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僧侶は遊び人の夢を見る  作者: 朝倉恭人
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第6話 再びの、旅立ち

 魔王が復活する十四年前のある午後、私たちのパーティーは全滅した。


 私とラックは瀕死(ひんし)の状態で倒れているところを、別の冒険者パーティーに助けられた。最初に見たときには死体だと思ったらしい。その冒険者パーティーは私たちのように依頼を受けて洞窟(どうくつ)に入ったところ、私とラックが倒れているのを見つけ、まだ息があるのを確かめて、急いで運び出してくれたそうだ。

 発見されたときには、ラックが私の上に(おお)(かぶ)さっており、はるかに危険な状態だったそうだ。私も肩と両腕両脚を骨折する重傷を負っていたが、ラックの方は全身に無数の切り傷があり、特に背中の傷は内臓に達するほど深かったという。ラックがかばってくれていなければ、私は確実に死んでいただろうと医術師は言った。意識を取り戻すまでに私は一週間かかり、ラックは三か月かかった。

 あのとき、私はラックに背負われていたのに、どうしてラックが私に覆い被さっていたのだろう。朦朧(もうろう)とした意識の中で、私はラックが「おっと」と(つまず)く声を聞いた気もするが、幻聴だったのかもしれない。ラックはあえて身を(てい)して私を守ってくれたのだろうか。それともただ偶然転んで結果的にそうなっただけだったのだろうか。


 救助されてから一週間後、意識を取り戻した私は、マクナナの医療所の人たちに問われるままに覚えていることを話した。あの洞窟には依頼を受けてカルメディの花を()りに行ったこと。帰ろうとしたときに、突然マーブル・ドラゴンが現れて襲いかかってきたこと。タントがひとりでドラゴンと戦って、私たちを逃がしてくれたこと。ラックが私を背負って逃げようとしてくれたけれど、結局、ドラゴンに追いつかれてしまったこと……。

 タントは? タントはどうなってしまったのだろう? 私が話したマーブル・ドラゴンの(うわさ)(またた)()に広がって、あの洞窟には誰も近づかなくなってしまった。私はすぐにタントを探しに行きたかったけれど、ベッドから起き上がることができなかった。特殊な回復魔法を何度もかけてもらって、私の体が治るまでに三か月。その間、ラックは隣のベッドで死んだように眠っていた。ラックの傷が()えてベッドを離れるまでに、さらに三か月かかった。

 ラックが目を覚ますまでの間、私はとても孤独だった。医療所の人たちは本当によくしてくれたけれど、私の中には氷の(かたまり)のような喪失感があり、それに体の(しん)から熱を奪われて、いつも震えていた。もう冒険者を()めて、トモシハに帰ろうと何度思ったかしれない。でも、その(たび)に「俺には遊び人といっしょに魔王討伐(まおうとうばつ)を目指している僧侶さんの気持ちの方が、よっぽど分からないけどな」というタントの声が聞こえてきた。今、私が冒険者を辞めてしまったら、タントは何のために犠牲(ぎせい)になったのか、分からなくなってしまう。しかし、タントを失った今、私はまだ冒険を続けられるのか、続けるのが正しいことなのか、本当に分からなくなってしまった。なかなか答えを見いだせない問いについて私は悶々(もんもん)とひとりで考えつづけた。

 だからラックが意識を取り戻したときには、本当に嬉しかった。

「私が(ちょう)になった夢を見ていたのか♪ 蝶が私になった夢を見ているのか♪」

 でも、目を覚ましたラックは、タントやあの日の出来事については何も話そうとしなかった。まるで何事もなかったかのように、ラックはいつも通りにまたふざけはじめた。だから、私はラックがあの日のことについてどう思っているのか分からない。もちろんラックに聞きたい気持ちはあったけれど、迷った(すえ)にそれはやめた。ラックもあれだけ体に深い傷を負ったのだ。心にも傷を負っているのかもしれないし、もしかしたら記憶を失っているのかもしれない。ラックはベッドを離れられるようになると、また歌い、踊るようになった。ただ、あれほど好きだったカードゲームを、あの日を(さかい)に一切誰ともしなくなった。


 私たちが医療所から出たとき、三人で依頼をこなして貯めていたお金はまだ残っていた。これもタントが私たちに(のこ)してくれたものの一つだった。私はラックと一緒にあの洞窟へタントを探しに行こうと決心した。私たちが医療所にいる間に、マーブル・ドラゴンは別の場所に移っていた。はるか西にある銀山とその町が、マーブル・ドラゴン(ひき)いる魔物の大群に襲われたらしい。本当に痛ましいことだ。魔物たちは今もその町に居座(いすわ)りづつけているという。

 代わりに安全になった洞窟に、私とラックは半年ぶりに入った。用心のために、たくさんの回復薬を背負い袋に入れ、冒険者の登録所で武術家を一人、護衛(ごえい)として(やと)った。

 松明(たいまつ)に照らし出されたその洞窟は、あまりにも平穏(へいおん)で、まったく別の場所のように感じられた。そこがあの洞窟であることは理解できるのだが、どうしてもあの日の実感と重ならないのだ。ラックだけでなく、私まで記憶がおかしくなってしまったのかもしれない。

 それでも断片的な記憶を頼りに、私たちはタントと一緒に歩いた横穴を探した。そして、恐らくタントと別れたのはこのあたりだったろうと思われる広い空間に辿(たど)()いた。

 でも、そこにタントの遺体はなかった。骨のかけらすら見当たらなかった。たった半年で、骨も残らないほどに朽ち果ててしまうなどということがあるだろうか。それとも、骨も残らないほど、マーブル・ドラゴンはタントの体をばらばらに切り刻んでしまったのだろうか。

 しばらく、その空間を見てまわってから、(あきら)めて帰ろうとしたとき、何やら白く光る物が左の視界に入った。松明を近づけてみると、黒い金属片の断面がそこだけ白く光っているのだった。

「これ、(おの)の破片じゃないかな?」

 私はそれを見つめて言った。

「……」

 ラックは何も言わず、口角(こうかく)を上げて首を(かし)げただけだった。

 それがタントが使っていた斧の破片なのか、確証は持てなかったが、私はそれを拾って持ち帰ることにした。代わりにマクナナで準備してきたカルメディの花束をそこに置き、タントの冥福(めいふく)を願って祈りを(ささ)げた。タントが好きだったカードも背負い袋に入れてきたのだが、なぜかそれを(そな)える気にはなれなかった。


 マクナナに戻ってから、私はそのとき拾った金属片を鍛冶屋(かじや)に持って行った。相談したところ、溶かして鍛錬(たんれん)し直せば、短剣を作れそうだと言われた。私は剣を扱えないが、お守りにしようと思ってお願いした。ひと月ほどして、金属片は美しい(ひと)()りの剣に生まれ変わって、私のもとに帰ってきた。

「とても質の良い玉鋼(たまはがね)だったよ」

 鍛冶屋は自信作だ、大事に使ってくれ、と言い添えて、短剣を差し出した。私は剣を抱いて鍛冶屋を出た。


 強く、なろう。強く、なろう。


 剣を抱いて歩いているうちに、いつの間にか私はリズムに合わせて心の中でこの言葉を繰り返していた。そうしていると不思議と足取りが軽くなり、全身に力が()いてきた。それは長らく私が失っていた感覚だった。

 私は居ても立っても居られなくなって、宿屋には帰らずに、冒険者の登録所へ出かけた。

「お久しぶり……ですね。もう、お体はよろしいんですか?」

 登録所のお姉さんは、すべてを知っている様子だった。

「はい」

 私は(うなず)いた。ただ、うつむいているだけのように見えたかもしれない。

「今日はどのようなご用件で?」

 お姉さんは、表情を改めて、あえて事務的に接してくれた。

「仕事を、再開しようと思いまして」

「そうなんですね。冒険者への依頼は増える一方なので、本当に助かります」

 事務的ではあっても、お姉さんの声は柔らかだった。

「どのような仕事をお探しですか?」

「私たちにできることなら何でもします」

 私は初めてこの登録所に来たときと同じことを言った。まだ十か月しか()っていないのに、遠い昔のことのように感じられた。振り返れば、酒場でタントが大口(おおぐち)(たた)きながらラックとカードゲームに(きょう)じていそうな気がしたが、もちろんそんなことはありえない。

 私は振り返らずに、魔物討伐(まものとうばつ)の依頼を受けて宿に帰った。


 翌朝、私が身支度(みじたく)を整えて宿屋を出ると、当たり前のようにラックが着いてきた。怪我(けが)が完治していないせいで、まだ歩き方がぎこちない。

「ラック、私はこれから魔物の討伐に行くんだよ」

「……」

「今度は怪我じゃ済まないかもしれないんだよ」

「……」

「それでも、私と一緒に来てくれる?」

「ゴェッ」

 ラックはげっぷをした。

 私は思わずラックを抱きしめた。どうしてだろう。前はあんなに腹が立ったのに、今はラックのげっぷさえ(いと)おしい。

「本当にありがとう。私を助けてくれて」


 僧侶と遊び人の二人だけのパーティーに戻ってしまった私たちは、それから魔物を倒して、倒して、倒しまくった。高い攻撃力を持っている新しい仲間をパーティーに加えた方が効率が良いことは分かっていたけれど、どうしてもそうする気持ちにはなれなかった。

 私たちの心には今もタントが息づいている。タントは魔物に満ちたこの世界を生きのびるための、かけがえのない知恵を私たちに与えてくれた。私たちはタントからの教えを頼りに魔物を倒し、装備を強化し、少しずつ活動範囲を広げていった。雨の日も、風の日も、休むことなく魔物と戦いつづけた。いったいどれほどの魔物を倒したのか、自分でも見当がつかない。何度も、何度も、危険な目に()って、その(たび)にタントの教えに救われ、その確かさとありがたさを()みしめた。

 やがて私たちはマクナナを拠点として諸国をめぐり、二人だけで人々から恐れられている魔物を討伐したり、難しいダンジョンを攻略したり、貴重なアイテムを手に入れたりできるようになっていった。いつしか私たちは人々から「(さば)きの道化(どうけ)」というものものしい名前で呼ばれるようになった。例によって、魔物と戦っているときにもラックは遊びつづけていたので、ほとんどは私が倒していたのだけれども、いつも、どこにいても、派手な格好で歌い、踊っているラックの方が目立ったので「裁きの()()」ではなく「裁きの()()」という呼び名が広まったのだった。

 もちろん、私に不満はない。そもそもこの旅はラックに賢者スイのような偉大な賢者になってもらうために始めたものなのだ。ラックの名が上がるのは大歓迎だった。私の名誉欲なんてスライムにでも食べさせておけばいい。

 派手な服を着た遊び人率いるパーティーがどこからともなく現れて、いつもにこやかに歌ったり、踊ったりしながら、容赦(ようしゃ)なく無数の魔物を殺戮(さつりく)しつづける。道化の笑顔は魔物への死の宣告。道化の歌は魔物への鎮魂歌(レクイエム)。そんな猟奇的なイメージが一人歩きしてしまったのかもしれない。とにかく、私たちはよく知られた冒険者パーティーになっていった。


 そして、タントの死から五年が経ち、私とラックは十五歳になった。


 久しぶりにマクナナへ戻った私たちは、はるか西にある銀山とその町の自警団が、居座りつづけるマーブル・ドラゴン率いる魔物たちから町を奪還(だっかん)するために三度目の総攻撃を計画していて、その参戦者を(つの)っているという話を冒険者の登録所で聞いた。

 マーブル・ドラゴン……。私たちの宿敵には違いなかったが、この五年間、それに向きあうのを避けてきた。その名前を聞いただけで身が(すく)んでしまうのだ。あまりにも恐ろしく、悲しい記憶から逃れるように、私たちは他の魔物たちと戦いつづけてきたのだった。私怨(しえん)に駆られてマーブル・ドラゴンに戦いを挑んだら、すぐに命を落とすという思いもあった。

 しかし、私は頭のどこかでいつもマーブル・ドラゴンのことを考えつづけてもいた。気がつけばマーブル・ドラゴンと戦うときのことを想像していることもしばしばあった。どうすれば、あのマーブル・ドラゴンを倒すことができるだろうか。私は私なりに(ひそ)かに研究を重ねていた。

 自警団が三度(みたび)(やぶ)れて、マーブル・ドラゴンが銀を()らいつくしてしまえば、またどこか遠いところへ姿をくらましてしまうかもしれない。もしそうなれば、マーブル・ドラゴンと戦うのはまた何年先になるか分からなくなってしまう。

 (とき)は満ちた。私はマーブル・ドラゴンに再び戦いを挑もうと決心した。ひたすらに宿敵と戦う準備を重ねてきたこの五年間を、私は信じることができた。一晩マクナナで休んでから、私とラックはケノに向かった。


「おい、あれ、(さば)きの道化(どうけ)じゃないか?」

「裁きの道化? おお! あれは裁きの道化に違いない!」

「あんたたち、裁きの道化だよな!」

「裁きの道化! 裁きの道化が来てくれたぞ!」

 ケノ奪還戦(だっかんせん)のために集まっていた人々は、私たちの参戦を熱烈に歓迎してくれた。私たちは自警団の陣地の中央に(いざな)われ、その指導者たちからも歓待を受け、厚く礼を言われた。「裁きの道化」という呼び名には一向に慣れなかったが、それで士気(しき)が高まるなら、と私は黙ってうんうん(うなず)いていた。どんな人に会っても悠然(ゆうぜん)とふざけつづけるラックは、とても大物(おおもの)に見えた。

 ラックの赤鼻も道化服の赤い縞模様(しまもよう)も、無数の魔物たちの血に染まっているのだと(うわさ)されていた。私から見ても、陣地で人々に囲まれているラックの笑顔は、どこか得体が知れなくて、でも何だか頼りがいがあった。

 ケノの奪還戦が始まったのは、私たちが自警団に合流してから三日目の明け方だった。十万の軍勢が沈黙したまま南側からケノの町に向かって進軍した。そして、ついに戦いの火蓋(ひぶた)が切られた。

三連(トリ)疾風(ゲル)!」

五連(クイン)即死(イス)!」

七連(セプ)浄化(ピュア)!」

 自警団からの依頼により、私たちは軍勢の中央先頭で戦った。私は視野に入った魔物を片っ端から倒しながら北に向かった。魔物の強さは大したことなかったが、とにかく数が多かった。こんなところで魔力を使い切ってしまえば、マーブル・ドラゴンと戦えなくなる。私はなるべく魔力を節約しながら、魔物たちを倒していった。

 ケノの町は、私たちの故郷・トモシハとは比べものにならないほど大きかった。古い建物よりも新しい建物の方が多く、町の周縁(しゅうえん)に急ごしらえの小屋がたくさん建っているところが、いかにも鉱業(こうぎょう)で急発展した町らしかった。私たちのまわりの至るところで人が魔物と戦っている。こんなに大勢の人と一緒に戦うのは生まれて初めてだった。私は味方を傷つけないように気を配りながら呪文(じゅもん)を唱えつづけた。

 十万の軍勢は魔物たちを押しながら、じわじわと町を北上した。過去二回の総攻撃がどんな負け方をしたのか、私は詳しく知らなかったが、今回は健闘しているようだった。

 町の中央にある教会に辿(たど)りついたとき、突然ラックが南西に向かって走り出した。

「あっ! ラック、どこいくの?! すみません、先に行ってください! あとで合流します!」

 私は周りの人たちにそう言ってラックの後を追いかけた。

 何かを見つけたのだろうか、ラックがものすごい速さで走るので、私は見失わないように着いていくのがやっとだった。魔物と戦っているときに、ラックが私の(そば)を離れるのは初めてのことだった。大戦乱に参加して、舞い上がってしまったのだろうか。何事かと驚きながら、私は必死に後を追った。


 南西へ向かう途中から魔物がぐっと増えた。北上した十万の軍勢が自然と中央に寄ってしまったらしく、町の西側には多くの魔物が残っていた。ラックは華麗(かれい)にダンスのステップを踏みながら、踊るように魔物の間をすり抜けていく。私は次々に魔物を倒しながらそれを追いかけた。

「見つけたぞ♪ 何を? 永遠を♪」

 そう歌いながらラックはある家の敷地に入っていった。その家も多くの魔物に取り囲まれていたが、まったくおかまいなしだった。しかたなく私も家の敷地に入った。

 ラックを追いかけて裏庭の方へ進んでいくと、少年の剣士と老人の剣士が、ゴーレムたちに囲まれていた。傷は見当たらなかったが、肩で息をしている。相当疲れているようだ。たくさんの魔物の死体が彼らの周りにごろごろ転がっている。


 疾風魔法(しっぷうまほう)回復魔法(かいふくまほう)を連続で(とな)えるために、私は息を吸った。


 

 

 

 

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