ある魔法使いと 5
それは、花で彩られた日。
歩くたびに花を残す姫が名代として、城に訪れた。
明らかに人ではない緑の髪と青い髪のものを従えて。
「この国の王とやらはここにおりますの?」
青い髪をきらめかせた娘が門番の一人に問う。それは雪解け水のような冷たさだった。
ぽかんとした顔の門番たちの一人がはっと気がついて城内に使いの者を送るよう叫んだ。予定のない訪問であろうと通さぬ方がまずいだろうと判断したのだ。本来なら返答が来るまで留めるものだが、その役目は荷が重い。彼らは知っていた。
目に花を咲かせた兵士のことを。
そのようにされてはという恐怖が忠誠よりも勝った。
どうぞ、お通りくださいと言わんばかりに退いた者たちに姫君は一瞥もくれなかった。
その通り抜けた後には、色とりどりの花が落ちていた。
「む、むりむりむりっ!」
そのお姫様が小声で虚ろに呟いていたということは、周囲にはバレていなかった。音遮断の魔法のおかげで。
「帰りましょうよ。嫌ですよバレますよ張りぼてですよっ!」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと始祖が曾祖母。お姫様。頑張れ!」
「本気のマジものの血統の良さなので諦めなさいね。ほら、まわりも平伏してる。ふふふ、気持ちいい」
たんぽぽの精霊デラとリーチェが雑に励ましていたことも。
使者をとっ捕まえた日、ギーはアリッサを呼び出した。
「正式に、界として抗議することにした。
俺は城に顔を出しすぎて、舐められる。始祖の親族だけど、直系じゃないからその立場も微妙」
アリッサは、表情をひきつらせた。さすがにこの言い方をすれば察することができるらしい。
「む」
「君のお母さんは、植物の界の始祖の孫で、君が曾孫だから、ぜひとも名代として王に宣告してほしい。ああ、大丈夫、文面はこちらで考えるから棒読みでもよいよ。どうせ、誰も聞ける状況じゃないし」
「むりーっ!」
むと言い出したのに合わせてギーは早口にまくしたてたが、やはり無理がやってきた。
はあはあと息をしているので渾身のむりーっ! だったようだ。
「お願いを聞いてくれれば、可能な範囲内で要望に応じよう。それでどうかな」
「良くないです」
「ほら、魔法使い、色々なことできる」
「お金はないですよね」
「……それはないね」
「遺産も手に入って、細々と生きていくのに困らないはずなんです。
平穏に地味に生きていくんです」
「そこをなんとか」
ね? とギーは目線を合わせてアリッサを拝んだ。この仕草が女性に対して特攻であるらしい。願いは聞いてくれるが、大体嫌そうな顔をされるので滅多にしないが。
なぜか、心臓に悪いと二度とするなはよく言われた。ギーは友人にそのことを相談したこともあるが、顔がいいからだよ、とわからない返答をされている。
顔がいいとなんで嫌そうな顔になるんだよという問いには手近にあったクッションを投げられたので、子細は不明だ。
「…………ひとつ、聞きたいことがあるので、その解答と引き換えに話を聞いてもいいです」
重々しいため息をついてアリッサはそう言った。かなりのしかめっ面だが、譲歩が引き出せてギーは嬉しかった。ただ、その態度を出したら覆りそうなので神妙な顔で、続きを促した。
「婚約の話が昔あったって本当ですか?」
「ああ、あったね。
縁談命みたいなご婦人いてね。俺も結婚はいいぞと押し売りされそうだったから曖昧に断ったつもりが釣り書きがきてさ。
受けるつもりはないけど相手が病気というから薬を送ったんだ。でも、治ったら別に人と結婚したとか言われたな……」
ギーとしては地味に傷ついた話である。振るつもりが振られたみたいな気分で。さらに断りの手紙でおじいさん扱いされたのも結構きた。年寄りは年寄りだが、人年齢だとまだ若い。しかし、手紙で若いんですと訴えるのも何か違う気がして、そのままにしたのだ。
アリッサはそうですか、と呟く。
「では、お願いしたいことがあるので、一度、頑張ってみます」
アリッサは微笑む。ギーはなんだか薄ら寒いものを感じた。今、ギーの女性関係を確認されたような気がするがそれなら、誰もいなそうで良かった(はぁと)みたいな反応だろう。
今のは、どちらかというと怒りとか殺意とかそんなものがみなぎっている。
「やる気になったのならいいけど……」
俺、闇討ちとかされないよな? という不安感を覚えつつ、ギーは話を進めることにした。
ギーは一人だけの話で判断するものではないと考えている。使者からの自白はあくまで使者に与えられた情報でしかない。
それならば上から、自供させていけばいい。新規の自白剤は手に入れるあてもあるので在庫の心配もない。
自白剤も違法薬物ではないかと指摘されるかもしれないが、あれもやりようである。
お互いに嘘をつかないように飲み合えばいい。ことがもう拗れないように嘘偽りなく言い合えば、お互いに余計な探りを入れなくて済む。という建前だ。
もちろん、こちらは余計な知恵を持たないものに飲ませる。
血筋は正当で、嘘偽りない。しかし、情報を全く知らないもの。
アリッサである。
「いやーっ!」
「だよねぇ」
なにを自白させられるかわからないのは恐ろしい。ギーも飲みたくはない。
「ほら、ほかにもなんかオプション付けてあげるから」
「…………ほ、ほんとですか」
涙目のアリッサにギーは言葉に詰まった。そこに何かに目覚めそうな可愛さがある。泣き顔かわ……あたりでギーはアリッサから顔をそむけた。
ギーは新しい扉を強引に仕舞い込んで、場合によると小声で付け足す。
「じゃあ、がんばります」
アリッサを見れば何事もなかったような表情である。涙目、嘘だったのかというくらい普通だった。噓泣きだった!? といまさら思っても遅い。
うっかりして、身ぐるみはがれそうである。ギーはそのしたたかさに恐れをなした。さすが、貴族のご令嬢からメイドへの転身を果たした女性である。たくましい。
「よろしくね、お姫様」
「承りました」
ギーが差し出した手を前にアリッサは淑女の礼をとった。やはりしかめっ面である。これ以上の頼みをすると嫌われそうだなとギーは思った。
ギーはアリッサは最低限の情報のみを摂取してもらいたく、ざっくりとした話しかしなかった。事前に対抗薬を飲んでもらうが、それも人により効果の幅がある。
事前に試してもらうことも考えたが、本人が拒否したためぶっつけ本番となった。
それから、屋敷にいる人たちを動員し、花の咲くドレスを作成し、当日の潜入やいざというときの逃走経路などなどの予定を立てる。
混血でもないゲートルートと何も知らないほうがいいアリッサは、厨房で料理当番になった。
そして、決行日。
ギーは王太子の入っている牢にいた。
「王族ならもっといい牢ないの?」
「このまま毒杯でもという感じだね。
まったく呑気なものだよ」
そう言って王太子は肩をすくめていた。凡庸と言われるが、今のこの国に求められている資質ではある。ただ、牢屋として想像するような石牢で動揺せずにいるのが普通とはギーには思えない。
「嘘をつかないと評価して、問うんだけど、もしかして、第四王子の一族郎党切り捨てるための茶番じゃないよね?」
「どうかな。
残ったほうに継がせるという感じじゃないか。そんなに国を継ぎたいなら言ってくれればよかったのに」
「言ったら?」
「子供のうちに潰しといた」
譲るとか穏当な表現ではなかった。ギーは無言で牢の鍵を開けた。牢番にお話しして、手に入れた鍵である。
「なにをさせるつもりなんだい?」
「証言をしていただきます。
皆の前で公平にすべてを話して今後を決めます」
「そんなのしなくても、終わりに出来るのに?」
「荒れ野を求めているわけでもないし、国が欲しいわけでもない。
面子を潰したんだから、落とし前つけろと迫っただけなんだよ」
「世の中、それで戦争したりするよ。
まあ、魔法使い殿の意向は承知した。しかし、嘘をつくかもしれない」
ギーはこいつにも問答無用で薬を飲ませようと決めた。これならぼんくらと噂の第二王子もどうなっているかわからない。
他国に婿に行った第三王子が一番まともだったなぁと遠い目をしたところで意味はないだろう。
「じゃあ、連れて行ってくれ」
尊大な王太子にギーは渋い顔をしたが、何も言わず最短ルートで案内した。つまり、空間を捻じ曲げ、放り込んだのだ。
慣れないと三半規管がいかれる。さらにぐにゃりとした風景に視覚情報もやられる。
悲鳴にギーはざまぁみろと呟く。大人げないが、ギーはあくまで巻き込まれた側だ。身を粉にして働いているストレスを多少解消してもいいだろう。
ギーが牢屋での話を終えたころ、アリッサたちは王の謁見室までたどり着いていた。
「我らが姫に、見上げろと言うのですか?」
リーチェがノリノリで王を煽っていた。デラはよくわからないが、うむむと頷いている。アリッサは魂が半分抜けているように見えた。
「ボーナス増やさないとな……」
アリッサはいつものメイド姿とは全く違った。緑の髪は結わず、花冠を載せている。白地のドレスに魔の種をありったけ縫い付けて三日程熟成したので緑がツタのように覆い、色とりどりの花が咲き乱れる。それとは別に他の花のつぼみも縫い付け、咲いたら零れるように細工をしてあった。
花のお姫様という名にふさわしい姿だが、ドレスの総重量は重い。魔法で重量調整しているので軽やかに見えたりはする。
そのドレスに負けないほどの化粧をされ、ある意味原形をとどめていない。知り合いでも誰? と言いそうなくらいだ。
「美しい」
隣でうっとりとした声が聞こえて、ギーははっとした。ボケっとしている場合ではない。
「上がれと? 思い上がりも甚だしい。
降りてきなさい」
そう言った途端に周囲の温度が下がったように思えた。
周囲のものが寒そうに腕をさする仕草が見え、実際、この空間の温度を下げたらしい。それも意図的というより感情の発露で。
少しだけ狼狽えたようにアリッサは周囲を見回してた。
そして、ギーを見つけるとほっとしたように表情を緩めた。
「旦那様がおいでになったわ」
旦那様。
ギーは屋敷でメイド及び使用人一同にそう呼ばれていた。
確かにそう。
だが、この場面で言われると配偶者のように聞こえた。
確かに呼び名も決めてすらいなかったが、ほかに呼びようもあるだろう。
「あら、本当。
遅いですわ。姫を待たせるなんて」
リーチェはわかって乗ってきた。悪ノリが過ぎると睨んでも余計機嫌が良くなっているようだった。
デラはよくわからないようでアリッサとギーを見比べていた。
「……ごめんね。
さあ、始めようか」
ギーは何事もなかったように総スルーすることにした。
ご主人様といわれなかっただけ、まだましであるということにして。