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ツルギノセカイ(3)


「貴様らが知りたいのはこの世界の事……そしてゼダンの事……そうだろう?」


 ワイングラスになみなみと酒を注ぎ、ハロルドはそれを一気に呷った。ごくり、ごくりと喉を鳴らして幸せそうに目を細める少女……。それがそもそもハロルドであるというのが納得の行かない現象だったが、一同はハロルドの立つ場所を取り囲みその動向をじっと見つめていた。

 ハロルド・ロクエンティア――。世界と同じ名を持つ者。銀色の髪に黄金の瞳を持つ超人――。百年帝国を率いて下層を苦しめた狂気の王――。様々な姿を持つ彼女だったが、あの黄金の巨体の中身がこんな幼い少女だとは誰も予想していなかった。ハロルドは笑みを作り、腰に片手を当てて語り続ける。


「何を鳩が豆鉄砲食らったかのような顔をしておる。貴様らが見ていたのは余の魔剣――帝魔剣ネイキッドよ。尤も、あれは莫大な魔力を消費するのであまり使いたいものではないがな」


「帝魔剣、ネイキッド……?」


 この世界には魔剣と呼ばれる物が様々存在するが、その全てが何も剣であるとは限らない。刀や大剣もあれば銃のような形をした物、槍、盾、ハンマー、挙句はシグマールが使っていた透魔剣センティアのように迷彩能力を持つ鎧が本体である事もある。ネイキッドはセンティアのケースに近く、しかし大きく違う点が一つある。

 センティアが所有者の周囲を護る鎧として構築されるのに対し、ネイキッドは鎧ではなく自立的に稼動する機動兵器を召喚するのである。それこそがネイキッド――。つまり今まで誰もが見てきた皇帝の姿とは、ハロルドが構築した魔剣ネイキッドだったのである。


「余はこの世界でもトップクラスの魔力を持つ超人だ。故にその能力と特殊な演算能力を用いてミレニアムシステムの一部として組み込まれていた……。その間帝国を指揮するのはネイキッドに任せておったというだけの話よ」


 軽快に笑うハロルドだったが、周囲はなにやら重苦しい空気である。帝国の元帝王が目の前にいるという事もそうだったが、今まで戦っていたのがただの“ロボット”だったと言われたのである。どんな顔をすればいいのか判らなくなるのは当然の事だった。そんな中、あえて前に出たのはホクトだった。


「それじゃあ、お前がハロルド王であるというのは紛れもない事実なんだな」


「という事になるな、若いの……。こうして生身で鉢合わせするのは初めてか? さて、とりあえず――――この周りの連中が構えた物騒な代物を下げるように言ってはくれぬか?」


 周囲を取り囲む仲間達は全員がほぼ同時に魔剣を構築し、それを小さな少女へと突きつけていた。無数の剣の切っ先を浴びながらしかしハロルドは眉一つ動かす気配は無い。そんなハロルドに駆け寄り、仲間達から庇うようにしてその身を抱きしめたのはうさ子であった。


「みんな、待ってほしいのっ! ハロルドちゃんはねえ、仕方が無かったの! 仕方が無く帝国に居たのっ! うさね、ハロルドちゃんとお友達なの! ハロルドちゃんをいじめないでほしいの……おねがいなのっ」


「うさ子、そいつが今まで何をしてきたのか忘れたの? 友達だとかそんな事は関係ないんだよ、うさ子。そんな下らない事で刃は下ろせないんだよ、うさ子。私はね、うさ子――もう戦いなんてのは“ごめんこうむる”よ、うさ子――」


 ぞくりと、背筋に悪寒が走る――。うさ子の背後から少女の首元に刃を突きつけていたのは昴だった。その瞳は黒く渦巻き、一切の感情を感じる事が出来ない――。敵なら殺す、邪魔なら殺す……そこに迷う余地など存在しないと瞳は語る。その刃がうさ子の喉を掻き切ろうとした刹那、刃を止めたのはホクトであった。


「こらこら止めなさい……! うさ子を殺してどうする?」


「敵の味方は敵だよ兄さん。兄さんも邪魔をするならこの場でケリをつけたっていいんだ。邪魔をするなよ――魔剣狩り」


「…………全く、もう少し考えてから行動した方がいいぞ? よお、白騎士」


 白と黒の影は至近距離で睨みあう――が、直ぐに昴は緊張を解いて笑みを浮かべた。その姿からは先ほどまでの殺気は一切感じられない。昴は“冗談だよ”と笑い飛ばすとうさ子の喉から僅かに染み出した血を指先で撫で、それを舐めながら後退した。がくぷるがくぷると震えるうさ子……。そこには“もしも裏切ったら殺す”というメッセージが込められている気がしてならなかった。


「す、昴ちゃん怖いのー……。ホクト君よりずっとずっと怖いのー……。はうう……。はううー……っ」


 耳をぺったんこにしおらせながらうさ子は涙ぐんだ瞳で呟いた。しかしどちらにせよこの状況が最悪である事には変わりない――。と、そこで空気を切り替えるかのようにシェルシが手を叩いた。


「この場で剣を向け合って話をしても無意味です! まずは代表者同士による論議を行いましょう! ミュレイさん、それからメリーベル……うさ子も関係ありますね? 私と一緒にハロルドから事情を聞き出しましょう」


「ミュレイが行くなら私も行く。それから兄さんも付き合って。いざハロルドが暴れ出した時瞬殺出来るだけの戦力はそろえておくべきだと思うから」


「…………お前一人で十分そうな勢いだが、まあしょうがねえな……じゃあそういう事で、一旦お開き! 残りはパーティーを続けてくれ!!」


 ホクトはハロルドを担ぎ、逃げるようにして会場を後にする。しかし続けてくれといわれてもそう簡単に続けられるような雰囲気ではなくなってしまっていた。すっかり醒めてしまったパーティー会場から抜け出し、ホクトたちはメリーベルの部屋へと急いだ。その間ずっとホクトに抱きかかえられたハロルドはワインを飲んでいたのだが、味が気に入らなかったのか溜息をついたりしていた……。


「ふう……正に一触即発だったじゃねえか……。勘弁してくれよ――メリーベル」


 部屋に入るなりそっとハロルドを下ろし、溜息を漏らすホクト。メリーベルは流石に気まずかったのか冷や汗を流していた。しかしまずはハロルドが生きているという事、そしてこの少女がハロルドであることを伝えるのが先決だと思ったのである。結果的にそれは要らぬ混乱を招く事になっただけのような気もしたが……。

 ハロルドは部屋のソファの上に座り込み、うさ子がその隣に座った。向かいにはシェルシとミュレイ、向かい合う席の間にメリーベルが立ち、ホクトと昴はそれぞれ見張りのようにハロルドの後ろに立った。そんな奇妙な緊迫感が満ちた部屋の中、いよいよ重大な世界の謎が解き明かされようとしていた。


「それで、先ほどうさ子は仕方が無かったと言っていましたね……? それに、ゼダンの事をハロルドは知っているようでした。もう大体予想はついていますが、帝国の成り立ちにはゼダンと呼ばれる者達が関与していたのですね?」


「ほう、流石はザルヴァトーレの姫君……我が妻となった娘だ。聡い……。その通り、帝国はゼダンによって発足した組織……国家……。余もまたゼダンによって管理される人間であった。そして同時に、余はゼダンの一員でもあった」


「教えてください、ハロルド……。ゼダンとは何者なのですか? 貴方は何故帝国を……?」


「それを語ると少し長くなるが――まあ、貴様らにも無関係とは言えぬ事だからな……。時に、貴様らは救世主の伝承を聞いたことはあるか――?」


 救世主伝承――。それはこの世界の成り立ちを表現した一つの伝説である。かつて暴れ狂う怪物であったとされるこのロクエンティアと呼ばれる“世界”を、異世界からやって来た六人の救世主が制した……という物語の事を指す。それはシェルシだけではなくミュレイも、メリーベルもよく聞き馴染んだ話である。イマイチその流れが見えないのはホクトと昴の二人だけで、しかし二人は余計な口を挟む事はしなかった。


「ゼダンとは、その伝承に出てくる六英雄の事を指し示している。つまり――ホクトや昴のような異世界から召喚された英雄の事だ。そして余もその一人……という事になる」


「なんじゃと……!? では、お主は伝承に出てくる異世界より現れこの世界を救ったと呼ばれる救世主の一人だとでも言うのか!?」


「いや、それとは違う。オリジナルの“六英雄ゼダン”は既にその殆どが死んだか離脱し、現存するゼダンは抜けたゼダンたちを補った後継者に過ぎぬ。余もその一人でな、百年ほど前にこの世界に召喚され、ゼダンの後継者とされたわけだ」


 少女には元々暮らしていた世界があり、元々彼女には別の名前があった。彼女が生きていた世界では驚異的な科学文明が発達しており、魔術という概念は存在しなかった。少女はこの世界に召喚された事をきっかけに魔術を知り、その魔術と己が知っていた機械知識を組み合わせ帝国の基盤となる技術を構築した。

 ハロルドという名は元々彼女が持っていた名前ではなく、与えられた名前であった。ハロルドはロクエンティアという異世界で別人として生きる事を強いられ、そしてその運命に閉ざされるかのようにミレニアムシステムへと組み込まれた。彼女に逃げ場は無く、生き続ける為に王でなければならなかった。そして彼女は叶えるべき願いをずっと胸の内に隠してきたのである。


「ゼダンは帝国という国を使ってこの世界を支配し、永続させる事を目的としていた。余はその案に乗り、この世界を存続させる為に今日までやってきたつもりだ……。だが、ゼダンとは……。ゼダンという者達は、余りにも歪んでいる。余も含めて――な」


「“大罪”――」


 呟いたのは昴だった。ホクトもその言葉の意味には気づきつつある。そう、大罪――それがこの世界を支配するゼダン……六英雄の剣であることは最早語るまでも無い。世界に七つ存在するとされる大罪の剣――それは伝承に伝わる通りの存在なのだ。


「かつてこの世界は生れ落ちた時、一人の神を呼び出した――。世界を創造させる為に」


 言葉を続けたのはメリーベルであった。メリーベルはまるで全てを見てきたかのように、自分が経験したかのように語った。そう、どちらにせよ彼女は二度目……。こうして世界を産み落とした“神”と闘う事、そしてその運命に逆らう事――。全てが二度目なのだから。


「世界はそれだけでは生まれる事が出来なかった。だから一人の人間を召喚し、それを神の代行者とした。世界に本物の神なんて居ない……。いわば世界そのものが神と同義。だが神は言葉を持たず、意思を持たず、力を持たない……。故に変わりに思考し、紡ぎ、世界を産み落とす者を望んだ。それこそがこの世界の神――」


「…………神は寂しがった。自分一人しかいない世界は嫌だと願った。世界はそれに応え、他者を取り込む為に異世界へと侵略の腕を伸ばした……」


 更に続けたのはシェルシだった。それは伝承――しかし確かに過去に起きた事実である。誰もが知るようなその伝説の景色を思い浮かべてみる……。馬鹿馬鹿しいとは思わない、今ならば想像出来る。世界を生み出した一人の神、その孤独と戦う為にこの世界は異世界へと戦争をけしかけたのだ。襲われたのは六つの世界――。六つの世界の人々は侵略する“荒れ狂う世界”という存在に対峙し、それと戦った。


「結果、荒れ狂う世界は封じられた――六つの世界の六人の英雄の手によって。伝承ならばそこで終わりだ。だが……現実は違う」


 そう、例え物語が終わりを告げたとしても――現実は続いている。世界は終わらない。存続する限り、滅ばぬ限り、永遠に続いていくのだ。六つもの世界を壊滅同然に追いやった“世界”は封じられた……だが、世界は今もこうして存在している。


「この世界はまだ続いている……。何故だか判るか? この世界は眠っているだけで、まだ生きているからだ。あらゆる物を飲み込む世界の意思……それを七つの大罪と呼ばれる剣の形に固定し、封じた。それにより世界は意思を奪われ眠りについたのだ。ゼダンの役割とはその大罪を護る事……。この世界を封じ続ける事であった」


 目を瞑り、語るハロルド……。誰もが思わず黙り込んだ。ゼダンと呼ばれる英雄達がこの世界を封じ、長い長い、気の遠くなるような年月を過ごしてきた事――。そしてハロルドもまたその一員として世界を“護ろう”としていたという事実の意味……。判らなくなってくる。何故それがこんな悲しい世界を生み出すに至ってしまうというのか――。


「大罪とは……七つに分断されたこの世界の罪そのものだ。そこにはこの世界を乱す災いの源が圧縮されている……。言わば、神の原罪だ。それは本来ならば清い心を持つはずのゼダンの心をも侵食した……。この世界の歴史とは、ゼダン同士の戦いの歴史でもある。そう、彼らは取り付かれてしまうのだ……。禍々しい力を持った、“魔剣”の魅惑に……」


 大罪を持つ者はその身に巨大な罪を宿す事になる。世界に生きる生き物が持つ感情とは比較にならないレベルの、膨大な感情である。それは“心の闇”と言い替えても良いのだろう。術式を身に宿した時から大罪はその者の心を壊し始める。結果――この世界では創世から繰り返し、何度も何度も救世主同士の戦いが繰り広げられてきたのである。

 救世主たちは身体を蝕む神の悪意に耐え切れず、互いに殺しあった――。それぞれの剣には“一つに戻りたい”という意思があり、それは本人達も知らぬような部分で運命をすり合わせ、殺し合いへと差し向けるのである。本来ならば絶対に戦うはずのない救世主たちが何故か偶然、不思議と殺し合い剣を束ねて行った……。奪ったそれはまた何者かに奪われ、英雄同士の戦いは果てしなく続いた――。


「貴様らも心当たりがあるのではないか? 大罪を持つ者同士は決して相容れぬ……。不思議と運命に引き寄せられ、殺しあう事になるのだ。何度も、何度も……な」


 ヴァンとステラがそうであったように。ステラがミラを殺したように。ミラがヴァンと出会ったように。ミュレイとミラが分かり合えなかったように。ミュレイがシルヴィアと戦い続けたように。ホクトと昴が、ホクトとステラが、ハロルドが……。彼らは戦い続けた。何度も何度も戦い続けた。戦いたくないと心のどこかで思っていても、何故かそうしてしまう。“何故”といわれても理由など無いと答えるだろう。彼らには全くそんなつもりはなかったのだから。あくまでも自分の意思で――そう主張するだろう。だが結果的に、全体的に見れば、大罪を持つ者たちが世界を乱し続けていたのは紛れも無い事実なのである。


「それだけではない。大罪がある限り、その悪意はこの世界を蝕み続ける……。全ての魔剣は大罪より生まれた物……。大罪はただあるだけで“魔剣けんぞく”を増やす……。魔剣はまた運命を狂わせ世界に戦いを呼ぶ。判るな? これが無限に続くこの世界の煉獄の正体だ」


 誰もが呆然と黙り込んでいた。全てが運命、全てが争いの原因……そう言われてもスケールが大きすぎて直ぐに納得は出来なかった。だが大罪を持つ者たちは直ぐにその言葉を何となく理解するのだ。ここに居る大罪の所有者は五人――。彼らは全員、この世界の戦いの中で中心的な役割を担っていた人物なのだから。


「罪が罪を産み、魔剣という力が人の世を狂わせ争いを生む……か。確かにそうかも知れぬな……。わらわたちは常に何かと戦ってきた。本当は誰も戦いなど望んでいなかったはず。だが繰り返される悲劇が刃を下ろすことを良しとしなかった……」


「そんな……それじゃあ……!? 戦いを望んでいるのは……この世界そのものだっていうんですか? この世界の罪が……世界に争いを招くとでも言うのですか!? そんな理不尽な話――ッ」


 立ち上がり、テーブルを叩くシェルシ。だがここでハロルドを責めたところでなんの解決にもならない事はシェルシにも判っていた。暫しの沈黙が過ぎ去り……ハロルドは改めて口を開いた。


「大罪はこの世界を封じる鍵そのものだ。故にそれを破壊する事は出来ない……。大罪が失われた時、それはこの世界へと還元され目覚めるのだ。この世界――“アニマ”と呼ばれる化け物がな」


「アニマ……」


「大罪は封じる事もできず、そしてその封印は日に日に衰えている……。かつてこの世界を封じた六英雄の時代から何千年も経っているのだ。封印が衰えるのも当然……そしてこの世界には新しい罪を産む存在が増えすぎた。そう――“人間”だ」


 元々この世界には人間がいなかった。だがアニマを封じる際にこの世界には結果的に人間が移民する事となってしまった。そうして彼らがこの世界で営みを繰り返すうちに……自然とそれはあふれ出す。人が生きれば当たり前のように生じる心の闇……。それが徐々にこの世界に蔓延し、封印を緩める手助けをしているのである。


「手っ取り早くこの世界を黙らせるにはこの世界に存在する人間全てを可及的速やかに排除する必要があった。だが、余はそれに反対した……。そして応急処置として構築したのが人間の絶対数と動向を管理し、極力この世界に悪意を溢れさせないようにするための“帝国”だ」


 シェルシはその言葉で直ぐに気づいた。ハロルドという絶対王が存在するからこそ、これまで下層の人間たちはちまちまと反乱を起すことはあれどその憎しみの矛先はすべてハロルドに向けられていた。ある意味において世界は纏まっていたのである。感情を廃し、考えない人間を生み出す帝国教育……。下層の圧倒的武力による支配。全てがもし、ハロルドの計算の手の内にあったとしたら……? すべてが“この世界を出来る限り落ち着かせる”為にあったとしたら……? ぞくりと、悪寒が駆け巡った。シェルシには直ぐにこれから何が起こるのかがわかってしまった。とても恐ろしい……絶望的な未来……それはすぐ目の前まで迫っている。


「帝国が……帝国が無くなって、ヨツンヘイムの人々は嘆き苦しみ、自殺までしている……。下層の人々はヨツンヘイムの人々を憎み、小競り合いも止まない……。どうなるんですか、これから……? 帝国という支配者が居なくなり、その空席を狙って戦争が相次いだらッ!!!! この世界は――封印はどうなるんですかッ!?」


 シェルシの悲痛な叫びで誰もが気づいた。そう、もう止めることは出来ない……。今はまだ戦争直後で落ち着いているものの、人の歴史は戦争、支配、革命の三拍子――それはきっと崩れる事はないのだ。世界に新たな混乱が齎され、新しい度立ちが齎された。だがそれはこの世界に何を招くのか……? 何も知らずに人々が抑圧されていた感情を爆発させた時、アニマは――。


「……封印の箍が外れたが最期、この世界は暴走を開始する。アニマと呼ばれる化け物が闊歩し、数千年前と同じようにあらゆる世界を食い尽くそうと暴れまわるだろう」


 やけに、時計の針が刻む音が煩く聞こえた。心臓の鼓動が高鳴るのがわかる――。勿論、全員良かれと思ってやっていたことだ。帝国を倒せば自由になれる……そう思っての事だった。勿論、帝国は紛れも無く悪だった。絶対王政による理不尽な政治があった。だが……それは統べて、このアニマの話が無ければの場合である。

 そんなIFを語った所で何の意味もないが、誰もが驚きと同時に強い意志を失いかけていたのは事実だった。自分達のしてきた事はなんだったのか――そう思えば足元は竦んでしまう。ハロルドは目を瞑り、黙り込んでいる。誰も口を開こうとはしなかった。ただ、暗い沈黙だけがそこに横たわっている……。


「……余は、この世界を何とかして覚醒から遠ざけねばならない。その為ならば貴様らと喜んで手を組もう。世界の均衡を崩した責任……貴様らには取ってもらわねばならぬ。覚悟はいいか、人間……。これからは、この“世界”の運命が相手だ――」




ツルギノセカイ(3)




「――――話し合いましょう。考えましょう。私たちにも出来る事がきっとあるはずです」


 搾り出すような声と共にシェルシは顔を上げた。誰もがシェルシへと目を向ける。まだ希望を捨てていない、絶望に屈していない姫を見やる。その瞳はまだ遠い理想を捉えている。それはまだ、燃え尽きたりしてはいない――。


「教えてください、ハロルド……。どうしたら私たちは……過去と同じ過ちを繰り返さずに済むのですか……? どうしたら、もう! 誰も傷つけあわない世界に出来るのですか!?」


「――――その為に、うさたちはゼダンと戦わなきゃいけないの」


 黙っていたうさ子が口を開く。ハロルドはそれに同意するように頷いた。敵は世界――そして英雄。心してかからねばならない。それは正に、神話に挑むが如き反逆――。シェルシは頷き、そして仲間たちは頷きあう。まだ何も終わっていないし、始まってもいない。そう、全てはここから……。この時から、始まるのだから――。


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