第2話 仲間はどこに?
私たちはマクナナを目指した。
マクナナは大きな街だから、そこへ行けば頼れる仲間に出会えるかもしれない。僧侶が使える魔法は回復や防御などに偏っているから、僧侶と遊び人だけのパーティーじゃ、どうしても行動範囲が狭くなってしまう。魔法でもいい、物理攻撃でもいい、とにかく強い攻撃力を持った仲間が欲しい。
私も攻撃魔法を使えるが、種類や威力は限られている。これまで攻撃魔法もずいぶん練習してきたけれど、残念ながらあまり身につけることができなかった。代わりに回復や防御などの魔法はどんどん使えるようになった。やはり人には適性というものがあるらしい。
マクナナへ向かう途中にも、魔物が出る場所はたくさんある。でも、本当に危険な魔物が出る場所を避けながら進めば、私たちだけでも辿り着けるはずだ。詳しい地図も持ってきた。
マクナナはこの地方の中心地で、私も二年前に一度、アレンさんに連れていってもらったことがある。そのときは護衛つきの乗合馬車で行った。今回も馬車で行けば二日でマクナナに着くのだけれど、あえて歩いていくことにした。私たちはできるだけ多くの魔物と戦って、強くなる必要がある。
もちろん、できるだけ多く、と言っても、死んでしまっては意味がない。戦う相手を選ぶ力は、冒険者にとって必須のものだ。もし判断を間違えれば、私たちなんてあっという間に魔物の餌食にされてしまう。戦う相手を選びながら、自分たちだけでマクナナへ行く。こんな初歩的なこともできないようでは、魔王討伐なんて、口にするのも恥ずかしい。
ジキシッという鈍い音がしたので振り返ると、ラックがひっくり返っていた。その傍で三体のスライムが威嚇するように跳ねまわっている。ラックは両手でお腹を押さえていた。スライムから体当たりされたらしい。
「疾風!」
ラックに当たらないようにと角度を反らしすぎたのか、私が放った疾風魔法はあっさり避けられてしまった。スライムたちが、今度は私を目がけて突進してくる。
「疾風! 疾風! 疾風!」
ビュワビュワッと二体のスライムを切り裂く音がすると同時に、右肩の骨に丸太で打たれたような衝撃が走って、私はよろめいた。衝撃はすぐに激痛に変わり、顔がゆがむ。
痛がっている場合じゃない、早く残りの一体をしとめなきゃ、と思いながら振り返ると、もうスライムは私に跳びかかってきていた。私は左へ避けようとしたけれど間に合わず、今度は右の腰骨に衝撃を受けて、尻餅をついてしまった。その衝撃もすぐに激痛に変わって、うめき声が漏れる。
スライムは私に体当たりした勢いのままラックの方へ跳びはねていった。
「体当たり♪ スライムだけに♪ 能(脳)がない♪」
すでに立ち上がっていたラックは、そう言いながらまず体当たりの真似をし、つづけてくるくるパーの仕草をした。
スライムは怒ったのか、ものすごい勢いで跳ねまわって「燃焼」と高い声で呪文を唱えた。
「青いスライム♪ 焼いても成れない♪ 赤いスライム♪」
ラックはそう言いながら、こちらに向かってジグザグに駆けてきた。スライムの燃焼魔法を避けそこねて背中から火が上がっている。スライムは猛然とラックの後を追い、あっという間に後ろからラックを突き倒して、そのままこちらに向かってきた。スライムが私の顔を目がけて跳び上がる。
「疾風!」
ビュワッとスライムを切り裂く跳ね返りの風を私は顔に受けた。尻餅をついたまま放った疾風魔法が間一髪でスライムに当たったのだった。
「大丈夫?」
私はうつ伏せに倒れていたラックに呼びかけた。
「おかしいぞ♪ 借金ないのに♪ 背が焼ける♪」
ラックは横に転がって仰向けになり、いやいやという仕草をして地面で背中の火を消した。
「回復」
私はラックと自分に回復魔法をかけた。
これが私とラックがはじめて経験した魔物との戦いだった。スライムがあんなに素早くて、魔法まで使えるとは思ってなかった。最近、どんどん魔物が凶暴化しているとは聞いていたけれど、まさかここまでとは。相手がスライムだからと油断してはいけない。スライムは人の意識を奪ってから、消化液でゆっくり体を溶かして食べてしまう恐ろしい魔物なのだ。
そのあとも私とラックは、化けコウモリ、角オオカミ、滑りトカゲといった魔物たちと戦いながら進んでいった。一般的にはどれもそれほど強い魔物とは見なされていなかったが、私たちにとっては強敵ばかりだった。夜はたとえ遠回りになっても、地図に示された安全地帯まで移動してから眠った。それでも用心のために張っていた結界が魔物に破られ、眠りを中断して闘わねばならないときもあった。
魔物との戦闘を重ねるうちに分かってきたことがある。
予想していた通り、ラックは私が魔物と戦っている間もひたすらにふざけているので、役に立たない、というより足手まといになるばかりだったけれど、ほんの少し役立つところもある。ラックは派手な道化の服を着て歌ったり踊ったりしているので、魔物の標的になりやすい。そのおかげで、私の方が先に魔物から攻撃されることはほとんどなく、ラックが攻撃を受けている間に私は攻撃の態勢を整えることができた。ただし、ラックのふざけた言動は魔物を挑発してますます凶暴にするので、結局はプラス・マイナス・ゼロとも言えた。
また、ラックは私よりずっと丈夫だということも分かった。いつも危険なことをして自分で自分を傷つけたり、大人たちから叱られたり、私から打たれたりしながら育ってきたせいだろうか、魔物から攻撃を受けても、ラックの傷は驚くほど浅かった。治りも早く、回復魔法も私よりよく効いた。これはこれで、ひとつの才能と呼べるのかもしれない。
何より、ラックはとにかく陽気だった。ただ何も考えていないだけなのかもしれないけれど、ラックはどんなに疲れたり、傷を負ったりしても、不機嫌になるということがない。これはつい苛々してしまう私にはとても真似できないことだった。ラックがおかしなことをしたって、今さら笑う気にはなれなかったけれど、こうして二人で旅をしてみると、ラックにあきれたり、腹を立てたりしながら、私は自分の気持ちが不思議と救われていることに気がついた。戦闘能力はゼロ、いやマイナスに違いないけれど、それでもラックの体と心の頑丈さを認めないわけにはいかない。少なくとも、私にとっては一緒に旅をするのには悪くない相手だった。やっぱり、ラックには偉大な賢者になる資質があるのかもしれない。いや、ただ私がそう信じたいだけなのかもしれないけれど……。
こうして魔物との戦闘を重ね、負傷と回復を繰り返しながら、私たちは少しずつ強くなっていった。そして、トモシハの町を出発してから十日目の夕方、私たちは何とか死なずにマクナナまで辿り着くことができた。
マクナナは二年前と変わらず、活気に満ちていた。人と物と情報がめまぐるしく行き交っている。人々の格好も華やかで、ここでなら派手な服を着ているラックもそんなに目立たないように思われた。
私たちは宿屋へ行って受付を済ませると、食堂で心ゆくまで湯気が立ち上る料理を食べ、部屋では久しぶりにふかふかのベッドに横になった。全身にしびれるような心地よさを感じながら、私たちは深穴に滑り落ちるように眠りについた。
翌日、私たちはきちんと身支度を整えてから、冒険者の登録所へ向かった。登録所の一部は酒場にもなっていて、昼から賑わっていたが、私たちが中に入ると、みんな話すのをやめてこちらを見た。やはりラックの格好が場違いだったのだろうか。
「こんにちは!」
まっすぐ登録用のカウンターへ行って、係のお姉さんに挨拶をした。注目されて緊張したのか、自分でもびっくりするくらい大きな声になってしまった。放心したように私たちを見ていたお姉さんは、はっと我に返って言った。
「こ、こんにちは。ご依頼でしたら、あちらでお願いします」
お姉さんは手で左側のカウンターを示しながら言った。
「いえ、私たちは冒険者の登録をしに来ました」
「えっ? 警護か何かのご依頼じゃないんですか?」
「はい」
「失礼しました。あの、お二人ともとんでもない美女と美男でいらっしゃるので、てっきり役者さんなのかと思いました」
「み、見ての通り、私は僧侶です。これはただの衣装ではありません」
美女だなんて今まで言われたことがなかったので、私は変な気分だった。ラックが美男? 赤鼻をつけていてもそう見えるのなら、お姉さんの言う通りラックはとんでもない美男なんだろうけれど、私にはよく分からなかった。
「お名前は?」
「リースといいます」
「おいくつですか?」
「十歳です。幼すぎますか?」
「若い冒険者もいらっしゃいますが、さすがに十歳というのは珍しいですね」
「登録できますか?」
「特に年齢制限はありませんので、登録できます」
お姉さんは頷きながら言った。
「よかった」
「十歳でしたら、保護者の同意書が必要になりますが、お持ちですか?」
私はアレンさんに書いてもらった同意書を背負袋から取り出してお姉さんに渡した。お姉さんはそれを確認してから私に返した。
「けっこうです。では、これからいくつか質問をさせていただきます」
「はい」
「ご職業は僧侶、ですね。どのような技術をお持ちですか?」
私は学校からもらった成績書を取り出してお姉さんに渡した。
「初級魔法はすべて! 中級魔法もこんなに! まだ十歳なのに、すばらしい魔力をお持ちなんですね!」
「いえ、それほどでも……。どんな魔法も、相手に当たらなければ意味がありません」
私は赤面した。
「どのような仲間や仕事をお探しですか?」
「剣士でも武術家でも魔術師でも、職業は問いません。とにかく強い攻撃力を持っている仲間を探しています。仕事は、私たちにできることなら何でもします」
お姉さんはそれを書き取った。
「それで、あの、お連れの方は?」
お姉さんの視線が思わぬ方へ向いたのでそちらを見ると、ラックはいつの間にか酒場の方へ行って、他の冒険者たちとカードゲームに興じていた。やれやれ。ラックには酒場がよく似合う。まだ子どもなのに、まったく違和感がない。
「あの人の名前はラックです。年齢は私と同じ十歳で、職業は……遊び人です」
「あ、遊び人? ですか?」
「はい。あの、登録できますか?」
「ええ、特に職業の制限もないので、登録はできます。ただ……」お姉さんは言いにくそうに言葉を継いだ。「珍しいご職業なので、すぐに仲間や仕事を見つけるのは難しいかもしれません」
「やっぱりそうですよね。でも、彼は遊ぶことしかできませんから、職業は遊び人ということで登録をお願いします。嘘を言って、後でがっかりされても困るので」
「分かりました。では、技術の欄にはどのように書きましょうか?」
「初級魔法がほんの少し、あとは歌と踊り……いや、とにかく陽気で丈夫、と書いてください」
お姉さんは表情を変えずにそれを書き取った。この人はプロなんだな、と私は感心した。
「ご登録の手続きは以上になります。冒険者証明書を発行しますので、少しお待ちください。今、依頼を受けている仕事は、あちらに掲示しています。お引き受けになりたいものがありましたら、お声がけください」
お姉さんは手で右側の掲示板を示しながら言った。
「ありがとうございます」
私は掲示板を見に行った。掲示板にはさまざまなところから寄せられた依頼の文書が、ずらりと貼られていた。魔物の討伐、護衛、輸送、アイテムや人探しといった分かりやすいものから、ちょっと読んだだけでは内容がよく分からないものまで、いろいろな依頼が寄せられていた。
私が「飼っているネコの結婚相手を占ってほしい」という依頼文を見ているときに、突然、酒場の方から大声がした。
「ちっきっしょー! いかさまだな! おい、いかさまなんだろ! いかさまだよな! 坊や、お願いだから、いかさまだと言ってくれ!」
声のした方を見ると、やけに体格の良いおじさんが、拳でテーブルを叩いてラックに詰め寄っていた。ラックが両手を広げて首を振ると、おじさんは体を震わせながらゆっくりとラックの前に跪いた。
「坊や! この通りだ! どうか勘弁してくれ! 今着ている服まで全部賭けちまって、俺にはもうこれしか残っちゃいねえんだ!」
おじさんはテーブルに立てかけてある斧を指さしながら言った。
「こいつは親父から受け継いだ、命より大事な斧なんだ! だから、どうかこいつは、こいつだけは……」
おじさんは泣きそうな顔になっていた。
「いらないよ♪ 斧も己も♪ お大事に♪」
ラックはおじさんの頭をよしよしと撫でながら言った。
「ありがてえ……。坊やはカードの鬼だけど、心はやさしい子だ」
おじさんは泣きだした。
「ラック、カードに何か賭けたの? だめだよ。すみません、私の連れが」
私はおじさんのところへ行って頭を下げた。
「違うんだ嬢ちゃん。俺がカード狂いなのがいけねえんだ。俺が坊やをカードに誘って、坊やがあんまり強えもんだから、ついむきになっちまって……。俺が勝手に賭けて、勝手に負けちまったんだ」
「そうなんですか」
「まさか、いきなり万里一空を出されるとは……」
「ばんり?」
「カードの役の名前だよ。俺もずいぶんゲームをしてきたけどけれど、たった三手であんな役を食らったのははじめてだ……」
「遊びなの♪ 武器も命も♪ 賭(懸)けちゃイヤ♪」
ラックはおじさんの背中をやさしくトントンとした。
「連れもこう言っていますし、どうぞ立ってください。私たちは失礼します」
「待ってくれ!」
私たちが立ち去ろうとすると、おじさんは跪いたまま言った。
「ここまで大負けしたんだ! このままじゃあ、恥ずかしくて二度とカードができねえ! お願いだ! 俺に何かさせてくれ!」
私はラックと顔を見合わせた……かったのだけれど、ラックは玉突き台の方を見ていた。
「じゃあ、私たちの仲間になってもらえませんか? ちょうど攻撃が得意な人を探していたんです」
私は思い切ってそう言った。
「よし、分かった! 俺は坊やたちの仲間に入れてもらうことにする。カードでの借りは、仕事で返させてもらう!」
おじさんは即答した。
「本当ですか?」
私はラックとハイタッチをした……かったのだけれど、ラックはダーツの方を見ていた。
「俺は戦士のタントっていうんだ。よろしく頼むよ」
タントは立ち上がって、手を差し出した。
「私は僧侶のリース、あの人は……遊び人のラックです。よろしくお願いします」
私はタントと握手をして、ラックがいるピンボール台の方を見た。
「実は、午後から引き受けている仕事があるんだ。もし暇なら、いっしょに行ってもらえるかい?」
「はい! 仲間ですから!」
こうして私とラックのパーティーにタントが加わった。
カード好きなのはちょっと気になるけれど、仕事について話す姿はいたって真面目で、タントはいかにもベテランの戦士に見えた。おかげで、私は抱えていた大きな不安を、少しだけ減らすことができた。