ある子爵令嬢と魔法使い 中編
デートを約束というより押しつけをしたアリッサは、約束の日まで落ち着かない日々を過ごすことになった。
なぜか屋敷の住人が全員がデートの件を知っていたのである。
その原因というのもギーもデートしたことのない男だったからなにすりゃいいの? と途方にくれた挙げ句人にきいたから。
なにしてんの? という事を言いたいが、アリッサも何着ていけばいいの? から始まったので人のことは言えない。
初心者どころか初体験同士のデートがうまくいく気は全くしなかった。
そして、当日。
紳士らしい格好をしたギーと多少着飾った町娘スタイルのアリッサは街へ遊びに出たのである。
「今日の予定なんだけど、まず、欲しいものの下見でもして、お昼を食べて、買って帰ろう」
普通に普通のお買い物である。同僚や友達とする感じの。いきなり観劇などにつれていかない背伸びしないプランにアリッサは安心した。
「どこか行きたい店はある?」
「……旦那様となら、行けそうな気がしてきたお店があります」
「そんなヤバそうなお店?」
「高級宝飾品店です」
「なんで?」
「相続した遺産を金品に変えようと思ってます。弁護士さんが大金を預けておくと銀行が投資がどうとか、出資しませんかとか色々言われるって話してたのですぐに使えないものにしてしまおうかなと」
宝石は流行り廃りはあるもののある程度の値段のものなら急落するようなことはめったにない。もし、購入したあとで買ったのと同じ宝石が大量に埋まっている坑道が見つかってしまったら、それはもう運が悪すぎたとあきらめもつく。
そういうもの? とちょっと腑に落ちないような顔をしているが、行くことには抵抗はないらしい。
「でも、一人で行けそうだけど」
「残念ですが、小娘一人では門前払い。後ろ盾がいります。腹が立ちますけど、仕方ありません」
経済力が実際あるかは見てわかるものでもない。アリッサが見てわかるようにするには馬車で乗り付けるかしかなかった。それもお付きの誰かを連れて。お連れは誰かを頼めてもご令嬢の服装と馬車を用意するのは下見段階では無駄な出費だ。
「俺も別にすごくないよ」
「この間の件で新聞にでていましたので、ああいう大店なら覚えてますよ。機会損失したくないでしょうから」
「そういうもん?」
ギーはやはり納得がいかないという顔だった。
王都でのお店というのは貴族向け、富裕層向け、庶民向けと簡単に分けられた上で細分化されている。
本当に高級な店というのは、本店はあるものの実際お店に入って買う想定はされていない。店舗が購入者の家に訪れるようなかたちだ。
おそらくアリッサの予算よりゼロがいくつか違う。アリッサたちは富裕層の店の一つに向かった。
1つ目の店ではやや戸惑いながらも店員は相手をしてくれた。ただ、店員はアリッサではなくギーにしか話しかけなかった。
2つ目のお店ではジロジロと見られた挙げ句、指輪を2つも見たところでもういいでしょうと切り上げられた。
3つ目のお店はギーを見て、きゃーと悲鳴をあげられたので入りもしなかった。あれは恐怖ではなく、有名人キターッ! というやつだ。
「……知り合いの店でよければ案内する」
ギーが疲れたような顔でそう提案してきた。アリッサはありがたくその提案を受けることにした。
「あんまり人がいない店なんだよね」
といっていたので小規模なオーダー品だけを扱うような店なのかとアリッサは推測していた。
案内された先は職人街の一角だった。石造りの堅牢な家で、店らしき看板もなかった。
「邪魔するよ」
軽く扉を叩き反応がないとギーはそういって戸を押して入った。
アリッサはその後をついていく。薄暗い室内はやはり店っぽくはない。玄関というよりは土間であり、テーブルと椅子が2つ。部屋の隅に無造作に置かれた樽には長いものが何本か入れられていた。
「なんだ、ギンか」
「連絡もなしにごめんね。
ちょっと宝石見たくてさ」
奥からでてきたのは小柄な男性だった。イェレよりも更に小さい代わりに横幅が広い。タルのようなと表現されそうな体格だが、ぽよんとはしていない。
アリッサの存在に気がつくとおや? と言いたげに片眉を上げた。
「おお、お前の嫁さんって新聞に出て」
「違うって」
「婚約関係にあると関係者は語る。となっていたが?」
「誰だよ。関係者。
ひとまず紹介していい?」
清々しいくらいきっぱりした違うに遠い目をしていたアリッサは話を向けられ、意識を戻した。
「岩精霊のジェッド。現在残っている5人の一人だっけ?」
「実はな、ちょっと面白い鉱石が出る鉱山を見つけてな、氏族が一個引っ越してきた。百人くらいいるぞ」
「……まじかよ。知らなかったぞ。後で坑道の話聞かせてほしい」
「一昼夜で手を打とう」
「エーテル小瓶で」
「では小一時間で済ますとしよう」
このままでは紹介されないではないかとアリッサは不安になり、咳払いをした。
「こちらはアリッサ。始祖のひ孫。今は俺の屋敷で働いている」
ちょっと気まずそうにギーは紹介した。
「よろしくな。それで指輪の一つでも送るのか?」
「違うって。
彼女が装飾品の購入希望で、見せてほしい。後々価値が上がりそうなやつでよろしく」
「……ふむ。
まっておれ。始祖には世話になったし、非売品を出してやろう」
こころなしか機嫌よくジェッドは奥の扉へ消えた。
アリッサはちょっとばかり不安になる。売ってくれないではなく、なんかとんでもないものを買わされそうな気がした。
ドワーフといえば、鉱石、宝石に目がなく、手先も器用で武器防具のみならず、宝飾品もお手の物。様々な人が手に入れたがるようなものばかりを作っている。
「待たせたな」
さほど時間がかからず箱を持ってジェッドが戻ってきた。
箱に無造作に入れられたモノがまばゆい。
「真銀の首飾りなんてどうだ」
「伝説級出してくんな」
「では、生きてる黄金の指輪」
「どこかの火口に捨てんぞ」
「うむ。では宝石の枝」
「わかっててふざけてるよな?」
「新王の王冠はどうだ」
「だめだ。ほかを当たろう」
話の半分もわからなかったアリッサだが、出されたものがヤバいというところだけ理解した。
呆れたようなギーにアリッサはそうですねと同意を返す。
そこでジェッドは少し慌てたようにきれいな宝石をいくつか並べた。
「冗談だ。最近、付き合ってくれるやつもおらんからな。
普通の宝石はこれだな。任せてくれるなら特注で受ける」
「……まあ、これは、普通」
ギーはそういうが、王冠でも飾りそうなサイズの宝石を普通と称されてもアリッサは頷けない。
「あの、予算にあわせたものでお願いします」
そういって予算を告げる。
そうだのぅと最初に出したものの半分くらいの大きさの宝石を出す。
「サイズを優先するなら少しばかり傷ありでこのあたり。美しさ優先ならこっちだな。両方というのは半端になるからやめたほうがいい」
美しさを優先すると更に半分くらいの大きさの宝石が提示された。
その中の一つにアリッサは目を引かれた。
「これください」
緑色が美しい石。
ジェッドは呟き相性は良さそうだなと呟く。
「お嬢さんには黄金のほうが肌馴染が良さそうだ。この大きさならネックレスが良かろう。いくつか飾りに小さい石を使いたいが、色の希望はあるかね?」
「出来たら、花のように」
「承った。
後で図案を届けさせよう。本当は語り合いたいところだが、他所にもお出かけがあるだろう?」
「すみません」
「いいや、構わんよ。若い娘さん相手に作るのは久しぶりだ。楽しみが増えた」
「じゃ、家は前教えたところだから」
「お主には少々話がある」
「は?」
ジェッドは逞しい腕でギーを部屋の端に連れて行った。すぐに戻ってきたが、渋い表情をしていた。
「どうしました?」
「野暮用頼まれた」
ギーはその内容は言わずにめんどうと呟いていた。
二人はジェッドに別れを告げ、店を出た。次は普通に露店などを見て回ることにした。高級店はこりごりだった。
アリッサは無言で隣を歩くのが少しばかり気まずく、何か話題を探す。
「そういえば、旦那様のことギンって呼んでましたけど愛称かなにかですか?」
「愛称、というか昔の通り名。ギーになる前のやつ」
「それほど違わないような気がするんですけど」
「気分の問題かな。ギーは、ほら、ギルベルトとか、ギデオンとかいそうじゃん。ギンとなるともう候補が絞られる」
「そうですね」
アリッサはよくありがちな名前を考えたが、ギンから始まるような名に心当たりはなかった。少々珍しくはある。
「本名を隠さなきゃいけないんですか?」
「そういう風習があるわけじゃないよ。珍しい名前過ぎて、名乗ると俺がここにいると公言しているようなもんでそれも困るから」
「それもそうですね」
国に一人残った魔法使いならば、面倒事のほうが寄ってくるだろう。至極真っ当な話である。
「誰も呼ばなくても別に困らないしね」
その言葉には寂しさもなく、本当に気にしていないようだった。
「私なら、誰かには覚えていてほしい気がします」
「そう?」
ギーはアリッサの言葉に少し考えたようだった。しかし、その解答を聞く前に二人は声をかけられた。
「やあ、奇遇だね」
それは元王太子だった。新しい侯爵様でもある。
アリッサは思わず周囲を確認した。一人でふらっと歩いている元王太子がいるわけもない。少し離れたところに一般庶民風な服がまったく似合わない数人が見て取れた。隠れ方もなんだかおかしい。
「場が場なので、多少の無礼はお許しいただきます」
ギーはそれとなくアリッサの前に立った。後ろに隠れていていいらしい。お姫さまをやっていた時は話せたが、今は普通のメイドである。多少の無礼でひどい目にある可能性は捨てきれない。
「お姫様がいるっていうのに他の女性と遊んでいるのかい?」
「お忍びというのは、いつの世にでもあるでしょう? 挨拶が済んだらさっさとどこへなりとも行ってください」
「……おや、私の見る目がなかったようだ。失礼した。
お詫びにお茶でも」
「いらん」
「お姫様はどうかな。
少し休みたいのではないかな」
アリッサは優雅な笑顔に言葉が詰まった。圧がある。しがない子爵令嬢では太刀打ちできそうにない。
「二人で行くので、お構いなく」
「おやおや、保護者が厳しいな。
一応、言っておくけど、君らには監視がついている。すぐにこっちに連絡が来たよ。偶然に会ったことにして女性問題を仕入れておけって。浮気は破談するには有効でもあるし。
王家か私に嫁がせたいらしいね。もう必死だ」
「……そういう悪知恵、始祖がカチンとくるやつですよ」
「国の存亡がかかっていればね」
「王家の、では。
安心してください。始祖は統治?めんどい、勝手にやっといて、という人なのでそこに関与はしません。話は以上ですか」
「ギーにはね。
姫君、よろしければ、一度、会食でも?」
アリッサは咄嗟にギーを盾にした。何か言ったら丸め込まれそうな気がしたのだ。
「嫌われたものだな。
まあ、義理は果たしたってことになるだろう」
「……監視されてるのはそっちもか」
「護衛だよ、護衛。まあ、元友人の顔でも見て帰るよ。じゃあね」
あっさりと彼は立ち去って行った。護衛も引き連れて。アリッサは周囲を見回したが、ほかには見てわかる違和感のある人物はいなかった。
「ちょっと予定変更」
そう言ってギーはアリッサの手を握った。
「魔女の家に退避しよう。露店のあるあたりまで、少しこのまま」
「わ、わかりました」
アリッサは上ずりそうな声をどうにか抑え込んだ。必要に迫られたから握られただけなのだから、変に反応するほうがおかしい。
そう思って黙ってついていた行き先が。
「壁」
壁と壁の隙間はあるが、人が入れるほど広くはない。え、これ?とギーを見上げると少し困った顔をしていた。
「俺は嫌われてるみたいで、入口が開かないんだ。ほら、ねじ込めば入る」
「ちょ、む、むりーっ!」
無理じゃなかった。
アリッサが触れば壁は広がり、道が出来た。
「さて、さっさと隠れてしまおう。監視なんて、無粋だ」
二人が通り過ぎると壁は何もなかったように元に戻った。