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終焉の鐘(2)


「な、なんだ!? 何がどうなってんの!?」


「ロゼ、あれっ!!」


 突然の異常事態に戸惑うロゼの隣、アクティが空を指差した。鐘堂が崩壊し、タケルが現れた事は遠目にも判ったのだが、問題はそれだけではなかったのだ。

 空に浮かび上がった巨大な魔法陣が回転し、突如としてそこから無数の影が放たれた。それは白い翼を生やした魔物――。人型の怪物――。それは次々に出現し、ガルガンチュアへと突っ込んでくる。ロゼは慌てて船を動かし、思い切り舵を切った。


「なんだあの魔物……!? あんなの見た事ないぞ!?」


「ロゼ、早く結界を展開して!! ボクたちは甲板に向かうから!! おじさん、行くよ!!」


「……だから、俺はまだおじさんじゃないんだがな」


 冷や汗を流して抗議するゲオルクを連れ、アクティが甲板へと走っていく。ロゼは船の周りに結界を展開させるが、翼を持つ怪物は自在に魔術を発動し、ガルガンチュアへと攻撃を降り注がせる。SO-RAを超えるほどの強度を持つ結界船だけあり魔物の攻撃程度ではビクともしなかったが、如何せん数が多すぎる。

 翼の魔物たちは次から次へとわらわらと湧き出し、それは天を覆い尽くしかねない勢いであった。雨のように降り注ぐ魔法攻撃……そして魔物はその手に次々に剣を構築していく。それは量産型の魔剣、“エクスカリバー”……。遠巻きに見ただけのエレットは直ぐに気づいた。彼らの正体、化け物に成り果ててしまった命の意味を。


「……エクスカリバー隊……!?」


「な……!? あれがエクスカリバー隊だっていうのか!? でも、あれは――!?」


「判らない……。でも、あれは明らかにエクスカリバーです……! 私……私も、行って来ます!!」


「あ、ちょっと!? ああもう、誰か舵を代わってくれぇっ!! 僕も甲板に行きたいんだよ――ッ!!」


 ガルガンチュアはその船体に無数に設置された砲台を起動し、一斉に光を空へと放った。一閃の瞬きは空を埋め尽くす魔物を焼き払い、しかしそれも焼け石に水である。次から次へと湧き出してくる敵に何度も砲撃を繰り返すが、魔剣を装備した魔物は結界を食い破り、徐々に領域に侵入を果たそうとしていた。

 甲板に並んだ砂の海豚の戦士達は空を見上げ、そのおぞましい光景に恐怖した。大きく口を開き、カチカチと歯を鳴らしながら魔剣をぶら下げ怪物たちは迫っていた。それが全て元々は人間だったなど、誰が信じられるだろうか――。探知能力に優れたエクスカリバー清明を持つエレットですら我が目で見るまで信じられなかった。それが、ヨツンヘイムで育てられた子供達の成れの果て――。


「エレット殿、どうするつもりでござるか!?」


「わ、私も戦います! 彼らは……私にとって、どうしても戦わなければならない相手のようですから……」


「まあ、神様の世界にまで足を踏み込んだんだ。“天使”が総出でお出迎えというのも案外ズレてはいないだろう」


「おじさん、あれじゃ“悪魔”だよ……。まあ、相手がなんだろうとボクたちのやる事は変わらないけどね――!」


 アクティが魔剣スピリットを構築するのを合図に全員が武装を開始する。それと同時に結界を食い破った一部の魔物がガルガンチュアへとなだれ込んだ――。戦闘が開始された船が頭上を過ぎるその眼下でミュレイはタケルとの対峙を果たしていた。長年連れ添った姉弟の再会――それは最悪の形で果たされたのだ。


「…………姉さん」


「タケル……もうやめるんじゃ。これ以上、この世界に悲しみや混沌を撒き散らすな……!」


「姉さん、それは違うよ。それは違うんだ……。僕はね姉さん、姉さんの為を思ってやっているんだよ。そう、全部全部姉さんの為なんだ」


「わらわの……為……?」


「姉さん……覚えてる? 僕は……死んじゃったんだ。ミラ姉さんが死んだ後……直ぐにね?」


 両手を広げ、タケルは優しく笑う。その言葉で漸くミュレイは思い出した――。かつて二人の間に起こった出来事……。すっかり記憶の彼方に閉ざしてしまっていた想い出の一つを。

 ミラが死に、自暴自棄になっていた時期……ククラカンはザルヴァトーレの攻撃を受けた事があった。その時現場の指揮を執ったのがタケルであり、タケルはその戦場で負傷していた。その後何事も無く平然とタケルは無傷で帰ってきたのだが――思い当たる節といえばそれくらいしかない。ミュレイは動揺を隠せず顔を上げる。タケルは微笑み、両手の剣を引きずりながら姉へと歩み寄る。


「姉さんだけに責任を押し付けるあの国も……姉さんを苦しめるあの国も……この世界全部が嫌いだった。だから僕は姉さんの代わりに戦おうと思ったんだ。でもね……力が足りなくて僕はアッサリ殺されちゃったんだ」


「な、何を……?」


「でも、凄いんだ! 僕は神の力を得て蘇ったんだよ!! そして誓ったんだ……この腐った世界を破壊しつくして、姉さんを僕だけの物にするって……!! 見てよ姉さん、これが“力” だよ!! 僕は強くなったんだ!! 姉さんに護られているだけの僕はもうとっくに死んでたのさっ!!!!」


 振り上げたガリュウを大地に叩き付けると、影が伸びホクトと昴へと襲い掛かった。大地から次々と出現する剣の山……。全身を切り刻まれるホクトと昴が悲痛な声を上げ、倒れる。だがそれは決して急所を狙った攻撃ではない。ただ二人を傷つけ苦しめる為だけの攻撃である。


「あの最悪なザルヴァトーレも、僕がパージしてやったんだ。姉さん、僕は偉いでしょ? 僕は頑張ってるでしょ? 姉さん……僕を褒めてよ。僕を認めてよ……」


「タケル……」


「僕はこの世界のルールを全てブチ壊して、姉さんを僕だけの物にするんだ……。ああ、可愛い可愛い僕の姉さん……。脆く儚く、可憐な姉さん……。姉さんは僕の物だ……僕の物なんだ!! はははははははっ!!!!」


 余りにも変わり果てた弟の姿にミュレイは最早何一つ言葉を発する事も出来なかった。文字通りの放心状態である。立ち尽くすミュレイに迫るタケル――だが、その前に昴とホクトが立ちふさがった。


『しっかりしろミュレイ! あんたの弟は頭がイっちまってるが、あんたはまともだろ!? 気を確かに持て!! 魔剣使いの戦いってのはな、気合で負けたら終わりなんだよ!』


「そうだよミュレイ……。ミュレイは何も悪くない。ミュレイには、指一本触れさせない」


「昴……ホクト……」


「だからさぁ……!! お前達のそういう態度が気にいらねぇえんだよォオオオオオッ!!」


 猛然と接近したタケルの斬撃が二人を同時に吹き飛ばす。エリシオンを叩き込まれた昴の片腕はへし折れ、ガリュウで斬り付けられたホクトの胸からは鎧を貫通して血が流れている。タケルは大地に二つの魔剣を突き刺し、両手を片手を額に当てて歯軋りした。


「ミラ姉さんを奪ったホクト……! そしてミュレイ姉さんまで奪おうとする昴……! テメェらは俺様にとって邪魔すぎんだよォ……!!」


「タケル……何が……何がお主をそこまで……」


『ったく、話が通じねえんだよコイツは……! ミュレイ、もういいから下がってろ! 戦えないなら足手まといだ!!』


「私も同意権だよ、ミュレイ。コイツは話しても無駄だ……。二つも大罪を持つから……心が余計に壊れてる。もう、助からないよ」


「……昴……」


 心苦しそうに拳を握り締め、目を瞑るミュレイ――。その背後、ミュレイの肩を叩くシェルシの姿があった。シェルシは無言で頷き、それからミュレイを後ろに下がらせる。


「苦戦していますね、二人とも。助力の必要はありますか?」


「うさもね、戦うのーっ!! はうはう! はうはうーっ!!」


 うさ子がミストラルを展開し、ホクトの隣に並ぶ。シェルシも魔術を発動出来る状態で昴の隣に並び――その二人の間にハロルドが割って入った。


『おいおい、いいのか? 仲間にならないんじゃなかったのか?』


「状況が変わった……という事だ。手を貸すぞ救世主――。王の力を存分に見せてやろう」


 ホクトがガリュウを、昴がユウガを、うさ子がミストラルを、そしてハロルドがネイキッドを構える。ずらりと並ぶ“大罪所有者”の戦線を前に、流石のタケルも旗色が悪かった。後方に跳躍し、それから舌打ちしてはき捨てるように叫ぶ。


「ったく、大罪に選ばれたほどの人間が揃いも揃って仲良しごっこかよ!? 大罪所有者ってのはなぁ……殺しあうのが似合ってんだよ!」


「うさたちは、大罪を持っているからって道を間違えたりしないのっ」


「余は余、貴様は貴様……こいつらはこいつらだ」


「私は自分で選んでここに立っている。誰かに指図されているわけじゃない」


『って、わけで……これは共同戦線じゃねえ』


 “至極真っ当な、個人的な大罪所有者同士の一対一の喧嘩”――――その“かける四”である。列を組んだ大罪能力者四人は揃って一歩踏み出し、靴音を鳴らしてタケルへと迫ってくる。それを唖然とした様子で見送り、シェルシは振り返ってミュレイの肩を支えた。


「ミュレイさん、大丈夫ですか……?」


「…………わらわは……何も……何も見えていなかったのだな……」


 自嘲的な笑みを浮かべるミュレイ……。それも無理の無い事だった。彼女は最もタケルと共に時を過ごした。最もタケルの傍に居た。タケルをいつも見ていたはずだった。だが……気づく事が出来なかった。全てはタケルの所為ではなく、何一つ弟の事が見えていなかった自分の所為なのかもしれない……そう思った。

 ネイキッドが光を放ち、巨大な黄金の鎧騎士へと変貌する。その肩の上に座り、ハロルドは足を組んでタケルを見下ろした。うさ子が両手の間に作った電撃を放ち、それを昴が刃で受けて増幅し放出する――。放たれた雷の斬撃は大地を刻み、タケルへと迫った。回避しようとするタケルの背後からホクトが襲い掛かり、刃を放って動きを止める。雷が瞬くと同時にタケルが立っていた周辺の大地は蒸発し、更にそこに上空から落下してきたネイキッドの拳が叩き込まれ、大地が大きく陥没した――。

 大罪を持つ者の戦いは周囲の地形を書き換えながら続いている。それを遠巻きに眺めながらミュレイはシェルシの手をぎゅっと握り締め、目を閉じていた。やはり……振り返ればあるのは後悔ばかり。よかった事など数えるほどしかない。何度も何度も間違えてき人生――。これで“大人”だなどと、笑わせるのも大概にしろと言いたかった。

 いつになっても、いくつになっても、力不足で手が届かない……。何度も何度も間違え、それでも無理矢理前に進んできた。その結果今、自分が見てこなかった罪のツケを払わされているのだ。ミュレイはゆっくりと瞼を開き、傍らに立つシェルシを見つめた。


「…………ザルヴァトーレを壊したのは……やはり、わらわかも知れぬな」


「……ミュレイさん」


「わらわがしっかりしていれば……こんな事にはならなかった。こんな、惨い戦いなど……ありはしなかったのかもしれない。シェルシ、お主にはわらわを裁く権利があるじゃろう……。じゃが……もう少しだけ、待っていてはくれぬか?」


 顔を上げ、タケルを見やる。ネイキッドの拳をガリュウを受け止め、エリシオンを反撃で繰り出すタケルの姿はやはり以前とは余りにも違いすぎる。自分の知っているタケルはあんな男ではない……だが、それはただの言い訳なのだろう。


「責任は、誰かが負わねばならない……」


 ゆっくりと前を向き、一歩を踏みしめる。沢山の思い出――後悔。しかしその全てが悪かった事だとは思いたくない。今こうして目の前にある現実から逃げたくなかった。シェルシはそんなミュレイを支え、そして強く頷いた。良くも悪くも――二人は同じ運命を背負う、分かり合える人間だから。


「――責任を一人で負う必要はない」


 そんなミュレイの隣、一緒に歩く男の姿があった。イスルギ・ヨシノ――彼女の兄である。ミュレイは少しだけ驚いた顔をして……しかしああ、やはりと思い直す。シェルシはそんな二人を見送り、足を止めた。魔剣を構築し、二人が前に出る。うさ子の脇を抜け、鍔迫り合いするホクトも後退し、ハロルドは片目を瞑って傍観する。昴は刃を鞘に収め、主の傍らに戻った。

 道は開かれた。そこに立っていたのは紅髪の炎の姫――ミュレイ・ヨシノである。今この世界で最も尊い命――人々を統べる者である。姫は炎の剣を召喚し、それをしっかりと握り締めた。その肩を支え、イスルギが頷く。


「……すまない皆。ここは私とミュレイに預けてくれないか」


『……そりゃあ、まあ構わんけどな……勝てるのか、お前?』


「勝つさ。勝たなければ意味が無い……そうだろう?」


 ホクトが武装化を解除し、ガリュウを肩に乗せて溜息を漏らす。そうして二人の男はハイタッチを交わし、ポジションを変更した。一方不安そうな昴の脇を通り、ミュレイもまた前に出る。戦う為に――責任を取る為に。そして明日へ進む為に――。


「ミュレイ! タケルはエリシオンを持ってる……! ミュレイとイスルギじゃ、勝てるはずが……!!」


「……昴、あまりわらわを舐めない事じゃな。わらわは大罪が一つ、炎魔剣ソレイユのミュレイ・ヨシノじゃ。それにこれは――わらわがやらねばならない戦い」


 昴の頭をぽんと撫で、ミュレイは優しく微笑んだ。そんな真っ直ぐな目をされては何もいえなくなってしまう――。昴は大人しく道を開き、愛しい人の凛々しい背中に願いを込めた。対峙するヨシノの名を冠する三人……。白い大地に風が吹きぬけ、雲間から光が降り注いだ。


「姉さん……僕とやろうってのかい? 僕は姉さんの為に戦ってるのに……」


「タケル――ここまで来てお主と理解しあおうなどとは思わぬ。わらわはこの世界の新しい未来へ進んでいく……そう、仮にお主がその邪魔をするのならば――我が紅蓮の炎がお相手しよう」


「悲しいよ姉さん……でも、何故か嬉しくもあるんだ……。姉さん、これで僕は姉さんを殺せる!! 姉さん……姉さん、ねぇええさぁあああんっ!! ひゃはははははは――ッ!?」


 と、タケルが走り出そうとした直後その足元から轟音と共に火柱が立ち上った。それは雲を突きぬけ天まで燃やす大魔術である。何の詠唱も挙動も無く、ミュレイはただソレイユを握り締めているだけでそれを発動したのだ。炎の中から逃れ、飛び出すタケル……しかしその身体を大きな爆発が飲み込んだ。

 声も上げられずに吹き飛ぶ肉体――だがガリュウの能力で彼の命はストックされている。そしてそのストックはエリシオンの力で無限である。木っ端微塵に肉が弾けたその場から超回復を始めるタケル……だがその復活しきらない肉体を再び爆炎が焦がした。


「が――ッ!?」


「――――余り、感情に任せて魔術を使うというのは自重していたのじゃがな。いい加減、わらわも腹を括ったぞタケル。この大陸全てを破壊するつもりで――相手をしてやろう」


「……ガリュウの再生が追いつかない……!? ソレイユの力……それだけじゃないな……!?」


「別に、わらわはソレイユの力など無くてもこのくらいの魔術は使いこなせる。まさかソレイユの力をこの程度だと思い込んでいたのではあるまいな――?」


 巨大な剣の扇は分離し、一つ一つの刃となってミュレイの周囲を回転する。それが大地に突き刺さり、それぞれの点を結ぶようにして魔法陣が浮かび上がった。大地から――空から――世界中から。魔力という魔力がそこに集約し、淡い光の柱がミュレイへと降り注ぐ。

 直後、放たれたのが巨大な雷撃だった。一撃で大地を砕き、土を焦がし、空を焼き払い、雷はタケルを黒焦げにする。その焦げた身体を閉じ込めたのは巨大な氷塊――。そしてそれを砕くように大地が隆起し、氷は粉々に弾けタケルの肉体もバラバラに吹き飛んだ。

 次から次へと放たれる、大魔術と呼んで差し支えの無い破壊――それが息つく間も無く次々と放たれるその景色に驚いていたのはタケルだけではなかった。周囲の仲間達もその圧倒的火力にただただ唖然とするしかない。確かに白兵戦闘ではミュレイに勝機はないだろう。一撃でも食らえば彼女は倒れるだろう。だが――遠距離から一方的に攻撃する彼女の力はタケルの能力に左右されない。


「あの姫……あらゆる属性の魔術を全て使いこなせるのか」


「えーと、ハロルドちゃん……あれはどうゆうことなのかな……?」


「……噂には聞いた事がある。世界には稀にそういう才能の持ち主がいるらしい。確か――“限界突破者アンリミテッド”とか言ったか」


 炎が、雷が、氷が、光が、闇が、あらゆる破壊が目くるめく降り注ぐ戦場――。タケルはその猛然と襲い来る破壊を前に完全に蹂躙されていた。大気を唸らせるような莫大な魔力を抱いたミュレイの身体は淡く輝き、大地から汲み上げ続ける術式の力が彼女へと魔力を供給し続けていた。

 エリシオンとソレイユは対と成る剣――そしてその能力も良く似ている。エリシオンは剣の内部で無限の魔力を生成する。そしてソレイユは――剣の外部から無限の魔力を吸収するのである。タケルは一人の人間と戦っているように見えてその本質は全く非なる物なのだ。つまり彼は――“この世界”と戦っているに等しいのだ。

 ソレイユはミュレイの感情に呼応し無限に力を吸収し続ける。その力は余りにも巨大すぎて、あまりにも制御が難しすぎて、彼女自身全てを手中に収めているわけではない。だからこそ、感情を制御してきた。心を冷静に保ってきた。“炎”とは属性を指し示す言葉ではない。それは――圧倒的に相手を焼き尽くす、“徹底した火力”を指し示す言葉――。


「……すんげえ。俺らも離れないと巻き沿い食らうなこりゃ……。あれは……絶対相手にしたくないわ」


「ミュレイちゃん、すごいのすごいのっ!! うさはねえ……見直したのっ!! 滅茶苦茶強いのーっ!!」


「……あれだけの力を持っていながら力に溺れず傲慢にも成らず、か……。大したものだな……あの姫は」


「ミュレイ……」


 バラバラの肉片となったタケルだったが、その身体はエリシオンを中心に再生する――。完全に再生を待たない肉体で動き出したタケルは内臓をばら撒きながら、片腕だけを伸ばしてミュレイへと迫る。ミュレイが目を見開き、それを防ぎきれないと思った瞬間――間に割ってはいるイスルギの姿があった。巨大な盾でタケルの放つ剣を防ぎ、槍でその身体を貫く。


「悪いな……! 妹に触れさせるわけにはいかないんでな……!」


「て、てめえ……!?」


「退け、イスルギッ!!」


 ミュレイが両手を天高く掲げ、空に光が立ち上る。それと同時にイスルギはタケルを突き刺したまま槍を射出し、彼方までタケルを引き離した。魔術が発動すると同時に大陸に降り注ぐ光の雨――。浮遊大陸エデンの半分近くを粉砕するその魔術はタケルへと降り注ぎ、大陸ごと徹底的に破壊していく。

 あまりのその威力にホクトたちが退避を行う中、それを見下ろす影があった。空に浮かんだその影――ミラ・ヨシノは背後からミュレイへと迫り、剣を振り上げる。だがそれにいち早く気づいたシェルシが封印の剣を放ち、その動きを牽制した。


「家族同士の喧嘩に割ってはいるのはナンセンスですよ、ミラさん」


「……私もその家族なんだけど……シェルシ・ルナリア・ザルヴァトーレ――――」




終焉の鐘(2)




「全く、まさかエデンまで本当にノコノコやってくるなんて……ふてぶてしいにも程があるわ。ここは神の領域――ただの人間が入っていい場所じゃないのよ」


 両手を腰に当て、ミラは呆れた様子でふわりと落下してくる。風が吹きぬけ、シェルシは再びミラと対峙を果たす。“あの時”はろくに戦う事も出来なかった。彼女を信じたかった……それは勿論今もそうだ。だが――。


「……あら、戦うつもり? 大罪どころか魔剣一つ持たないただの人間の分際で……私に勝てるとでも?」


「ミュレイさんの言葉や、ホクトの言葉で気づきました。戦わないで済めばそれで確かに最良ですが、最善を尽くす為には戦わねばならない場合もあります。例えそれがどんなに負け戦だったとしても――」


 真っ直ぐに睨み返すシェルシの綺麗な瞳は必要以上にミラの勘に触った。龍の剣を召喚し、それを波打つように振り回してミラは無言で睨みを利かせる。だがそれに退くわけにはいかない。退くはずがない。誰かを愛するという事は誰かを愛さないという事。誰かを護るという事は誰かと戦うという事。その罪を背負う覚悟がないのならば――ここには立っていられない気がするから――。


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