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ある子爵令嬢と魔法使い 前編

 アリッサは子爵令嬢である。絶縁はされたが、一応、まだ貴族籍は残っている。そこまで剥奪されるのはよほどの理由が必要であるため、一般的には口頭での縁切りまでだ。

 時々どころか最近は、そう言えばそうだったわ、という感じではあったが。遺産を相続したあともこのままメイド生活も悪くない。そう思って矢先に知ってしまったのである。


 アリッサたちを拾ったギーが魔法使いであったことを。それも、この国の最後の一人であると。

 そして、それはギーとアリッサの間に縁談という縁が存在したことになる。


 ギーがアリッサたちに魔法使いだと名乗ったことは実はない。どこで知ったかと言えば、イェレが庭仕事を手伝うときにうっかりこぼしたのだ。

 旦那様も魔法使いならちょちょいと魔法で何とかしてくれればよいのにとか、年寄りでも若いのは魔法使いだからかね、とか。

 イェレはギーが魔法使いと名乗っていない、とは知らなかったらしい。昔は新聞などに顔出しで載っていたので隠しているとは思っていなかったそうだ。

 まあ、あれは面倒で名乗ってないのかもしれんなとわりと当たっていそうな事も言っていた。


 もう一人、この屋敷にはギーが魔法使いであるということを知っていた人がいた。

 ゲートルートだ。旦那様は昔から変わりませんねとこぼしていた。私が若いころに新聞で見て、かっこよい方が魔法使いなのねとときめいたものです。と言っていた。

 いまでは手のかかる息子くらいの年の差に見えるでしょうねと少しばかり切なげに話してもいたのだ。


 信用できる相手二人からの証言により、アリッサはギーが魔法使いであると確信した。そして、それは困った事実も連れてきた。

 アリッサが断った縁談の相手は、偏屈な魔法使い。

 あれはもしかして旦那様じゃない? と。


 しかし、まだこの国に魔法使いが残っているかもしれない。疑惑にとどめていたことだったが、ある日、本当に最後の一人と明言されてしまった。

 間違いなく数年前のアリッサの縁談の相手はギーである。


 ただ、今までアリッサに対して何も言われていないということはギーは縁談の相手が誰であったという話も聞いていなかったのだろう。あるいは、聞いても忘れたか。どちらにしろ、あのときの縁談の相手、私なんですよ、と切り出すこともできなかった。

 え、なにそれ、と返されたときの負傷を想像するだけで胃が痛い。

 

 黙っていたほうがいいとアリッサは思っていた。

 ただ、もしかしたら、何か一つでも違っていたら、この人と結婚していたかもしれない。そう気がついてしまったら、意識しないのはアリッサには無理だった。元々、多少の好意はあったから余計にである。


 その変化にリーチェが感付いて、なにかあったぁ? と探りを入れられたが、言うわけにはいかなかった。リーチェの場合、聞いた途端に旦那様ぁ~と突撃しそうだからである。

 幸い、シシリーが悪趣味とリーチェに話をやめさせてくれた。しかし、リーチェのなんだかわくわくしている表情に不穏さを感じ取らずにはいられなかった。

 そんな落ち着かない日々の中、アリッサはギーに呼び出された。


 ちょっとした茶番に付き合ってほしいと。

 断りたかったが、一応、ものすごく困っているようなので、交換条件を出して話を聞くことにした。

 上目遣いと困ってます顔に絆されたのである。

 ギーは顔が良い。それも絶妙に同情を誘うような困り顔もマスターしていた。

 しばしば思っていたことを見せつけられたと敗北感を覚えつつ、そのまま請け負うのも嫌でアリッサは問うことにした。


 縁談のことを覚えているかと。

 縁談は覚えていた。病気というところも合っている。しかし、アリッサは薬の件は聞いていなかった。しかも別の人と結婚した、と言う話にしたとも報告がなかった。

 まるで最初からアリッサに話を押し付けたということもないかのようなふるまいである。


 アリッサは実家とはもう付き合わずに平穏に暮らしていこうと思っていた。絶縁されたこともあるし、清々したところもあったから。


 だが、これを放っておくべきではない。

 アリッサは遺産相続が完了したあとにきちんと話をつけに行くことに決めた。

 その時には、ギーにも同行してもらうつもりだった。そのためには、お願いとやらを聞かねばならない。

 きっとろくでもない話。とアリッサは思っていたが想定の倍以上にろくでもない話だった。


 異界のお姫様役。それも、美人、の。

 さらに自白剤という何でも素直に話しちゃうお薬を人に飲ませるため、自分も飲むという。

 その飲ませる相手は王様と王子様。

 貴族の娘やってたときにすら会ったことのない相手だった。粗相をしたらどうなるかわかったものではない。


「いやーっ」


 そう叫んだところで、責められるものでもないだろう。たぶん。


 大丈夫、台本読むだけ、フォロー頑張る、ね、ちょっとだけだからといつの間にか隣りにいたギーにお願いされアリッサは陥落した。割と早かった。


 その後、部屋に戻ったアリッサはため息をついた。

 きっとあれは、女性だけでなくイェレでも、ニコラでも陥落するに違いない。ディルは最初からなんも考えずにお困りならやります! というのだろうから、他の誰よりもチョロい。


 アリッサは気を取り直すことにした。誰でもきっとああなるのだから、アリッサが特別チョロいというわけでもないだろう。

 言質もとったことだし、楽しいお願いを心の支えとしよう。

 と思っていたが、途中で心折れて、もう一回、お願いだからと懇願されることになった。

 今度は手も握ってきた。君しかいないんだとお願いされれば絆される。その後、がっくりうなだれたアリッサをシシリーとリーチェが慰めた。どこか笑いを含んでいるような気がしたのは、アリッサの被害妄想だろうか。


 そんなこんなで、当日を迎えることとなった。

 幸い、一人で行けといわれることもなくアリッサはリーチェとデラを連れて行くことになった。

 お姫様より女王様なリーチェを見て、アリッサはリーチェでも良かったんじゃ? と思う。

 少なくとも城の前でむりーと呟くようなアリッサよりはよい仕事をするに違いない。


 リーチェは上機嫌で、城の者たちを蹴散らし、その隙間にうちのお姫様を待たせるなんてと嘆きも差し入れている。さらに麗しいとか、可憐なとか、咲き誇る花のとか、アリッサを褒め称えることも忘れない。

 まさに姫様に心酔している側近である。聞いているアリッサのほうがいたたまれない。

 後で合流するよというギーが早く戻ってきてほしかった。


 アリッサの願いも虚しく、謁見の間までたどり着き王と面会することになってしまった。そのあたりも全部、リーチェとデラが仕切り、ほんと私ハリボテとアリッサは実感した。

 もう、ハリボテなので、とアリッサはようやく開き直れそうだった。

 あとはどうにでもなぁれ、という自棄も多少はあった。


 その後は、ギーがやってきたが、そこから本番であった。

 その場にいる王族、国王と王太子、第四王子に今までの経緯を聞くために場を整えた。さらに嘘偽りなく話すために自白剤入りと明言された水を用意する。


 私も飲むからあなたも飲みなさい、嘘つかないんだから問題ないでしょう?というのは暴論であるとアリッサも思う。

 しかし、王は断れないだろう。やましいことがないなら飲めるはずと皆が思うし、飲まないなら何かあるのかもしれないと勘ぐる。

 ほんとうに嫌な手である。

 更に嫌な点は、アリッサがほとんど何も知らない、というところにある。

 知らないことは、語れないし、嘘はつかないが、嘘を教えられていたら真実として語る。

 中々に問題のある薬である。


 話は予想を超えることもなく進んでいく。

 たぶん、この感じでこういう話になると思うと事前に聴いていた通り過ぎて驚くほどだ。

 それはギー一人の考えではなく集合知である。なんかもうああいうのってさぁと怨念渦巻く会議であったらしいが、アリッサは参加してない。ピュアなお嬢は参加しないでよろしいというところらしかった。


「……ということをなんかいい感じに」


 少し困ることがあれば、花冠から声が聞こえる。その声の主が遠く異界にいるとは思えないほどにしっかりとした声だ。

 声の主は時折変わっていて、その設問に対して答えのあるものが話しているらしかった。

 アリッサはそれっぽく言い直して、語るだけの仕事である。

 そして、それはあっさりと終わった。

 ほとんど、予定通りの証言が得られた。こちらの決定をそのまま通せるほどに。


 ほっとして、アリッサは思わずギーの服を引いた。もうおしまい、でいいと思うが、最終確認はいる。

 少し驚いたようなギーは、アリッサの手と顔を確認していた。子供のようなことをしてしまったとアリッサが手放すより先によくできましたというように頭を撫でた。

 優しい手がそっと撫でる感触は、子供のころに褒められたときと同じでとても嬉しかった。


 頑張った成果はあった。

 その中身については、アリッサは考えないことにした。

 たぶん、王は退位しなければならないし、王太子は継承権を放棄するだろう。第四王子は異界送り。その後ろ盾であった一族もただでは済まない。

 異界の支配者の大事な庭をたかが政争のために利用した結果がこれである。

 庭の話をしなければ、侯爵家を取り潰したことに対して苦情程度ですんだだろう。そもそも、再就職にアリッサなどが困っていなければ異界まで話は届かなかった。


 アリッサが仕事に困って、ギーに拾われなければというのは、もしも、すぎるが。


 まあ、これでこの件は片付き、皆が多少は平穏になるだろう。

 アリッサは異界に帰ったというていで、もともとのメイドに戻り日常を過ごすつもりだった。

 ただし、21歳の誕生日を超え、相続を確定させるまでは、である。


 相続分を横取りされぬために確定したあと、実家に殴り込みとシシリーに話したのが間違いだった、とアリッサはしみじみと思った。


 なぜ、アリッサちゃんの実家を取り戻そう会議、別名女子会が開かれたのだ。

 女子、爵位継いでもいいじゃんとシシリーがぶち上げ、侯爵家に長く務め、貴族のことも詳しいゲートルートが招集され、えー、私もとリーチェが加わった。

 ある意味、いつもの面々である。

 最初は真面目に話をしていたが、途中でお酒も入り、なぜか話は旦那様ってさぁあということに。


「旦那様って、アリッサのこと気にしてるよね」


「平等では」


 アリッサの言葉に皆がそれぞれの方法で否定を示す。

 悲しいくらいに、変わりなかった。と思っていたのはアリッサだけだったらしい。


「アリッサが旦那様を気にしだして、あれ? なんか変? と気にしだして、って感じ。良かったね、あの人、多分、恋愛的好意の感受性が死んでるから」


「なにその死んでるって」


「女性が俺に好意を持つなんてないでしょ、御冗談をという精神で生きている。さらに女性守るべし、お手に触れずに! って感じ。

 メイドなんて手近に遊べる子いるのになんで何もしないんですか? って言ったら、マジで説教された」


 シシリーはへろりととんでもないことを言い出した。


「あー、わかるー、試しで、眠れないんですって夜に訪ねたら、安眠剤渡された。それから、不眠症になってない? とか心配されてる」


 リーチェがさらにとんでもない話をぶっこんできた。


「あらあらあら」


 普段は嗜める側のゲートルートがその話を楽しんでいる。アリッサは慄いた。そ、そういうの普通だったのかと。


「侯爵家はそのあたり厳しいから、恋愛禁止に近かったよ。当主様も坊っちゃんも浮気なんてとんでもない、という考えだったし。

 使用人同士で何かあったら両方とも解雇するか、責任取って結婚するかと迫るの」


「ああ、だから、既婚者結構いたのってそういうこと……」


「実際は、片方が辞めることは多かったわね。侯爵家関連の別の職を斡旋されたりして、手厚かった」


「な、なるほど……」


 アリッサはそういったトラブルとは無縁だった。おそらく、幸運であったのだろう。


「で、旦那様のあの感じだと好きだけど、恋人になりたい、に行き着く前に寿命になりそう」


「そ、そもそも、好かれて」


「気がついてない?」


「旦那様がいるところでディルと話しているとちょーっとだけやな顔して、長く話していると邪魔しに行ってるよ。ちゃんと用事を用意してね」


「……確かに!」


 アリッサはここ最近を振り返って気がついた。


「だめだ。こっちも鈍い」


「そうだ、じゃあ、デートしなさいな」


「は?」


「一緒に出かければ仲が深まる。きっとそう」


 シシリーもリーチェも乗り気で、ゲートルートは上機嫌に笑っている。

 味方がいない。

 アリッサはデートかぁと考えてみた。

 一度もしたことがない。


「ほらほら、かわいいを楽しんで、メロメロにさせてあわよくば屋敷をもらっちゃえ」


「アリッサなら友達を解雇しないでしょ? それなら今後も安泰じゃない」


 皆の下心がひどかった。


「……誘っても、応じてくれないと思うんだけど」


「ソンナコトナイヨ」


「アリッサ、カワイイ」


「押してしまえ」


 そんなノリに押され、アリッサは翌日、誘ってみることにしたのである。


 なお、ゲートルートは、二日酔いとなり、さらに記憶を落っことしていた。そのことにより、禁酒令が出されることになる。

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