SO-RA(1)
「――――よう、何を一人で黄昏ちゃってんだ? へこたれプリンセスさんよ」
「ホクト……。いえ、なんだか何もかもが唐突過ぎて……。これで全部終わりで、何もかも丸く収まって、平和な世の中になるなんて思っては居ませんでしたが……。それでも……やってきたこと全てを否定されては、辛いものがありますね……」
バテンカイトスの中央螺旋階段、いつかのようにシェルシはそこに腰掛けてぼんやりと考え事をしていた。背後から現れたホクトは立ったまま背後からシェルシを見下ろしている。背中が大きくはだけた黒いドレスの隙間、シェルシの背中に刻まれたザルヴァトーレの術式が目に留まった。ホクトは目を細め――それを見なかった事にして話を進める。
「ゼダンを倒せばそれで全部解決でもない……。ハロルドの苦労も、今なら少しは判るってもんだな。でもま、なんとかなんだろ。これまでだって何とかしてきたじゃねえか」
「……ええ、そうですね。そうですよね……。何とかしましょう。何とかしなければならないなら、やるしかないならやるまでです。でも……ホクト、私は痛感しました。私はやはり、とても無力な存在なのだと」
ホクトや昴、ミュレイにうさ子……。彼らは恐ろしい力を持った魔剣、大罪の所有者である。それはこの世界を救った六英雄と同等の力を持つという事を意味しているのだ。いわば、彼らもまた生きた伝説……。メリーベルは世界を渡り歩く魔女で、他の仲間達にも色々と長所や背負う物がある。そうしたものの中でふと、思い出したかのように感じる寂しさがあった。自分の両手を見つめても、それはまだ綺麗なまま……。口先では色々と言ってきたけれど、肝心な所はいつも人任せだった。
「私には、強大な敵に打ち勝つような力もない……。この世界を変えるような技術もない。背負うべき故郷も失い、私には何もない……。時々自分の無力さが酷く憎らしく思えます。私は――余りにも弱い」
「俺はそうは思わないな。お前ホラ、ミラと対峙した時あいつと真正面からぶつかり合っただろ。言葉でも力でも……お前は一歩も退かなかった。俺に剣を向けられてもお前は揺るがず、真っ直ぐ俺を見詰め返した。そんな馬鹿はそうそういねえ。それは簡単に出来る事じゃねえからな」
「……なんだか褒められているのか貶されているのかわかりません」
「褒めてんだよ。もちっと嬉しそうな顔してみい? んっ?」
シェルシの背後に膝を下ろし、ホクトは背後からシェルシを抱きしめるように腕を回した。片手でくしゃくしゃと頭を撫でられ、もう片方の手をシェルシは自らの手でぎゅっと握り締めた。“敵わない”――そう思った。ホクトはいつでも強い。それは確かに、時々無謀な事をしたり、本当に時々は迷ったりもする。けれども彼は自分を曲げたりしない。自分を曲げた瞬間死んでしまうような愚かな人種なのだ。常に真っ直ぐ前へ――。それがどれだけ愚かしい事だとしても、彼はあらゆる意味で正直なのだ。己の理想にも、欲にも……。だからこそ、裏表無く信じられる。
ホクトの傍に居ると何でも出来るような気がした。どんな窮地にいたってホクトが助けてくれると思えた。彼と一緒なら、何だって……どんな壁だって……全部壊して突き進む事が出来ると、そう思う事が出来た。ホクト以外では駄目なのだ。ホクトに助けられ、そして心から彼を助けたいと願う――。その感情が“愛”ではないというのなら何だというのか。気づけばシェルシは涙を流し、切なげに目を閉じていた。滅び行く世界の中で、何も無い自分の中で、この心だけは永久に揺ぎ無い……それがとても嬉しかったのだ。
「思えば……色々な事がありましたね」
「そうだな」
「時には離れ離れにもなりました。でも、貴方の事を忘れた事は一日足りとも無かった……。私はもう、どうしようもないくらい貴方の生き方に心奪われてしまっているのでしょうね……」
「俺はお前の事忘れてたわけだが」
「別にかまいませんよ、そんな事。紡いできた時間はまた何度でも紡ぎなおすことができ……? あれ、ホクト……?」
シェルシの“色々な事がありましたね”という問いかけに対し、“そうだな”と答えたホクト。そういえばところどころ会話に違和感はあったのだ。振り返り、ホクトを見やる。男は悪戯っぽく笑みを浮かべ、シェルシの髪に頬を寄せて言った。
「ミラに奪われていた記憶は、お前のお陰で取り戻せたんだよ。インフェル・ノアで戦っていた時にな」
「そ、それじゃあ……?」
「ちゃんと全部覚えてるから安心しろ。お前がカンタイルで追っ手に追われていた事も……アンダーグラウンドでとっ捕まって変態にいじめられた事も。婚姻の儀とか……色々な」
「……貴方も意地が悪いですね、つくづく……。まあ、そんな事だろうとは思っていましたが……」
二人して笑いあい、それから暫しの沈黙……。しかしそれは決して重苦しいものではなかった。二人で同じ目線で、同じ物を見る……。目くるめく様々な感情が渦巻くこの世界の中で、確かな物を感じていく……。一人では出来ない、けれどきっと二人なら簡単な事。それが今はとても大切なように思えた。
「ありがとうな、シェルシ」
「……はい?」
「俺は……お前の言葉が嬉しかったよ。あんまりカッコイイ話じゃないが……俺はヴァン・ノーレッジであると同時に北条北斗であり、そしてそのどちらでもないと言える。俺にはヴァンの記憶も、北斗の記憶も交じり合って存在している。俺はハンパなんだ。どちらにもなれない、どちらでもない……そんな存在。俺には成すべき事も、還るべき場所も無い……そう思ってた」
誰かと共に居たとしても、自分が嘘の塊ならばそれは間違いであるかのように思えた。常に迷いながら、その時自分に選べる最良を探してきた。それでも彼は常に圧倒的な孤独の中にあり、そこから抜け出すことなどとうの昔に諦めていた。だが――そんな自分にも仲間が出来た。大事なものがどんどん増えていった。いつ死んでもおかしくない、けれど死んだ所で失うものもない世界……その均衡が壊れるのが怖かった。
仲間を作る事も、誰かと共に歩む事も、全ては恐怖の対象でしかなかった。故に男は饒舌でありながらも寡黙で、そして陽気に見えてその本質は冷静だった。冷たく鋭いナイフのような心を持ったヴァンの姿……それは彼の今と何も変わらなかったのだ。そんな自分に、いつでも真っ直ぐだったのがこの姫だったのだ。
「お前は迷っている俺を一歩前に進ませてくれた。いつだってそうだ。お前を助けなきゃならないって思うと、自然と足が前に出てたんだ。お前に懐かれても困るし、誰かと一緒に居たら戦いに巻き込む事になる……だから傍に置きたくなかった。でもそれってさ、俺がお前の事を大事に思っているからこそ、なんだよな……」
「ホクト……」
「何も信じられなくて怖かった俺に、ミラは全てを受け入れると言ってくれた。でも……お前は俺がどうであれ、俺を支えてくれる。俺がどんなんでも関係ないんだ。一方的で強引で……でも馬鹿みたいに真っ直ぐで。お前と一緒なら、揺るがない自分で居られると思った。お前と一緒なら――自分を好きで居られると思ったんだ」
耳元でそんな言葉を囁かれシェルシの顔は真っ赤になっていた。しかしそれはとても嬉しい言葉でもあった。やはり、これで良かったのだ……そう思って目を瞑った直後である。なにやら胸の辺りに違和感を感じ、恐る恐る目を開いてみる。するとそこには背後から自分の胸を揉みしだくホクトの手があった。無言でホクトの顎に膝をぶち込み、立ち上がると同時に回し蹴りをホクトの即頭部に直撃させた。手摺を壊して吹っ飛んだホクトは螺旋階段から落下し、遥か下のエントランスまで落ちていった……。
「あな……貴方はッ!! なにをっ! してッ!! いるんです、かぁッ!!!!」
「…………ナイス、おっぱい……」
「下らない事を言わないで下さい……。私は今、少々気が立っています……」
エントランスまで飛び降りたシェルシは倒れたホクトの上に着地した。ハイヒールが鳩尾に減り込み、ホクトは情けない悲鳴を上げた。そうして悶えるホクトを見下ろし、シェルシは妙に冷静な笑顔を浮かべている。それが逆にとても怖かった。
「いや……なんかいい雰囲気になってきたから、そろそろイケるかなあと思って……」
「何がイケるのか判りませんが、貴方のした事は立派な犯罪ですよ……? はい、ちゃんと悪い事をしたら謝りましょうね、“ぼうや”?」
「…………いや、だけど……。あれ、だってお前俺の事好きなんじゃねえの……? 俺なんかおかしい事したかな……?」
「いいから正座をしなさい。確かに私は貴方の事がす……好きですが、それと胸を揉んでいいかとは全くの別問題です」
「俺は……お前のでっかくて形のいい柔らかそうなむちむちおっぱいを長い間狙っていたんだ。そもそも最初にお前を助けたのはそれが理由だったと言っても過言ではない」
「死にたいんですか」
そのトーンが余りにも低かったのでホクトは大人しく正座して黙り込む事にした。ホクトはちょっとやそっとで死なないのは既に周知の事であり、ちょっとナイフを突き刺したり火であぶったりしたくらいでは死なないのは間違いないのだ。シェルシがホクトを“しばく”方法は実にバリエーション豊かであると言える。
「いやしかし……若い健全な男女がな? いい雰囲気になったらこう空気に流されてやっちゃうのもアリだと思うんだ俺は……。見ず知らずの関係じゃないんだし、お前だってそういう経験くらいあるだろ?」
「私は処女ですッ!!」
何故か真顔で宣言するシェルシ。直後、自分が何を叫んだのかその意味を頭の中で反芻し、顔を真っ赤にして涙目になっていた。そもそも婚姻の儀の為に処女でなければいけなかったという誰もが忘れ去っているような設定が彼女にはあり、必然男性経験などあるはずもなかった。
「そ、そもそも私は……その……えっと……! そうです! こんなわけのわからない展開からでなく、そういうのは順序を追って進んでいくべきです!! せっかくロマンチックな感じになったのにどうして貴方はそうなんですか!?」
「まあ待て、俺と付き合うならそれくらいは覚悟してくれないと……。いいか? 俺の思考は魔剣戦闘の事が三割、二割が遊ぶ事で、一割真面目な事……残り四割はエロい事で構成されている」
「何を堂々と宣言しているんですか? 殺しますよ」
「そもそもそんなんじゃお前結婚なんか出来ないぞ? お嫁さんが何をする物なのかお前知ってるのか……?」
そのホクトの一言で在りし日のシルヴィアから受けた歪んだ嫁入り修行の記憶がフラッシュバックしてくる――。青ざめた表情を浮かべ、シェルシはその場に屈んで頭を押さえ、プルプルと小刻みに震え出した。
「姉さん、そこは入れるところじゃない……出すところです……」
「は?」
「そもそも冷静に考えてみたら私、ハロルドと結婚していました。つまり……不倫になります」
「不倫する姫って聞いたら急になんか物凄くエロいような気がしてきました本当にありがとうございます」
「というか、ハロルドは女の子だったわけで……。私……これからどうすればいいんでしょうか? なんだか何もかも嫌になってきました……」
遠いところを見つめ、呆けたような表情を浮かべるシェルシ……。その頬に一筋の涙が流れ、ホクトはそれを横から冷や汗を流しつつ見つめていた。冷静に考えてみると、色々と問題は山積みである。本当に色々と……。
「まあ……帝国が無くなった以上もう関係ないんじゃないか……? 元気出せよ……な?」
「はい……ありがとうございます、ホクト――」
と、そこで真正面から再びホクトがシェルシの胸を鷲掴みにした。シェルシは笑顔のまま眉間に皺を寄せ、両腕に刻まれた術式を発動する――。バテンカイトスの中に大きな揺れが起こり、数分後ホクトが倒れている姿が発見されるのであった。
SO-RA(1)
「第三階層より上の領域に、ガルガンチュアを飛ばす――?」
荷物の積み込みが開始され、新しい戦いの為にどたばたと準備が進められる慌しいガルガンチュア船内、艦橋で出発の準備を進めていたロゼに舞い込んだ依頼……。それはこの世界の誰もが到達した事のない不可侵領域、第二界層ジハードへの旅であった。
唐突過ぎる話にロゼが戸惑うのは当然の事だったが、全てはこの為だったとも考えられる。元々ガルガンチュアは潜水艦ではなく、潜水能力を持つ特殊な飛空挺であった。その封印された力を解放したのがメリーベルで、更にそこに彼女は様々な能力を付与している。主に耐久力、周囲の結界が強化され、システムも最適化されエンジンも大幅に強化された。これにより今ガルガンチュアはこの世界に存在する飛空艇の中では頭一つ、二つ抜きん出た性能を持つ代物となっている。その改造はインフェル・ノア攻略戦の為に施されたのだが、過剰に強化されたそれは第二界層への道を開く為にあったのかもしれない……今ならそう思える。
艦橋に立ったメリーベルとハロルド、それからうさ子はロゼに見取り図を渡し、ロゼはそれに目を通していた。そもそも第二界層ジハードとはどんな世界なのか? どこにあるのか? どのように到達するのか……? 前人未到と呼ばれたその界層への道が困難であるとされるには当然いくつかの理由が存在する。
まず、帝国によりジハード行きは堅く禁じられていたという事。帝国は第二界層に人間が立ち入る事を絶対に赦さなかった。この問題に関しては帝国が消滅した今大きな問題ではない。最大の問題は三つある問題のうち、残りの二つである。
「まず、ジハードへの道は物理的に存在しないの」
「……というと?」
「界層を界層を繋ぐセントラルエリアのシャフトエレベータが通じていないのよ。動力系のラインが通っている塔はあるけどそれだけ……。塔の外壁をよじ登って何十キロも進む事は出来ないわ」
「だからガルガンチュアで飛んでいくしかないって事か……。でも、その為にはまず……」
「そう、ジハード周辺に存在する特殊防壁……システム“SO-RA”を無力化する必要がある」
このロクエンティアと呼ばれる世界は無の空間の上にいくつかの界層がぽっかりと浮かんでいる……そんな世界である。故に界層の外側から飛空艇で飛んでいけば、事実上ジハードに到達する事は可能なのだ。今まではそれだけの技術力を持った船が無かったという事あるが、今は改造されたガルガンチュアがある。問題はそのジハードの周辺に展開されている特殊防壁システムである。
それはジハードへ接近する物を物理的に排除するシステムであり、巨大な魔力結界とそれに近づく者を迎撃する能力を持つ。ジハードとは空に浮かんだ孤立した巨大要塞のようなものであり、いくらガルガンチュアでも現在の装備ではジハードへ進む事は不可能なのだ。
「よって、更にガルガンチュアを強化し、防壁システムを突破する方法を考えなくちゃならないの」
「それが、さっきのゼダンって連中を倒すって話と関わってくるわけ?」
「そうだ。ゼダンはジハードより先の世界を根城にしている……。奴等を叩く為にはジハードへの突破が必要不可欠……。防壁SO-RAは我らが何としても突破せねばならない壁なのだ」
「しかし、そのゼダンって連中を倒せしても大罪ってやつは消えないんだろ? ゼダンを倒してどうするんだ?」
バテンカイトス内部、必要な物資などを掻き集めリストにチェックを入れる昴の傍らにゲオルクとアクティの姿があった。そう、確かにゼダンを倒した所でこの世界から大罪が消滅するわけではない。そしてアニマの封印が再施行されるわけでもないのだ。だが、ゼダンは何としても倒さねばならない相手である事に違いはない。
「ボクもその辺疑問なんだよね。それにゼダンってなんなんだろ……? ちらっと説明は聞いたけど、正直よくわかんないよね」
「ゼダンっていうのは……。この世界を護り、封印し、それを維持する為に必要なシステム……みたいなものだよ」
“六英雄”……それは何度も殺し合い、憎しみ合い、互いに争いながらもしかし至上目的であるアニマの封印だけはきちんと行ってきた。それは実は今のゼダンも変わらず、彼らは好き勝手に動いているように見えてその行動はすべてアニマ封印の為なのである。
彼らは先日の戦いでインフェル・ノアを襲撃した。それはハロルドがゼダンを裏切った行為を続けていた事がバレたからなのである。ハロルドは帝国皇帝としてゼダンの手足となり働いていたその裏で“アニマの器”を覚醒させる準備を進めてきた。ハロルドにとってアニマに護られた創世神、アニマの器は個人的にも何とか助けねばならない運命の相手であった。それにアニマの封印はこのままではいずれは解けてしまう……。そんな先送りの方法を打開する為にも、アニマを宿した張本人を目覚めさせ打開案を探ろうと言う考えがあったのだ。
しかし器の覚醒はアニマ覚醒を早める結果となる。それをゼダンは良しとしなかったし、既に帝国がいくら下層を支配したところで支配しきれなくなってきていたのは既に明らかであった。故にゼダンは帝国の役割を放棄し、変わりにこの世界の人間を別の形で支配しようと考えているのだ。それにただ支配しようとしなくとも、単純に封印を長持ちさせたいのであれば人間の数を減らすだけでいい……。その彼らの選択の一つがザルヴァトーレのパージなのである。
「あいつらがどんな考えで今動いているのかは良く判らない。でもあいつらはこの世界を維持する為に他の物を犠牲にしすぎる……。帝国がなくなった今、連中は別の手段で人間を支配しようと考えるかもしれない。もっと強力に……ね。或いはこの世界の人間を全て滅ぼすつもりなのか……」
「な、なんかスケールが大きすぎてピンとこないなあ……」
「帝国を倒しても、結局人間に自由の余地はないって事だよ。本当に自由に解き放たれたいのなら、神をも殺す覚悟が必要になるって事」
苦笑し、リストのページをめくる昴。アクティはコンテナの上に座って考え込んでいた。話を横で聞いていたゲオルクは額の汗をタオルで拭い、それから小さく溜息を漏らした。
「全く、次から次へときりがないな……。だが、ゼダンを倒してどうする? 大罪は?」
「今の所、そこから先は殆どノープラン……。ハロルドはメリーベルには考えがあるのかもしれないけどね。それに、どちらにせよ連中を野放しには出来ないよ。六英雄って言ったって、その全部が健在なわけじゃない。連中の手元から実際大罪はあちこちにばら撒かれているしね……。何でだか判らないけど」
「ばらばらに世界に飛び散った大罪……。それを管理するのがゼダンの役割でしょ? なんか変じゃない……? なーんかボクはまだこの話、裏があるような気がするんだよなぁ――」
「まあそうだったとしても、俺たちのやるべき事に変わりはない。ゼダンを倒し、本当の平和を手に入れる……。そうだろ、シェルシ」
バテンカイトスを出発し、ガルガンチュアが停泊しているローティスのターミナルを目指してホクトとシェルシは歩いていた。そう、どちらにせよやる事は変わらないのだ。ゼダンは倒すべき敵……それ以外の何者でもない。だがゼダンを倒した所で世界はよくなるのか……わからない。考え続けねばならないだろう。
帝国を倒せば平和になる、もっとよくなる、そう考えて戦ってきた。でも今はただ戦うだけではいけないのだという事がはっきりと判ったのだ。彼らは知らなければならない、この世界の事……この世界の全て。そして知らねばならぬ事を知り、見聞きしたその現実の上で戦わねばならないのだ。闇雲に剣を振り回すのではなく、曇りなき眼で世界を見定める事……それが今の彼らには必要な事なのだ。
「何を成すべきなのか……その判断を下す為にも、まずはゼダンの事を知らねばなりません。行きましょうホクト、彼らの住む天上へ」
「だな。しかしまあ、防壁システム“SO-RA”か……。突破の為の改造はレコンキスタでやるそうだから、暫くは帝国……じゃなくてヨツンヘイム暮らしだな。ローティスとも当分はお別れだ」
「ええ。より、上の世界へ……。何だか前に進めている気がします」
「そりゃいいんだけどな……俺は気が思いぜ。SO-RAを突破するとなりゃ、あの人と面合わせなきゃならないだろうしな……はあ」
いつに無く気の重そうな様子で溜息を漏らすホクト。シェルシはそんなホクトの隣に駆け寄り、一緒に歩きながら顔を覗き込んだ。ホクトは何とも言えない、微妙な表情を浮かべている……。
「あの人……って、誰ですか? ホクトの知り合いですか?」
「あ~……。まあ俺のっていうか、ヴァンの……な」
「ヴァン・ノーレッジの知り合い……?」
「そ……。まあ、なんつーか……あれだ。ヴァンの魔剣の師匠で……育ての親みたいな人だよ。これがまた偏屈なジジイでな……気が重いよ――」
とぼとぼと歩くホクト。彼は気が重いというが、シェルシとしては少しだけ興味があった。あの魔剣狩りの師匠……彼を育てた人物。知らなかったこと、少しずつ判っていく。知らなければいけないこと、どんどん増えていく……。それでも明日も見えない世界の中でとりあえず前に進んでいく。恐ろしきは立ち止まる事。前に進めなくなる事……それだけなのだから――。