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「花崎さんって、彼氏いるの?」
出社しロッカールームに寄った所で、営業部でも目立つ3人の女の子達に聞かれた。
なんだか怖い顔で3人に見られ・・・
他にもいた数人の女の子達はサーッといなくなってしまった。
「いません。」
朝から起きた全く意味の分からない展開に、私は少し笑いながらロッカーを開ける。
「どんな人がタイプなの?」
「それは・・・難しい質問ですね。
私は誰ともお付き合いしたこともないですし、タイプとかも正直よく分からないです。」
「本当に、誰とも付き合ったことなかったんだ?」
その質問の仕方を少し不思議に思い、女の子達の方を見る。
「花崎さんの所の部長がよく大声で言ってるから聞こえてる。」
「あの方、声が大きいですからね。」
「いくら本当のことでもさ、言い返したりした方がいいって。
黙ってたらどんどん酷くなるよ?」
「あれでも、一時期よりは凄くマシになりましたから。」
私をよく疎ましい顔で見ている3人が心配してくれているのを知り、また少し笑った。
「じゃあさ、合コンする?」
*
もう、本当に・・・全く意味の分からない展開で・・・
その日の夜、すぐに合コンというのが開催された。
存在は知っていたけど、詳細は全く知らず・・・。
定時になった所で、女の子3人がいきなり私を迎えにきたのだけど・・・
「花崎さんって、凄い仕事出来るから!」
「そうそう!でも、しっかりしてるだけじゃなくて、ちゃんとうちらの話もよく聞いてくれるし!」
「うちら3人とも、花崎さんに選んでもらったんだよね~?」
と・・・普段は私を疎ましく思っているような3人の女の子達が、ニコニコと笑いながら目の前に座る男の人と私を交互に見てくる。
「へぇ~、こんなこと言ってもらえるとか、花崎さん・・・恵美ちゃん、良い子なんだろうね。」
「雰囲気からして優しいの分かる!」
など・・・目の前の男の人達からも言われ・・・
何と返事をしていいのか分からず、お辞儀をしておいた。
「みんな可愛いし、会社の男にも人気あるでしょ?」
「うちの会社、男の人少ないんですよね~。
花崎さん、もっと若い男の人入社させてよ~!」
「下着の会社だよね?
もうそれだけで、俺達今日はテンション上がってるよな?
急だったけどすぐにOKしたよ!」
男の人4人、女の子3人で盛り上がり・・・
私は、真ん中の席でいちごミルクのカクテルを少しずつ飲んでいる・・・。
しばらく盛り上がっていた時、男の人達がこまめにテーブルの下でスマホを操作したりしていて、大きな会社の方達だったので仕事も大変なんだろうなと思った。
「そろそろ、席替えしよう!」
その言葉に私が驚いていると・・・
「あれ?女の子達、微妙?」
「席替え・・・か~。」
「どうする?」
「・・・少しだけなら。」
と、女の子達が渋々了承して・・・。
男の人達が、それはもうテキパキと指示をしていき、みんなで動き始める。
「恵美ちゃんはこっちね。」
と、男性陣の幹事と自己紹介していた男の人が、私の飲み物やお皿などを持って移動させてくれた。
その男の人についていき私は端の席に座り、男の人が私の隣に座った。
「花崎さんに変なこと言ったりしないでくださいね?」
「うちら、そういうのは本当無理なんで。」
「凄い愛されてるな~。」
と、隣の男の人が笑いながら言っていて・・・
いつもと全く違う様子の女の子達に驚いてはいたけど、3人とも優秀な営業の女の子。
私の前で見せる姿だけでなく、外で見せる姿も見ることが出来て嬉しくもなった。
そんな女の子達を眺めながら、少しだけ笑った。
「3人とも恵美ちゃんが選んだ子なんだ?」
「そうですね。皆さんすごく素敵な方達です。」
「凄いね、恵美ちゃん見る目あるね。」
「見る目はないんです。」
私を見る男の人の視線に気付きながらも、目の前にあるいちごミルクのカクテルを眺める。
「私は人を見る目がないんです。
だから、ちゃんと見ないと。」
そして、そろそろ2時間が経とうとした時・・・
隣に座っていた男の人が他の人達に背中を向けるようにし、グッと私に近付いてきた。
「恵美ちゃん、いいね。俺タイプ。」
私に大分顔を近付け、そう言われた・・・。
「・・・そんなこと、初めて誰かに言ってもらいました。」
こういう場でもあり、本当のことではないかもしれないけれど、それでもそういうことを言ってもらえたのは嬉しいと思った。
「初めて?今までの彼氏あんまり言ってくれない人だった?」
「私は・・・28歳ですしお恥ずかしいのですが、その・・・誰ともお付き合いしたことがありませんでして・・・。」
目の前にある、ほとんど減っていないいちごミルクのカクテルのグラスに、ソッと手を伸ばし、触れた。
その手を、隣の男の人が少しだけ触れてくる・・・
「・・・それ、本当?」
男の人を見ると・・・
怖いくらいの目で・・・
「最初は控え目な子なのかと思って、俺そういう子好きだから良いなって。
でも話してみたら、なんか・・・上手く言えないけど凄い喋りやすいし、俺が予想もしないような返事を返したりして、話してて凄い楽しいんだけど。」
「それは・・・ありがとうございます。」
「連絡先、交換しようよ。」
「連絡先ですか?」
スマホを取り出した男の人が、私を見て面白そうに笑った。
「合コンもあんまりしない?」
「今日が初めてです。」
「それは・・・俺今日来てよかった。
また会おうよ。」
「また・・・ですか?」
「うん。連絡先を交換してないと、また会えないだろ?」
男の人が手に持つスマホを眺める。
「・・・連絡先を交換していないと、会えないですよね・・・普通。」
スマホを取り出そうと、鞄に手を伸ばす。
「俺達の職種は転勤多いからさ。
単身赴任してる人も多いけど、俺はついてきてくれるような子がいいんだよね。」
その言葉に、鞄に伸ばした手が止まった・・・
「女の子はさ、やっぱり家にいるのがいいよ。」
恐る恐る・・・隣の男の人を見る。
怖いくらいの目・・・
わたしを、支配するような・・・
怖いくらいの、目・・・
その目が、告げる・・・
私には、“人権”などないのだと・・・
こんなパッとしない、つまらない女には・・・
“人権”など、ない・・・。
鞄に伸ばした手が、震えてくる・・・
呼吸が苦しくなってくる・・・
怖い・・・
怖い・・・
「花崎さん。」
私の名字が呼ばれ、震える手には少しひんやりとした冷たい手が・・・
「もう時間、帰ろっか!」
見上げると、女の子達3人が鞄を持ち、私を見下ろしていた。
「もう帰るの?二次会もやろうよ!!」
「明日もお互い仕事ですよね~?」
「また、個人的にも連絡お待ちしてま~す!」
「これ、私達の分のお金・・・花崎さんのも入ってるので、ここ置いておきますね?」
テンポ良く3人が話し、私の手を握ってくれた女の子が私の鞄を持ち立たせてくれる。
「ちょっと待って恵美ちゃん、連絡先だけ交換しておこう!」
隣の男の人が立ち上がり、スマホを持って近付いてくる。
「花崎さんはね、ダメなんです。」
私の手を握り続けている女の子が、私の手を少し引き他の女の子達の間に立たせる。
「花崎さんは、ダメなんです。
でも、花崎さんのこと気に入ってくれてありがとうございました。」
*
「向こう、急に集めたメンツなのに当たりだったね?」
「急な時は“みんな下着会社のメンバーで~”って言うと、ノリノリで集まってくるらしいよ?男って単純だよね。」
お店をみんなで出て、駅までの道で女の子達が楽しそうに喋っている。
「花崎さんには刺激強すぎた?
無理矢理ごめんね!」
「いえ、貴重な体験でした。
ありがとうございます。」
合コンに誘ってくれるような友達もいないので、今日の出来事は本当に貴重な体験だと思っていた。
そう答えると、女の子3人は顔を見合わせた後、大笑いして・・・
「それならやってよかった!」
「花崎さんさ~、確かにつまんない顔してるけど、もっと自信持ちなって!
隣のイケメン君だって必死に連絡先聞こうとしてたじゃん?」
「あの人、私1番狙ってたんですけどー!」
「こ~んなつまんない顔の花崎さんにいかれるとは、ある意味ショック!!」
“つまんない顔”と言いながらも楽しそうな雰囲気で、私も少し笑ってしまう。
「何で自信ないのかは分かんないけど、もっと自信持っててよ?」
「花崎さん、“会社の顔”なんでしょ?
つまんない顔だけどさ~!」
「そのつまんない顔に、うちらは選ばれちゃったの!
花崎さんが自信なくなってると、選ばれたうちらだって自信なくなってくるから!」
そんな・・・ことを言われ・・・
「それは、考えたこともありませんでした・・・」
驚き、反省した。
「私の為に、今日は開いてくださったんですね。
本当にありがとうございます。」
深くお辞儀をしてから顔を上げると、女の子達が満足そうな顔で笑っていた。
「少しずつでも自信をつけられるよう、頑張ります。」
*
電車で家の最寄り駅まで帰り、改札口を出ると・・・
私は、立ち止まってしまった・・・。
改札口を出てすぐそこの柱の所に・・・
私に真っ直ぐ視線を向けた藤澤さんが、立っていた・・・。