アーマード・フィリーズ〜アラサー男と消耗品少女〜
死にたい。できるだけ、楽に。
それがアラサーと呼ばれる年齢に差し掛かった大瀬ヒロトの願望だった。
転じて今まで勤めていた一般企業を辞め、最近話題の戦争代理会社「アレス」をダメ元で受けたのだ。
戦争に駆り出されて、何もかも分からない内に死ぬ。それがヒロトの目論見だった。
『合格通知、大瀬ヒロト様 あなたは入社試験に合格されました。つきましては……』
合格通知を受け取って暫し呆然としていたが、徐々に嬉しさと恐ろしさが綯い交ぜに込み上げてきた。
やった!これで死ねる!いやだ!まだ死にたくない!
ふたつの相反する気持ちを抱えたまま、ヒロトは宇宙エレベータに乗り込み「アレス」の本部、地球外コロニーへと赴くことになったのだった。
———戦争代理会社、書いて字のごとく、国家間の戦争を宇宙空間で穏便に解決しようという発想が生み出した会社である。バックに付く国家から資金や武器提供を受け取り、これまた敵対国家がバックに付いた戦争代理会社と覇権を争う。これによって地球上は仮初の平和を手に入れ、宇宙空間では醜く争い合うという二つの世界が生まれた。
「アレス」もそんな戦争代理会社の一つである。
本部は地球外のコロニーにあるが、実質的な中央機能は旗艦「トネリコ」にある。
ヒロトも早速旗艦「トネリコ」に乗り込むことになった。配属先は実戦部隊のバックアップ隊との事だった。わけも分からず戦場に出されて死ぬことは無さそうだ。希望が叶わずガッカリするような、寿命が延びてほっとするような気持ちだった。
旗艦「トネリコ」は前時代に海を駆けた戦艦のような幾分レトロな見た目をしていた。しかしそこにある装備は前時代のものでは無い。その巨大な主砲はビーム砲、もちろんビームに対するバリアー装備も伴っている。そして「アレス」最大の武器、アーマード・フィリーズを搭載していると聞かされた。
———フィリーズ、英語で若い牝馬を指す。また、社交界にデビューする少女の意である。
「大瀬ヒロトくんだね、私が君の教育担当になった、潮カガリだ、よろしく」
「よろしくお願いします」
差し出された手を握り返しながら挨拶した。これから旗艦「トネリコ」の中、自分の新しい仕事場を案内してくれるということだった。
旗艦「トネリコ」の中には驚くほど沢山の少女が居た。その全てが紺色のワンピースの丈の短い制服を着ている。すれ違う度に礼をされるので返さずにはいられなかったが、ヒロトを案内するカガリは全て無視していた。
やがてヒロトは奇妙なことに気づく、この子達同じ顔をしている。
やがて案内されたのは艦橋だった。
艦橋には艦長、その他数名のスタッフがいてそれぞれに自己紹介をした。
カガリが言う。
「君の仕事はここでアーマード・フィリーズの監視をすることだ。戦いは彼女たちが全てやってくれる。」
「戦いを、あの女の子たちが……」
「君も見ただろう、同じ顔のフィリーズがうじゃうじゃいたのを」
うじゃうじゃ。およそ人に向けない擬音で表現される彼女たち。確かにいくつかのタイプに分かれていたが、同じ顔ばかりでぎょっとした。
「あれはアーマード・フィリーズのパイロットだ。幾つかのロットに分かれてはいるが全てクローンだ。変わりはいくらでも効く。くれぐれも変な気を起こすなよ」
「変な気、ですか」
「1人のフィリーにのめり込みすぎるヤツがいるんだよ。そしてそいつが戦死したらショックを受けて退職する。お前もそういう奴の補充要員だ」
「…………」
「文字通りフィリー、メス馬くらいに思っておけよ」
それからは別室で座学の時間だった。
いちばん興味深かったのはアーマード・フィリーズ。
フィリーズと呼ばれるクローン少女たちがパイロットのロボット兵器。いやに火力に特化したその機体はバリアー機能を犠牲にして驚くべき機動性を確保してある。全長3m程の機体に占めるコクピットは小さく、確かにあのフィリーズ、10~12歳くらいにしか見えないあの少女たちにしか乗りこなせないだろう。フィリーズは対G耐性にも優れるように設計されている。それも少女たちしか乗りこなせない理由だろう。
座学が終わり分かったことは俺はこれからフィリーズ、クローン少女たちが戦うところをただ見るだけということだった。戦いに行ける彼女たちが羨ましいような気がした。
ヒロトは「トネリコ」の中に宛てがわれた寝室で、ぼんやりと考えていた。
次の日から早速、艦橋でアーマード・フィリーズの監視業務が始まった。とは言ってもカガリの後ろについて見学からのスタートだ。
『敵機襲来。敵機襲来。各員、第一種戦闘配置につけ』
ブザーと無機質なアナウンスが艦橋中に響く。
「実戦部隊、配備は出来ているか」
カガリが問うと、
「はい、いつでも出られます」
少女の声が答える。
「では発進せよ」
「アーマード・フィリーズ α小隊、出撃します!」
α小隊と名乗ったその少女たちは敵機に向かって一目散に突進して行った。
「続いてβ小隊、γ小隊も出撃し、敵の増援に備えよ」
カガリは告げた。
「はい!β小隊、出ます」
「γ小隊出撃します」
それぞれ違った感じの少女の声が聞こえた。
「こんなもんだ、あとの実戦はアイツらがやってくれる。俺たちは負けないように増援を出しとけばいい」
「そういうものですか。俺には兵法の心得とかないんですが……」
「兵法!また古い言葉を使うなあ!もうそんなものは要らないんだ、必要なのは圧倒的な物量だ。アーマード・フィリーズは物量に関しちゃ業界一だ。まず負けないから心配するな」
「はあ……分かりました」
本当に大丈夫なんだろうか……。ヒロトはこの新しい仕事が勤まるかどうか心配になってきた。
やがて戦闘配置が解かれ、アーマード・フィリーズも帰投してきた。
一小隊に5機配備されているアーマード・フィリーズ。今回出撃したのは三小隊15機だ。
帰ってきたのは7機だった。
「まあこんな感じだな」
カガリは言った。
「8機未帰還ですが」
「これくらいよくある。敵機は大方仕留めたし、問題ないだろう」
よくあるのか、15人の少女が戦いに出て、8人死んだということだ。死。自分の欲しかったものが、すぐそこにあるのに。ヒロトには受け流せるだけの余裕はなかった。
「気になるなら慰霊碑でも尋ねて祈っとけ。そのうち慣れる」
「……失礼します」
軽く吐き気を覚えながら、カガリの背中を見てヒロトは艦橋を後にした。
「慰霊碑、慰霊碑ってどこだ……」
ヒロトは旗艦「トネリコ」の中をうろうろしていた。
地図によれば医務室の近くにあるとの事だが、広い船内でヒロトは迷子になっていた。
「あの、よろしければ道案内しましょうか」
一人のフィリーが声をかけてきた。赤髪をボブカットにしている、いちばんよく見かけるタイプの36ロットと呼ばれるフィリーだ。しかしこの子には左頬に傷があり、襟足を伸ばして三つ編みにしていた。
「あの、新しく来た方ですよね?トネリコは広いですから」
そう言って微笑む少女はただの人間にしか見えなかった。
「君は……」
「私は結構長く生きてるんです。名前も貰えるくらい」
「名前を……」
フィリーズは固有の名前を持たない。幾らでも替えが効く存在だからだ。しかし、幾度も出撃して帰還するいわゆる『エース』にはあだ名が付けられることがある。この子もそうなのだろう。
「ミロクと呼ばれています。今日も出撃から帰ってこられましたから」
「あの出撃から……」
ヒロトは思わずその子に縋り付きたくなった。よく帰ってきてくれた、と。
「それで、どこをお探しでしたか?」
ミロクと名乗った少女の声にハッとして答えた。
「あ、ああ、慰霊碑があると聞いて、祈りたかったんだ」
「それなら行先は同じですね!一緒に行きましょう!」
ミロクは人懐っこい個体なのだろうか、ヒロトの手を取って慰霊碑へと案内してくれた。
医務室、霊安室の隣に慰霊碑はあった。
「私、出撃から帰ったら必ずここに来るんです」
ミロクは言った。
「無事、帰ってこられたよ、ありがとうって。だからあなた……えっと……」
「大瀬ヒロトだ」
「大瀬のお兄様も、どうか祈ってあげてください」
突然のお兄様呼びに面食らったが、そういう個体なのだろう。言う通りに祈ろうとしたその時、金髪をツインテールにしているフィリー—たしか72ロットと呼ばれているタイプだ。が話しかけてきた。
「またぶりっ子してる、どうせウチらは消耗品なのに」
「ナナちゃん」
ナナちゃんと呼ばれたこの子も『エース』なのだろう
「慰霊碑に祈るとかやめなよ、この仕事続けられなくなるよ」
ナナがヒロトを半ば睨みつけて言った。
「忠告ありがとう。でも、気持ちのやり場がなくて……」
「フン、アンタもすぐ辞めるに決まってるわ」
「ナナちゃん、そんなことお兄様に言わないで」
「アンタのそのぶりっ子もムカつくのよ!私は実力だけで生き残ってきた!アンタはぶりっ子で取り入って生き残ってるだけ。認めない、認めないわ!」
言うだけ言ってナナ—72ロットのフィリーは去っていった。
「なんだいなんだい!ケンカかい?」
そして医務室から顔を出したのはヒロトよりも年上の女性だった。茶髪を長く伸ばしてうねらせている。
「高波のお姉様」
「ミロク、またナナコとやり合ってたのかい?」
「ナナちゃんが突っかかってくるだけです」
「確かにそうだ!あ、新入りか。ちょうどいいや、お入りよ」
招かれて医務室に入った。ミロクはお辞儀をしてどこかへ行ってしまった。
中は診察室と言った装いで、そこには最先端の医療器具が揃えられている。いつでも治療が受けられるという雰囲気だった。
「その辺座りな、コーヒー淹れてあげる」
お言葉に甘えてヒロトは椅子に座った。
この「トネリコ」では重力制御が完全にされており、コーヒーなどの液体も地上と全く同じように飲める。
「さっきの戦闘でナーバスになって慰霊碑に来た、そうだろう?」
「全くもってその通りです」
「だろうね、みんな最初はそうなんだ。申し遅れたね、船医兼フィリーズ技師の高波マリコだ。よろしく頼むよ」
「お世話になります……」
「ミロクはいつもああやって慰霊碑に来るんだ。名前の付く前からね」
「名前付きのフィリーズは他にもいるんですか」
「少し前までは72ロットにもう一人いたけどね」
マリコは首を横に振った。
「こっちがいくら教育しようが名前をつけようが艦橋じゃ消耗品扱いは変わらないのさ」
「俺は……消耗品扱いしたくないです……」
「おお、言うねえ!そう言ったヤツが何人も辞めていったよ。あんたはどうかな?」
ヒロトは何も言えなくなってしまった。
「悪い悪い、いじめすぎたよ!あの子らのこと、大切にしてくれるのは嬉しいのさ、頼むよ」
医務室を出ると、慰霊碑に改めて手を合わせてから、艦橋に戻った。
「すみません、戻りました」
「おー戻ったか。慰霊碑には満足したか」
「……何とも言えません」
カガリさんはこちらを試すような目で見てくる。
「まあそんなもんだ。慣れだ慣れ。すぐ気にならなくなる。」
それから幾つかの戦闘を経験した俺は、いよいよ艦橋で実際に指揮を執ることになった。
「予測では敵さんは一個中隊規模だ。こっちもそれなりの量を出す。いいな」
「はい」
カガリの出す指示に答えて指示席のコンソールを操作する。一個中隊。ならばこちらは5小隊20機と言ったところか。それぞれ出撃の用意をさせる。
「α小隊からε小隊、出撃準備いいか」
「はい」
それぞれ5つの違う声色の返事が返ってくる。
「出撃、敵を殲滅せよ」
「了解」
俺の指示でアーマード・フィリーズは宇宙の暗闇へと飛び出していく。
カガリさんは俺の仕事ぶりを眺めていた。
「いいんじゃない、あとは増援に注意して」
「はい」
そう言って艦橋から出ていってしまった。
艦橋には艦長や他の偵察・観測スタッフもいるとはいえ、肝心要のアーマード・フィリーズは本当に俺の指示だけで運用していいんだろうか。
俺は彼女達の戦いから目を離せなかった。
敵機は前時代の戦闘機のような見た目をしている。あれには誰かが乗っているのだろうか……。
こちらは人型のロボットだ。高速で向かってくる敵機へ向かってミサイル弾を炸裂させる。更には戦闘機の翼をその手でへし折って無力化させる。
確かに向こうは少数、こちらは多数。ただ突撃を繰り返す敵に兵法などは必要なく、アーマード・フィリーズの物量押し戦法は効果的だった。
それでもすべてのアーマード・フィリーズが無事ではいられない。
「ああああああああぁぁぁっ!」
悲鳴が上がる。
「どうした!」
「……損傷しました……!腕が、手が……!」
「無理せず撤退しろ!」
「……えっ……でも」
「いいから撤退だ!」
ミロクと同じ、赤髪のフィリーズ。同じロットのクローンなのだろう。帰投させた。
やや暫くして敵機は数を大幅に減らして撤退して行った。
こちらもアーマード・フィリーズ達に撤退命令を出す。
送り出したのは20機。帰ってきたのは……。数えるのが怖くなってやめた。先程の腕を怪我したというフィリーズが気になる。確かめに行かなければ……!
格納庫に収容されたアーマード・フィリーズの中で特に損傷の大きいそれに、彼女は搭乗していたようだ。
高波さんがコックピットに向かってなにやら話しかけている。
「……もうあんたの腕はダメだ。使い物にならない。」
「はい……」
「……悪いね、恨んでくれていい。最後になにか望みはあるかい?」
「……お礼を言いたいです……。撤退していいと、言ってくれた……あの方に……」
走っていくとそんな会話が聞こえてきた。
「……ちょうど来たよ」
「高波さん!彼女の容態は!?」
「腕がダメになった」
……腕が、でもそれ以外の傷は無さそうだ。助かるのではないかと希望が見えた。
「でも、助かりますよね?」
高波さんは顔を上げずに淡々と告げる。
「……腕がダメになったってことは、もうパイロットとしてはダメになった……。処分だ」
「処分……?処分って……!」
高波さんはよく見ると何かの点滴を持っていて、彼女に刺そうとしている。
……まさか、そんな。
「あなたが……。ミロクやナナから聞きました……私に撤退していいなんて……いってくれて……ありがとう、ございます……最後に高波せんせいにも会えて、良かったです……さようなら……」
「待ってくれ、きみはまだ生きられるはずじゃないか!なんで!」
彼女は高波さんの施した点滴によって静かに目を閉じ、そして呼吸と鼓動を止めた。
高波さんも去り、冷たくなった彼女を前にしばらく呆然とうずくまっていると、そこにカガリさんがやってきた。
「お前腕をやっちまったフィリーズに撤退しろって言ったんだってな」
「……普通、そうするじゃないですか」
「四肢の欠損はパイロットとして不適格、処分対象になる。普通はそのまま突っ込ませて終わりだ」
「……!なんでそんな酷いことができるんですか!?」
俺は立ち上がってカガリさんの胸ぐらを掴んだ。
と思ったら掴み返されて俺は投げられていた。
「酷いのはどっちだ。考えてみろよ、おまえだってがむしゃらに戦って死にたくてここに来たんじゃないのか?処分を待つ間、痛みと死の恐怖に怯えるのとどっちが残酷なんだ?」
……俺は何も言えなかった。
「こいつは最後までお前が責任持て。連れて着いてこい」
カガリさんは冷たくなった彼女をどこかへと連れていくらしい。
俺はコックピットから冷たく固くなった赤髪の彼女を苦心して連れ出し、抱えてカガリさんに着いて行った。
『霊安室』
初めて入る部屋だった。何となく今まで入るのを躊躇っていた。
部屋の中央には寝台のようなものがあった。
「そこに寝かせろ」
カガリさんが言う。
「寝かせたらどうなりますか」
俺は躊躇う。
「特殊な溶液で溶かされて、次のフィリーズの原材料になる」
それでも躊躇う俺の腕から赤髪の彼女を奪って、カガリさんは寝台に彼女を寝かせ、なにかのボタンを操作した。
すると寝台は蓋で覆われ、彼女の赤髪は二度と見えなくなった。
そこに霊安室の扉が開き、その彼女と同じ顔が姿を表す。
「あ……。少し遅かったですね……」
「ミロク……」
よく見ると顔に傷があり、お下げ髪がある。ミロクだ。今日の出撃にも出ていたはずだが、もうパイロットスーツから普段のワンピースに着替えている。
「じゃああとは頼むわ」
カガリさんはミロクを見ると出ていった。
「……はい」
「お兄様は知らなかったですよね、四肢を無くした私たちがどうなるかなんて」
霊安室のなかでふたり体育座りをして、ポツポツ話す。
「……高波さんがあんな処置をするなんて思わなかった……」
「……でもきっと彼女は幸せでしたよ、わたしたち高波のお姉様は大好きなんです。おかあさん、って私達は分からないですけど、きっとあんな感じの人って思うんです」
「俺は……間違っていたのか……」
「いいえ、お兄様は優しいです」
こんな年端もいかない少女に慰められている。なんて情けない姿だろう。
「潮のお兄様も昔はこうでした」
「カガリさんが……?信じられない。血も涙もない人にしか見えなくなったよ俺は」
「大瀬のお兄様もきっとああなるんだろうなって、私は寂しく思います。こうしてあげられるのはいまだけ」
ミロクは俺の頭を撫でた。
「どうか今日の日を、あの子を忘れないでいてあげてくださいね」
そうして2人で慰霊碑に祈りを捧げたのだった。
死ねない。どれだけ苦しんでも。
俺が覚えている限り、彼女たちが俺の中で生き続けると信じたいから。
それが三十路を迎えた大瀬ヒロトの願望だった。
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