切る程度でもそれがわかるほどだ。
アリッサはここに立っているだけで少しずつ力が抜けて行くのを感じていた。
ローレルやギーは植物精霊として強い。その結果、その血が半分程度のアリッサより鈍感である。
「ええと、誰?」
困惑したようなローレルにアリッサはあれが母がいなくなったあと居座った娘だと伝える。意地悪い言い方ではあるが、事実としてはそうだ。
なんとなくお人好しな父と兄に取り入った。もっとしっかりしなさいよっ! というところだが、彼女は可愛らしく甘えるのが上手だった。
アリッサがそうなれなかったかわりのように、そう振る舞った。存在しない幻想のイキモノとしての妹や娘である。
だからといって可愛いだけでもなかった。家にあった本を読み、家庭教師をねだる程度には賢明でもあった。しかし、それを表に出すこともなかった。
そういうところが、アリッサとしては根本的に合わなかったのだ。
「今は義姉よ。
こちらは?」
やや正気そうな返答にアリッサはちょっとだけほっとした。どこかに逝っちゃってるモノとは話しどころではない。
「あなたの姑になるのかしら……。
話をきかせていただきたいものですわ」
エリンはニコリと笑った。無邪気そうなのが不気味である。ギーがそーっとアリッサの後ろに隠れようとしていた。さらにディルはギーの後ろについた。背後霊のようである。
「僕のカンがあれはやべぇぜと言ってます」
「いざというときは肉体労働してくれ」
「わかってますよ」
とはいっても期待はできそうにないなとアリッサは二人の話を聞いていた。気の優しいディルに女性を押さえつけるなんてできそうもないし、口喧嘩すら負けそうである。
ギーはひょろっとしているし、力もあてにもできそうにない。魔法なんて使ったらやりすぎな想定だろう。
母の三日月のような口元を見ればあちらにも任せられない。
つまりは、なんかあったらアリッサが物理でもなんとかしなくてはならないわけである。
ひとまず屋敷の中へというエリンの誘いをローレルは断った。そもそも自分の家なのだから入りたければ自分で入ると余計な一言もつけて。
エリンはぴくっと表情をひきつらせたが、外面を張り付けていた。ご令嬢各種が日常的に活用しているスキルである。
「お義母様お会いしたかったです。
どこかに家出されて帰ってこないとお聞きしたのですが、どういったご要件でしょうか」
「おかしいわね。
研修のために不在にするときちんと伝えていましたのに」
「十年以上かかる研修なんてないでしょう?」
アリッサですら、そう思うよねと同意する感想である。植物精霊の時間感覚のズレを舐めすぎた結果だ。たぶん体感、10倍違う。
ローレルは困ったように眉を寄せた。
「本来はもっとかかるものを実務で補うと押し通してきましたのに。
まあ、いいわ。
留守居に苦労かけたわね。もういいわよ。私があとは責任を取ります」
詳細を全く聞くこともなくローレルは言い切った。
「何年もいなくて、勝手に帰ってきたのに余計なことしないでくれますか?」
「あらいいの? あなたが責任取ってくれるのね?」
「借金の精算ならアリッサがいればできます。
ねぇ、あなた植物を育てられるのでしょう? この地のために薬草を育てて! そのお薬があれば高く売れてみんなにも感謝されるわ」
「い、……、どんなお薬なんです?」
アリッサは嫌と即答したかったが、エリンがいう薬とやらが気になった。よほど自信があるのだろうが、それほどなら噂になってもおかしくはない。
「最後の魔法使いのレシピを使ったのよ。
もう亡くなったって聞いたけど、その魔法使いが残した本でみつかったものらしいの。そのレシピを譲ってもらったの。百年草っていう珍しい薬草が必要で育てたんだけど、少しも収穫できなくって。
そう思ってたら野草園にあるって聞いたから、それを育てたのだけどすぐに育ちが悪くなったの」
アリッサはギーへ視線を向けた。ギーは違うってと焦ったようにいっている。彼以外にいるという話は聞いていない。いるなら嘘つきだ。
魔法使いは魔法使いだけの界を作り隠居した。小島がいっぱいあるような場所らしいとギーから聞いている。多種多様な偏屈の巣窟であり、弟子を拾いに来る以外で出てくることはない。用事などがあってくることはあってもそれは正式な入界申請をしてはいる。それは魔女界との協定によるものだ。
「最後の魔法使いって名前は?」
「ギンリュウときいたわ」
「偽物ね」
アリッサが間違えて呼ばれる方として教えられた名だ。綴りがよく似ているので間違われやすいと。さらにその名で記載することは最近はない、らしい。
「そんなことはないわ。あのジャネット様が手ずからもたらしてくれたのだもの」
再びギーを見れば違うってと訴えていた。
「その人、なんなの?」
胡乱な表情でエリンはギーを見た。
「本物の最後の魔法使いよ」
「その、じじいでも死んでもいなくてごめんね?」
煽っているのかという言葉だが、ギーの表情は神妙にしているので本当に思っているようだった。
本当にと疑うような視線を向けたが、エリンは判断を保留したようで微笑んだ。うわとギーが呟いていた。本当にうっかり漏れたような声である。
ギーからすればエリンは苦手なタイプであるらしい。
「魔法使い様がいらっしゃるなら、もっと簡単になりますわ!
さあ、魔法で」
「いや、無理。むしろ、この地は閉鎖しておかないといけない。植物が良く育つ見込みはないよ。
それも百年とは言わないけど長期利用は見込めない。領民、全部お引越し案件」
意味が分からないという顔のエリンだが、アリッサもそれほどとは思えなかった。原因を取り除けばすぐに戻りそうな体感だった。
「土も改良しましたし、水もあります。枯れたのは運が悪かったからです」
「それじゃダメなんだけど、人の子には理解しがたいだろうね。
はい、ディル、やって」
ばさりと布が舞った。それがエリンに絡みついて地面に落ちた。バタバタとしているのが標本の虫のようでちょっと不気味である。その布を投げたディルが、これ大丈夫です? と不安そうな顔をしている。いつ動いたのかもわからぬ早業だったのだが、それを誇るようなことはないようだ。
「な、なによこれっ!」
「ただの重い布。考案したけど、実際使う日がくるとは。物理で重すぎて広げるの無理なんだよね」
実験できてよかったといわんばかりの言葉にひっとエリンは悲鳴を上げた。アリッサもちょっと引いた。
「で、ローレル、特定できた?」
「野草園が開けられているわ」
「始祖を呼ぶ?」
「そうね。それしかなさそう」
そう言ってアリッサへ視線が向けられた。
「え、なに!?」
「ひいおばあちゃん、たすけて! ってこれに向かって叫んで」
「意味わかんないんですけどっ」
「私たちじゃこないのよ。たのしくなさそーとか言って」
げんなりしたような顔でローレルが嘆く。ギーもうなずいていた。
そして、謎の箱を押し付けてきた。
「ほんと頼むよ」
アリッサはギーのお願いに弱かった。ギーは自分の顔の良さというものをいつも忘れている。アリッサに特攻というのも。
だから、羽竜にのっているときも安全のためにと密着しても、耳元で大丈夫とか言うことも躊躇しない。言われたアリッサが内心悲鳴をあげていたことも全く気がつきもしなかった。頭がゆだるというのはああいう状況を言うのだ。
ほんとお願いをおねだりする顔を見てアリッサはため息をついた。
「ほっとくと世界が滅ぶんですか?」
「割とマジで、滅ぶかも」
「食糧危機待ったなし」
アリッサは覚悟を決めた。
最後の魔法使いと聖樹でもむりというのだから、異世界に隠居した始祖を呼ぶ。
「ひいおばあちゃん、助けて!」
本当に来るんだろうか。アリッサは不安になりながら箱に声をかけた。
「はいはーい! 呼ばれて飛び出てくるよっ」
秒だった。
どこかに隠れていたんじゃないかというほど秒だった。
「ちょ、もったいつけなさいって」
そう言っている魔女も見えた。よく見知っている魔女だった。
「え、魔女様!?」
「うわ、やべっ。
ぐ、偶然ねぇ!」
どこにも偶然性はない。ディルが貸し出されたのも後をついてくるから安心というところだったんだろうかアリッサは思った。
どうりですんなりだったはずだ。
二人分のなにしてんのという説教を食らう始祖。
魔女のことを心配しまくるディル。
放置されているエリン。
そして、どうしようかなと困っているアリッサ。
状況は混沌としていた。
「ま、まあ、やばい野草園だっけ、隔離しよ。
そういや、も一人の曾孫は」
「屋敷のどこかにいると思います。夫はいないみたいですけど」
「地方療養してます」
エリンが律儀に返答していた。貧弱で軟弱すぎてと罵倒もしているが、ローレルもちょっと困った顔でそうなのよねぇと同意している。
実質、領地運営していたのは母だったのではとアリッサは考えてしまう。普通視察というのは、領主の仕事であるものだ。
「ふむ。ここには関係者しかいないってことね」
始祖が呟いて指を振った。
「や、ちょ、まって!」
「ダメ、おばあさまっ!」
「おうちにかえろ」
その声が響くのと同時に地面が揺れた。周囲の景色がなぜか下になっていく。
「な、なにをしてるんです!?」
「このままだと周囲を巻き込んで次元の断絶しちゃいそうだから浮かせてから空でわたるの」
「そ、そこまでしなくてもいいでしょっ! 浮かせたらおしまいっ!」
ローレルがお祖父様に隔離してもらいますからねっと不承不承ながら頷いた。
その次につまんないと聞こえてアリッサは理解するのをやめた。皆が、ああ、あの人は、という微妙な顔をする理由がわかった。前に声を聞いていたときはまともそうだったのに
そう言っている間にも土ごと屋敷が持ち上がっていく。
「ギンリョウ。空き地に水を埋めて」
「ああああ、もう、いやだ、この人……」
嘆きながらギーは水を呼んでいる。この地のどの言葉共にていない柔らかな音はすぐに轟音にかき消された。
「ほんと強いな。男にしておくのは惜しい」
魔女が感心したような声で言う。
「そりゃあ、我が一族の得意分野だからね!」
なぜか始祖が胸を張っていた。




