ある魔法使いと 2
会議はまず、お互いの認識を合わせることから始まった。ギーもきちんと把握しているとはいいがたいし、ほかの誰かが別の情報を持ち合わせているかもしれない。些細な誤解から界の不和が生じることは避けたい。
「侯爵家が爵位を返上した理由は、常世の庭と呼ばれた場所から花が咲かなくなった件の責任をとらされた。このことで別の意見をお持ちの方はいらっしゃいますか? いらっしゃらない?
では、我が界の見解をお伝えいたします。
我が界の始祖であるジュディは本物を探されるのが嫌でほとぼりが冷めるまでの間、花がある程度咲くように細工した庭であることを認めています。また、本物の常世の庭でも毎日花が咲くことはありません。比喩表現に過ぎず、過剰な認識ということです。
そのため、花が咲かなくても罪に問うことはない、という方針です」
ギーは侯爵家の失脚は我が界の望むところではなかったと最初に疑惑を晴らしておく必要があった。そんな風に思われてはいないだろうが、念のためというやつである。難癖をつけたい奴はどこにでもいる。
ギーは参加者たちを見回したところ、一人が手をあげた。
「一つ聞きたいが、抗議はされたのか?」
「そもそも報告一つありませんでした。今回はすべて終わってから知ったことで、知らぬことに抗議はできません。
常世の庭を誰かに管理させてもいませんから、定期連絡もしてませんでしたしね。始祖が言うにはああいうところ、いくつか作ったかも? です。いい加減にもほどがあります」
「ならば不当に名を語って処理したということでよろしいか」
「そこはどこまでその意識があったかは不明です。あとで我が界で追及しておきます。ご安心ください」
「本当か?」
「始祖の名にてお約束いたします」
ギーは面倒なことは始祖に丸投げする。その始祖も他の誰かに丸投げするだろう。おそらくは、生真面目担当が、眉間にしわを作りながら対応することになる。
「では、誤った見解で、誤った処分を下したというのならば、元に戻す、ということを王家に要請するということでよろしいでしょうか。よろしければ拍手をしていただければ」
ぱちぱちと気のない拍手が聞こえてくる。ギーはほっとした。おそらくここは問題ないと思っていたが、予想外のことを言い出す者がいなくて幸いだ。
「では、次の話ですが」
ちらりと扉の近くの王子二人を確認する。どちらも無表情ではあるが、王太子のほうが表情が硬い。王家及び、国家への過干渉と見られそうなやり取りではある。
でも、先にやらかしたのはそちらだからとギーはスルーすることにした。下のやつらの失態もまとめて負う立場にはちょっと同情はしなくもないが。
「まず、魔女界からおいでいただいたアリシアさんが現地視察をされたということでお話を伺わせてください」
「承知しました。
良くはない、という評価です。
魔法使いがほとんどいなくなったことにより、ここはほぼ人力か人の作った動力、動物たちの力に頼る世界になったのはご存じと思います。
なお、現在も動いている魔法はありますが、メンテナンスしなければ、壊れれば、修理できない朽ちていくものですので、ほぼという表現をしています。魔道具も模倣でどこまで持つかはわかりませんし。
今後は以前とは違う発展をするであろうと予想されています。ようやく歩き出したその段階をいくつか飛ばすようなものが作られようとしています」
半数以上が、よくわからないという顔だった。
「例えば、そちらのジュディ様がお使いのようなものを開発しそうな感じといいますか。
現物はないんですが、設計思想が類似しているというか、目指す正解が同じ、という感じがするんです。また、魔法を使うようなんですよね。そこだけなら、あまり問題ではないですが使い方が……」
といいアリシアは言葉を切った。視線が二人の王子に向いている。それからギーへどうしましょうと言いたげに首を傾げた。
「始祖のような使い方をする、ということですか」
始祖は超イレギュラーな使い手として一部界隈では有名である。実際、現代知識って魔法に応用できるんだよと得意げな顔で言っていた。つまり、始祖のようなというのは、普通の使い方ではない、ということだ。ほどほどの使い方なら怪しいと思われても見逃される。見逃せないほどの何かをやらかしたんだろう。創造系は全部だめだから、もしかしたらゴーレムとか作ったのかもしれない。あれがいると色々畑仕事とか工事がはかどらないかなと思っていたころがギーにもあった。
血相を変えた師匠に止められ、死ぬからやめろと言い聞かされたのだ。
「そう! そうです。あまりにも発想が似ているので、もしや、関係者かと思ったのですが、違いそうですよね?」
我が意を得たりをという表情の魔女にギーは想定通りとは思いつつ、遠い目をしたくなった。この異世界、やべー文明管理者いるからとは彼女に忠告するものはいなかったのだろう。おとぎ話のように語られる魔女では怖さも半減だ。
「面識もないと思います。血縁もあったとしても遠いでしょうね。
もちろん、俺も会ったことはないです。あ、さっき、声かけられたのでゼロではありませんが」
原産地は一緒かもしれません。とはギーは言えない。同類を疑われる。すなわち処分対象になる可能性がある。ギーの場合には、植物界に送られる程度で済ませてはくれそうだが。
そして、この問いを聞いてこちらの差し金で没落させた疑惑もあったのかとギーはがっくりしそうになった。本気で疑っていたわけでもないだろうが、そう見えるところもある。全く利益が見えないが。
「それはよかった。
では、この件は私たちが処理いたします」
やはり、そう来た。一番面倒がないのがこれで、一番被害が多そうなのもこれだ。ギーは室内を見渡したが意見がありそうなものがいそうになかった。
うちの界も噛ませろというのはないだろう。
本当は、皆もわかっていたはずだ。ただ、抗議した分引っ込みがつかなくなりここまで出てきたにすぎない。クレーム言いたいだけという質の悪さはあるが、引き際がわかっている分ましではある。
「どういったように?」
そのまま終わりそうな雰囲気の中、参加者の勇気ある一人がそう発言した。興味本位といったところだろうが、現地在住のギーにとっては余計なことを言ってというところだ。もし最悪な結果をこの場で確約されては覆すのは相当骨が折れる。
アリシアは首を傾げて、皆を見回して微笑んだ。
「大魔女に確認しますのですぐにはお答えいたしかねます」
大魔女まで言うというのは、事実上処刑宣告である。ギーは表情をひきつらせた。魔女は普通でも巻き添えで広大な土地を潰すようなイキモノである。大魔女ならば更地にしたまえよと軽く言いそうだ。
わが身が惜しいなら口出ししておくべきだ。
「あの、本物の常世の庭もあるし、始祖が懇意にしている灯台守もいるので、穏便によろしくお願いします。それから、曾孫も生息しているので国が亡くなるの困るっていうか」
「もちろん、配慮します。もし、つながりがあったなら制裁として滅しておくのも手だったのですけど」
真顔が怖い。ギーは、そりゃどうも、というのが精いっぱいである。
「では、皆さま。
これでこの件はおしまいということで」
さあ帰った帰ったとギーは閉めたかった。第二回の会議の開催などしたくない。あとは事後報告で書類を投げてやればいい。ほっと息をついたのがいけなかったのかもしれない。
「誰の許可のもとに行動されるおつもりですか」
置物がしゃべりやがった。
魔女たちが、二人の王子に視線を向けた。どちらが話したのか判断できなかったのだろう。状況を見るに青ざめている王太子ではなく、不満を隠しもしない第四王子が口を開いたようだ。
ギーはしらねーぞと逃げ出したい。あるいは王子二人抱えてこの部屋を出ていくのがいいのかもしれない。どちらも現実的ではないが。
「過去の約束の元に、です。
ご存じない?」
「すでに去った者たちに干渉される筋合いはありません」
ある意味正論ではある。確かに彼女たちだけでなく、この会議に参加している者たちはこの世界を去った。好きで去ったものから仕方なく去った者まで色々いる。この世界に向ける思いも様々で、デリケートすぎる話題だ。
「あとで言い聞かせておきます。
それにそっちの家のほうにも片をつけねばならない問題があります」
ギーは魔女だけでなく、ほかの誰かが口を開く前に早口でまくし立てた。視線が集中するが、余裕そうな表情を維持する。
「お任せします。
ちょっとだけ、長生きできてよかったですね?」
「発展を望むのはそんなに悪いことでしょうか。皆が、幸せになれると」
「きちんと段階を踏んで、この世界らしくあれば問題はないのです。
彼女の考えは、見るものは、そうではない。それを広めるのは、この世界のものの芽を摘む行為でしかありません。害悪ですよ」
「才能が有り、先を見据えることができるだけなのです」
「そう。それなら、もうちょっと猶予をあげてもよいですけど、彼女は他にも罪状があるんです」
アリシアが少しいじわるに笑ってギーを見た。宣告してやれということだろう。ギーは気が進まないが、そのうちに知ることになるだろうと口を開いた。
「禁止薬物の使用を二件ほど。一つは厳重保管されていたものを盗んでいます。
もっとも、一つはそちらの不手際でしたよね」
「恋する乙女に味方したいと思ったら違ったんだもの。私も罰則もらったわよ」
ふてくされたようなもう一人の魔女。肩をすくめるアリシア。
ギーはうちは処理済みだからという言い訳にも使われたと察した。さて、第四王子はとギーが視線を向けると青ざめていたように見える。
「使ったのは殿下ではございませんよ。安心してください。あなたの好意はあなただけのものだ」
「ならば、誰に」
「次期侯爵であったジーク殿に使われました。ジャネットを忘れるように忘却の薬を。それから、用意された女性に惚れるように惚れ薬を」
つまりは、あの婚約破棄はジャネットの自作自演だったのだ。