ある魔法使いと 7
「どこかからそんな話は聞いたが放置した。
侯爵家より、辺境伯のほうが国防には役に立つし、その娘に恩を売るのは得策と思えたからな」
静まり返った謁見の間。
王は自らの発言を訂正しようと口を開くが、余計なことを言う可能性を考えたのかそのまま黙った。
ギーは第四王子に視線を向ける。少々顔色が悪いように見えた。
次に問われるのは自分であると思っているのだろう。
「では、陛下。ご質問をどうぞ」
アリッサは何事もなかったように王へ声を掛ける。小さくえ~とと呟いたのが聞こえたのはギーくらいまでだろう。
カンニングペーパーならぬカンニング花冠から面倒なことを言われたに違いない。
花には花の言葉があり、アリッサもソレを理解した。ということから、無限に暗記から花がつなぐ先からの司令を聞くに変更になったのだ。
「なぜ、いまさらになってこの話をせねばならんのだ。もっと前に話があれば、侯爵家を優先したものを」
「勘違いされてほしくないのですが、侯爵家の子息の不貞などについては私達は物申したりはしません。
すでに平民となりその罪は贖われたということならば片付いた問題です。そこをやり直せとは言っておりません」
怪訝そうな王族たちにアリッサはため息を付いてみせた。
「侯爵家を追いやるのもの別に構いません。働くものたちに多少の配慮はいただきたかったのですが、下々のことなんてお考えになりませんものね?」
「ならば、なぜ」
「邪魔者を追い落とすために大事な庭を持ち出したからです。
手を出してはいけないもの、そういうものは誰にもあるでしょう? まあ、始祖は絶大な力をお持ちですので、少々、困ったことになるでしょうけれどね」
「困ったこと、とは」
「返答次第で、変わるのではないでしょうか。
改めて問いましょう。
常世の庭が枯れたのならば、問い合わせをすべきでした。王家には、その伝承が残っていたはずです。始祖はこの国とは特別な縁があり、去るときまで付き合いがあった。
連絡方法も残していた。しかし、伝えなかったのはなぜですか」
「そんなものただのおとぎ話。本当に花の枯れぬ庭などない」
諦めたように王が口を開いた。
「つまり、言いがかりだとお認めになりますのね」
信じていないくせに、利用しようとした。
まだ、信じていて、アイツのせいだと喚いたほうが心象が良いだろうがすべらかな口が余計なことを言い出す。
この状態では口先で丸め込むのは、難しい。言葉巧みに語るほうがぼろが出るだろう。
しかし、沈黙も雄弁に語る。
「呆れた話ですわね。
信じてないくせに、利用した。いまだに謝罪の言葉すらない。
今後の友好にも関わりますわ。
そうは思いませんか?」
王ではなく、第四王子を見ながらアリッサは問いかける。
「すまなかった。この国の継承者として軽率な態度だったことを謝罪しよう」
謝罪の言葉を口にしたのは、王太子だった。おそらくそっちの方が損害が少ないと見込んだのだろう。その言葉には、嘘はない。なにを、どう、と言わないしたたかさはある。
どのあたりまで口が滑らかになるのかきっと見切ってもいるだろう。ギーはチート野郎めと内心毒づく。
「儂からの謝罪は、正式な書面で渡すことにしよう。使者としてお願いできるかな」
「承知しました」
王は公衆の面前での謝罪は回避した。本人に書面でというのはせめてもの矜持だろう。受け取り拒否されるかもしれないがそれはその時だ。
「我が国の領土に口出しはしないでもらいたい」
第四王子が口にしたのはそれだった。
「去った者が口出ししてくることがおかしいと思わないのか。
この国のことに関与する権利があるとどうして傲慢に思える」
「ならば、我らの庭を語らねば良かったのです。
常世の庭のことを持ちだして、どうして、何も言われぬと信じていたのですか?
自分たちの理論で、片をつければ誰も困りもしなかったのです。そうでないなら侯爵家も放っておけばよかったのに。
そうすれば、誰も、来ませんでしたよ?」
ギーですら、国内どころか王都に偽りの庭があると知らなかった。貴族の間でも知らぬもののほうが多い話だろう。王家と侯爵家だけが知っていれば良いという扱い担っていたのかもしれない。
だから、侯爵家の使用人が外に出されなければ知られることもなかった。
そのうちにジャネットの件で探りを入れられることもあっただろうが、その時には手遅れと判断されて別の対処をしたかもしれない。
誰かが侯爵家を追い込むつもりがなければ、もう少し円滑であった、というのは結果論だ。
ギーはそれを理解してしまった第四王子に少しばかり同情する。
なにもしなければ、彼女を追い込むこともなかったと気がついたのだろう。
「殿下には今、問うことはいたしません。
始祖が直々にお聞きしたいと界へ招くそうです。約束破りの件もありますし」
「約束はした覚えがありません」
「私とは、していません。
しかし、旦那様とはしましたよね?
精霊、あるいは、妖精との約束をご存知?」
「そんなおとぎ話の」
そういって第四王子は青ざめた。
異界に渡ったおとぎ話の住人がやってきたのだ。そうなれば、おとぎ話も現実でしかない。
「旦那様に声を出すなと約束されましたでしょう? どうなっても知らないよとちゃんと警告して。王太子殿下はきちんとお約束を守っていただけましたが、あなたは違えました。
それだけでなく、魔女たちと交渉された。
違法薬物の使用についての裁定を任されたにも関わらず、ジャネット嬢を捉えるどころか故郷に返した」
「それは謹慎して反省してもらうといいながら、ほとぼりがさめるまで……」
そう言って第四王子は絶句した。
「魔女は、きちんと待ちました。あなたの誠意を信じて。
しかし、裏切られたとあれば猟犬を放ち狩りをするでしょう。
狩りを行った地がどうなるかは、わかりません。おいでになっている魔女は、炎帝アリシアと二つ名があるそうですよ」
「それは脅しか」
「少し先に訪れる現実です。
あなたがたに良心がのこっているのならば、領地や民がむやみに焼かれ何もかもを失う未来を選ばないと信じています」
「儂が代わりに果たそう。
王として、約束しよう」
「それは構いませんが、第四王子とその縁戚の処断は我々にお任せいただきます。始祖はいいように使われたということを大層ご立腹です。
なだめてはみますが、戻ってこれるとは思わぬ方が良いでしょう」
「陛下」
「承知した」
悲痛な声を上げた息子を王は切り捨てた。親子の情のほうを優先しないだけの理性はあったらしい。
ギーは始末をつけられそうでほっとはした。
あとは捕縛するとか連れて帰る方法とか色々あるが、そっちは専門家任せのつもりだった。
「あの」
小さい声と服を引っ張られる感覚があった。
ギーはアリッサに視線を落とす。もう、大丈夫ですか? と口パクで伝えてくる。
大丈夫と伝えようかと思ったが、声を出すのも憚られるようでギーはアリッサ頭を撫でた。
そして、すぐに親しすぎるソレに自分で驚愕する。よほど親しくないと嫌われる行為をこんなところでしてしまうなんて。
「よかった。うれしい」
アリッサは、安心したように微笑む。
こぼれ落ちる言葉は嘘ではない。さらにドレスにつけたほうではない花がぱぁっと咲いていった。着用者の機嫌に反応しがちな草花ではあるが、露骨すぎる。
しかし、ギーとしてはこう言いたい。
嘘だろ!? と。
「帰りましょう。
我が庭へ」
ギーが動揺しているうちにアリッサは立ち上がっていた。エスコートを求めるような手振りにギーのほうがうろたえる。
見かねたリーチェが、はい、こう、とがしっとギーの腕を差し出させる。
「まったく、旦那さまは初で困りますね」
「ちょ、それ」
「縁談殺到しないように牽制はいりますよ。
アリッサは困るでしょうし」
こそこそとリーチェはそう言うが、それって、外堀埋められてないだろうか。
ギーが文句を言う前に、リーチェは離れ、アリッサはちょっと困った顔をしていた。
「帰りましょう。
庭の皆も待っているでしょう」
結局、ギーは予定通りの言葉を口にし、謁見の間を出ることになった。