1
入社7年目 今年28歳
「花崎さん、よくやったじゃない。」
社長室、冷房の設定温度は22度。
7月とはいえいくら何でも寒すぎて、私は毎回カーディガンを羽織っている。
「ありがとうございます。」
「・・・僕も、選考しておりすのでね。
今回も安心しました。」
社長室のデスクの前、隣に立つ町田部長が不機嫌そうに付け足した。
町田部長を見た名波社長が、キレイにネイルされた指でデスクを叩きながら見上げ、また私を向いた。
「とにかく、よくやったわ。
3年前からあなたの書類選考を通り、面接を通った社員は、みんな本当に優秀。
上半期の社長賞は、あなたに決めたから。」
「え!!!??」
声を上げたのは、私でなく町田部長。
「花崎・・・ですか?
ですが・・・社長賞は管理部門には授与されたことはないかと・・・。」
「何を言ってるの町田部長。
私が社長よ?誰にあげるかは、私が決めて当然でしょ?」
「で、ですが・・・営業の者達への士気も下がってしまいますし・・・。」
その言葉で、デスクを叩くキレイにネイルされた指を止めた。
手に持っていたいくつかの資料をペラペラとめくりながら眺め、ある1枚で止まる。
「それじゃあ、この子とダブル受賞に。」
そう言って、1枚の資料をデスクに置いた。
名前を見る・・・
私はそこに書かれていた名前を見て、眉をひそめる。
「・・・花崎さん、何か不満?
この子もあなたが決めたでしょ?
あの時町田部長が散々止めていたのに。」
「そうですね・・・。
営業成績は申し分ないと思います。
ですがこの方は・・・素行に問題があるかと思っております。」
そう答えた私を驚いた顔で見た後、口紅をキレイに塗った口を大きく開けて笑いだした。
「あの子は、アレでいいのよ。
特に問題になってないでしょ?
何か人事部に話が来てる?」
「それは・・・来ておりませんが・・・。」
「みんな喜んでるわよ。
女の子達のちょっとした楽しみにもなっているし、いいんじゃない?」
*
「・・・花崎、お前もう少し俺を立てるとか出来ないのか?」
「申し訳ございません・・・。」
「まったく、本当に可愛げのない女だな。
見てみろよ、ああいう女の子達を目指した方がいいぞ?」
営業部の部屋を通った時、女の子達の甲高い笑い声が響いてきた。
営業部の部屋、大きなガラスの扉から見えた光景に、私は眉をひそめる。
白昼堂々、会社の中で女の子の胸を夏の薄着の上からじっくりと触っている男・・・。
そんな男に女の子達は群がり、自分も触れと寄っていく。
嬉しそうな顔で、その男はまた違う女の子の胸を触っていく・・・。
「お前も、あんな女の子になった方がいいぞ?」
「嫌ですよ、会社であんなことをするなんて信じられません。」
「そんな可愛くないこと言ってるから、彼氏も出来たことないんだろ?
・・・おっと、これはセクハラ?ごめんごめん。」
こんな風に町田部長に言われるのは日常茶飯事で、もう何も感じることはない。
「とにかく、もう少し可愛くな?
そしたら、お前も藤澤に触ってもらえるかもな?
社内の女の子の胸を知り尽くした男が、まだ触ってない女って、お前有名だぞ?
じゃあ、とにかくソレよろしくな?」
さっき名波社長から渡された書類に目を落とす。
私の書類と、もう1枚・・・。
上半期の社長賞を選考するため、各部門から吸い上げたデータを元に、人事部が作成した資料。
もう1枚の資料の名前を見る・・・
藤澤 修平
今年の1月に入社したばかりの、今年31歳。
入社した直後から彼が担当する店舗は軒並み売上を伸ばし、入社半年の上半期の時点で他の営業を大きく引き離した。
そんな凄い男が・・・
あの、営業部の大きなガラスの扉の向こうで、女の子達の胸をまだじっくりと触っている。
私が書類選考をし、町田部長と一緒に面接をし・・・
町田部長が大反対する中、私が社長に掛け合ってでも入社させた男。
持っていた書類に目を落とす。
履歴書の写真を元にプリントされた顔写真。
その写真の中で、あの男が爽やかに笑っている。
名波社長は、私には見る目があるとよく言ってくれる。
でも、私は見る目がないから・・・。
見る目が全然ないから・・・。
だから、ちゃんと見ないといけない・・・。
ちゃんと、見ないと・・・。
営業部の大きなガラスの扉の前に立ち、私は扉を開ける。
「藤澤さん。少しよろしいですか?」
椅子に座り広げた足の間に女の子を立たせ、両手で胸をじっくりと触っている藤澤さんがパッと私の方を見た。
「花崎さん!!!」
爽やかな笑顔で私に笑い掛け、私の名字を呼ぶ。
その瞬間、女の子達がサッと彼の周りから散っていく。
「お話がありますので、少しよろしいですか?」
爽やかな笑顔で立ち上がった藤澤さんに、女の子達がまた寄ってきて藤澤さんの身体にまとわりついた。
「私達~、別に嫌じゃないので。」
「そう、これも仕事の1つっていうか。」
「着けてみて、触ってみて、触られてっていうか?」
「うち、ランジェリー会社だし。」
*
会議室の中、テーブルを挟んで向かい側に座る藤澤さんを見る。
面接の時以来、藤澤さんと話すのは初めて。
勿論、こうやって視線を交わしたことも。
爽やかな笑顔で私を見ていて、それを無視するかのように一旦視線を書類に落とす。
「上半期の社長賞、藤澤さんに決まりましたので。」
私の言葉に藤澤さんが驚き、爽やかに笑った。
「受賞式の時に何を言うか、考えておいてください。
それだけです、ありがとうございました。」
私が椅子から立ち上がった時・・・
「それ、いつ発表されるの?」
と・・・。
入社半年の藤澤さん、社内のこともまだそこまでよく分かっていない状況なのに、説明不足だったと反省した。
私は椅子に座り直し、藤澤さんを見る。
「明後日です。上半期の打ち上げパーティーで発表されます。」
「明後日・・・か。」
藤澤さんはテーブルの一点を見詰め、少しの間黙っている。
そして、顔を上げた・・・
その目は、希望で満ち溢れている目・・・
そんな目で、私を見詰める・・・。
「花崎さん、俺を選んでよかった?」
そんなことを、聞かれた・・・。
私は、藤澤さんが普段行っている女の子達への行動を思い返す。
でも、あれはちゃんと藤澤さんなりの調査だとも分かっている。
私を見詰める、この希望で満ち溢れた藤澤さんの目を見返す。
そんな目に、私は少し笑った。
「藤澤さんなりに一生懸命働いていることは、とても良いことだと思います。」
椅子から立ち上がり、扉に向かう。
扉を開ける瞬間・・・少しだけ止まり藤澤さんを振り返る。
「選んで良かったかと聞かれると、それはどうでしょう・・・。
あまり問題にならないよう、女の子達への対応には気を付けてくださいね?」
そう伝え、会議室を出た。
*
仕事を終え、スーパーの袋を持ち一人暮らしの部屋に帰る。
扉を開けると、好きな香りが私を包んだ。
それに癒されながら、キッチンを通ったらすぐそこにある部屋に入る。
クローゼットの前でワイシャツを脱ぎ、スカートとストッキングも脱いでいく。
そして、全身鏡の前で自分の姿を見る。
パッとしない茶色っぽい髪の毛、
肌は白くてぼやけているみたい、
目も、鼻も、口も、全てがパッとしない。
そんな、つまらない顔。
仕事では上司から嫌味を言われ、他の女の子達からは疎まれる、パッとしない毎日。
そんな、つまらない生活。
友達と呼べるような友達もいない。
勿論、彼氏なんていたこともない。
そんな、つまらない女。
花崎 恵美
“花が咲くような恵まれた子になるように”
そう付けてくれた素敵な名前。
お父さん、お母さん、ごめんね。
私は何にも恵まれてない・・・。
こんな、つまらない女になってしまった・・・。
泣きそうになった時、全身鏡に映るソレを見て泣くのを止めた。
つまらない私が、1つだけ大切にしている物・・・。
ソレに、ソッと手を添える・・・。
ピンクの可愛い花が散りばめられた、フリルが沢山ついているブラジャーと下着・・・。
つまらない私が、1つだけ大切にしている物。
パッとしない私には似合わないような可愛いデザインでも、下着なら、どんなに可愛い物だって着たっていい。
これだけ、これだけが、つまらない私を少しだけ特別にしてくれる物・・・。
だから、こんなにパッとしない私が、ランジェリー会社に入社をした。