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藤澤修平side.....
サッカーとフットサルしかしてこなかった俺が、花の名前なんか知っているわけがなくて・・・
だから、初めてその子を見た時・・・
何て表現したらいいのか分からなかった・・・。
*
大学4年 7月
「修平、さっきの試験どうだった?」
前期の試験、最後は智の力を借りて、最後は徹夜で乗り切った。
「いつもありがとうな。
お陰で今回も多分それなりに大丈夫なはず。
後期はなるべくフットサルに集中したいからさ。」
「全然、むしろあれだけで毎回単位取れてて、修平が本気出したら凄いだろうね。」
「俺はサッカーとフットサルしかしてこなかったから、勉強なんて出来ないって!」
「そんなことない。」
いつも優しい、本当に、ただただ優しい智が、真剣な声で俺に言う。
「修平が本気を出したら、きっと何でも出来る。」
「智だけだよ、そんなに俺の全体的な評価高いの。」
そう笑いながら、2人で歩いていると・・・
今日も、来た。
「修平君、智君、試験お疲れ~!!」
数人の女子が俺と智を囲う。
それに俺も智も苦笑いをしながら答える。
2人してベタベタと女子達に身体を触られて、ペラペラと喋り続ける話に相槌を打つ・・・。
俺はフットサル、智は既に決まっている企業で働いているため、それらを理由に何とか解放してもらった。
「智・・・もう働いてるだろ?
俺より大人なんだから、そろそろ女子への対応レベルアップしてくれない?」
「修平こそ。ずっとモテ続けてきた人生なはずなのに、何でそんなに免疫ないの?」
「だって俺、本当にサッカーとフットサル以外は何もしてないような人生だったから。」
そんないつもの会話を2人でし、駅で別れた。
女子達にはフットサルと言ったけど、今日は練習日ではなく自主練。
今日で全ての試験が終わったので、全力で動こうと決めていた。
なのに・・・
今年は少し早めに明けたはずの梅雨・・・。
それなのに、家の最寄り駅に着く頃には雨が降っていた。
元々雨の予報だったのか、にわか雨なのかは分からないが・・・。
もう少し待てば、もっと弱くなりそうにも見えて・・・。
駅の出口の端に寄り、降り続ける雨を見上げていた・・・
その時・・・
急に、雨が勢さを増し・・・
ブワッと、風が吹き・・・
「折り畳み傘でよければ、入りますか?」
土砂降りの雨の中、小さく控え目なその声だけ、やけにクリアに聞こえた気がした・・・。
その声の方を向くと・・・
やけに茶色い・・・でも、染めたりしているような茶色ではなく自然な茶色の長い髪・・・
肌は背景と同化してしまうくらい真っ白で・・・
目も、鼻も、口も、これといって特に特徴のないような、それでも不思議とよく整っている綺麗な顔をした女の子が、いた。
何故だか、凄く目を引く子だと思った。
白のシンプルなTシャツにデニム、スニーカーを履き・・・華奢な、でも綺麗に整っているような身体で、大きなリュックを背負っている。
そんな女の子が、少し小さな白っぽい傘を差し・・・
固まっている俺に向かって・・・
フワッと笑った・・・。
その、瞬間・・・
周りの景色が、一気に映えたような感覚になった・・・
でも、その子自身は特に代わりはなくて・・・
ただ、この子を取り巻く周りの景色だけが、まるで、花束みたいな感じで・・・映えている・・・。
なんだっけ、あの花・・・
サッカーとフットサルしかしてこなかった俺が、花の名前なんか知っているはずもなく・・・
そんなことを考えながら、俺はその子に笑い返した。
他の女子だったら絶対にこんなことをしないのに、何故だかこの子にはフラッと近寄ってしまった。
「傘、入っていい?」
「折り畳み傘でも大丈夫ですか?」
「それ、2回目。」
「・・・そうでした!」
たったこれだけの会話なのに、自然体な自分が出てしまう。
それでも、この子はまたフワッと笑う・・・。
可愛いな・・・と、純粋にそれだけ思った。
思わず口から出ようとし、慌てて我慢した。
女の子との経験が全くない俺にとって、この言葉の使い方はよく分からない・・・。
何も言えないままでいると、この子がゆっくりと折り畳み傘を差し出してくれる。
傘の持ち手を持つこの子の手に、俺の手が少しだけ触れた。
それだけで、たったそれだけで、息が止まってしまうくらい、心が震えた・・・。
少しだけ震えている手で、傘の持ち手を取る・・・。
そして、激しい雨の中、俺の家へ小さな折り畳み傘で一緒に歩いた・・・。
「ありがとう。」
「いえ、お役に立ててよかったです。」
俺が住むアパートまで2人で無言で歩き、折り畳み傘の下で挨拶をする。
女子ってお喋りが好きなのかと思っていた俺には衝撃的な事実で・・・あまり喋らない女の子もいるらしい・・・。
俺のすぐ目の前に立つ女の子を見下ろす。
歩いている時から思っていたが、すごい綺麗な動きをする子だと思った。
サッカーやフットサルをしている時、かなり相手の動きを見るため私生活でも癖になっている。
そんな俺が、今はただ立っているだけなのに、その姿が綺麗だなと思うような姿で・・・
「部屋・・・寄ってく?」
あまりにも、自然に口から出てきたから、自分でも止められなかった・・・。
「・・・ごめん、散らかってる。」
女の子を部屋に入れるなんて初めてで、散らかっている部屋を改めて見て焦り出す。
そんな俺に・・・
「綺麗な部屋です。
目標に向かって頑張っている人の、綺麗な部屋です。」
タオルを渡した俺にそう伝えてくれて・・・
自分でも顔が赤くなっているのが分かる、だってこんなにも顔も身体も、全身熱いのだから・・・
「冷蔵庫・・・何か入ってたかな。」
その熱を冷ますように、冷蔵庫の中を確認した。
「すぐに帰りますので大丈夫ですよ?」
濡れたTシャツや足元をタオルで拭きながら、そんなことを言われ・・・
慌ててペットボトルのスポーツドリンクをこの子に渡した。
ペットボトルのスポーツドリンクを受け取ったこの子が、本当に嬉しそうにフワッと笑う。
俺の、いつもの部屋が・・・
一気に映えた・・・。
この子の周りに、また花束が出来る・・・。
それから、俺は夢中になってこの子に喋った。
元々そんなに喋るタイプではないし、女子の話はいつも相槌を打つだけの俺が、話し出したら止まらなくなった。
でも、サッカーとフットサルしかやってこなかった俺が話せることなんて、そのことだけで・・・。
小学校に上がってサッカーを初めて、中学・高校では良い成績をおさめていたこと、高校の時に出会ったフットサルに魅力を感じ、大学で本格的にフットサルを始めたこと・・・
サッカーとフットサルは一見似ているけど、そんなことはないという話まで・・・
コートが狭くなり人数も少ない分、瞬間的な状況判断力と瞬発力が出せる身体作りとボールの扱い方まで話が膨らみ・・・
練習を怠ることなく頑張って、継続していったこと・・・
大学で入ったフットサル部でも良い成績をおさめ、卒業したらフットサルのチームに入ること・・・
そして、プロを目指していること・・・
そんな俺の話を、この子はローテーブルの近くに座りながら、楽しそうに、フワッと笑い・・・
ずっと聞いていてくれた・・・。
楽しくて、楽しくて、夢中になって話していたら・・・あっという間に夕方になっていた。
そして、気付く・・・
俺が喋ってばかりで、この子の話は何も聞けていないことに・・・
「俺ばっかり話してごめん・・・」
「そんな・・・謝らないでください。
あなたの人生を少しだけ覗かせてもらった気分になって、素敵な時間でした。」
「キミのことも・・・教えてよ・・・。」
「わたしのこと、ですか?」
「うん、知りたい。教えて?」
俺が聞くと、この子はゆっくりと・・・控え目だけど不思議とよく通る・・・そんな声で話し始めた。
小さな頃から可愛い物が大好きで、プリンセスのドレスを着て妹と2人で踊っていたこと・・・
でも、いつからか、自分の見た目ではドレスは似合わないと気付いたこと・・・
高校生になってからはアルバイトのお金を全て可愛い物を買うことに使い、それは今でも変わっていないこと・・・
照れながらもフワッと笑い、たまに俺を見ては真っ白な顔を少し赤らめながら話すこの子が、すごく可愛いと思った。
「どんな物買ってるの?」
何気なく聞いた俺に、この子は数秒間固まり・・・俺から目を逸らした。
それが、とても悲しい・・・と思ってしまった。
「無理に、話さなくていいから。」
どう言ったらいいのか分からなくて、でもこの子に無理はさせたくなくて、こんな風な言葉しか出てこなかった・・・。
しばらくの間、2人とも無言になり・・・
俺の部屋の中は、時計と外から聞こえる雨の音だけになる・・・。
サッカーとフットサルだけの人生で満足していた俺が、この時初めて、後悔した・・・
もっと、ちゃんと女子と話したりしていればよかったと・・・。
そう、後悔した時・・・
「下着を・・・」
と、囁くように小さな小さな声で、この子が言った・・・。
「下着・・・?」
聞いた俺に、この子が真っ赤な顔で、恐る恐る俺を見た。
「わたしは、可愛いドレスも・・・可愛いお洋服も似合わないので。
でも、下着だけなら、どんなに可愛い物でも着けられるから・・・。」
こんなに可愛いのに、何故可愛い服が似合わないと思っているのか分からなかったが・・・
それよりも、“下着”という言葉の方に、俺は動揺している・・・。
無意識に、この子のシンプルな白いTシャツを何度か見てしまった・・・。
そのTシャツは少し濡れていて、よく見れば透けているようにも見えて・・・。
今まで、サッカーとフットサルしかしてこなかった俺が・・・
自分でも信じられないくらい、この子に欲情してしまっている・・・。
そして・・・
「見て・・・みたい・・・。」
あまりにも、自然に口から出てきたから、自分でも止められなかった・・・。
俺の言葉に、この子が目を大きく開き驚いている・・・。
それでも、1度口から出てしまった言葉は、想いは止まらず・・・
サッカーとフットサルに押さえ付けられていたであろう俺の今までの欲情が、一気に溢れ出てきた・・・。
ローテーブルの向かいに座っていたこの子のすぐ隣まで移動し、あぐらをかく。
「見てみたい・・・可愛い下着・・・。」
そんな俺に、この子が少しだけ後退る・・・
いつもだったら、絶対にこんなことしないのに・・・
いつもだったら、絶対にこんなこと言わないのに・・・
この子に更に近付き、顔を真っ赤にしているこの子を見る・・・
「キミの胸・・・確認させて・・・?」
何も言わないこの子のTシャツの膨らみに、震える手を伸ばしていく・・・
そんな俺の手を真っ赤な顔で見下ろしたその子が・・・
「いいですよ・・・」
と、小さな声で答えた・・・。
俺は息を呑み、この子の膨らみに少しだけ触れる。
この子の身体が小さく震えたのに、俺の呼吸が自然と上がってくる・・・。
震える両手で・・・俺は長い時間この子の膨らみを確認し続け・・・
下着を・・・
この子の下着を・・・下着姿を・・・見たい・・・
その気持ちだけが、俺を支配していく・・・
「Tシャツ、脱がしていい・・・?」
真っ赤な顔、色っぽい目で俺を見詰めるこの子に、俺の欲情が止まるはずもなく・・・
「ソレは、脱がさないから・・・」
俺の言葉に、この子の瞳が揺れ動く・・・
「ソレは、脱がさないで・・・確認するから・・・。」
俺のその言葉に、この子は1度目を閉じ・・・
ゆっくりと開き・・・
「いいですよ・・・。」
その言葉を聞いた瞬間、止まらない欲情が一気に破裂した・・・
勢い良くこの子のTシャツに手を掛け、脱がした・・・
そして、息を呑む・・・。
あまりに、綺麗で・・・
真っ白な身体に、レースのついた真っ白な可愛い下着を着けたこの子が・・・
あまりに、綺麗で・・・。
華奢なこの子の身体からは想像出来ないくらい、大きく膨らんだ胸・・・
Tシャツの上からでもよく分かった胸の谷間・・・
それが・・・俺の、目の前に・・・。
何も言葉が出てこないくらいの衝撃・・・
でも、でも・・・
もう、止まらない・・・
もう、止められなかった・・・
この子を抱き上げ、ベッドに倒れるように寝かせた・・・
驚いているこの子に、自分の口を押し付ける・・・
必死だった・・・
もう、とにかく必死で・・・
無我夢中だった・・・
自分でも、何をどうしたのか覚えていないくらい・・・
無我夢中になってしまった・・・。
気が付いた時には、この子の上に倒れ込み・・・お互い呼吸が乱れていた・・・。
「ごめん・・・」
そんな言葉しか、出てこなかった・・・。
こんな時、女の子にどんな言葉を掛けたらいいのか、俺は知らなかった・・・。
汗だくになった身体に、着ていた服を着ていく。
時計を見ると、もう夜になっていて・・・
「・・・何か買ってくる。
食べたい物とか・・・飲みたい物とか、ある?」
この子がどんな顔をしているのか見るのが怖くて、後ろを向きながら聞く。
「・・・いちご・オレ。
いちご・オレが、飲みたいです・・・。」
そんな、可愛い答えが聞こえてきて・・・俺は笑った。
「ここから近いコンビニに置いてたかな。」
「そこだと確かなくて・・・あっちの・・・」
この子が簡単に説明したのは、何度か行ったことのあるコンビニ。
俺は財布と鍵だけ持って、家を出た。
家を出たら、雨は止んでいた。
ゆっくり歩きながらコンビニに向かい、いちご・オレだけ買って、また家に戻る・・・。
その間、少し冷静になり・・・
部屋に戻ったら、ちゃんとあの子に伝えよう・・・そんなことを何度も考えて。
何て伝えるか、あの子はどんな返事をしてくれるか・・・
そんなことを考えて・・・
考えて・・・
考えて・・・
部屋の鍵を開けたら、開けたつもりが開いていなくて・・・
不思議に思いながら、もう1度鍵を差し込み回し・・・
扉を開けたら・・・
あの子は、いなかった・・・。
苦しくなるくらい煩く騒ぐ心臓の音を聞きながら、部屋に入る・・・
風呂場、トイレ・・・ここ以外、こんな狭い部屋に、あの子がいるかもしれないと疑う場所もなく・・・。
フラフラと、ベッドに腰を掛ける・・・。
手に持ったいちご・オレを見下ろしてから、あの子がいたはずのベッドを見た・・・
そして、俺は・・・固まった。
ベッドのシーツには、赤い血が・・・。
冷や汗が吹き出るオデコを、両手で押さえる・・・。
それは、いなくなるはずだ・・・。
俺、そんな大切なことも、考えられなかった・・・。
ただ、無我夢中で・・・。
それに、俺・・・
彼女もいない、女の子とそんな予定もない俺が、アレを持っているわけもなく・・・
ギリギリであの子から引き抜いたのは覚えているけど・・・
きっと汚してしまったあの子の身体・・・
全部、全部、置き去りにしてしまった・・・。
あの子の気持ちも、あの子の初めても、あの子の汚れた身体も・・・。
「それは・・・いなくなるはずだよ。」
部屋に置いたままのスマホを手に取る。
名前も、連絡先も聞かなかった・・・。
大学は・・・?
もしかしたら、一緒なのかも・・・。
後期が始まったら、探そう・・・。
駅でも・・・。
そんなことを考えながら、シーツを引く・・・
その時・・・
床に何か落ちた音が聞こえ・・・
そっちを見る・・・・
俺は、息を呑んだ・・・
床には、あの子のブラジャーが・・・
可愛い白のブラジャーが、落ちていた・・・。
それをソッと手に取り、少しだけ記憶が蘇る・・・。
俺がブラジャーの下がどうしても見たく、これを取ろうと後ろに手を掛けた時・・・
あの子が必死に抵抗しながら・・・
「ソレは、脱がさないで!!」と言っていたのを・・・。
俺は、そんなあの子の必死の願いも、聞いてあげられなかった・・・。
でも・・・このブラジャーがないと気付いた彼女が、もしかしたら取りに戻ってくるかもしれない・・・。
そんな、夢みたいなこと、考えてしまった・・・。
*
そんな夢みたいな話は、やっぱり夢で終わってしまって・・・。
あの子が俺の部屋を訪ねてくることはなかった。
後期が始まり、大学に行く日は校内を何度も探した。
でも、名前も知らない、学部も、学年も、何も知らない・・・。
人に聞きたくても、彼女の特徴を説明するのは難しく、それも出来ない・・・。
そもそも、同じ大学なのかも、知らない・・・。
何も、知らない・・・。
俺は、あの子のことを、何も知らない・・・。
それなのに、あの子に好きだなんて伝えても、きっと信じてもらえなかった・・・。
でも、伝えたかった・・・。
ちゃんと、伝えたかった・・・。
何度待っても現れない・・・
今日もあの子を、駅で待ちながら・・・。