地獄と呼ばれた場所(3)
「本当にここが、あのシャフトの中まで続いてるのか……?」
一歩一歩歩む度、砂を踏む感覚が靴裏から伝わってくる。見上げる視線の先、そこには天へと続いている巨大な塔の姿がある。世界を支えるシャフト――大分近づいて見るそれは、塔というよりは巨大な壁そのものだ。
遠く、遠くから眺めなければシャフトが塔である事は判らないだろう。崩れ、風化した瓦礫の山の中ホクトはその中の一つに腰を降ろし、煙草に手を伸ばした。周囲には砂の海の中に小さく浮かんだ島のようになっており、そこにはいつの時代の物かも判らない建造物が連なっていた。
シャフトにほど近い場所に浮かぶ島――ユエナ遺跡。かつてこの第六界層にまだまともな大地があり、文明が栄えていた頃の遺跡の一つであるとされているその島にホクトたちは上陸していた。
ガルガンチュアは現在島に隠れるようにしてその身体の半分以上を砂の埋め、潜伏している。暢気に煙草を吸っているホクトとは対照的に他のメンバーは緊張感のあるきびきびとした動きを続けていた。
遺跡の影から覗き込むシャフトのメインゲート方向、そこには無数の帝国の戦闘用艦が駐留している。列車が一つ、UG行きのゲートに吸い込まれていくのを見送り、ロゼは眼鏡を押し上げため息を漏らした。
「ユエナ遺跡……ここの警戒は本当に皆無なんだな。媒体の情報が間違っていなければ、この中に」
「UGへの道が……」
風の中、シェルシが小さく頷いた。一日の大半が夜であるが故に、彼らは闇の中に浮かんでいる。ほぼ光も無い世界であったが、遺跡周辺には小さな光の粒が舞い、それが彼らの道しるべとなっていた。
記憶媒体に記されていたUGへの抜け道、それがこのユエナ遺跡にあると発覚し、ホクトたちはここを目指して移動を続けてきた。実際にシャフトに近づいてみてわかるが、メインゲートの警備は尋常ではない。当然突破は不可能であり、今はこの不確かなルートに頼るほか無い。
浮かび上がる光の粒をうさ子は楽しそうに追い掛け回していた。リフルが先に遺跡の出入り口を調べ、ロゼたちを呼ぶ。ホクトもそれに倣い、岩の上から立ち上がった。
遺跡の入り口は封鎖されていたが、ロゼが術式を改竄する事で封印は解除される。ホクトには何をやったのか理解出来なかったが、それはシェルシにも同じ事である。ロゼが扉に手を翳し、呼吸をするかのように成し遂げたのは高度な暗号解除術だったのだから。
「ロゼ……貴方、どこでそんなに高度な魔術を……?」
「独学で学んだんだよ。僕には戦闘能力はないからね。組織を支える為に、頭の方を良くしたのさ」
「ほお~。すげぇなあ、ロゼ。ちょっと見直したぜ。列車の中じゃ緊張してビビりまくってたのによ」
その言葉にロゼが笑顔のままホクトの靴を思い切り踏みつけた。声にならない悲鳴を上げるホクトであったが、誰も彼に同情はしなかった。余計な事を言うからそういう目に遭うのだ。
「あれは、初の単独任務で少し緊張してただけだ! バカ!」
「へいへい……。ま、これで道は開けたわけだが……」
ホクトはそっと暗闇を覗き込む。地下へと続く階段が、ひたすらに続いているように見えた。ためしに近くの瓦礫を放り込んでみる。どこまでも落ちていく音がする。
「封印されてたってことは、未開の遺跡ってわけだ。さて、鬼が出るか蛇が出るかってなもんだ」
肩をすくめるホクト。しかしリフルとロゼは特に動揺する様子はなかった。ただシェルシだけは不安なのか、先ほどからずっと緊張した様子で握り締めた剣を見つめていた。
剣は元々彼女が携行していたものではなく、リフルに貸して貰ったものである。多少は剣にも覚えがあるというシェルシの言葉に、これから身を守るのにないよりはいい――というのがリフルの判断だった。
握り締める白い剣の柄は美しい装飾が施され、シェルシに良く似合っている。しかし戦闘用というよりはアクセサリ……ただのお守りくらいにしかならないだろうということは誰もがわかっていた。それは、彼女の剣の持ち方を見れば一目瞭然である。
「しっかしいいのか? 俺は兎も角、ロゼとリフルまで来ちまって。砂の海豚は放置かよ」
「アンダーグラウンドへ続く道がわかれば、それは大発見になる。それに依頼は依頼だしね。金はたんまりもらうつもりだし――ガルガンチュアは暫く潜航させておくから大丈夫だ」
そういう問題でもない気がしたのだが、ホクトは特にそれ以上言及はしなかった。ロゼとリフルにも、当然それなりに考えがあるのだから。そんな中、光を追いかけていたうさ子はホクトのところに駆け寄り、シャツの裾をぐいぐいと引っ張った。
「ねえねえ、ホクト君ホクト君?」
「あん? なんじゃらほい」
「あの、ふわふわ~ってしてる光はなぁに?」
「んなもん俺が知るか。ロゼ先生に聞け」
「ロゼ先生! ロゼ先生っ!!」
「面倒だからって僕に投げるなよ……そして誰が先生だ」
ロゼにすがりつき、頬擦りするうさ子。困った様子でそれを引っぺがし、ロゼは周囲を見渡した。ふわりふわりと浮かぶ無数の光……それは遺跡にだけ見られる現象であり、ロゼも決して見慣れているわけではない。
「遺跡には、濃い魔力が漂ってる事が良くあるんだよ。すると、発光現象を起し……まあつまりたぶん魔力っぽい何かであるという事くらいしか判ってないんだ。誰も研究しないしね」
「ほへ~……。じゃあ、あれは全部魔法さんなのかなぁ?」
目をきらきらと輝かせるうさ子。そんなうさ子を放置し、リフルは内部を偵察していた。片手で術式を発動し、掌の上に浮かぶ小石大の光の結晶を出現させる。地下へと続く階段は完全に老朽化しているが、何とか進む事が出来そうだった。
「ロゼ! 先に進みます! ホクトは最後尾でバックアップだ!」
「気が早いねーちゃんだ……。じゃ、ラストは俺が行くてことで。ほら、どんどん行けよ。一人ずつしか通れねえぞ」
「わ、わかっています! そんなに押さないでくださいっ!!」
ずっと黙り込んでいたシェルシを階段に押し込み、続いてうさ子も押し込む。最後にホクトは周囲を一回り眺め、それから暗闇が続く階段へと足を踏み入れたのだった。
地獄と呼ばれた場所(3)
ユエナ遺跡内部はまず、地下へと続く非常に長い階段で始まる。階段を数キロという長い距離進み、そうして漸く違う景色へと辿り着く事が出来るのだ。
永遠に続くのではないかという長さの階段とその狭さに全員息苦しさを堪えきれなくなりつつあった頃、リフルの合図で開けた場所に出た事を知る。それぞれが階段を出て見たのは地下に広がる巨大な神殿だった。
地表と同じく魔力の光が内部を薄ぼんやりと照らし出し、非常に高い無数の支柱が乱立している。石造りの大地を何度か踏みしめ、ホクトは漸く一息つく。
「階段なっげぇ……」
「はふう……。うさはおしくらまんじゅうになってしまうかと思ったよ」
「……それは、なる物なんですか?」
シェルシ、うさ子、ホクトの三人がそんな事を口走っている中、リフルは既に周囲の警戒を。そしてロゼは分析を開始していた。ふわふわと舞う水色の光……それを手の中にそっと包み込むように握り締め、目を細める。
「……珍しいな。これは、水の“魔素”だ」
オケアノスは砂の海である。その全域に、基本的に水は存在しない。水は他の界層から運ばれてくるもので全てがまかなわれており、この世界において非常に貴重なものなのである。しかし耳を澄ませばどこからか水の流れる音が――しかも、ごうごうと大量の水が勢い良く流れている音が聞こえてくるではないか。
漂う水色の光は水の力がこの遺跡に満ちている証拠である。それをそっと握り潰し、ロゼは振り返る。水源地としてだけでもこの遺跡には計り知れない価値がある。ロゼは満足した様子で振り返り、ホクトたちの会話に参加した。
「ピクニックじゃないんだ。あんまりはしゃぐなよ、みっともない」
「しかしとてつもなく広いな……。道とか大丈夫なのか?」
「一本道なら、まだよかったのだがな……。これでは遭難する可能性もありそうだ」
リフルが腕を組み、困った様子でそう呟いた。ホクトは少し歩き、遠くまで見渡してみる。水の流れる音が奥から聞こえ、魔素が濃くなっているのを感じる。
「なあ、この水ってどこから来てるんだと思う?」
「……オケアノスに地下水源は存在しないはずだから、この界層じゃない事だけは確かだよ」
「だったらこの水を目指せばいいんじゃないか? 少なくともこの界層じゃなどっかに繋がってるんだろ?」
「…………。まあ、他に全く情報も手がかりもアテもないんだしな……。おそらく、水はシャフトの中を通っている水脈ダクトに関係しているんだろうし……。だとすれば、水の方に行けばシャフトに出られるかもしれない」
「まず、UGに行く前にシャフト探さないとなのね……こりゃ骨が折れそうだ」
ロゼとホクトが話し合う中、背後ではリフルがうさ子に小さなペンを手渡していた。きらきらと光るペンを手に、うさ子は耳をぱたぱたさせて喜びを表現する。
「リフルちゃん、これくれるの?」
「……リフルちゃん……? いや、これは貸すだけだ。来るなと言っているのに無理についてきたんだ、貴様にも仕事はして貰わねば困る」
リフルはペンをうさ子から奪い、近くにあった支柱にサインを施した。サインは一度光って浮かび上がった後、すうっと柱に溶け込むようにして消えていく。
「これで支柱に時々チェックを入れてくれ。万が一道に迷った場合の目印になる」
「わぁ~! それ、うさにも出来るお仕事かなあ!?」
「ああ。別に目印になればなんでもいい。兎に角何か書いてくれ」
うさ子の手にポンとペンを置くリフル。うさ子は初めて与えられたまとも(?)な仕事に奮起し、耳をぱたぱたさせながら早速近くの支柱にお絵かきを開始したのであった。
「おーい、とりあえず水源を目指す事になった! ちゃんとついてこいよ!」
「は、はいっ!!」
シェルシが慌てて走り出すが、うさ子はまだお絵かきに夢中である。リフルがうさ子の首根っこをつかみ、ひょいと持ち上げる。見れば柱には誰かの似顔絵が書かれていた。
「……これは、誰だ?」
「え? ホクト君だよう♪ たばこ~すぱすぱ~♪ えろえろ~へんたい~♪」
楽しそうに歌っているうさ子をずるずると引きずり、目眩のする頭を抑えリフルはホクトたちに合流した。やはり、つれてくるべきではなかったのだ。艦内で出発メンバーを決める時、号泣しながら床の上を転がりまわり一緒に行きたいと訴えたうさ子……それに負けてしまった過去の自分が恨めしく思えた。
ようやく出発の準備が整い、リフルが先頭、そこにロゼが続き、うさ子とシェルシを挟み込むようにして最後尾にはホクトが続く。そんな縦に続くポジションのまま、遺跡探索は開始されたのであった。
暫くの間、広大な空間に響き渡る靴音と砂を踏む音だけが世界の全てだった。列を乱す事は許されず、これでは殆ど階段での状況と変わらない。シェルシは終始緊張した様子でずっと剣を抱きしめるようにして握っているし、うさ子は鼻歌交じりでピクニックの気分である。リフルは先頭を警戒しつつ移動し、ロゼは魔術で光源を確保……。それをホクトは最後尾から眺めるだけだ。
「なあロゼ先生、ちっと質問」
「だから先生じゃない! で、なんだ? 今必要なことか?」
「いやあんま関係ねえけど。この遺跡って、いつの時代のものなんだ?」
「さぁね……。紀元前である事は間違いないけど、流石にいつの時代のものかまでは判らないよ。遺跡も、基本的には帝国の学者が調査するもんだし。遺跡を無断で荒らすのは基本的に罰されるしね」
「じゃあ俺たちモロにアウトじゃねえか……。しかし、全く警備なんてなかったぞ?」
「そこは確かに納得の行かないところだけど、こんな辺境に罠を仕掛ける意味もないだろ? 単純に帝国の人材不足か、テキトーな仕事の所為なんじゃないの」
ロゼがそう語り、正面を見た時であった。リフルが突然ロゼの前に腕を伸ばし、行動を阻害する。正面、何かが蠢く気配があった。リフルが無言で剣を抜き、ロゼは背後に跳ぶ。何が起きたのか判らないシェルシはただおろおろと周囲を見渡し、うさ子は支柱にラクガキをしていた。
「どうした!」
「ホクト、前に出ろ! 何かが来るぞ!」
そう叫んだ所でリフル目掛けて何かが跳んできた。それは横薙ぎに広範囲を吹き飛ばし、いくつかの支柱を圧し折ると同時にリフルの身体を宙に吹き飛ばす。
轟音と共に支柱がいくつか倒れ、シェルシたちの上に落ちてくる。ホクトは一瞬で魔剣を召喚し、それを振るって支柱を弾き飛ばした。砂埃が舞う中、ロゼはシェルシの手を取って後退する。
「ロゼ! シェルシを頼む!」
「判ってる! って、うさ子は何やってんだ!?」
「はわわわわわ……!? ロゼ君のお顔を書いていたら、突然柱が怒って倒れてきたぁ……!?」
完全に的外れ、しかも場違いもいい所である。魔剣を構えたホクトが一瞬真っ白になり、ロゼが無言でうさ子の頭を引っぱたいた。
「いたい!? なんでぶつの!?」
「いいからこっちだバカッ!!」
「みみーっ!! 耳ひっぱっちゃやだぁあああっ!! うわあああん! ロゼ君のいじわる! いじわる!」
ロゼがシェルシとうさ子を連れて後退するのとすれ違い、吹き飛ばされていたリフルが走って前線に戻ってくる。盛大に吹っ飛ばされたわりに、その身体は無傷であった。
いつの間にか抜いたサーベルで攻撃を防いだのだが、リフルが手にしているサーベルは真っ二つに圧し折れていた。ホクトは横目にそれを見て眉を潜める。
「お高そうなサーベルがおしゃかになっちまったなぁ」
「…………全く、こんなものがいるとわかっていれば最初から魔剣を出したと言うものを」
二人の正面、そこには巨大な触手が無数にうねっていた。鋼鉄の鱗を全身にびっしりと纏った蛸のような魔物である。蛸と違う点があるとすると、その胴体は非常に鉱石に良く似た材質で構築され、術式の紋章が輝いている事だろうか。八本の触手はそれぞれが独立して動き続けており、暗闇に浮かぶその不気味な姿にリフルは不快感を露にする。
「こいつがいるから、このザル警備か……」
「ん? ただの魔物じゃないのか?」
「帝国の烙印が捺されている。帝国に飼われる、番犬の一種だ」
「趣味悪いねぇ……。ま、だったら遠慮せずやっちまっていいんだろ?」
「問題ない――。殲滅するぞ」
リフルが虚空に手を伸ばす。腕に刻まれた緑色に輝く術式が浮かび上がり、虚無の空間に剣を象った現実が構築されていく。風が遺跡の中を吹きぬけ、その渦の中心を引っ張り出すように、リフルはその魔剣を召喚する。
光が爆ぜると同時に目に見える程濃い風の魔素が吹きぬけ、リフルの手の中には二対の剣が握り締められていた。それは片や剣と呼ぶには余りにも細く。片や剣と呼ぶには余りにも薄く――。剣の部分しか存在しないそれは、武器というよりは何かの芸術品のようだった。二対の剣を正面で重ね、甲高い音をならし火花と共にそれを構える。
“響魔剣グラシア”――。リフルの手に召喚され、そして彼女がこれまでの戦いの中で常に命を預けてきた相棒。ホクトはそれに倣い、黒き大剣を構えた。
「あんたの剣、随分と華奢なんだな」
「貴様の剣が無駄に大きすぎるだけだ」
二人はそう一言だけやり取りし、同時に駆け出した。繰り出される触手の一つをホクトは大剣で薙ぎ払うが、びっしりと触手を埋め尽くしている鋼のように硬い鱗が火花を散らせるだけで魔剣は触手を切断出来ない。
「かってぇ!?」
「当たり前だ。オケアノスの魔物は、全て鱗に覆われている」
それはオケアノスの海が、実は莫大な量のナノマシンによって埋め尽くされているという事実に由来する、魔物の進化の結果だからである。
オケアノスの砂は表層だけであり、いくつか下の層には無数の生体ナノマシンが蠢く層があるのだ。砂の中に沈んだものはナノマシンによって分解され、砂となる。オケアノス全体を埋め尽くすこの砂の海は、かつてこの界層に存在した全てをナノマシンが分解した結果生み出されたものなのである。
当然、砂の中を移動するだけでもナノマシンの影響を受ける事になる。故に特殊なシールドを搭載した潜水艦など、きちんとした装備で囲われなければ人間はこの海では生きていく事が出来ない。魔物も然りである。
「魔物はあの鱗でナノマシンを弾いて生きているのだ。簡単に斬れると思うな」
「何? それは、連中は全身に潜水艦のシールドがついてると思ったほうがいいのか?」
「そういう――事だっ!」
「道理でお堅いこって……」
リフルは素早い身のこなしで触手の攻撃を回避し、風に舞い上がるようにして本体へと襲い掛かる。回転し、二対の刃で連続して本体を斬り付けるが、やはり火花が散るだけでダメージを与えられる気配は無い。
「こいつ、龍種よりも硬くねえか?」
「らしいな……。ロゼ! 強行突破しましょう!」
背後、ロゼが頷く。ロゼはシェルシとうさ子を連れ、魔物の脇を抜けるようにして走り出した。しかし当然敵もそれを見逃さない。結果、ホクトとリフルは魔物がロゼたちに襲い掛かるのを阻止する形で立ちふさがった。
「まともに相手すると疲れそうだな……」
「甘えた事を言うな。戦って死ぬのが傭兵の仕事だ」
「はぁ~……ほんっと、可愛げねえよなあ……あんたってさ」
攻撃を二人同時に防ぎ、ロゼたちが抜けるのを確認して後退しながらロゼたちを追いかける。三人は着実に水源地に向かって移動しているが、魔物はどこまでもしつこく追いかけてくる。
「はわわわ……っ!? ロゼ君、すごいのが追いかけてくるよ!」
「見れば判る!!」
「……ロゼ! あそこ!!」
シェルシが走りながら指差した場所、そこには水源と思しき巨大な湖があった。湖が出来ている場所の上、滝のようになっているが見ればわかった。それは予想通り、折れた水脈ダクトの一つだった。つまり、ここは既にシャフトの内部であるという事になる。
いつの間にか目的地に到着していたのだが、背後には巨大な魔物が迫っている。リフルとホクトならば倒せない事もないのだろうが、これから何が起こるのか判らない事を考えるとあまり無駄な体力は使いたくないのが本音だった。ロゼは周囲を見渡す。湖の向こう、そこにシャフト内の通路に続いている道を見つけた。
「ホクト、リフル! こっちだ!!」
「先に行ってな! 足止めしてから追っかける!!」
「ロゼ、お気をつけて!!」
魔物は湖への狭い出入り口を突き破り、豪快に追いかけてくる。地鳴りが続く中、ロゼは二人に任せて走り出した。そんなロゼに手を引かれ、シェルシは戸惑うようにして叫んだ。
「いいんですか!? あの二人を置いていって!!」
「素人が残ってるより数倍マシだよ! あの二人ならうまくやるさ!」
三人が遠のき、ホクトは剣を改めて構えなおした。正面には巨大な魔物、背後には湖……背水の陣、とでもいうのだろうか。冷静に考えてみればここである程度何とかしておかないと、帰り道で大変なのは目に見えている。
「しゃあねぇな……ちっとばかし本気出すか」
ホクトが両手に力を込める。腕の術式が発動し、魔剣に黒い光が送り込まれていく。それを横目で眺め、リフルも同じように剣に魔力を込めた。
「可愛そうだが、足の何本かもらっていくぜ? タコちゃんよ――!」
黒い魔剣を大地に叩きつける。迸る禍々しい波動が飛び散り、魔物は怯むように後退した。剣を片手で頭上に振り回し、肩に乗せホクトは静かに笑みを浮かべた――。