第7話 三番坑道にて
「行くぞ! レイ!」
「おう! じいちゃん!」
活力を取り戻した二人は、ものすごい勢いで魔物たちを斬りはじめた。二人ともまったく動きに無駄がない。実に鮮やかな連携だった。私はすっかり見とれてしまって、それ以上呪文を唱えるのを忘れていた。いや、その必要もなかった。二人は縦横無尽に剣を振るって、あっという間に家の周りの魔物の群れを一掃してしまった。
「本当にありがとうございました。お陰で命拾いしました」
二人は私たちに近づいてきて、老剣士が深々と頭をさげた。
「すごい魔法だね! どんどん力が湧いてくる! もっと体を動かしたい!」
少年剣士が目を輝かせて言った。
「こら、ちゃんとお礼を言わんか! 失礼じゃろう」
「ありがとうございます。僕はレイっていいます。この人は僕の祖父で剣の師でもあるファンドです」
ファンドに叱られて、レイは慌てて礼を言った。肉親だったのか。どうりでぴったり息が合っていると思った。
「私は僧侶のリース、こちらは遊び人のラックといいます」
「もちろん、存じ上げております。あなたたちのことを知らない冒険者などおりません。お噂通りの戦いぶりを直接拝見できて、孫ともども感激しております」
「いえいえ、あなたたちこそ、素晴らしい剣士です」
「他画他賛♪ これ以上、誰が足さん♪」
ラックはそう言うと、今度は北東に向かって走り出した。
「あっ! ラック!」私はラックを指さしながら言った。「あの、よかったら一緒に追いかけてくれませんか?」
「はい!」「喜んで!」
私が走りはじめるとファンドとレイが左右を並走してくれた。魔物は多かったが、私に近づく前に二人がすべて斬り倒してくれる。来たときとは比べものにならないくらい楽に私は教会まで戻ることができた。
ラックは自警団の先頭に着いても止まらず、人々が魔物と戦っている間を踊るようにすり抜けて北上しつづけた。
「ちょっと、ラック、どこまでいくの?! すみません、先に行ってます! あとで合流しましょう!」
私は周りの人たちにそう言って、ラックのあとを追いかけた。ファンドとレイも私の左右を護りながら着いてきてくれた。
「こりゃ、三番坑道の方に向かってますな!」
左手から立ち塞がってきたデスメンジンを斬りながらファンドが言った。
「三番坑道?」
「ケノの銀山で一番大きい坑道です! マーブル・ドラゴンもそこにいるんじゃないかと言われています!」
右手から飛びかかってきたキガイツを斬りながらレイが言った。
私はレイとファンドに魔物を倒してもらいながらラックを追いかけつづけた。やがて町の北側にある銀山の三番坑道の入口に着くと、ラックは立ち止まってストレッチをはじめた。
それに追いついた私は、密かに練ってきたマーブル・ドラゴンとの戦い方について三人に説明した。さまざまな状況を想定していくつもの案を用意してきたが、ファンドとレイがいてくれるなら、このまま坑道の中で戦った方が有利に戦えそうに思われた。三人は私の提案に同意してくれた。
「照明!」
私が照明魔法を唱えると、私の頭上に光源が現れ、広い坑道の内側を照らしだした。坑道の中はさっきまでの騒乱からは考えられないくらい静かで、空気がひんやりしていた。坑道の構造に詳しいファンドが先頭に立ち、次にラック、私、レイの順に並んで奥へと進んでいった。
鑿や鶴橋といった、採掘用の道具がところどころに転がっていて小さな影を作っていた。この坑道に人間が入るのは五年ぶりのはずだが、ついさっき作業を終えたばかりのように見えた。
坑道に住み着いた魔物がときどき襲いかかってきたが、現れた瞬間にファンドとレイが斬り倒してくれた。本当に手練れの剣士たちだ。今日、二人に出会えたのはとても幸運だった。突然、至近距離から攻撃をしかけてくる相手に魔法で応戦しようとすると、どうしても時差や魔法の反動で小さなダメージを受けてしまうが、今日は一切それを負わずに済んでいる。何より、今から取る作戦は協力者なしには成立しない。その協力者としてファンドとレイは理想的なように思えた。私たちはぐんぐん坑道を下っていった。
ひときわ大きな空洞に出たとき、あの独特の地響きがした。私は五年前のことを思い出して一瞬身が竦んだが、振り返ったラックと視線を交わして、すぐに落ち着くことができた。
空洞の奥へ進むと、大理石の体が光に照らし出された。向こうも首だけこちらへ曲げてから、ゆっくり体をこちらへ向けた。
マーブル・ドラゴン!
いよいよ宿敵に再び戦いを挑む時が来たのだ。
その姿は五年前よりも大きくなっているように見えた。私も十歳から十五歳に成長しているのだから、久しぶりに見る物はたいてい小さくなっているように感じられるが、マーブル・ドラゴンは違っていた。ドラゴンが良質の銀をたくさん食べて本当に大きくなったのか、ただ私の恐怖心から実際以上に大きく見えているのか、判断がつかなかった。
横に並んだファンドとレイは目つきがより鋭くなっていた。ラックもめずらしく締まりのある顔をしていた。
「タント、見ててね。今度こそ最後まで戦うから」
私は心の中でそう語りかけながら、剣帯に提げていた短剣をそっとなでた。
「それでは、打ち合わせ通りにお願いします!」
私はそう言ってから、一歩前に出て、大きく息を吸った。
「強・減速!」
「強・軟化!」
私がマーブル・ドラゴンに二つの魔法を放ったのを合図に、ファンド、ラック、レイの三人が私の前に壁のように並んだ。
「四連・強・加速!」
「四連・強・硬化!」
「四連・強・筋力強化!」
「四連・漸次・回復!」
私は自分たち四人に補助魔法を連続でかけた。これからしばらく私は魔法が放てなくなる。マーブル・ドラゴンを倒すために密かに準備してきた魔法を唱えるのに準備時間が必要なのだ。その間、三人には私を護りながら、ドラゴンと戦ってもらわなければならない。
「おう、おう、おう、おう! 久しぶりだな、このヤロー! オレの顔を忘れたか! えっ? どうした? びびって挨拶もできねぇのか?! 銀ばっか食ってるから顔が真っ青じゃねーか! 好き嫌いしてるとママに叱られるぞ、この偏食ヤロー!」
ラックは口汚くマーブル・ドラゴンを罵った。どこまで言葉の意味が伝わっているのか分からないが、マーブル・ドラゴンはラックに向かって口を開け、もの凄い勢いで大理石の礫を吐き出し、つづけて長い尻尾を横に振ってラックを弾き飛ばそうとした。
ラックはそれを側転とバック転で躱した。小さな傷は負ったようだが、この五年でラックの身のこなしに磨きがかかっているのに加えて、補助魔法をかけているので、たいしてダメージは受けていないようだ。
その間にレイが走ってドラゴンの背後に回り込み、手前にいるファンドと同時に攻撃を仕掛けて、ドラゴンの両脚を一気に斬り砕いた。ドラゴンはうめき声を上げながら倒れかけたが、地面に両手をついてそれを防いだ。すぐに両脚の復元がはじまる。減速魔法をかけたはずなのに、動作も復元も思いのほか速い。やはり豊富に銀を食べているせいだろうか。
ドラゴンは口を開いてファンドの方を向いた。
「おい、こら! どこ見てんだ! テメーの相手はこのオレだって言ってんのが分かんねえのか、このスライム! マーブルだかテーブルだか知らねえが、テメーなんざ紙やすりで粉にしてやる! とっととかかってきやがれ!」
またラックがドラゴンを罵った。ドラゴンはファンドからラックの方へ顔を向けなおして、猛烈な大理石の礫を吐き出した。ラックはそれをサイドステップとダッキングで躱した。またいくらか傷を負ったが、ラックは俊敏さを失わなかった。
その隙にファンドとレイが攻撃を仕掛けて、ドラゴンの両腕を斬り砕いた。腕で体を支えていたドラゴンは大きなうなり声を上げながら倒れたが、首を振って周りを威嚇しながら長い尻尾と復元を終えた両脚を使ってゆっくり立ちあがった。
「ドラゴンから離れてください!」
私がそう呼びかけると、三人はマーブル・ドラゴンの近くを離れ、私の近くまで下がってきた。研究してきた魔法の準備が整った。実戦で使うのは初めてだが、もし、これが効かなければ、もう打つ手がない。
「酸の豪雨!」
無数の酸の雨がマーブル・ドラゴンの全身に降り注いだ。ドラゴンのうなり声に体を溶かすシュウ、シュウという音が重なって聞こえる。たちまちドラゴンの全身から白い煙が立ち昇った。
「な、なんという魔法じゃ……こんなもの見たことがない……」
「す、すごい……すごすぎる!」
「火のないところに煙は立つ♪」
三人は口々に感嘆の声を上げた。
この魔法は、私が北の祠で見つけた酸を生み出す魔導書と、東の魔法都市の図書館で見つけた雨を降らせる魔導書の二つを組み合わせた独自のもので、マーブル・ドラゴンを倒すために密かに研究を重ねてきたものだった。酸を濃縮するのに時間がかかるのが難点だが、酸に弱い大理石の体を持つマーブル・ドラゴンには効果があるだろうと思っていた。どうやら予想通りの効果があったようだ。
全身に酸の雨を浴びたマーブル・ドラゴンが頽れるように両膝を地面についたところまでは確認できたが、体のいたるところから白い煙が上がっていて、その姿は見えない。そのままドラゴンは動く気配がなかった。
「や、やったか?!」
しびれを切らして、ファンドが叫んだ。
と、そのとき煙が切れて、マーブル・ドラゴンがゆっくり姿を現した。半分くらいの大きさになってはいたが、全身が復元されている。その身振りから見て、小さくなった分、動きが機敏になっているようだ。酸の雨は効いているはずだが、さすがは伝説の竜、そう易々と倒せる相手ではなかった。
「すみません! もう一度、私に力を貸してください! 今度はできる限り酸の濃度を上げてから魔法をぶつけます!」
おお! とみんなは声を上げて、マーブル・ドラゴンの方へ駆けていった。私はもう一度、魔法を唱える準備に入った。
「おい、こら、テメー、こんなところにいたのか! あんまり小さくなったんで、見失っちまったじゃねーか、この石ころ! お、なんだ、そっちか! 本当に石ころに話しかけちまったじゃねーか! まぎらわしいんだよ、バカヤロー!」
ラックはマーブル・ドラゴンを見上げながらまた毒づいた。
しかし、ドラゴンはラックに見向きもせず、首を横に振りながらファンドとレイに大理石の礫を浴びせかけた。二人は身を翻したが、避けきれずにダメージを受けてしまったようだ。
「まずい、もう同じ戦法は通用せんようじゃ!」
「とりあえず斬って、時間を稼ごう、じいちゃん!」
ファンドとレイはマーブル・ドラゴンの左右に周り込んで、同時に攻撃した。二人の剣はドラゴンの両肘から先を斬り砕いたが、ファンドは長い尻尾で足を払われて倒れ、レイはドラゴンの頭突きを食らって吹っ飛んでしまった。
「あっぶねー! 補助魔法をかけてもらっていなかったら、今のはヤバかった!」
「レイ! 無駄口を叩いとらんで、手を動かせ!」
ファンドとレイは縦に並んでドラゴンに向かっていき、ファンドは横斬りで、レイは飛び斬りでそれぞれドラゴンの脚と頭に斬り込んだが、ドラゴンは後ろに飛び退いてそれらを躱した。助走をつけてドラゴンが二人めがけて突進してくる。
「テメーの好物(鉱物)だ! 食らえ!」
ラックが大きな石を投げて、ドラゴンの左目に命中させた。ドラゴンの足が鈍ったので、ファンドとレイはその突進を躱すことができた。
「ありがとう、ラックさん!」
レイはそう言いながら走って、ドラゴンの背後から斬り込んだ。その攻撃でドラゴンの背中を斬り砕いたが、代わりに尻尾で足首を掴まれて、放り投げられてしまった。
つづいてファンドが尻尾に斬り込んだ。その攻撃でドラゴンの尻尾を斬り砕いたが、代わりに復元されたドラゴンの左手に手首を掴まれて、ファンドも放り投げられてしまった。
ドラゴンは目を剝いて咆哮すると、私に向かって歩いてきた。
私は酸の雨の濃度を上げるために動くことができない。今、魔法の構えを解いてしまえば、またはじめから濃縮しなおさねばならなくなる。おそらく私たちにはもうその時間は残されていない。私はたとえ全身の骨を砕かれても、この構えを解くわけにはいかないのだ。
マーブル・ドラゴンが私の前に来て止まった。私は魔法に意識を集中させるために、目を閉じた。いや、恐れのために、思わず目を瞑ってしまったのかもしれなかった。