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私の声に、黒い空を見上げていた藤澤さんが驚いた顔でゆっくりと私を見た。




「花崎さん・・・」




「お疲れ様です。」




「お疲れ様・・・・・・・」




小さく何かを呟いたけど、激しい雨の音で聞き取れなかった。




藤澤さんは、希望で満ち溢れた目で、私に笑いかける。

そんな藤澤さんを無視するように、私は視線を逸らした。




「傘、入っていい?」




「どうぞ、折り畳み傘ですが。」




「それ、2回目。」




「・・・そうでしたか。」




藤澤さんの手が私にゆっくりと伸びてきて、私は藤澤さんに折り畳み傘を差し出す。




傘の持ち手を持つ私の手に、藤澤さんの手が重なる。

私の手を藤澤さんが優しく握った後、傘の持ち手を取った。




激しい雨の中、藤澤さんの家へ小さな折り畳み傘で一緒に歩いてく。





「花崎さん、ありがとう。」



「いえ、お疲れ様でした。」




藤澤さんが住むアパートまで2人で無言で歩き、折り畳み傘の下で挨拶をする。

その後、また無言に・・・。




希望で満ち溢れた目で、そこに静かに揺れるような熱を込めて私を見下ろして・・・




「部屋・・・寄ってく?」




雨が、降っていたからだと思う・・・。

いつからか、雨が降っていると人肌恋しいと感じるようになっていたのだと、屋敷さんとの会話で気付いた・・・。




いつもなら絶対に有り得ないのに、この時は自分でも全く分からない感情になってしまい・・・




小さくだけど、頷いてしまった・・・。












ワンルームの小さな部屋にベッドと小さなローテーブル、本棚とテレビしかない・・・。

その部屋の床に、女性誌や他社商品のランジェリーページのプリントアウトなど、仕事に関する資料が散らばっている。




「・・・ごめん、散らかってる。」




「綺麗な部屋です。

仕事を頑張っている人の、綺麗な部屋です。」




タオルを渡してきてくれた藤澤さんにそう伝えると、希望で満ち溢れた目で嬉しそうに笑った。




「冷蔵庫・・・何か入ってたかな。」




「お構い無く。すぐに帰りますので。」




濡れたワイシャツや足元をタオルで拭いていると、藤澤さんが面白そうに笑いながら勢いよく冷蔵庫を閉め・・・




「あそこのコンビニ、ちょっと行ってくるから待ってて?」




そう言って・・・

また外に出ていってしまった。




少し困りながらも、ゆっくりとローテーブルの近くに正座をした。

時計の音だけが聞こえてくる静かな部屋の中に、外の雨の音が重なっていく・・・。




少しだけ部屋の中を見回すと、本棚に置かれた1つの写真立てが。

それを眺め、藤澤さんが面接で言った言葉を思い出す。




“王子様”の部屋とは思えないくらい殺風景で、社内の女の子達、あのお姫様みたいな可愛い女の子達が見たら驚くのかな。

少しだけ、笑った・・・




ガチャ─────




と、部屋の扉が開く。

私が扉の方を見ると、私が送った時よりも濡れている藤澤さん・・・。

濡れた髪の毛から雨の雫がポタポタを落ち、濡れたワイシャツに染み込んでいく・・・。




「よかった・・・、ちゃんといた。」




「・・・傘差さなかったんですか?」




「走ったら傘なんて意味ないから。」




そんな会話に、私は少し笑った。

正座から立ち上がり、借りたタオルを持って藤澤さんに渡す。




お礼を言った藤澤さんがタオルを受け取り、髪の毛をワシャワシャと拭いていく。

拭き終わった髪の毛は、いつもみたいに綺麗にセットされたものではなく、無造作に散りばめられていた。












「はい、これ。」




タオルを首に掛けた後、手に持っていた物を私に渡してくる。

それを受け取り見てみると、パックのいちご・オレ・・・。




「・・・ありがとうございます。」




少しだけ笑って、またローテーブルに戻り正座をし、いちご・オレを飲んだ。

その間に、脱衣所の方に行った藤澤さんの着替える音が聞こえる。




この小さな部屋の中に、また時計の音と雨の音が響いていく。




部屋着に着替えた藤澤さんが、正座をしている私のすぐ隣・・・足がつくくらい近くにあぐらをかいて座った。

隣から視線を感じながら、私はいちご・オレを飲み・・・、飲み終えた。




「今日の返事、急がないから。」




私は少し驚き、すぐ隣にいる藤澤さんを見て・・・思い出す。




「・・・他にお願い出来る人も沢山いますからね。」




「他の女の子には、もうしない。」




「でも・・・あれは藤澤さんなりの調査ですよね?」




「うん、俺は着けられないから。

営業部の女の子達には本当にお世話になったよ。

ちゃんと・・・ちゃんと説明したら、凄く協力してくれた。」




「ですが・・・あの調査が出来なくて、成績下がりませんか?

各店舗ごとの市場調査に加え、あの調査も元に店長と打ち合わせをして、今の結果を出してますよね?」




藤澤さんは大きく目を見開き私を見詰めた後、大笑いをした。




「本当、敵わないな・・・。

知ってたんだ?

花崎さん、絶対に怒ってるだろうなって思ってた。」



「驚きましたけど、そんなことでは怒りませんよ。」



「じゃあ、花崎さんが怒るならよっぽどのことだな・・・。」



「そうかもしれませんね・・・。」




小さな頃は、よく怒っていたようにも思う。

1つ下の妹に、お気に入りのプリンセスのドレスを着たいと泣かれた時とか・・・。




でも、妹に着せてあげた時に気付いた・・・。




怒って泣かせてしまうより、可愛い妹にプリンセスのドレスを着せてあげて、笑顔になってもらった方がずっと嬉しいと。




そして、その後に両親が私と妹にお揃いのプリンセスのドレスを買ってくれ、妹と2人で可愛いドレスを着て踊った方が、ずっとずっと楽しいと。




「いつか・・・いつかさ、確認させてよ。」




大好きな可愛い妹との思い出を振り返っていたら、隣に座る藤澤さんが小さな声で呟くように言った。




また藤澤さんを見ると、静かに揺れるような目に熱を込めて、でも悲しそうに笑った。




「待ってるから、俺・・・。

だから、その時が来たら、教えて?」




私は、そんなことを言う藤澤さんを見る・・・。




「営業成績は・・・なんとしてでも維持するから。

誰にも負けないくらい、努力して、挑戦し続けるから・・・。」




そんな面接の時にも聞いた言葉を、今、また私に告げる・・・。




それは、“人権”を私から奪ってしまうような、“王子”からのお告げではない。





「だから、いつか、いつか・・・俺に・・・花崎さんの胸、確認させて?」





悲しそうに、でも希望で満ち溢れた目・・・

そこに、静かに揺れるような熱を込める・・・





“上に立つべき人の目”だと、面接の時に思った・・・。

1人の営業マンとしての枠を超えて、遥か上の頂点に立つべき人の目だと、思っていた・・・。





他の女の子達がこの人を“王子”と言うのとは違う理由で、私はこの人を“王子”だと思った・・・。

王女である名波社長の横に、いつか立つべき人になれる、そう思った。





人を見る目がない私が、ちゃんと、ちゃんと見て、そう思った・・・。






「いいですよ。」






私は、“王子”に・・・。

あの会社の“王子”になるべき人に、答える。






「あなたを、まだ終わらせない。

こんな所で、あなたを終わらせない・・・。

私が、あなたをまだ終わらせないから・・・。」
















「・・・っ・・」




ベッドに座り足を開いた藤澤さんの間に立ち、雨に濡れ少し湿っているブラウスの上からソッと膨らみを触れられる。




「ワイヤレス?」




「流石です・・・今日は少し、その・・・胸が張ってる日なので。」




「そういう選び方もあるのか・・・」




「っっ!!」




ブラウスの上から、少しだけ胸の谷間を触られる。




「・・・思ったより、盛れてるね。」




「これは・・・この前改良されたワイヤレスの方なので・・・」




「可愛いデザインのか。」




「・・・そっちじゃない方です。」




私の言葉に目を丸くした藤澤さんが、私を見上げた。

そして、困ったように笑う。




「・・・聞かなきゃよかった。

ブラウス脱がしたくなる・・・。

ああいうセクシー系のも着けるんだ?」




「・・・ンッ」




「ごめん・・・」




藤澤さんがカップの部分を少し強めに押した時、私の胸の先に当たってしまい・・・。




「営業部の女の子達、ワイヤレスすることなかったから・・・。

やっぱり普通のと固さちょっと違うな。」




「ワイヤーがある方が、着けた時に背筋伸びるような感覚ありますし・・・。

営業さんだとその方が気分も上がるかもしれませんね。

あと、シルエットもよりキュッと上がって見栄えも良いので。」




「そうなんだ。でも、うちのワイヤレス結構売上げいいよね。」




「1回ワイヤレスにしちゃうと、普通のに戻れなくなる方も多いかも。やっぱり、楽ですもん。

あと、うちのは結構デザインも豊富なので、それで選ぶお客さんもいらっしゃるかと。」




商品部でも企画部でもない私の意見を、ノートにメモを取りながら真面目に話を聞いてくれる。




少しだけ、営業部のあの大きなガラスの扉の中に、私も入れたような気がした。

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