あるメイドの嘆き 前編
メイド編、庭師編、料理人編、従僕編、占い師編の予定です。
瞬間的ハーレム状態は発生する可能性はありますが継続性はない予定です。
よろしくお願いします。
「占い師って聞きました。この先占ってくださいよ」
だんとテーブルに木のジョッキを叩きつける女性。推定20歳くらい。とギーは思った。
夕方も過ぎた下町の酒場で飲んだくれているのは珍しい風体だ。いつもは給仕の女性に下品な言葉を投げかける常連客も戸惑ってお、おう、嬢ちゃん飲みなよと気を使っている。
あら、やさしいのね、おじさま、と言われて気を良くしているのもなにか笑えてくる。
今、目の前で座った彼女はその常連客に聞いてギーに占いを依頼してきたのだろう。いい仕事しただろと言いたげなどや顔が腹が立つが、客はいないよりいたほうが良かった。
「かまわないが、先払いだ」
「いいこと言わないと取り返しますよ」
そう言いながらも彼女は依頼料をテーブルに置いた。
白い肌とそばかす。日にあまり焼けていない髪。おそらくは屋内で仕事をするもの。指先は多少の荒れはあるものの汚れはない。工場で働く女性でもない。言葉遣いは酔っ払いめいているが、発音はきれいで都会の生まれか、努力して直したか。
この下町も下町で飲んだくれているにはやはり浮いている。ぐびっとビールを呑む姿は中々様になっていたが。
「なにをお望みかな」
「この先、仕事があるかどうか、です」
「恋愛相談とかが多いが、そうじゃなく?」
「それよりも前に、明日からの暮らしに行き詰ってます」
「……占いに賭けるより、案内所に相談したほうが良くないか?」
「案内所で断られたんだから仕方ないじゃないですか。家政婦派遣まで粘ったんですよ」
家政婦派遣は日当で必要な時だけ雇うもので、中流階級に入りたての家が使うことが多い。常時、余剰人員はいらないが、来客のときは人手が欲しいというときに重宝される。
未経験がそこで経験を積んで、次の仕事につなげるというものだから、ほぼ、誰にでもできることを頼むことが多く、そこまで断られるのはまずありえない。
「……犯罪者?」
「違います。
勤めていたお屋敷の悪名が高すぎて断られたんです」
「どこだよ。そこまで悪名高いって」
「ハートリー侯爵家です」
「あー、あの婚約破棄の」
「そう、婚約破棄の、ですよ」
もう酔いも醒めたような顔で彼女は言った。
婚約破棄、というのはたまにある。婚約解消はわりとある。離婚はめったにないというのがこの国の婚姻事情だ。つまりは結婚したら最後、相手がどうであれ離婚はできないと思え、ということ。
それゆえに結婚ギリギリの婚約騒動というのは、珍しくもない。ああ、またか、程度の認識だ。
円満に解消できず家同士のもめ事の結果、どちらかが賠償することはあれどそれが発端で家が没落してしまうことはほとんどない。
今回は階級が下の娘に惚れ込んでということだが、それもよくある。若気の至りと生暖かい目でみられるくらいだ。ただ、その結果というのはそれほど温かくはない。よほどうまくやらない限り、継承者なら廃嫡、それ以外は絶縁、となるのがほとんどだ。
本当に相思相愛、一緒に階級を降りようとするものならまだいいが、うまくやって同じ階級に上がってもらおうとするものとなると途端に拗れる。
このやらかしをした次期ハートリー侯爵は後者だった。というより、そこまで影響が出るなんてちっとも考えていなかったように思える節がある。
人前であえて婚約破棄をしたのだから。
ギーが面白半分で書かれた新聞で入手した情報によると婚約破棄をした相手、ジャネット・ルーニャ辺境伯令嬢はとんでもない才女であったらしい。
それを表に出したのは、婚約破棄の現場であるということだった。その場で、婚約破棄が不当であることなどを言い返し、専門機関にゆだねることを宣言したそうだ。その結果は、婚約解消、侯爵家は賠償金の支払いを命じられた。
その後の令嬢と言えば、婚約解消をされた途端、自由だと言わんばかりに領地の開発に邁進。それが王家の目に留まり、現在は第4王子殿下と懇意、婚約秒読みと言われている。
4番目だが、実家が太く、本人も有能と言われており、元婚約者よりよっぽどいい、どころか上位互換である。
彼女自身が望んだかは知らないが、彼女が頭角を現す代わりのように侯爵家は落ちぶれていった。
ギーが裏読みしすぎなのか、王家が手を回したという可能性も考えている。
自分の家に取り込もうとしている娘に傷があってはいけない。悪かったのは元婚約者で彼女は被害者でなければ都合が悪い。
侯爵家の勢力を一気に削いでおきたい、という考えもなくはないかと思う。半端に王家にかかわっているだけに色々推測できてギーはげんなりしてくる。
どの陣営って、俺は違うしと言っても聞かない面々には困り果てているのだ。
「……で、お仕事は」
問う彼女はかなり切羽詰まっているように見えた。
言われてみれば評判の悪い、王家からも睨まれているような家からきた元使用人を雇うかと言われれば否だろう。めんどくさい難癖付けられるような人は選ばない。それを超える優秀さがあれば別であろうが、普通の女性に見えた。
うまく次の働き先を見つけねば身売りとなりかねない。
まあ、この彼女の身の上が正しいかはわからない。ただ、良家で働いていたということは間違いないだろう。
それなら、ギーが頭を抱えている案件が片付くかもしれない。それも、格安で。
「占いじゃなくて、仕事場なら紹介してもいい」
「救い主なのっ!?」
ばっと身を乗り出してきてギーはのけぞった。
キラキラした目が眩しい。騙されるかもしれないという考えがないのか、そんなもの見せないのかはわからないが大した思い切りである。
「俺の家。
わけあって相続したけど、家の管理なんてわからなくて廃墟」
「……廃墟の程度を知りたいわ」
「築100年以上、住人不在20年。管理人もいない」
「確かに、廃墟ですね」
「頑丈なのか、雨漏りもないのが逆に怖い」
「幽霊が守護してそうな家……」
「だから帰りたくない。で、半年たってる。何とかしてほしい」
「報酬は?」
「衣食住と経歴の更新」
彼女は小さく唸った。
安いにもほどがあるのだろう。普通、給金はつく。給料は出してもいいが、ギーの予算で言えば、一人雇うのがやっとといったところだ。収入がないというより、ほかの出費が生活費を圧迫している。それさえなければ多少は余裕のある生活ができるのだが、今のところ難しかった。
「あの、3人、いけます?」
「給料なくて良ければね。養うための貯蓄はあるけど、多いわけじゃないから一年以内に就活して出て行ってほしい」
「よろしくお願いします」
彼女は深々と頭を下げた。
「それはそれとして、恋愛占いを」
「……ん-」
ギーはカードを切る。
並べた結果は、意外そうなことだった。
「もう出会ってる」
翌日、ギーは女性三人と待ち合わせしていた。急な話だからと3日後と指定したら、明日でとごり押しされたのだ。残りのお金の持ち合わせが心もとないどころではないそうだ。それなのに飲んだくれていたのかと思えば、あーもー、身売りすんの!? という自棄の気持ちでヤケ酒だったそうだ。
そこそこでは売れそうとギーは思ったが口にしない。
昼過ぎの広場というのは、眩しい。
ギーはすぐに日陰に移動したかった。しかし、待ち合わせで指定以外の場所で待つと見過ごされる自分の気配のなさも自覚していた。
とにかく生き物の気配が薄いと言われる。幽霊なんかと思うくらいに気配ないがちゃんと生きてると他人に紹介されるくらいだ。
日陰のイキモノとしての証のような真っ白の肌がじりじりと焼けてくる。
そうして待っているうちにギーの視界に大荷物を抱えた三人の女性が目に入った。
「ここだ」
きょろきょろと見回していた女性たちに手を振る。
あ、と声をあげて
「すみません。お待たせしましたっ!?」
「待ちくたびれた」
「イケメンいたっ!」
「え、このお方が今度のご主人様!?」
「耽美」
「昨日会った君も驚いてるってどういうこと」
「昨日は薄暗かったので。それでも顔良さそうだなとは薄っすら思ってましたが、倍良かった」
「……そー。思っても口にしない慎み深さはないわけ?」
「すみません。こういうのだから、裏方でして……」
「です……」
「反省する」
素直に反省しているらしい。ちらっと様子をうかがうそぶりがあるのは今までもすでにやらかしているということだろう。
これで侯爵家のメイド。ほんとか。
ギーは少しばかり疑いを持った。
「まあ、いい。
家に行こう」
「承知しました」
そういって主人に対する礼をとる姿は様になっている。ただし、ここはただの広場である。しかも、待ち合わせするような人も多い場所。
目立つよりも上の注目の的だった。
「そういうの、いいから」
ギーが慌てて追い立てる。彼女たちはいたずらが成功したかのように笑いあっていた。
ギーが引き継いだ家は王都も外れにあり、すぐそこに王都を囲む壁がある。旧市街と言われる一角の外れでもあった。古い邸宅が並ぶ中でも一段とあらゆる意味ですごい邸宅である。
四人が家の前の門に立つと狙いすましたかのようにカラスが鳴く。
「廃墟」
「まぎれもない廃墟」
「わくわくする」
三者三様の評価をされた遺産の家。ギーも伸び放題の庭木と暗く重苦しい三階建て塔付きの邸宅はおどろおどろしく見えた。
ご近所では評判の幽霊スポット、夏には涼みに近くを散歩するような家であるらしい。
あら、独り身? 恋人同士がいちゃつきに来てもキレちゃだめよ? と悟り切ったような顔で隣人が話していた。意地の悪い仕掛けの作り方教えてあげましょうか? とも。
別な意味で冷え冷えした。
かちゃりと鍵を開けると門は自動に開く。これにビビるらしいが、古い仕掛けが稼働しているだけだとギーは知っている。百年くらい前の流行りである。あのころは、まだ魔法師が細々と生き残り、異種族も闊歩していた。この百年で住み分けが進み、関わることも少なくなった。
半端な混血は残されたままに。
庭木は荒れ果てているが、屋敷まで続く道だけはきれいに白い丸い石が敷き詰められている。
「碁石みたい」
最初に会った彼女が石を一つつまんでそう評した。異界から伝えられた遊技は貴族階級ではまだ細々と生き残っていた。だから知っていてもおかしくはないが、ギーは微かに違和感を覚えた。
「あの先行ってもいいですか? 閉門しなきゃいけないですよね?」
「ああ、入り口で待っていて」
この門には難点がある。なぜだか、開門できても閉門ができない。技術革新を待たずに廃れてしまった。
よいしょと腰を入れて閉じねばならない重さが憎い。
ギーが玄関に着いたときには彼女たちは大人しく待っていたような顔をしていた。
直前まで、あー、ダンゴムシがいるーとわいわいやっていた。
「いまどき、ダンゴムシで喜ぶやついる?」
「い、いやぁ、珍しいなと思って」
「侯爵家のお庭にはいなかったのか?」
「見えるところにはいないし、そんなところに行くのは不信すぎますし、それだけで行く理由はないですし」
珍しい生物見た、くらいのテンションらしい。彼女たちの生まれは田舎かもしれない。都会生まれはなにかと悲鳴を上げる。
「入ったら手を洗ってくれよ」
「承知いたしました」
びしっと返答しているが、手洗いである。
ギーは変なの拾ったと思い始めていた。仕事がないのは悪名のある侯爵家で働いていただけではないように思える。
手癖の悪いやつだったらすぐに叩き出そうとギーは決めた。盗むようなものはないが、まあ一応だ。
「しばらく来てないから、埃すごいかも」
「あ、マスクするんで開けるの待ってください」
「用意がいいな」
「廃墟と聞いてましたので、ちゃんとお掃除道具そろえてます。備品購入、支払いをお願いします」
「……ちゃっかりしている。明細と引き換えだ」
「わかりました」
ギーの分のマスクも渡された。
扉の向こうは、やはり埃が待っていた。扉を開けて風が吹き込み舞ってもいた。
「ひどい」
「特別ボーナスのお肉はいただけますか?」
「腐海でなくてよかった」
幸いというべきか、玄関にはものがない。作り付けの靴用クローゼットやコート掛けなどがあるが、それも厚いほこりをかぶっているだけだ。
床に残る足跡は以前ギーが入ったときのものだろう。二人分あるのは、継承をしたと記録する記録役が同行したからだ。
最初は掃除でもして住もうかと思っていたのだが、部屋数が多く、げんなりして放置したのだ。以来、なんとかしないとなーと頭の片隅に残っていた。
「とりあえずは自分たちの部屋を決めて、簡単な掃除でもしてもらっていいかな。
俺は自宅に帰るから」
「え、ご主人様、住まない?」
「嫌だよ。幽霊でそうだし」
「女の子だけで、住めっていうんですか?」
「薄情」
「家の管理してくれる代わりに衣食住提供。とてもやさしい」
「くっ」
ごにょごにょと三人は話をしていた。
「優しいご主人様、一緒に暮らしたいニャン」
「そうですわん」
「きゅー」
「……最後のなんだ」
「実家のネズミが鳴いてた」
胸を張って堂々と言った。鳴かないだろとギーは思う。
「あの、ご主人様。かわいがってほしいにゃ」
「な、何でもはしませんがマッサージくらいはしますわん」
「きゅー」
……とっても馬鹿らしくなってきた。
「そんなに嫌か」
「ものすっごい、嫌な予感するんでぜひいてください」
「巻き込まれかよ」
「変死体出たらご主人様困る」
ギーはため息をついていることにした。部屋の掃除は任せることも条件ではあるが、一番外せない条件がある。
「俺と君たちは雇用関係。
愛人押し売りしない。体の関係なし、いいね?」
「ご主人様からそういう話されるの珍しい」
「まさか、男の人が」
「ダメ、最近そういうの厳しい」
「外に放り出してもいいんだぞ」
ギーの本気を感じたのか、彼女たちは、わかりましたと声をそろえた。
「そういえば、名前は?」
「アリッサ、21歳です。今年、おじいちゃんの遺産継承予定なので、それまで置いてください」
そう名乗ったのは酒場で会った女性だった。見立てはそれほど間違っていなかったらしい。
「ベアトリーチェ、リーチェとお呼びください。え、年も言うの? 25歳、絶賛玉の輿狙いです」
「シシリー、16歳、去年、侯爵家に下働きで入ったのにこんな目にあって悲しい」
「ギーだ。年はまあ、24くらい。占い師は本業のついでにやってる」
40歳くらいさばを読んだが、可愛いものだろう。ギーは異種族との混血で人とは違う年の取り方をする。元の種族で言えば、ある日突然枯れるように死ぬらしい。平均寿命は150歳。混血となると寿命も短くなることが多いため、すでに人生の折り返しを超えているはずだ。
人の子はあまりにも若く、老化速度あわず、去られたことは何度かある。それを思い出せば、誰かを側に置くのも気が進まない。しかし、今困っていることを解決するためには仕方がない。いつまでも、アレ、どうしよ、と頭の片隅に置いておきたくない。
「しばらくの間よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
そんな感じで、ギーと彼女たちの生活は始まった。