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あるメイドの嘆き 後編

 選抜試験を乗り越えて、ようやく就職した侯爵家! なのに、当主の息子が愚かすぎて、家が没落、見事無職に!

 というのが、アリッサの身の上である。


 ふざけんなよ、このボンボンがっ! という有り余る私怨を抱えつつ、再就職をさがすが前職の経歴を出すと途端にお断りされる。そもそも紹介状を出した時点で、お帰りください、もある。

 大変お気の毒ですが、今雇ってくれるところありませんよ。という無情な宣告すら食らった。


「私がなにをしたんだっ!」


 そう嘆いてヤケ酒してもおかしくはない。そのヤケ酒の現場で、今の雇用主に会えたのは幸いかもしれない。

 不幸かもしれないが。


 同様の身の上のリーチェ、シシリーと共にお化け屋敷のような家を掃除し、自分の部屋を確保した。客も来る予定もないから好きなとこ使っていいよという雇用主の意向により、客室である。お貴族様の暮らし、懐かしとアリッサは感傷に浸りたかった。

 怒りのほうが勝ってきた。


 アリッサは由緒正しい子爵家の娘だった。ところがある日、父の友人が亡くなりその子供がやってきて、兄と父を篭絡、哀れアリッサはお嬢様からそこら辺の石くらいの価値になってしまった。

 アリッサはその子に意地悪をするということで、行儀見習いの名で他の家に出された。いびられてるの私という主張は無視され、諦めて他家で修業すること三年。戻って来いと言われて帰宅すれば婚約が勝手に決まっていた。

 なんでも偏屈な魔法使いの生き残りと婚約せよという。本当はアリッサではなく、父の友人の子をと言われていたそうだが、まあ、アリッサでも良かろうと勝手に。

 行儀見習い中にたくましく成長したアリッサはまだ存命だった祖父母に泣きついた。縁談が嫌というより、やつらに好き勝手されるのが、大変、嫌だったのだ。


 その話を受け、祖父はアリッサは、急病のため療養が必要になり婚約は断るという話をでっちあげ無理ですと断ったらしい。その後の話の詳細は知らないが、縁談自体がなくなったようだ。

 そもそも本人が希望したわけでなく、仲人のように紹介しまくるご婦人にとっつかまって、曖昧な返事をした結果という噂をきいた。

 だいぶ真実に近いのではないかとアリッサは思っている。


 病弱設定と行儀見習いの成果を生かして、王都でメイドをしていたのだ。家にも帰りたくもないし、自分で稼いで生きていくのはそれほど悪くはなかった。

 ところが、3年前に祖母が、あとを追うようにその半年後に祖父が亡くなり、事情が変わった。

 祖父母の家は売りに出され、遺産はほぼ父と兄に持って行かれ、アリッサは絶縁宣言をされたのだ。


 メイドのアルバイトが、メイドの本業になった。

 その後、祖父母の弁護士より連絡があり、秘密の相続があった。ちゃんとアリッサの取り分は確保されていたのだ。しかし、受取年齢が指定されていた。おそらく、それまでは長生きするつもりだったのだろう。


 それを支えに生きてきたのに、今、これである。


 アリッサは何が悪かったの! と叫びたい。

 代わりにふかふかの羽枕を投げた。


「いたっ!」


 なにかが叫んだ。


「……」


 そこにあったのは、クマのぬいぐるみだった。各部屋の椅子にぬいぐるみがちょこんと座っていたのだ。そのままにしておいたのは、ちょっと不気味だったからである。

 触ったら呪われそう。

 そんな呪われそうな何かに羽枕を投げたアリッサが悪いのだろう。


「……しゃべった?」


 羽枕を回収ついでに確認する。ちょこんと、と言いはするが、60センチくらいある大物である。足も延ばして直立させたらもっと大きい。


「ごめんね」


 謝ってももちろん返事はなかった。ほっとして、アリッサは背を向けた。

 それが、少しばかり動いたことに気が付かずに。


 居室の確保をした翌日からアリッサたちは雇用主の要望に従い、各部屋の掃除と点検修理必要箇所の確認を進めていくことになった。最初は厨房の整理から。思いのほか、キレイというより、なにもない厨房。

 フライパン一つどころかスプーンの一つもない。


「銀器、なーい?」


「ないない、すっからかん」


 入口から様子を見ていたシシリーはそれでも恐る恐る中に入ってきた。混血と言うほどではないが、混じった他種族の影響で彼女は銀器などが苦手だ。火傷するらしい。そして、銀器も黒くなる。

 銀食器などは厨房でも偉い人が磨くお仕事なので触ることもめったにないが、それでもあまり近づかなかった。


「銀食器は持ち逃げされることもわかるけど、なにもないって」


「家妖精はそういうの好きだったりするよ。借り物大好き」


「年月のわりにきれいなのそのせいかな」


「ああいうのは見ないふりするのが一番。見られたら、いなくなっちゃう」


「……赤いチョッキ?」


「見ない振りしなさいね?」


 リーチェがシシリーに念押しした。

 おとぎ話の住人のような妖精も、まだ残っている。大部分は界をわけたときに移動したという。しかし、出稼ぎではないが遊びに来ては長く逗留することがある。

 気まぐれに追放者を捨てることも。


 アリッサの母はもう遠くに旅立ってしまったが、その教えはまだ覚えていた。


「掃除を終わらせたら、旦那様向けの購入リストを作りましょ。

 ほら、アリッサも頑張る」


「はーい」


「はぁい」


 年上のリーチェが仕切るのはよくあることだ。ゆるふわお姉さんのようで、中身は男気があふれている。そのあたりが猫をかぶり損ねて、減点されるらしい。

 そこがいいという男を捕まえたら? と思うが、そんな希少種どこにいるってのよと揺さぶられたことはある。


 朝から始めて昼を過ぎるくらいには、厨房はきれいになった。続いて食堂に手を付ける。こちらはくすんだテーブルクロスを洗濯し干す。元々良いものだったらしく、一度の洗濯でかなりきれいになった。

 夕暮れには、厨房で何か作ったり、食堂で食べられるようにはなった。

 ただし、原材料もなければ、調理道具も、皿もない。


「え、ないの?」


 朝から出かけていたギーは帰宅後に聞かされた事実に驚いていた。

 悪いけど最低限でと前置きして、アリッサに購入費用を渡す。その資金は本当は掃除用具などの費用として返還する予定だったらしい。しかし、手持ちがないのでそれで購入してほしいということのようだ。

 半月後には収入がある予定なので、それまでは資金繰りが厳しいらしい。食費くらいは出してくれるが、それも足りなければあとで支払うという形になった。


 家賃がかからないだけましで、嫌な上司も同僚もいない安全地帯なのだから三人に否はなかった。

 が、


「お金が入ったらお肉」


 ということは約束してもらった。


 それから、普通に1週間。掃除と補修などのリストを作る日々に明け暮れた。

 昼も夜も謎の物音や物の位置がちょっとずれたりなど、ささやかな不穏があったが大きな問題はなかった。


 その日までは。


 いつものように、一日の仕事を終え、アリッサはお風呂を楽しんだのち、部屋に戻ってきた。敷地内から温泉という名の熱いお湯が湧いており、いつでも温かいお湯を使うことができるのだ。

 贅沢である。これだけは本当にいい家だった。


 機嫌よくベッドに転がったときに、ベッドの上にあったぬいぐるみに手が当たった。


「あ、ごめん」


 つい、そう口に出していた。


「いいよ!」


 明るい声が響いた。

 しゃべった!!

 アリッサは速やかに、高速で、部屋の外へ出た。その足で、雇用主の部屋へ駆け込む。


「ぬいぐるみがしゃべったんですけどっ!」


 その部屋には他のメイド仲間がそろっていた。雇用主が、難しい顔でウサギのぬいぐるみの耳を掴んでいた。

 なんだか、そっちの方が悪役っぽい。とアリッサは思ったが口にはしなかった。叩き出されそうである。


「ほかの部屋でも同現象を確認。というか、アリッサが一番最後」


 シシリーが現状を報告してくれる。若いが頼りになるやつである。リーチェはなんかカエルのぬいぐるみを踏みつけていた。


「なんで踏むの?」


「おとぎ話曰く、カエルを壁に投げつけるとイケメン王子になるらしいので、痛めつけたらいいかなって」


「……そう言うとこだと思うよ」


 美人なのに、玉の輿にのれないの。リーチェはゆるふわな感じな外づらと中身のギャップがすごい。伊達に修羅場の山を抜けていない。

 アリッサはクマを連れて来ればよかったと思うが、もう遅い。取りに行きたくもない。


「なんか、憑いてんな。

 人工妖精っぽいんだが」


「そうだよ! 主様が待っててねっていうから待ってたんだ。早く帰ってきてくれないかなって」


「主って? ルード?」


「タイニークイーン」


 しばし、ウサギと見つめ合うギー。ため息をついた。


「…………あの人か。つーかなにしてんの」


「お知り合いですか?」


「俺の祖先」


「祖先」


「ちなみに界はずらしてるけど現存してる」


「生存ではなく現存」


「なんか、こう、存在がアレ。同じ生物とも思えない。

 あー、ジュディ・カーシュの血を継ぐ者によって命じる。大人しくしてろ」


「えー、やだよー。

 こっちのお姉ちゃんのほうが、近い感じ」


「は? 私、ですか?」


 アリッサはウサギのぬいぐるみに指さされた。


「血縁にドライアドはいるか?」


「……」


 その問いにアリッサは沈黙した。黙っていては肯定したも同然であるが、素直に言えない事情もある。

 ドライアドという種族は特殊で、元になる木の種類により薬効があったりするのだ。薄い血でも、薬の効果があると信じられていることはある。実際の薬効はそれほど気にされず、飼育されることも。


「俺もその家系だから、皮剥いだり、髪折ったりしない」


「母がドライアドで」


 という話はシシリーにもリーチェにも話してある。地毛が緑なのがばれてしまっていたせいだ。

 彼女たちも訳アリである。


「じゃあ、大人しくするように命じてくれ。

 ここにいる幽霊とかいうのもそれ系?」


「死霊系もいるよ」


 めんどくせぇとギーは呟いていた。

 その一方、シシリーがふんと気合を入れている。わくわくするとずっと言っていたので、なんかいるとは思っていたのだ。


「じゃあ、ウサギさん、暴れないで大人しくしていてね。

 欲しいものはある?」


「あ、ちょ」


「温かい寝床とクッキー。それから」


 言いかけたウサギの口をギーが塞ぐ。もごもご言っているので、口でしゃべっていたらしい。どこに声を出す器官があるんだろとアリッサは思った。


「それ以上は契約になる。人工妖精は、主を守るが、対価がいるし途中で契約破棄できない。死ぬまでこのウサギのぬいぐるみと付き合うか?」


「お断りします」


 アリッサは秒も考えなかった。一生分とか重すぎる。

 それにアリッサは猫派である。猫状であったら危なかった。


「噛むな。くすぐったい」


「くっ。カモだとおもったのに」


「ほかの子も気をつけますね」


「そうしてくれ。可愛い振りしてえげつない奴らなんだ」


 リーチェが視界の端ですっごい頷いていた。


「まあ、とにかく、明日には魔除けを書き直しておく、今日のところは三人で集まってれば悪さはしないだろう」


「魔除け、ですか?」


「そう。

 今日は満月だったから、魔除けを超える能力を発揮したんだろう」


「なんでわかるんです?」


「……知り合いが詳しい。

 じゃ、部屋に戻れ」


「守ってはくださらない?」


「……いるのか?」


 本当に不思議そうにギーは彼女たちを見返した。さすが、怪しい噂のある屋敷に女性ばかりを残そうとした男である。

 リーチェにぐりっとカエルのぬいぐるみがさらに踏まれ、ぐえっと鳴く。


「…………じゃあ、ベッド貸すから、俺ソファな?」


 やや引きつったような表情でギーはそう言う。視線の先はかわいそうなカエルのぬいぐるみ。


「おまえ、ほんと、なにやったの?」


 足の下から解放されたカエルのぬいぐるみにギーがこそこそ話しているのが聞こえた。


「……って心狭い」


「俺にしたら、腹綿はらわたぶちまけるからな?」


 アリッサにはよく聞こえなかったが、ただの過激行動ではなくリーチェに同情すべきなんかがあったらしい。

 部屋にいるクマにも気をつけねばいけない。

 アリッサが大人しくせよと言えば、大人しくするだろうか。不安である。


「明日からは、やや動いて、少し喋るぬいぐるみになるはずだ。

 アリッサの部屋のクマも呼んでくるか?」


「呼ばないで!」


 ウサギとカエル、そして、部屋に置いてあったイヌのぬいぐるみも一斉に叫んだ。

 口々に言う話を統合すると、この家で一番強くて、一番怖いらしい。

 善悪の基準が違うちゃんとした妖精に近いので、人工妖精としてもアレやばいとなるらしい。アリッサはそんなのと同室でいたのかと青ざめる。


「昼間に確認するよ。

 奴らには夜も昼もないけどな」


 全く安心できないことをギーは言い、ぬいぐるみたちを部屋の隅に置いた。その周りに何か小さいものを置く。


「夜も遅くなった。寝るぞ」


 本当眠そうに彼は言うと部屋にあるソファに転がった。

 アリッサたちは主のベッドを乗っ取り、三人で身を寄せあう。貴族向けとあってそれなりに広いベッドだったが、三人ではちょっと狭い。

 端になったアリッサは朝には落ちているかもしれない。


 明かりが消され、小声で話をしていたら早く寝ろと怒られるのは少しばかり楽しかった。



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