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2日後・・・
定時の後に開かれた、上半期打ち上げパーティー。
毎回恒例の会場、その壇上には社長賞の賞状を渡された藤澤さん。
そして、その隣には・・・私。
自分で作った賞状を自分で持つという、何とも不思議な体験をした。
「花崎さんも受賞してたんだ?」
「はい、名波社長のご厚意で。」
「花崎さんと並んで立てるなんて、光栄だよ。」
そんなことを言う藤澤さんを、私は眉をひそめながらチラリと見る。
対する藤澤さんは、希望で満ち溢れた目で私を見た。
「花崎さんと並んで立てるの、こんな光栄なことはないよ。」
眉をひそめながら、視線を逸らす。
「まあ、私が藤澤さんを入社させるよう名波社長に話したので。」
「面接での町田部長、絶対俺を入社させるつもりなかったもんな?」
面接の時の話をされ、その時の町田部長を思い出し笑ってしまった。
*
壇上でマイクを持ち、少しだけ話す。
「人事部課長の花崎です。
本日は社長賞という素晴らしい賞を受賞することができ、大変嬉しく思っております。
これは、社員、パート、全ての従業員の皆さんが、毎日一生懸命働いてくれた結果、人事部の私が受賞出来た賞だと思っております。」
壇上から皆を見渡した後、深く、深く、お辞儀をした。
「人事部は“会社の顔”、私自身はこのようにつまらない顔をしておりますが・・・」
わざと言葉を切ると、思ったよりもウケていた。
「会社の“顔”として恥じぬよう、これからも頑張って参ります。
そのためには、現場で働く皆さんの声が非常に大切になります。
何でも構いません、どんな内容でも良いので・・・
このつまらない顔の私の所に、何か話したいことがありましたら、いつでもお越し下さい。」
深く、深く、お辞儀をしたら、思ったよりも大きな拍手が鳴り響いている。
振り向き、少し後ろに立っていた藤澤さんにマイクを渡そうと手を伸ばすと・・・
私のマイクを持つ手に、藤澤さんの手が上から重なった・・・。
私は眉をひそめながら、藤澤さんを見上げる。
対する藤澤さんは、希望で満ち溢れた目で私を見下ろし、笑った。
それを無視するように、私は視線を逸らす。
藤澤さんが最後にまたギュッと私の手を握ったかと思うと、やっとマイクを取り前に歩いて行った。
何を言うか少し気になったけど・・・
会場に響く女の子達の甲高い叫び声により、全く聞こえず・・・。
それには私も笑ってしまった。
*
「花崎さんの授賞式、見たかったな~!」
「私も!!シフト合えば行けたのに・・・。」
打ち上げパーティーから数日後、店舗の店長である本間さんと上ノ園さんが居酒屋の席で言った。
店舗に社員やパートを採用する際、私はなるべく店舗を訪れしっかりヒヤリングをするようにしている。
その他でも何度か会うようになった、比較的会社の近くの店舗にいる2人。
ざっくばらんに現場のことを教えてくれるので、こうして定期的に情報収集をしている。
「今回、ダブル受賞だったんでしょ?」
「そうですね、営業部の藤澤さんです。」
「藤澤さんだと納得。
私あの人の担当エリアの店舗だし。
凄い仕事熱心だよね?」
そんな質問に、私は普段の藤澤さんの姿・・・
あの、女の子達の胸を確認する姿を思い浮かべる。
「仕事熱心ですね、困ってしまうほどに。」
そう言いながら、イチゴミルクのカクテルを少しだけ飲む。
「藤澤さん、私は見たことないんだよね。
“王子”でしょ?」
整った顔と爽やかな雰囲気で、一部の女の子から“王子”と呼ばれているのは知っていた。
その“王子”が、この前の打ち上げパーティーで壇上に上がったことにより、本物の“王子”となったらしい。
「花崎さん、ど~お?
キラッキラの王子様、興味ある?」
「全くないですね。」
「早い!返事早すぎだよ!!」
そんな2人の笑い声が響く。
そんな中でも、現場で働く人達のリアルな声を聞かせてくれ、今後の書類選考や面接で生かせる情報収集が出来た。
*
“全く興味ない”
そんな風に答えた、翌日・・・
この、全く意味の分からない展開・・・
「な・・・なにを・・・?」
会議室の中・・・
冷房で冷えたヒンヤリとした壁を背中に感じる・・・
私のすぐ目の前には、藤澤さんが・・・
希望で満ち溢れた目・・・
そこに、静かに揺れるような熱を込めて・・・
「花崎さんの胸、確認させて?」
と........
「な・・・なんで?」
眉をひそめ、目の前の藤澤さんから目を逸らす。
「受賞式のスピーチで言ってただろ?
“何でも構いません、どんな内容でも良いので”って。」
「それは・・・そうですけど・・・。」
「なんだ、アレ嘘だったんだ?
俺すげー感動したのに。」
そう言われると、何だか私が悪いような気もしてくる・・・。
でも・・・
「いつもみたいに、他の女の子にすればいいのでは・・・?」
私の言葉に、藤澤さんが面白そうな声で笑ったのが聞こえた。
「他の女の子には、もうしない。」
私は驚き、藤澤さんを見上げる。
「花崎さんがいい。
花崎さんだけがいいから・・・。」
希望で満ち溢れた目で、そこに静かに揺れるような熱を込めて私を見詰める・・・
「確認させてよ、着けてるだろ?
うちの商品・・・。」
「・・・っっ」
ゆっくりと伸びてきた藤澤さんの両手が、私のワイシャツの盛り上がりに少しだけ触れた・・・
「他の女の子達への対応・・・これで問題ないだろ?」
そんな・・・私の発言を用いて、この“王子”は私に告げる・・・
私には“人権”などないのだと・・・
こんなパッとしない、つまらない女には・・・
“人権”など、ない・・・。
「花崎さん・・・いい?」
私のワイシャツの膨らみに少しだけ触れたまま、身体をソッと寄せながら私の耳元で聞いてくる・・・
「・・・っっ!」
藤澤さんが唇を私の耳に少しだけつける・・・
全く分からない、感情・・・
でも、それは恐怖に似ている感情・・・
そんな感情が込み上げてくる・・・
固まっていた両手を動かし、大きく震えながらも藤澤さんの胸を押す・・・
「少し・・・考えさせてください・・・」
小さな声で、やっと絞り出した声・・・
“人権”のない私が、“王子”に意見する・・・
「うん・・・返事待ってる。」
藤澤さんがゆっくりと私から離れ、会議室を出ていった・・・。
全く分からない、恐怖に似た感情が込み上げている私の身体を、強く両手で抱き締めた・・・。