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ツルギノセカイ(2)

「墓標――という事か」


 背後から聞こえた声――。乾いた風の中、シェルシはゆっくりと振り返った。かつてザルヴァトーレという国が営まれていた、第四界層プリミドールの西プレート……。崩落し、今は第五階層エル・ギルスの荒野と成り果てたその広大なる瓦礫の世界の前、姫は白いドレスをはためかせ佇んでいた。背後に立っていたのはゲオルクで、男はズボンのポケットに片手を突っ込んだままシェルシの隣に並んだ。


「……ええ。もちろん、きちんとした供養はするつもりです。これからこの荒野を発掘して……出来るだけの人々の骸をきちんと弔ってあげたいから」


「そうだな……。この荒野には、ザルヴァトーレ国民の殆どが眠っている……。決してその痛みは消せるものじゃない。俺たちが、一生忘れてはいけない記憶の一つだ」


「…………はい。その、ゲオルク……? 貴方は……ザルヴァトーレの王子だと聞きました。貴方もここに、弔いに?」


「まあ、そういう事だな……。シルヴィアが逝ったと聞いた。俺は所詮ザルヴァトーレには戻れない、見捨てられた男だ。あいつを弔ってやる資格なんてないのかもしれないがな」


「いえ、姉さんはきっと喜ぶと思います。貴方が……兄さんが、こうして忘れないで居てくれるだけでも」


「兄さん、か……。うーむ、照れくさいもんだな。これまで通り、ゲオルクさんって他人行儀のままでいないか? 俺は君の兄貴としては随分とチャチな男だ」


「ふふ、そんな事はありませんよ。それに、貴方が私の兄さんでもそうでなくても、それは大した問題ではありませんから。人の本質は関係性だけで決まるものではなく……私たちは私たちとして、これからも生き続けるのだから」


 風に吹かれ、シェルシの金色の髪は美しく舞う――。ゲオルクはそんな彼女の姿に在りし日の妹の姿を思い重ねた。強く凛々しく美しく――。母から娘へ。姉から妹へ……。絆は、強さは、その誇りは確かに受け継がれているのだと実感する事が出来る。男は目を瞑り、それから夜空を見上げた。空の広がった西側の向こう――。虚無の世界はどこまでも続いている。そのどこかには、天国と呼ばれる場所があるのだろうか……。


「これからどうする? 国も無くなり、帝国も無くなった。今の君は、十分に自由だ。どんな生き方をしようが誰にも関係はない……。だが、一個人的興味として知りたくはあるな」


「そうですね……。私はこれからこの世界を正す方法を見つけたいと思っています。行く行くはザルヴァトーレの再興を……。しかし、それだけでは世界は平和にはなりません。支配するのでもなく、逆らうのでもなく、惰性でもなければ欲でもなく、情も無ければ無慈悲もない。そんな世界にする為に必要な事……難しくとも、実現したいんです。理想とは、叶える為にあるのですから」


「簡単にはいかないぞ、そいつは」


「だからこそ遣り甲斐があります。一生を賭けて取り組むだけの価値があります。争いを望まぬ人々が争わずに済み、そして人の欲が人を支配せず、狂った統治が自由を奪わず……。矛盾したそれらの答えを一生かけて紡いでいくつもりです」


「気の長い話だ。だが……そうだな。そんな人間が一人くらい居てもいいのかもしれない。俺は……そう思うよ」


 シェルシの肩を叩き、ゲオルクは笑う。離れ離れになり、言葉を交わす事もなかった兄妹がもう一組――。この世界はどうにも擦れ違い、そしてお互い傷つけあうように出来ているかのようだ。純粋無垢なる願いであるほどそれは叶わず、何かを求め叫ぶ声ほど誰にも届かず、世界は何度も擦れ違いと過ちを繰り返してきた。だがその一つの夜明けを告げるかのように、離れ離れに廻る運命は一つに重なり始める。

 姫は振り返り、兄の顔を優しく見上げていた。二人が交わしたのは握手――。これからも歴史は留まる事無く紡がれ続けるのだ。である以上、彼女も彼も生き続け、戦い続けるが定め……。これからは敵同士としてでも味方同士としてでも、兄でも妹でもなく……。人一人、一つ肉の身体、魂として生きていく。そこには二人の確かな絆と誓いがあった――。


「さて、そろそろ戻るとしよう。君も疲れているんだろう?」


「ええ、本当はくたくただったんです……。エスコートをお願いできますか? ククラカンの騎士よ」


「ククラカンでは騎士とは言わず、武士と言うんだよお姫様」


 差し出された手を取り、シェルシは淑やかに微笑んでみせる。立ち去る二人の背後、瓦礫の世界の中に残された花束――。それは風を受け淡く囁くように輝き、まるで二人の新しい人生を祝福しているかのようであった――。




「いやぁしかし、平和な世とは実に良いものでござるなぁ~! 憎しみ合わず、争わず……実に良き事でござるよ!」


「…………そうでしょうか」


 バテンカイトスの前の通り、街を眺めながら声を上げるウサクの姿があった。その傍らにはバテンカイトスへと続く入り口前の階段に腰掛けたエレットの姿がある。エレットはずっと膝を抱えたまま、まるで放心しているかのようにぼけーっと街を眺めていた。エレットにとってローティスに来るのは二度目……。しかし一度目とは余りにも心境が違いすぎる。彼女の心の拠り所であった帝国は既に消滅し、行くあてもない……。そんなエレットが呆然としてしまうのは仕方の無い事で、ウサクは困ったように冷や汗を流すのであった。


「ロ、ロゼ殿~……早く戻ってきて欲しいでござるようぅ~……。拙者、エレット殿を笑顔にする事は出来なさそうでござるぅ~……」


 しくしくと涙を流しながら空を見上げるウサク。そんなウサクに駆け寄るロゼの姿があった。ロゼはウサクの肩を叩くと、待たせていた侘びにドーナツが入った袋を差し出したが、ウサクはそんな事は気にせずロゼに飛びついていた。


「ロゼ殿ーっ!! 拙者、心細かったでござるよーっ!!」


「うわっ!? ひっつくなよ、気持ち悪いなあ……っ! それよりこいつ、大人しくしてた?」


「してたでござるよう……。大人しすぎて拙者が独り言喋ってるようで寂しかったでござる」


「そ、そう……。まあドーナツあげるから赦してよ……」


 紙袋を空け、マスクを外してドーナツにかじりつくウサク……。そんな少年を背に、ロゼはコートを翻してエレットの隣に座る。エレットはロゼが来た事にも気づいていないのか、ぼんやりと虚ろな目のままであった。


「…………。なあ、あんたはこれからどうしたいんだ?」


「……どうしたい……。判りません……。私は帝国軍人です……。帝国がなくなったらただの軍人……いえ、それ以下なんです。他の事なんて何も出来ない……やろうとも思いませんでした」


「でも、今は何だって出来る。何をするもあんたの自由なんだ。何かやってみたい事とかないのか? 一個くらいあるだろ?」


 しかしエレットは黙り込んだままだった。ロゼも本当は判っていたのだ。それが酷な質問である事は……。帝国の騎士として育てられた子供達には他の人生なんて在り得ない。ミレニアムシステムにより生まれながらに全ての運命が決定付けられている帝国の人間が、それ以外の事について学習しているはずもないのだ。全く一切の無駄なき教育はその分野に置いては圧倒的な能力を持つ人間を生み出すが、それ以外の部分に関してはまるでノータッチである。何をすればいいのか、どう生きればいいのか、命令されなければ判らない人間……。そんなエレットに自由に何かをしろという方が無理な話なのだ。

 溜息を一つ漏らし、ロゼは自分が抱えていた紙袋をエレットの膝の上に乗せた。紙袋の中に入っていたのは女性用の衣類で、ロゼは先ほどまでそれを買いに街に出ていたのである。首を擡げるエレットにロゼは咳払いしてから言った。


「まず帝国の制服を脱ぐことから始めたらどうだ? それで、街を歩いてみよう。一人では何処へ行けばいいのか判らないなら、僕が一緒に行く。そうやってあちこちを歩いて、色々な物を見て、色々な人と話してみるんだ。そうすれば自分というものが見えてくると思う」


「自分……?」


「自己認識というものは周囲の存在との相対的な判断により構築される物なんだ。色々な経験をすれば自分が見えてくる。僕の仲間は皆いいやつらだよ。ちょっと変わってるのが多いけど」


 そうして笑い、ロゼは空を見上げた。そうエレットに言葉を投げかけ、しかしそれは同時に自分へ言い聞かせる言葉でもあった。色々な経験をして、色々な考えを持ちたい……。ただ何かを憎むだけではなく、それ以外――。様々な価値を得れば、様々な世界が見えてくる。世界が見えれば自分も見える――。今少年の目の前に広がっているのは、大切な物を失った悲しい世界だ。しかしそこには無限の可能性がある。少年は今、漸く物語のスタートラインに立ったのだ。そう、自分自身を知る為の壮大な物語の始まりに……。


「僕はガルガンチュアで世界中を旅するんだ。この世界のまだ知らない事、知らない場所、知らない人……。全てを見つめ、そして自分の存在する意味を見つけたい。人生はリレーだってリフルは言ってたけど、だったら僕はそのバトンを何とし、それを誰に託すのか……決める義務があるんだ」


「…………ロゼはすごいんですね。私より年下なのに、ずっとしっかりしていて……。私は偽者の魔剣を振り回す事だけしか出来ない中途半端な存在です……。私には、ロゼのように生きる事は……」


「出来るかどうかじゃない、やるかどうかなんだ。人間はそれぞれが自由な意思を持っている。どんな下らない事や馬鹿げている事でも、人は選んで進む事が出来る。僕はこの戦いの中でそれを学んだんだ。だからエレット、あんたにもきっと出来る」


 立ち上がり、そうして夜空に手を伸ばすロゼ……。少年の瞳は遥かな世界を既に捉えている。それはキラキラと輝き、多くの悲壮を背負って空へと舞い上がるのだろう。夜の光を浴びて立つ少年……エレットはそれを羨ましく見つめていた。少しだけ、勇気をもらえるような気がする。彼と……ロゼと一緒ならば――。


「あ~、いい雰囲気のところお邪魔して申し訳ないんだが……ロゼ、ちょっといいか?」


「うぉわっ!? ホ、ホクト!? 昴も……? 急にどうしたの?」


 ひらひらと手を振りながらバテンカイトスから出てくるホクトと昴。昴はウサクに、ホクトはロゼにしおりを渡した。そこに描かれたイラストに眉を潜めるロゼ……。ウサクは……何故か喜んでいた。


「メリーベルがパーティーしようってよ。ロゼも声をかけるの手伝ってくれ。砂の海豚の連中もねぎらってやらないとな」


「そりゃ構わないけど……このイラストは……いや、何も言うまい……」


「そっちの帝国のお嬢さんも一緒に連れて来いよ。いつだったか、ちょっとやりあった事もあるんだ。な、エレット君?」


「…………魔剣狩り……。それにあっちは白騎士ですね。なんだかロゼのまわりはすごい人ばかりです」


「いや、こいつ全然凄くないから。殆どニートみたいなもんだから。女好きでだらしが無くて、フラグ乱立させて一切回収しようとしない鬼畜だから。絶対近づかないほうがいいよ。あと昴はちょっと変だから。近づかないほうがいいよ」


 首を横に振り、真顔で語るロゼ。そんなロゼに思わず笑ってしまうエレット……。なんだかんだで二人は上手くやって行くのかもしれない。憎しみ合い、いがみ合う必要はないのだ。戦さえなければ、人はきっとわかりあうことが出来る――。


「酷いな~、お兄さん結構これでも頑張ってんのよ……? そういやロゼ、今はもうギルドはないんだし砂の海豚ってどういう組織になってるんだ? ギルドやってるならエレットも入れてやればいいだろ?」


「いや、もう砂の海豚はギルドじゃなくなったよ」


 ドーナツを取り出し、一口齧りながらロゼは振り返る。ポケットから取り出したのはリフルがつけていた眼帯であった。それを自らの顔に装備し、ロゼはにやりと笑ってみせる。


「今の砂の海豚は――か・い・ぞ・く」


 少年の新しい戦いは既に始まっている。彼女が、そして彼らが紡いだ物語……。それを受け継ぎ、誰かに伝える為の物語。その冒険の中へ今、少年は船を乗り出したのだから……。




ツルギノセカイ(2)




「はぁあうぅううう~~ッ♪ おいしそうなご馳走がいっぱいいっぱいなのーっ!! はうはうっ!! はうはううっ!!」


 歓喜の声を上げ、涎を垂らすうさ子の前にはかつてギルド本部として利用していた空間に作られた巨大なパーティー会場が広がっていた。無数に並んだテーブルの上には豪華な料理が並んでいる……。うさ子はばたばたとそれに駆け寄り、骨付き肉を手にとってかじりついた。目をキラキラと輝かせ、そのままむしゃむしゃとがっついている……。そんなうさ子を背後から見つめ、アクティとシェルシは苦笑を浮かべていた。


「随分と豪華な会場だねー。これ全部メリーベルが用意したのかなー?」


「うさ子……せっかくドレスを貸してあげたのに、直ぐ汚してしまいそうですね……」


「まあ……しょうがないんじゃないかな……色々な意味で――」


 うさ子の服は一着しか存在しなかった為、汚れていたそれは洗濯することにしてその間誰かの服を借りる事になったのだが、アクティの服は寂しい部分がサイズ不一致だった為結局シェルシのドレスを一着借りる事になった。一見するといいところのお嬢様のように見えるうさ子だったが、動き出すと元気すぎて気品は感じられない。


「アクティちゃん、シェルシちゃーんっ!! これすっごくおいしいのー! これ全部食べていいのかなぁ? うさのかなあ?」


「いえ、それは多分みんなのだと思いますよ――」


 ぱたぱたと耳を振って喜びを表現するうさ子。それを遠巻きにイスルギとゲオルクはワインの注がれたグラスを打ち合わせて眺めていた。会場は飲めや歌えやの大騒ぎで、それらの喧騒から逃れるようにして二人は壁際で語る。


「しかし、こうして集まってみると何とも協調性の感じられない面子だな」


「ああ、全くだ……。私たちも恐らくその協調性というやつには欠けているのだろうな」


「だがまあ、こんな日がたまにはあってもいいだろう。俺もお前とは一度ゆっくり話をしてみたかった。お互い、姫の相手で普段から疲れているだろうしな」


「私も貴方とは色々と語ることもある……。お互い兄として、王子として、そして姫を護る騎士として……。これからも、同じ苦労を分かち合う事になりそうだ」


 二人は同時に笑い、それから溜息を漏らした。お互いに色々と悩みは尽きず、それは主に二人が護衛する姫の事である。その姫らは男達の心配も他所に、楽しげに騒いでいた。横から眺める笑顔は可憐、だからこそ色々と思う事もある。口元に手を当てて笑うシェルシを見つめ、イスルギは気づけば涙を流していた。


「お前……大丈夫か?」


「いや、いつ育て方を間違えたのかな……と思ってな……。あんなに純粋無垢で野に咲く花のような乙女だったシェルシが、何故あんな馬鹿男に引っ掛けられてしまったのか……。あ、頭がクラクラしてきた……。酒の所為だと思いたい……」


「馬鹿、お前相手が異性なだけいいだろ。ミュレイを見てみろよ――」


 虚ろな目でミュレイを指差すイスルギ。そのミュレイは昴に抱き寄せられ、頬にキスをされていた。思わずワインを拭いたイスルギは口元を汚したまま目を擦り、何度もそれを我が目で確認してみる。が、現実は無情でありちょっとやそっとで変わるはずもない。


「女同士であんな調子で……俺はどうすればいいんだ……。俺、ミュレイを護っていく自信がなくなってきたぜ――」


「…………我が妹ながらあれはどうなっているんだ……? あれと比べれば相手が異性なだけまだ……ホクトは……。いや、断じて赦せんッ!! あんな駄目男と結婚したら、シェルシはきっと一生苦労するに違いないッ!!」


 拳を握り固め、歯軋りしながら空に叫ぶイスルギ。ゲオルクは苦笑を浮かべながらワインを呷り、面倒くさくなったのがボトルごと手にとってそれをイスルギに投げ渡した。


「今夜はとことん付き合うぞ」


「…………私はこのワインを一気に行けたら、ホクトを殺りに行こうと思う」


「好きにしろ――」


 ボトルを一気に呷り、中身をごくごくと飲み干すイスルギ――。その片手の中に輝くボトルに映りこんだ光の中、ミュレイは昴にくっつかれて困ったような表情を浮かべていた。昴は既に酔っ払っているのかメリーベルに抱きつき、ほっぺたに何度も何度もキスを繰り返している。その異様な熱気にウサクは遠ざかり、一人で寂しく壁際でグラスを傾けている。ミュレイはワイングラスを片手に昴のキス攻撃を受け、遠い目をしていた。


「こ、これ……ちょっといい加減にせんか! いくらなんでも羞恥プレイどころじゃないわッ!!」


「ミュレイ……好き好きっ! 大好き! 愛してるぅ~!」


「む、むむむ……!? お主、酒なんか飲んだこともないんじゃろう!? そうなんじゃろう!?」


「楽しそうでいいじゃない。お似合いよ、二人」


 他人行儀にグラスを傾けながら笑うメリーベル。ミュレイは恨めしげにそんなメリーベルをにらみつけた。錬金術師は静かに笑い、そして過去の経験を語る。


「私の知り合いにもそんな感じの二人が居たわよ。いつもイチャイチャしてて……女の子同士で」


「そ、それはどうなったんじゃ……?」


「うーん……さあ、どうなったんでしょうねえ……」


「ここまできて引っ張るとかお主!?」


「ミュレイ~、だっこぉ~」


 巨大な胸の谷間に顔を突っ込み、昴はもぞもぞと暴れる。ミュレイが顔を赤らめてそれを何とか制御しようと努力する背後、ホクトはエプロンをつけたままで料理を皿に盛っていた。好きなだけ酒を呷り、好きなだけ料理を貪る……とは言え、この料理たちの調理にはホクトも参加していたので、結局自分で作って自分で食べているだけでもあったが。


「俺の妹何処に向かってるんだろう……。旦那……すいません。俺、妹を真人間に出来そうもありません」


「ホクトく~~んっ!! うさはね……! うさはねーっ!!!!」


 背後から突然飛び込んできたうさ子の頭部がホクトの背中に直撃し、思い切り咽る……。涙目のホクトの背後、うさ子はドレスを着て頬をすりすりとこすり付けていた。そのドレスというのがシェルシのドレスであった為、肩と胸元が露出しており意外とスタイルの良いうさ子の身体をしっかりと強調している。ホクトはまるで思い出したように冷や汗を流し、うさ子を見て言った。


「うさ子、お前――――女の子だったのか」


「なんだと思ってたんだよ、ボケッ!!」


 うさ子の代わりに怒り、突っ込みを入れたのはアクティだった。いくらなんでも失礼にも程がある発言だったが、ホクトにしてみればうさ子は女の子というよりは……。


「なんか……うさぎかなにか?」


「うさはねえ、うさなのですっ!」


「…………。あのね、うさ子? ホクトは今あんたの事をものすご~く馬鹿にしてたんだよ?」


「う? でも、うさはうさなのですよ?」


「いや、そうなんだけどそうじゃなくて……」


 困った顔のアクティの傍ら、うさ子は目を真ん丸くして首を擡げる。そんなうさ子の頭をわしわしと撫で、顔を寄せてホクトは笑った。


「お、ケモノくさくないぞ~! ちゃんとシャンプーのにおいがするな。偉いぞ、うさ子」


「うさ、偉いのっ! ホクト君に褒められたのーっ!! はううっ♪」


「よしよし、うさ子隊員……ミッションコンプリートだ!」


「はうはうっ」


 何故か敬礼する二人――。アクティはそんな二人を見つめ苦笑を浮かべている。そうしてアクティの隣にならんだシェルシは優しく微笑み、ホクトを見上げる。ホクトは人差し指でシェルシの額を小突き、それから悪戯っぽく笑った。


「よう、元気そうだなシェルシ。墓参りはもういいのか?」


「ええ、もう大丈夫です。というか墓参りではありませんけど……」


 見詰め合う二人の間に言葉は無かった。ただじっと見詰め合うだけである。その何だかよくわからない空気にうさ子はきょろきょろと二人の間視線を泳がせ、アクティは背を向けて顔を赤らめていた。言葉が無くとも心が通じる雰囲気……そんなのは恥ずかしくて耐えられそうもない。


「ねえねえホクト君ホクト君? なんでシェルシちゃんとじーっと見詰め合ってるの?」


「ん? さぁ、なんでだろうな~? うさ子、お前口の周りベッタベタだぞ。ほれ、じっとしてろ……拭いてやっから」


 耳をぱたぱたしながら口を閉じるうさ子。それをナプキンで拭くホクトはまるでうさ子の兄か父親のようであった。パーティーはそれぞれの思惑の中、しかし愉快に進んだ。そして暫く時間が経った時である。宴も酣という雰囲気の中、突如扉が開き新たな参加者が現れたのである。

 颯爽と歩いてくるその姿に誰もが目を奪われた。というのも、その少女は色々な意味で不思議だったからである。子供の身体、そしてそれに似つかわしくない鋭い眼差し……。何よりも特異だったのはそう――。その外見がうさ子と瓜二つであるという事である。まるでうさ子をそのまま小さくしたかのような姿の少女は会場に入り、メリーベルの隣に立った。その少女の参加を確認し、メリーベルはマイクを片手に声を上げる。


「はーい、皆注目――。これから新しい私たちの協力者を紹介します」


 全員の視線が集中し、会場を静寂が包み込んだ。それを好機としメリーベルは一息に宣言した。


「彼女の名前はハロルド・ロクエンティア――。元ハロルド帝国皇帝、そして元ゼダンの一人だった人です」


 会場は静まり返ったままだった。唐突過ぎて誰も信じられなかったし、信じられたとしてもやはり唐突過ぎてなんのリアクションも返せない。そんな中、ハロルドはメリーベルからマイクを引ったくり静かな口調で告げる。


「――紹介に預かった、余がハロルド・ロクエンティア……。この世界を統治していた者だ。どうぞ一つ、これからよろしく――諸君」


 沈黙はやはり続いていた。その沈黙の中心でハロルドは静かに笑みを浮かべる。それぞれの視線が交わり――そして物語は新たなステージへと進んでいく。そう、ついには神の領域へと……人類は足を踏み入れ始めたのだ。それを彼らが知るのは、もう少し後の話である――。


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