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SO-RA(3)


 光の結界にて港に繋がれたガルガンチュアを見上げ、ホクトはレコンキスタの街の中で風に吹かれていた。かつてはハロルド帝国があったその界層も、今や下層の人間がどっと流れ込み変革の時を迎えようとしている。

 空中に固定されたガルガンチュアを帝国の作業用飛空艇が囲み、SO-RAを突破する為の改造作業が行われている。両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、変わり行く世界の中で男は紫煙を煙らせる空を船が舞い漂い、光の道路が町中を立体的に繋ぐ近未来都市レコンキスタ――。墜落したインフェル・ノアが傾いたまま街の端に食い込んだその世界の中、新しい時代の幕開けを感じる……。そんなホクトの背後、歩み寄る昴の姿があった。二人は並んでターミナルの外から街を眺める。色々な事があったが、今はそれなりに前に進んでいると思える。二人は同時に見つめあい、それから同時に向かい合った。


「さてと……。そろそろお互い、行動を開始しないとね」


「そうだな。俺は師匠に会って来る……。それでSO-RA超えの情報を聞き出して来るわ。あの爺さんはゼダンを抜けて単身SO-RAを超えてきたんだからな。何か有用な情報もあるだろう」


「私たちはミレニアムシステムの再起動と同じく情報収集、ガルガンチュアの改造……。準備が終わったら一度UGのフラタニティに行くらしいから、それまでには戻ってきて」


「……あいよ。そうだ、ハロルドに小型のエアバイク一つ借りてくって言っといてくれよ。ちょっと遠いからな……」


 今後の話をする二人の背後、どたばたと駆け寄ってくるうさ子の姿があった。その傍らには何故かケルヴィーの姿があり、ホクトも昴も同時に眉を潜めた。途中で派手にすっ転んだうさ子を助け起し、ケルヴィーは二人の前に立った。


「どうもお久しぶりですねぇ、魔剣狩り……それから白騎士。お元気そうで何よりです」


「ケルヴィー……生きてたんだ」


「勿論生きていましたとも。そんなわけで、今後は皆さんに力を貸す事になりました。ハロルド様の命令ですからね、仕方在りません」


「そんなあっけなく仲間になるのか……。お前にプライドみたいなものはないのか」


「下賎な思考ですねぇ、魔剣狩り……。私にとってハロルド様は神……。地獄の底のようなこの世界の中で私に研究の場と資金を提供してくれたのはハロルド様だけでしたからね。まあ、今回からはガルガンチュアとかいうあの船に乗り込ませてもらいますが……。しかし興味深い……。異世界の錬金術で強化されていますからね。ゼダンの事と言い、貴方達との旅はとても楽しくなりそうですねぇ……」


 一人、満足げに笑うケルヴィー。その隣でうさ子は耳をぱたぱたさせながら三人の顔を交互に眺めていた。昴はケルヴィーがこういう性格だと知っているので特に何とも思わなかったが、ホクトとしては自分の身体を勝手にいじくった相手という事であまりいい気はしなかった。


「うさもねえ、ケルヴィーのお手伝いする事にしたの~。ケルヴィーはねえ、うさにとっては家族みたいなものなの~っ」


「まあ、これが私の最高傑作……魂をサルベージした“器”だとは思いたくありませんが……まあこれはこれで可愛いので良しとしましょう」


 うさ子の頭をなでなでしながらケルヴィーは複雑そうな表情を浮かべた。それから眼鏡を中指で押し上げ光らせながらホクトを見やる。ホクトは腕を組んだままその視線に首をかしげていた。


「しかし、恥ずかしながらゼダンとか言う連中の存在に全く気づかないとは……私も不覚でした。それに剣誓隊の研究成果を失う事になろうとは」


「は? 剣誓隊に何かあったのか?」


「この間、貴方達の襲撃でインフェル・ノアが落とされた時、殆どの剣誓隊の隊員が数名失踪しました。それと同時に私の研究データが何者かに盗まれたのです……。調整中だった新型エクスカリバーのデータも奪われてしまいましたしね。まあ、犯人は大体見当がついていますが……」


 剣誓隊の中で四人の将軍のうち一人は死んだ……それは確定している事実だ。ロゼが姿を追っている大将オデッセイは現在行方不明、同じくルキアも行方不明である。最後までインフェル・ノアの中を駆け回り、仲間の避難誘導を行っていたジェミニは反帝国勢力に捕まり、現在は投獄されている。となれば失踪した二人の将軍のうちどちらか……。ケルヴィー的にはその更にどちらなのかが大体予想がついていた。


「まあ、盗まれたデータは普通は活用出来るようなものではないし、内容は全て私の頭の中に把握していますから特に問題はありませんがね……。とりあえず、SO-RA超えのための改造に関しては任せてください。短期間で何とか仕上げてみましょう」


「ケルヴィーはねえ、帝国で一番頭がいーのっ! メリーベルちゃんもね、ケルヴィーとだったらもっとすごい船が作れるかもってゆってたのぉ~♪ ケルヴィー、がんばるのっ! うさもね、がんばるのーっ!!」


「あくまでも私は自分の知的好奇心にしたがって行動するのみですからね。妥協もしませんし、出来る限りの全力を注ぎましょう。異世界の錬金術に神の技術……私が知りたかった知識が今、この手の中に……。ふふ、ふふふふ……っ」


 若干その黒い笑顔に先行きが不安になる兄妹であったが、隣でうさ子がニコニコしているとそれが丁度黒さを相殺しているようであまり危機的には感じなかった。兎に角帝国の技術力が味方につくというのは大きな前進であり、これからの戦いの中で必要になる事柄である。昴は小さく溜息を漏らし、腰に片手を当てて笑った。


「まあ、私たちは私たちに出来る事をするだけだね……。政治的な事はミュレイとかシェルシに任せっぱなしなんだし……」


「うさ子、博士の邪魔せずちゃんとお手伝いすんだぞ?」


「はうはうっ♪ それじゃあホクト君、行ってらっしゃいなの~! お土産期待してるねっ!」


 ケルヴィーの背中を押し、うさ子は手をぶんぶん振りながらターミナルの中へと姿を消してしまった。ホクトと昴はそんな二人を見送り、また一つこの世界が変わっていく足音を感じるのであった。


「ま、俺はちょっくら行って来るわ。あの様子じゃガルガンチュアの改造は直ぐに終わっちまいそうだしな」


 煙草を片手に首を鳴らし、面倒くさそうに歩き出すホクト。その背中を見送り昴は優しく微笑んだ――。ターミナルへと入り、エアバイクへと乗り込むホクト。その背後、唐突によじ登るシェルシの姿があった。無言で振り返るホクトの背中にぎゅっとしがみ付き、シェルシはヘルメットをつけて微笑んでいる。


「…………いや、お前他に色々やる事あんじゃねえの……?」


「いえ、私も知りたいんです。ヴァン・ノーレッジの過去の事とか、貴方の事とか……。私も一緒に行きます。いいですよね?」


「………はあ。駄目って言ってもどうせ聞きやしねぇんだろ? お前はよ……」


 苦笑を浮かべるシェルシ。それを合図にホクトはエンジンを唸らせ、ターミナルからふわりと舞い上がった。レコンキスタの空を舞うバイク……。折り重なるような光の道を掻い潜り、ホクトは空を駆け抜けていく。しがみ付いているのがやっとなのか、シェルシは目をぎゅっと瞑ってそんなホクトの背中にくっついている。ホクトは背中に当たる柔らかい感触にニヤニヤしながら、あえてバイクを滅茶苦茶な軌道に走らせるのであった……。




SO-RA(3)




 ヴァンの師匠であり、本来の魔剣ガリュウの正当継承者であるその男を連れ戻せというのはほかならぬハロルドからの頼みであった。連れ戻す事が不可能ならばせめてSO-RAを突破する為のヒントを聞き出して来い……こちらはロゼの命令である。団長の命令にギルド……もとい海賊の一員であるホクトは動かざるを得ない。そんな建前もあったが、彼は個人的にもその男に会いたいと考えていた。勿論、出来る事ならばそうそう会いたい類の人間ではない。しかしこの状況下、彼しか知らない事が余りにも多すぎるのだ。

 レコンキスタを出てから四時間……。やがて世界は雪が降り積もる銀世界へと姿を変えていた。帝国の人間は基本的にレコンキスタからは外に出ない為、未開の地と呼んでいいその世界にはなんら手の加わらない雄大な自然が広がっている。ホクトはそんな何の目印もないような雪原の上を真っ直ぐに突き抜けていた。大分移動も落ち着いてきたのか、シェルシはヘルメットを外してひんやりとした風の中に髪を晒して心地良さそうに目を細めていた。


「ホクト、この白いのはなんなのでしょうか? 不思議な土地なのですね、ヨツンヘイムは」


「これは雪っつーものでな……。ああそっか、こっちの世界じゃ珍しいのか……。ていうかお前寒くないのか? いくらエアバイクには風遮断の障壁がついてるとは言え……」


「え? 別に大丈夫ですよ、涼しくて気持ちいいくらいです」


 柔らかく微笑み返すシェルシをサイドミラーで確認し、ホクトは小さく溜息を漏らした。目指すべき目的地は近くにまで迫っていた。記憶を頼りに進んできたホクトだったが、ここまでの道則は過去と何一つ変わってはいない。見えてきたのは雪原の中にポツンと聳え立つ小さな丸太小屋であった。まさかいくらなんでもあれは違うだろうと冷や汗を流すシェルシの願いも空しく、ホクトはその近くでエアバイクを停車させた。

 バイクを降り、雪原を歩いていくホクト。それに続いてシェルシも同じように歩き出した。雪の上に靴跡が残り、シェルシはその初めての足の裏の感触に楽しげである。ホクトははしゃぐシェルシを無視して小屋の扉へと手をかけた。しかしそこでホクトの動きは停止してしまう。本当にこの小屋に入るべきかどうか迷っている……そんな背中にシェルシが首をかしげた。


「どうしました、ホクト?」


「いや……なんかどんな顔して会えばいいのかなーと思ってな……」


「魔剣使いの師匠なのでしょう? 普通に会えば良いのではないですか?」


「そういう問題じゃねえんだよなあ……。なんつーの? 色々あって気まずいんだよ……。バッチリ俺は師匠の言いつけを破ってるわけだしな……」


「――――全くだ。一体どの面下げて会いに来たってんだ、ヴァン」


 声は二人より更に背後から聞こえた。ゆっくりと二人同時に振り返ると、そこには巨大な熊の死体を片手でズルズルと引きずりながら歩いてくる男の姿があった。上半身裸で下半身は袴という奇妙な出で立ちの筋肉質なその男は銀色の髪を揺らしながらシェルシの隣を抜け、ホクトの前に立った。雪のついた両手のグローブを叩いてそれを落とし、男は目元を隠していたサングラスを上げる。真紅の鋭い眼光がホクトを射抜き、ホクトは小さくなって視線を反らしていた。暫くの間それで沈黙が成立し、そして更にそれは男の張り手がホクトの身体を派手に吹っ飛ばした事で打ち破られた。吹き飛ばされたホクトは雪の上を転がりながら果てしなく突き進んで行き、やがて近くの森の中へと姿を消していった。唖然とするシェルシ……そんな彼女へと振り返り、男は眉間に皺を寄せて言った。


「どこかで見た顔だと思ったら……。小娘、てめえまさかシャナクの娘か?」


「ハ、ハイ……」


「……シルヴィアとか言うやつか?」


「いえ、えーと……シェルシ、です……」


「成る程……。で、そのシェルシ姫が一体こんな辺境に何の用だ? あの馬鹿と一緒というのも奇妙な組み合わせだな……。まあ、然るべきと言えばそれまでだが」


 男は顎鬚を片手で撫で、シェルシへと近づいてきた。改めて見るとその巨体は明らかに2メートルを超えており、長身のゲオルクやホクトよりも更に大きい。冷や汗を流し、固まってしまうシェルシ……。その頭を大きな手でわしわしと撫で、男は目を瞑った。


「でかくなったな。立ち話もなんだ、中に入れ。茶くらいは出してやる」


「ハ、ハイ……!」


 のっしのっしと歩いていく男に続き、シェルシは小屋へと歩いていく。二人が小屋の中に入って扉を閉じた頃、漸く森の中から這い出してきたホクトは雪原に血をぶちまけながら肩で呼吸を繰り返していた。こうなるであろう事は判っていたのだが、いざ食らってみると流石に冗談では済まされない火力である。盛大に溜息を漏らすと同時に咽返り、とりあえずはその場に座り込んで空を見上げるのであった――。

 一方その頃小屋の中に案内されたシェルシは丸太で出来た簡素な椅子の上に座り、カップに注がれる紅いよく判らないお茶を見つめて冷や汗を流していた。前も後ろも傷だらけの肌の上に男は上着を羽織り、ずいっとカップを差し出した。それは明らかに彼のサイズであり、シェルシは両手で持っても重いくらいであった。


「下層で何が起きているのかはロクに知らねえが、ここにシャナクの娘が現れる日が来るとはな……。あの馬鹿とはどういう関係だ? 何故一緒に居る?」


「えーと、ホクトは私を助けてくれた人で……」


「ホクト……? ヴァンはどうした?」


「あ、えーと……その……」


 どんな風に答えたらいいのか判らずにしどろもどろするシェルシ。そんなシェルシの背後、窓が外から開いてホクトがひょっこりと顔をのぞかせた。男は眉を潜めてそれを睨んだが、ホクトは両手を振って敵意が無い事を懸命に表現した。


「待てよじいさん! さっきの攻撃もそうだが殺すつもりかよ!」


「てめえ……。俺の言いつけを護らずに好き勝手ガリュウを使ってるらしいじゃねえか、あぁ……? てめえの都合でガリュウを使うなってガキの頃から何度も何度も言ってるのに、いい度胸じゃねえか」


「いや、それはホントすいません……でもしょうがなかったんだって。あー、シェルシ……このじいさんが俺の師匠……。名前はブガイ……。蝕魔剣ガリュウの元々の所有者で、元ゼダン……だったか?」


「…………昔の話だ。しかしどうして下層の人間がヨツンヘイムにいる? 帝国はどうなってるんだ」


「話すとその辺長いんスけど……あの、寒いんで俺も中に入りたいんだけど……」


「おめぇは外に居ろ馬鹿が。凍死しろ馬鹿が」


 がっくりと肩を落とすホクト。ブガイは葉巻を咥えると指先から黒い炎を出し、それで火をつけた。ホクトとシェルシは交互に語るようにしてこれまでの出来事をゆっくりと語り始めた。それは何時間にも及び、すっかり外は暗くなってしまった。それでも中に入れてもらえないホクトの髪は凍り始めていたが、シェルシは暖炉の傍で暖かい飲み物を飲みながら楽しそうに話を続けていた。


「というわけで、私たちはゼダンを倒す為にSO-RAを超えたいんです。ブガイ、貴方はSO-RAを超えてこの界層に降りてきたと聞きました。ハロルドも貴方の力を必要としています」


「俺ぁ元々ハロルドには手を貸さねえって決めてんだ。それは今更覆らねえよ……。しかし、下層ではこのたかが数年の間で色々な事があったみてえだな……」


「あんたが隠居している間に状況はかなり変わってるんだ。師匠、SO-RAを超えてゼダンを倒す……それはあんたの昔の目的でもあったはずだろ」


「師匠じゃねえ、てめえはもうとっくに破門済だ阿呆が。それに、俺はもうゼダンと対峙するつもりはない……。俺はこの世界の行く末を、この世界の人間に委ねると決めたからな」


 大量の煙を口と鼻から噴出するブガイ。その迫力に唖然とするシェルシは気を取り直したように立ち上がり、ブガイへと歩み寄った。ここで何の情報も聞き出せないようでは単なる無駄足……それどころか貴重な情報を逃す事になってしまう。シェルシは引き下がらず、ブガイに懇願した。


「ブガイ、ではSO-RAを渡る方法だけでも教えてくれませんか? 私はこの世界を私たち人間の手で変えたいと思っています! 貴方が戦いたくないというのならばそれは構いません。ですがせめて、私たちに先に進む方法を教えてはくれませんか!?」


「…………。小娘、てめえはシャナクによく似ているな……。あいつもこの世界を人の手に取り戻すと躍起になってた。だけどな、それは叶わねえ願いだ。世界は終焉を運命付けられている……。この世界は成り立ちからしてそういうもんなんだ。諦めな、嬢ちゃん……かわいそうだが、先に進んだ所でこの世界は何も変わらん」


 ブガイはそう語ると席を立ち、そのまま奥の部屋へと引っ込んでしまった。それを見届けて窓を乗り越えて中に入ってこようとしたホクトだったが、何故か結界が張られているのか壁に激突したかのように仰け反り雪の上に倒れこんだ。それから窓を閉じ、きちんと扉を潜って中に入ろうとする。しかしやはり結界が張られており、弾かれて倒れこんだ。雪塗れになったホクトは無言でガリュウを構築し、それで結界を切り裂いて中に踏み込んだ。


「あのクソジジイ……対俺専用に発動する結界術式張り巡らせてやがった……」


「……ホクト。ブガイから話を聞き出すのは想像以上に難しそうですね」


「あのジジイ既に隠居気分だからな……。大事な大罪を俺に託したのだってその責任から逃れる為だろ」


「もう、ホクト……少しは素直になったらどうですか? 本当は久しぶりに会った師匠に認めてもらいたいんでしょう?」


「ちーがーいーまーすー……。はあ、やっぱり無理無理、あのジジイを仲間にするのなんて絶対無理。ホラ、帰るぞシェルシ……無駄足だったんだよ所詮」


「いえ、私は諦めたくありません。もう少しブガイと話がしてみたいんです。それにここでシッポを巻いて逃げ出すなんて、かっこ悪いですよ……ホクト?」


 腕を組み、ホクトは不機嫌そうにそっぽを向く。ふてくされる子供のようなホクトへと歩み寄り、シェルシはその頭を片手で撫でた。優しく言い聞かせるような眼差しに折れたのか、ホクトは溜息を漏らして椅子の上にどっかりと座り込んだ。


「ったく、わかったよ……! お前置いて行ったら帰って来れなくなるしな……。もう少し粘ってみるか……」


「ふふふ、そうですね。ありがとうございます、ホクト」


 ホクトの身体についた雪を払い除け、微笑むシェルシ。二人はそれからどうにかしてブガイを連れ戻す作戦をこっそりと話し合ったのだが、扉一つ隔てた向こうにいるブガイは出てくる気配も無い。ホクトは強引に扉を破ろうかとも思ったのだが、この小屋に入る時の数倍の結界が張り巡らされており接触しただけで蒸発しかけたホクトはボロボロの姿のまま床の上に転がって血を吐いていた。


「な、なんで俺だけこんなボロッボロになってんの……? 何しにきたんだ、俺……。泣きそうなんだけど……」


「…………ホクト、ブガイはどうして貴方の事をそんなに怒っているんでしょうか?」


「そりゃあ……じいさんは、ガリュウをこの世界を良くする為に使えと、人を助ける為にだけ使い、自分の為には使うなって言ってたからな。けどヴァンはミラを殺されて復讐の為にガリュウを使った……。結果ガリュウは色々な命を勝手な都合で奪いまくったわけだ。そりゃ、じいさんも怒るさ」


 身体を起し、どこか寂しげな眼差しで語るホクト。なんだかんだ言いながら自分が悪いという事は判っているのだ。しかしそれは今の彼が悪いのではなく、世界に反逆した魔剣狩りの罪である。ホクトはそれも込みできちんと理解し、反省しているのだ。しかし同時にその約束はもう護れないのだと、自分の意思でそれを破るのだと自覚している。それが彼の拗ねたような態度へと繋がっているのである。

 なんだかんだ言いながらも親の居ないホクトにとって剣の師匠であるブガイは父親のような物……。疎遠になったままというのは寂しいものなのだろう。素直になれないホクトの横顔にシェルシは目を輝かせ、ホクトの隣に座ってその手を握り締めた。


「貴方って時々子供みたいで可愛いですね~」


「はあ……?」


「大丈夫ですよ、きっとブガイも話せば判ってくれるはずです。だから元気を出しましょう……ね?」


「余計なお世話じゃ……全く。はあ、それにしてもマジでどうするか……。あのジジイ当分出てこねえぞ。すっかり夜になっちまったし……」


「…………そうですね。ホクト、ブガイとの話を聞かせてくれませんか? そこから何かがわかるかもしれませんし」


 ホクトはあからさまに嫌そうな顔をし、それからそっぽを向いた。しかしシェルシはじーっとホクトを見つめ続ける……。その眼差しに耐え切れなくなったのか、ホクトは片手で髪をわしわしと乱しながら諦めたように語り出した。


「……全然面白い話じゃねえぞ?」


「ええ、構いませんよ。お願いします、ホクト」


「…………はあ。まあ、丁度いい機会だと思うか……。お前にも、関係がないわけじゃないんだしな……」


 そう呟くとホクトは立ち上がり、椅子の上に座り込んだ。シェルシもそれに倣い、彼の隣に座る。ホクトは窓の外に降り始めた雪を眺めながら、過去の時間へと思いを馳せる。


「俺がブガイと会ったのは……まだヴァンが五歳くらいの時の事だった」


 魔剣使い同士の戦いで瓦礫の山へと変わってしまった一つの町があった。エル・ギルスの辺境にあったその町で幼い少年は泥だらけになって歩いていた。誰も生きている者は居ない、まるで世界の時間が停止したようなその刹那の中で少年は見たのだ。黒き巨大な刃を片手に月を見上げる男の姿を。それは、彼がまだ魔剣狩りと呼ばれていなかった時代の物語。黒き魔剣を廻る、一つの物語である――。


「あの頃俺は孤児で、町で盗みなんかをやりながら路地裏でコソコソ暮らしてた。マンホールの中で生活していたお陰で町で起こった魔剣使いの戦闘に巻き込まれず、俺だけ偶然に生き残ったんだ。ブガイはそんな俺にとって、戦い方を教えてくれたたった一人の男だった」


 ホクトはカップに注がれたお茶を見つめ、その水面に過去を映し出す。シェルシはホクトの言葉に耳を傾け、そっと目を瞑る。静かで儚い白い夜が、二人のを包み込むかのように幕を開けたのであった……。


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