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飛翔(2)


「SO-RAを超える為に必要なのは、三つの要素だ」


 ロクエンティアと呼ばれる世界は第一から第六までの界層によって織り成された世界である――。しかし、長らく“そうである”とはされてきたものの、実際に全ての階層を踏破した人間は居なかった。

 その理由は第三階層ヨツンヘイムに築かれた帝国が第二界層へと誰一人通そうとしなかった事、そしてその第二界層そのものが巨大な結界防壁装置、通称“SO-RA”によって護られているからである。そしてハロルドが判っている事と言えば、SO-RAを超えた先に何があるのか、そしてそれを超える為に必要ないくつかの事柄だけである。

 改造を終えたガルガンチュアは以前の何倍もの力を手に入れ、移動速度も行動継続時間も跳ね上がり、特殊結界発動装置と無数の魔道砲を追加装備し、この世界において右に出る物が無いほど強力な結界船となった。以前より大幅に人員も増えた艦橋でハロルドは立体映像の地図を広げ、そこを指差し語る。


「まず、SO-RAが存在する虚空領域まで潜入出来る防御能力を持つ結界を積んだ飛行船の存在……。これはこの船ガルガンチュアが該当する。改造は現段階でほぼ完璧で、残す所は微調整のみだ」


 異世界の技術を持つ錬金術師であるメリーベルと、帝国随一の技術者であるケルヴィー……。二人の力によってガルガンチュアは今までとは比べ物にならないほどの力を手に入れた。元来ガルガンチュアは頑丈で高度な技術力を残す、古代文明の遺産である。それが強化改造され、世界の限界を超える船としては十分すぎるほどである。


「次に、二つの結界をコントロールする必要がある。封印結界はホルスジェネレータにあるデスティニー……それからディアナドライバのスパイラルによって解除が可能だ。これは第二界層との間にある次元のズレを修正するのに絶対に必要な事柄となるだろうな。解除を行うには二人の姫……ミュレイ・ヨシノとシェルシ・ルナリア・ザルヴァトーレの力が必要だ」


 二つの結界の同時排除――しかしそれでもまだ第二界層へ続く道は開かれないのだ。その欠けた要素に関して、“そういうものがある”という事は知っているものの、ハロルドも実際にその情報を耳にした事はなかった。知っているとすれば他のゼダンなのだが……まさかゼダンが協力してくれるはずもなく。


「ふむ……。となると、やはりホクトが向かった元ゼダンとやらの情報が頼りになるのかのう……。しかし、この第二界層より上には何があるのじゃ?」


「行ってみればわかる事だ。口で説明した所で、理解するのは難しいだろう……。兎に角この計画の肝はホクトにかかっている、というわけだ」


 ハロルドはそう言い切ると立体映像をオフにし、マントを翻して椅子の上に腰掛けた。黄金の鎧を装着したハロルドは以前の巨大な鎧姿に近づけようとしている意図が見えるのだが、実際にはただ子供が鎧を着ているようにしか見えない。ミュレイは腰に手を当て首を鳴らしながら外の世界を眺めた。暗闇に沈む街……。夜明けまではまだ時間がある。腕を上げ、背筋を伸ばす。ハロルドは腕を組み、静かに目を瞑り項垂れていた。その背中を叩き、ミュレイは言った。


「しかし、そんなに偉そうにしていてもあんまり威厳がないのう」


「…………。そういうつもりでやっているわけではない。これは余の基本姿勢だ」


「ふふ、そうか? まぁ~、この計画が上手く行けば第二界層への道は開かれ、この世界の未来もまた見えてくるじゃろう」


「上手く行かなければ、全ては終わるだけだ」


「なんとかなるじゃろう。これまでもどうしようもなさそうな事ばかりじゃったが、案外何とかなってきたものじゃ」


「随分と楽観的なのだな」


「後ろ向きな考えは何も生み出しはしない。抗うと決めた以上、それを貫くまでよ」


 小さな扇子を片手にそれを夜空へ向け、遠くを見据えるミュレイ。過去には様々な事があった。だが今はそれを後悔せずに歩いていくだけの強さを持っている。常に後悔せぬように生きるのならば、死ぬその瞬間もきっと晴れやかなまま逝けるのだろう。様々な傷つけあった過去……それを背負い、希望の船は飛び立とうとしている。そう、その過去にどんなものがあったとしても――。

 雪が降り注ぐ景色を背景に、シェルシは山小屋の中で目を見開いていた。ホクトはそんなシェルシとは目を合わせないまま、寂しげな表情で話を続けていた。思わず立ち上がったシェルシはぎゅっと拳を握り締め、それからやるせない表情で項垂れながら言った。


「――――それは、本当なんですか……?」


 ホクトは何も応えなかった。だがその沈黙が何よりも的確に彼の気持ちを表現していた。シェルシは暫く立ち上がったまま黙り込んでいたが、小さく息を着き、目尻の涙をそのままに微笑を浮かべた。


「…………ありがとう、ございました……。私、そんな事全然知らなくて……」


「あー……いや……。もうちょっと、怒ってもいいんだぞ? その……俺にも色々責任はあったんだし」


「いえ、そんな事はありません。きっとあの人は……自分の意思で……。そう、信じたいですから……」


 長かった昔話が終わり、シェルシはゆっくりと腰を下ろした。すると一気に全身から緊張感が抜け、その反動からか瞳に涙があふれ出した。目を瞑り、それをかき消そうとしても悲しみや痛みは消える事はない。だがそれでいいのだろうと思った。痛みも悲しみも、忘れなければきっとそれは力になる。今はそう、思えるから――。

 声を押し殺して涙を流すシェルシを見つめ、ホクトはやるせない表情を浮かべていた。そっと伸ばしかけた手を引っ込め、しかし思い直してシェルシの肩を叩く。誰かに触れる事を恐れてはいけないと、彼もまた今はそう思えるから。二人は手を取り合い、同じ過去を共有する。痛みの中で……見つめあった。そんな時、突然扉が開いてブガイが姿を現した。ブガイの登場に二人は慌てふためき、シェルシは椅子から転げ落ちてホクトは机の下に潜り込んだ。そんな二人を見下ろし男は一言。


「お前ら……ここは俺の家だぞ……? 何を思いっきりくつろいでやがる……」


「いいぃい、いえ……その……す、すいません……」


「じいさん、俺は暴力反対という言葉を世界に掲げたい」


「テメエは黙ってろ」


 ブガイが木製のテーブルを叩くとそこを中心にテーブルは一撃で崩壊し、更に拳はテーブルの下に潜んでいたホクトの頭頂部へと減り込んだ。目が飛び出るほどの衝撃に喘ぐホクト……その頭を掴み上げ、ブガイはギロリと至近距離でホクトをにらみつけた。


「じいさん……い、命だけは……」


「…………」


「ブ、ブガイ! えーっと、ホクトは……えーっと、貴方の弟子なわけで……っ!!」


「ああ、そんなことは言われずとも判っている……ったく、この縁は切り離したくても切り離せないらしいな……」


 ポイっとホクトを放り投げ、ブガイはどっかりと椅子の上に座り込んだ。あのホクトが部屋の隅で丸くなり、子犬のように震えているのを見てシェルシは何か新しい感覚に目覚めそうになったが、そんな事よりも今は別にやるべき事がある。


「それで、ブガイ……あのっ」


「SO-RAの超え方、だろ……? 全く、どうしてそこまでして第二界層に行きたいんだか……」


「この世界を変える為です」


 シェルシは頷き、真っ直ぐな目で言った。同じくブガイも真っ直ぐにシェルシの瞳を覗き込み、二人の睨み合いのような状態は暫く続いた。その間もホクトは部屋の隅でぷるぷるしているだけで何の役にも立たなかったが、先に折れたのはブガイの方だった。


「世界を変える為、か……。ついさっき、そこの小僧がした話を聞いてもまだそれを言えるのか……」


「何も揺らぎはありません。私は……私は、愚かです。でもこの愚かしさを誇りに思っています。力で勝てないのならば、せめて気持ちでは負けたくない……だから――」


「わかった、教える」


「はい、だからそこは難しいと思うのですが……って、え!? お、教えてくれるんですか!?」


「ああ。流石ルナリアの末裔……根性が違うな。それに――そっちの小僧もただ馬鹿みたいに力を振るっていたわけじゃなさそうだ」


 涙目のホクトが膝を抱えたまま顔を上げる。ブガイはそんなホクトに優しく微笑み、そしてシェルシの肩を叩いた。


「あんなろくでなしの駄目男だが、あんたなら任せられる。しっかり手綱を引いてやってくれよ」


「へ……? はい? はあ、わかりました」


 と、呆然と応えるシェルシだったが、暫くしてその言葉の意味に気づく。顔が見る見る真っ赤になり、それから首を横にぶんぶん振りまくった。そんなシェルシの様子にブガイは笑い、それからホクトを指差した。


「SO-RAに行く為の最期の鍵……それは、そこの小僧が持ってる剣だ」


「……ホクトの剣……? というと……ガリュウ?」


「というよりは、“大罪”を持つ人間ならば最後の扉を開く事が出来るわけだ。残念だったな、お前達がここまで来たのは完全に無駄足だったわけだ」


 つまり別に何も考えていなくても最後の扉は開いたと、そういうオチだったのである。シェルシは深く溜息を漏らし、ホクトはゆっくりと立ち上がった。正面から見詰め合う弟子と師匠……。シェルシは気を利かせ、ホクトの背後に回りその背中を押す。ホクトはよろめきながら前に出て、それから師匠の顔を見上げた。


「行くのか?」


「…………あ、ああ」


「何故、世界を変えたいと願う? 何故その力を求める? お前の中にその答えは見えているのか?」


 いつだったか、荒野で見詰め合った二人の間にあった言葉。五年にわたる逃亡の日々……それらの先に見た未来。離れ離れの間に感じた様々な経験、そして今ホクトの後ろには護るべき人たちが大勢居る。

 この世界の事も、自分の事もハッキリしているわけではない。だがもしもハッキリしている事があるのだとすれば、それはホクトが自分の大切な物を護りたいと思っているという事だけだ。故にそれは初心から変わらず。しかし遠回りして彼が見つけ出した本当の願いなのだ。


「俺は、何かを護る為に力を使う。じいさんからしたら、そりゃ俺はまだまだ未熟だろうけどな……。でも、それでも俺は――護っていくよ」


 振り返り、シェルシの手をぎゅっと握り締めるホクト。そうして優しく微笑む少年の横顔を見てブガイは在りし日の事を思い返していた。この世界の闇を何度も何度も見せ付けられ、それでも真っ直ぐで居ようとし続けた少年……。彼の心に安らぐ瞬間などありはしなかったのだろう。だが今は違う。彼には居場所がある。護るべき人が居てそしてその全てに彼自身が護られている。


「…………今度来る時は、この世界を救った時だな」


「小僧の癖に生意気を言うな。だが――そうだな。剣を持つ者として、その責務は必ず果たせ。必ず……護れよ」


 少年と男はかつて誓った。そして今、男と男はまたここに新たな誓いを立てたのだ。シェルシは後ろからそんな景色を眺めて思う。確かに、無駄足だったのかもしれない。けれどもこの出来事を無駄だったと彼女は思わない。ここで起きた事、知らなかったホクトの一面、そして過去の真実……。それは胸の内にしまっておこうと思った。ホクトは振り返らず小屋を出て行く。シェルシはブガイに小さく頭を下げ、それから雪の中を歩くホクトを追いかけた。

 突然の来客が立ち去り、ブガイは静けさを取り戻した小屋の中で一人椅子に座ってぼんやりとしていた。弟子との再会、そしてこの世界の希望を背負う少女を見た。長く生きた所でなんの特もない……そう考えていた事もあった。だが今はそれは間違いだったと思える。そう、世界は移り変わっていく。どんなに絶望的な世界でも、それを変えようとする者は必ず存在するのだ。


「希望……か」


 失いかけた言葉を胸の内で反芻する。目を閉じ、在りし日の記憶を思い返す。護るべきものに背を向けて逃げ出した英雄の瞼に映る過去……。それは決して、優しいだけの物語ではなかったが。




飛翔(2)




 神の眷属が定めた世界の限界を超える為の儀式が始まろうとしていた――。

 ディアナドライバとホルスジェネレータ、月と太陽の中で二人の姫が同時に術式を発動する。その身に宿した王家に継承されてきた光――それは二つの“人工衛星”の中で増幅され、同時に空へと放たれた。

 全ての階層に住む人々が空を見上げていた。世界の限界のその向こうにある世界を見上げていた。紅と蒼の光は衛星から放たれ、空に突き進んでいく。そしてまるで矢のように天を射抜き、ヨツンヘイムの上空に存在した次元の歪みを正していくのだ。

 誰もが同じ気持ちで空を見上げていた。何かが始まるような予感がしていた。この争いの尽きぬ世界の中、何かに管理された世界の中、真の自由を求めた飛翔が今始まろうとしていたのである。空に浮かぶガルガンチュアの中、ロゼは空に開く門を見上げていた。二つの光が織り成す虹の門……仲間達は艦橋に集まり、それを見上げていた。


「お待たせしました! ディアナドライバはゲート開放状態で固定完了です!」


「こちらも同じく終了……。さて、新しい旅立ちの始まりじゃな」


 二人の姫が転送魔術で艦橋に戻ってくると、ロゼは頷いて空を見上げた。ポケットから取り出した大切な眼帯を装着し、髪を縛ってガルガンチュアの起動術式を発動する。

 空に浮かんだ剣の船をつなぎとめていた鎖が一斉に放たれ、ガルガンチュアは白い光の翼を広げてふわりと舞い上がる。船体を囲むように浮かび上がる特殊な防御障壁の魔法陣……。幻想的な輝きを纏い、尾を引きながら船は動き出す。


「それじゃあ……皆いいかな? 第二階層に行ったら次にいつ戻ってこられるか判らない。それでも構わないね?」


 誰も何も言わなかった。というより、そんなセリフそのものが野暮というものだろう。ロゼも反省し、苦笑を浮かべて門を見据える。ホクトがガリュウを手に前に出る。昴はユウガを握り締め、ミュレイがソレイユを、ハロルドがネイキッドをそれぞれ掲げた。四つの大罪が最後の扉を開き、ガルガンチュアは夜空へ羽ばたいていく。


「行くよ……! ガルガンチュア、発進――ッ!!」


 光の螺旋を描き、船は飛んで行く。真っ直ぐに、上へ上へ……。見上げる人々の目が眩むほど、輝きを残して……。誰も到達した事のない、第二界層へ……。

 瞬く光の雲と次元の歪みの中をガルガンチュアは突き進んでいた。激しい揺れと衝撃が襲ったが、誰も怯えてはいなかった。皆それぞれ、ここに辿り着くまでに胸の中に抱いた思いがある。それがある限り、決して迷う事は無いだろう。

 突き抜けた空――……。そこにあったのは、空中に聳え立つ巨大な塔であった。本来ならば界層と呼べるものがあるはずのその場所に大地は無く、無数の浮遊大陸が散らばっている。結界を解除し、ガルガンチュアは姿勢を制御しながらゆっくりと舞う。そして誰もが窓の外に浮かぶ景色に目を奪われていた。


「……帰ってきたの。うさたちの故郷……第二界層、ジハードに」


 うさ子が窓にへばりつき、目をきらきらさせながら呟いた。そこはまるで夢物語の天上楽土のよう――。白い鳥達が群れを成して自由に飛び回り、遠くどこからか聞こえてくる鐘の音が響き渡る。浮遊大陸のどれもが緑に溢れ、楽園は果てしなく続いている。光の世界――。もしもこの界層を表現するとすれば、その言葉しかきっと当て嵌まらないのだろう。下層の地獄絵図とは隔絶されたこの世界は、まさに文字通り穢れ無き世界だった。


「あそこ! あそこがね、一番大きい浮島なのっ!! ロゼ君、あっちに……“エデン”に向かって!!」


「うさ子、ここの事知ってるの……?」


「いーからいーくーのーっ! はうはう! はうはうっ!!」


「わ、わかったよ……。まあ、他に行くアテもないしね……」


 全ての浮島の中で最も巨大な大陸、そこには純白の世界が広がっていた。他の大陸とは異なり、その大陸は白い大地に覆われている。UGで見たような結晶の樹林が咲き乱れ、中央には巨大な結晶の建造物があった。鐘の音はそこから聞こえているようで、近づくほどに音は大きくなってくる。ロゼはガルガンチュアをその大陸の端に着陸させると、魔術アンカーで船を大陸に固定した。

 真っ先にそこから飛び出していったのはうさ子だった。ぱたぱたと走っていくうさ子を追いかけ、それぞれが各々のリアクションを浮かべ白い大地に降り立った。浄化された世界の中、うさ子は白い大地に足跡を刻む。小さな小さな結晶の粒子を含んだ風が吹き、昴はそれを見上げた。ホクトはそんな昴の隣に並び、背中を叩いた。


「ついに、わけわかんねーところまで来ちまったな」


「…………とても綺麗な世界だ。でも……私は下の世界の方がいいかな。見てよ兄さん、ここには生きている物なんかないんだ。森も、鳥も……何もかもが作り物なんじゃないかって気がする」


 結晶の葉をその指先で砕き、昴は目を細めた。紅いマフラーが風にはためき、昴はしっかりと前を見据えて歩き出す。例えこの世界がどんなに美しくとも、ここからはゼダンの……神の領域なのだ。もう後戻りは出来ない。ここからはただ、血も涙もないような戦いだけが横たわっているのだ。

 だがしかし二人が振り返るとアクティやロゼも未開の大陸にはしゃいでいる様子だし、うさ子はその場でくるくると楽しげにはしゃぎ周っている。ミュレイやメリーベルはそんな子供達を眺めては微笑み……なんとも和やかな雰囲気である。ホクトと昴が苦笑を浮かべたその時、うさ子が急に大声を上げた。


「あああああああ――――っ!! はうう~~~~っ!! ホクト君、昴ちゃん、こっちこっちなの!! みんなこっちなのーっ!!」


「どうしたんだアイツ……? 普段からうさ脳だが、今日はいつになくハイテンションだな」


 そうしてうさ子に歩み寄ると、誰もが思わず我が目を疑った。うさ子が指差す先、そこには白い大地を踏みしめて歩く現地住民の姿があったのである。まずこの世界に人が住んでいるという事が驚きだったのだが、最大の驚愕は別の場所にあった。

 誰もが同じ場所へと目を向けていた。というのも、その視線の先――小さな少女の頭には、うさ子と同じ耳のようなものが生えていたのである。全員が同じように首を動かし、うさ子と現地住民の少女とを交互に見やる。どう見ても、二人の頭から生えているものは同じであった。


「はうはう! はうはう!」


 うさ子は唐突にそんな事を言い出した。何がなんだかわからないが、まあなんだいつものうさ語か……そう思っていた時である。


「……はうはう?」


 なんと、全く同じイントネーションで少女もその呟いたのである。“まさか”……その三文字が全員の脳裏を過ぎった。


「はうはう! はうはう! なのなの!」


「はう……。はうはう。なのなの」


「なのなのーっ!!」


 “会話”である――。明らかに二人の間には会話が成立していた。ダラダラと、冷や汗が止まらない。なんだか目眩までしてくる始末だ。だが……どうやらそういうことらしい。


「……あれは、ジハードに住む人間ならば扱える、一種の言語だ」


「「「「 なにィイイイイイイイイイイイイイイッ!? 」」」」


 まるで補足するかのようにハロルドがそう説明すると、誰もが同時に叫んだ。ばっと一斉にうさ子を見やる。まさか、あの全く意味のなさそうなうさ語が本当に“うさ語”だったとは……。


「みんな、こっちなのー! なんだかねえ、村に案内してくれるって! どうかしたの? みんなお目目がばっちり開いちゃってるけど……」


「……いや、スゲエもんを見た……」


「う? ホクト君、へんなの~。うさ、先に行くねっ! はうはうっ!」


 ぱたぱたと耳を振り、走っていくうさ子。そのあとも暫く誰も動く事が出来ず、ただ空しい風だけが吹きぬけて行った。ハロルドが咳払いし、一人歩き出す。それを合図としたように一人一人がトボトボと歩き始めた。


「納得……いかねぇ……」


 ホクトの呟きは誰にも届く事はない。何はともあれこうしてジハードへの道は開かれ、新たな戦いが始まるのであった……。


「全然纏まってねえし、やっぱ納得いかねえ――」


 続く。

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