大罪(5)
「ロゼ――――ッ!! こっちこっち!! 飛び移って!!」
「アクティ……!」
外廓へと飛び出したロゼと並走するように現れたガルガンチュアは周囲の艦隊からの攻撃を受け、各所から火を噴いていた。メリーベルによって改造処置を施されているとは言え、いくらなんでもこの猛攻の中で耐えていたのだから仕方の無い事である。インフェル・ノアが傾きながら崩壊していく様子に艦隊も引き上げ始めていたが、それでもまだ激しい攻撃にさらされている事には違いない。
気の抜けた様子で走るエレットの手を引き、ロゼは歯を食いしばって走り続けた。ここが正念場――生きて帰る為に絶対に妥協出来ないシーンである。全速力で走りながら先にまずエレットを引き寄せてガルガンチュアの方へと向かわせる。船は外廓接触ギリギリまで身を寄せるが、それでも距離は数メートル開いたまま。
「船に飛び移るんだ! これからあんたを風で吹っ飛ばす……いいな!?」
「え!? わ、私は……その……」
「いいから備えろ! アクティ、こいつを頼むッ!!」
掴んだ腕を放るようにしてロゼは風を巻き起こしエレットを軽々とガルガンチュアへと放り投げた。甲板の上でアクティがエレットを受け止めたのを確認し、自分も飛び移ろうとした時である――。上空からの砲撃がロゼとガルガンチュアを分断するかのように降り注ぎ、爆発の炎が船を引き離してしまう。吹き飛ばされて転がるロゼの上空を帝国の飛空挺が飛来し、ガルガンチュアはそれに応援する為に少しずつ離れていく。アクティは魔剣を使って追っ手を迎撃するが、中々インフェル・ノアへと近づく事が出来ない。
「くそ、ここまできて置いてきぼりか……? う、うわっ!?」
次の瞬間更にインフェル・ノアが揺れた。既に城は傾きすぎており、その傾斜は許容できる範囲を明らかに超えていた。ほぼ真横に倒れた状態で落下を続ける城……。ロゼは外廓から振り落とされる直前、何とか外廓の外装ユニットの隙間に足をつけ、踏ん張って耐えていた。
強い風の中、目を細めて街を見下ろす。ガルガンチュアが再び近づいてくるが、動きが安定しない。攻撃は相変わらず続いているし、インフェル・ノアは揺れたり移動したりと実に挙動が安定していなかった。接触すればガルガンチュアも危険なのは言うまでも無く、ロゼの救出は慎重に行わねばならない。彼らはここから脱出し、更に帝国の追っ手を振り切るという逃走劇を控えているのだ。ガルガンチュアがこれ以上破損する事は赦されなかった。
万事休すという言葉がロゼの脳裏を過ぎる。甲板ではエレットとアクティがロゼへと声をかけているが、風と砲撃の音でそれはよく聞こえなかった。これ以上ガルガンチュアを自分一人の為に残すわけには行かない――ロゼがそう覚悟を決めた時であった。
「ロ~~ゼ~~く~~ん~~っ!!」
「…………この間延びした声は……まさか……?」
苦笑を浮かべながら頭上を見上げる。傾いたインフェル・ノアの外廓を駆け下りてくる影――。白いうさぎの少女は垂直の壁を蹴って微妙な段差を利用しつつロゼの元へと向かってきていた。ロゼはそれに腕を伸ばし、うさ子はロゼの腕をしっかりと掴んでそのまま傾斜を駆け下りていく。落ちているのか走っているのか判らないその状況下、うさ子は両足に魔力を込めて思い切り跳躍した。まるでそれは跳躍というより、何らかの魔術概念を使用した射出である。空へと舞い上がったうさ子を救出する為にガルガンチュアが迫るが、うさ子は良く見ると“両腕”がふさがっていた。片腕にはロゼをぶら下げ、もう片方の腕では――何故か見知らぬ少女の身体を抱えている。空中でぱたぱたと両足を振り回したり、耳を上下させたりしてなんとか滞空時間を稼ごうとするが、そんなコメディチックな動作が実を結ぶ事はない。空中から落下を始めるうさ子――その首根っこを掴む腕があった。
ガルガンチュアの手摺に片足を引っ掛け、身を完全に放り出してうさ子を掴んだのは昴であった。昴は強風の中、片足を軸に人間三人をガルガンチュアの甲板の放り投げ、自分も身軽に甲板へと舞い戻る。何とか無事に脱出に成功した彼らだったが、誰もがまだそこから離れようとはしなかった。
「はぅぅぅうう……死ぬかと思ったの~……! 昴ちゃん、ありがとありがとなの~っ」
「どういたしまして。それより他の連中は無事かな?」
「わかんないのー。でも、メリーベルちゃんは転送魔術が使えるはずだし……」
「とりあえずここは撤退するのが吉! ロゼ、早く船の中に! あんたたちもボケーっとしてないでさ、ボクだってこんなところで死にたくないんだからっ!!」
アクティに急かされ一同はぞろぞろと船の中に入っていく。そうして全員がガルガンチュアに収納されたのとほぼ同刻、浮遊城の中で黒い光が瞬いた。それは城の外廓を破壊し、中身を露出させながら広がっていく。光がガリュウの輝きなのだと気づいた一同はそれぞれ顔を見合わせ、全速力でその場を後にすることを決めた。あれなら――。“彼”なら――。きっと、“何もかも上手く行く”と信じられるから――。
「逃がさない――絶対に認めない……! ホクト……貴方が私を裏切るなんてェエエエエエ――ッ!!!!」
絶叫と共に蒼い輝きが周囲の全てを凍結させていく――。氷河の海の侵略を男は黒き闇の一閃で振り払う。大罪と呼ばれる力同士の戦い……だが、その大罪の扱いにおいてホクトは天才的だった。それも無理は無い、恐らく彼はこの世界のあらゆる存在の中で最も大罪に愛された男……。大罪の所有者の心はあらゆる意味において欠落し、湾曲している。彼もその例に漏れず、“おかしな”人間だった。だが彼はそんなおかしさのを制御する術を持っている。本来ならば何もかもを暗い尽くす暴虐の剣、ガリュウ……。それを制御する為だけに彼という存在が在るのならば。それは神に愛された究極の予定調和――。“絶対最強の魔剣使い”でなくてなんだというのか。
彼は元からその存在がガリュウの為にある。力の大半をタケルに奪われた今でも。魔力が圧倒的に不足し、呼吸もままならず喘ぐような苦しみに曝されている今でも。大罪を前にして、男は愚かである。大罪を前にして、男は勇敢である。この世の罪全てを前にして男はそう――――馬鹿正直である。それ以外に彼の強さは何も無い。そのほかに必要ない。それを彼は知っているのだ。少なくとも彼は――。
「メリーベル、転送魔術で先に戻ってろ!! 後から追いつく!」
「……ホクト……」
「大丈夫だ、信じてくれ……なんて言葉に意味はねえよな。でもな、言わせてくれよ、“それ”……。俺は戦う事に決めた。戦わなきゃ男が廃るってな。女子供に、言われちまったからよ……ッ!!」
メリーベルは少し考え、それから直ぐに術式を発動した。三人の姿が浮かび上がった魔法陣の中に消えていく……それを妨害するかのようにミラが動くが、ホクトはその注意をひきつけるようにあえて前に出た。
ミラが両腕を左右に広げると無数の魔法陣が浮かび上がり、そこから夥しい数の流水が生まれた。それは一本に纏まって螺旋し、まるでレーザー光線のようにホクトへと襲い掛かる。水圧カッター……ホクトはその何もかもを両断する攻撃の嵐の中、シェルシを抱きかかえて逃げ回った。攻撃はインフェル・ノアの外廓を無残に切り刻み粉砕する――。ミラは最早目的がなんであったのかすら忘れているほどに頭に血を上らせている。ホクトは冷や汗を流し、抱えたシェルシに問いかけた。
「よお、流石にこりゃまずい……! 死ぬかもしれねえぞ!?」
「構いません! 一緒に死にましょう!!」
「――――なら、その命は俺が預かった。さあ、行こうぜ人類代表――! 神様に馬鹿の力ってヤツを思い知らせてやる!!」
「はい……! はいッ!!」
「ホクトォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
ミラはリヴァイアサンを揮いながら水圧カッターでの攻撃を続けてくる。水圧の閃光を前に、シェルシはホクトの腕から離れて両腕を伸ばした。空中に浮かび上がる剣、剣剣……。剣の群れは一斉に水圧カッターへと襲い掛かり、衝突し、その術式を無力化していく。ただの水に変わったそれらは空中にばら撒かれた。まるで静止した時の中に泳ぐようにホクトとミラは見詰め合う。そうして互いの罪を激突させ、空中で――ただ堕ちながら。戦い続ける。罪深く、愚かしいダンス――。蒼い瞳は愛する男を刻みたくて仕方がなかった。闇に愛された男は笑いながら刃を振るう。そう、彼は笑っていた。笑わなければならない。笑っていてこそ、男は――。
「怖ェえな、ミラ……。怖ェえよ」
「え……?」
「俺は何もかもが怖くて仕方がなかった。今も何もかも超怖ェえ。仲間を作る事も――ッ!! 誰かと共に在る事も――ッ!! 自分の存在! 大罪の意味! この世界の正義! 俺はッ!! ただガリュウを使う為だけに存在する俺はッ!! ただただ怖くて仕方が無かった!! どうしようもねえヘタレ野郎だ、けどな――ッ!!」
ミラのリヴァイアサンがうねり、ホクトへと襲い掛かる。それを刃で弾き、空中に闇の剣を無数に出現させる。一斉にミラ目掛けて放たれた剣をミラはリヴァイアサンを振り回して弾き飛ばす。二人はこの瞬間確かに見詰め合っていた。心通わせていた。ミラの目に冷静さが戻ったのはこの頃である。男は声を上げた。叫びを上げた。
「カッコつけてェ!! 女にモテてえ!! 自分を曲げたくねえ!! 応援されたら頑張っちまう!! 護っちまう!! そうだろミラ!? 男の子はなあ……ッ!! カッコつけなくなったら死んでるのと同じなんだよォッ!!!!」
「それで貴方が傷ついて! それで貴方だけがボロボロになって! それが嫌で仕方が無かったんでしょう!? 護ってあげるわ私が! 永久に!!」
「俺はどうしようもねえ男だ! 酒呑んで煙草吸って、女遊びはやめられねえしギャンブルも大好きだ!」
「そんな貴方でも私は愛していた!! 真っ直ぐで純粋な貴方を愛していたッ!!」
「そうだ、真っ直ぐで居たい! この世界の正義だとか周りの目だとかそんなこたぁどぉでもいぃいんだよォオオッ!! だから――俺は!!」
目を瞑る。心の中に思い描く全て――。この世界に生きる命。祈り。罪と呼ばれる力。世界に成り立ち。己の成すべき事。仲間達の姿。失われた記憶。あの日の夕焼け。剣の痛み。闇の光。暖かな時間。愛した人の温もり。悲しみに暮れた心。
弱さ、強さ、迷い、力、進むべき道――。ホクトは取り戻す。全ての暗示は解けたのだ。男は剣を掲げ、己の存在の名を叫ぶ。彼はこの世界にガリュウを使う為だけに存在する。ならば彼が究極の魔剣使いでないならばなんだというのか。何度でも繰り返す己の肯定――男は約束の言葉を口ずさむ。全てを台無しにする、神に唾するその言葉を。
「ガリュウ、コード“剣創”――発動ッ!!」
黒い光が瞬き、男の姿をすべて飲み込んでいく。闇の光は広がり、その中でシェルシは不思議と包み込まれるような暖かさを感じていた。闇の中でホクトがシェルシを抱き留め、そうして顔を上げる。空を仰ぐ。限界を作られた閉ざされた世界――その全てを今、完全にブチ壊したい――。
「…………シェルシ、俺は化け物だ。ただ何もかも壊すだけの怪物だ。そんな俺でも……受け入れてくれるか?」
シェルシは一瞬目を丸くし、それから当たり前のように頷いた。その笑顔はホクトの心に突き刺さり、閉ざされていた心を押し開くに余りある一撃――。
「――答えるまでもありません。思い切りやっちゃってください」
「…………了解したよ、姫。了解さ……! やってやる。見せてやる! これが俺の……俺たちの――」
『大罪だぁあああああああああああああああッ!!!!』
「な、なんだあれ……!?」
レコンキスタを離れ始めたガルガンチュアの中、ロゼは冷や汗を流しながら声を上げた。堕ちていくインフェル・ノアから巨大な闇が生まれようとしていた。黒き翼を広げた龍――。巨大な、とても巨大な、何もかも飲み干すような漆黒の龍――。昴はそれを見つめ、静かに微笑を浮かべていた。そう、彼女がそれを――魔剣ガリュウの本当の姿を見るのは二度目である。
その力は一度暴走し、昴はその時それを前に撤退する事しか出来なかった。二度目にそれはザルヴァトーレ崩壊時、仲間達を守る翼となった。そして今闇の龍はどす黒くこの世界の欲望を渦巻かせながら帝国の終焉を演出している。目を瞑り、昴はそこから背を向けた。もう見る必要はないと思ったから。これでもう――勝ちは決まったようなものだから。
遠ざかる船――そして龍は翼を雄雄しく広げ、インフェル・ノアを受け止めていた。それはこのまま堕ちればレコンキスタの住人をまき沿いにし、中に乗り込んでいた者たちも全滅していた事だろう。だがホクトはそれをあえて受け止めた。闇雲に命を奪わないで欲しいというシェルシの願いがわかっていたから。巨大すぎる罪の龍を前にミラは空中に浮かび、それをただ呆然と見上げていた。彼女の力と比べてもそれは余りにも大きすぎる。ゼダンと呼ばれる者たちでも到達できないようなはるか高み――そう、ホクトは既に剣創の力の中枢に繋がっているのだ。大罪と呼ばれる力を経由し男は神に限り無く近い力を手に入れていた。その代償を思えば――ミラの動悸は治まる事は無かった。
「それが貴方の選択なの……ホクト……?」
龍は風を纏い、光の中で羽ばたいていく。帝国から遠ざかっていく龍の影――それは一度だけミラを顧みた。恐らく今のガリュウならばミラを消滅させるのも簡単な事なのだろう。だが男はそうしなかった――いや、そうできなかったのかもしれない。だがそれは誰も望まない事だった。少なくとも彼の姫はそれを望まない。きっとまだ全ての人類が分かり合う手段は残されていると、そう心の底から信じているから。
ホクトはシェルシを両腕で抱きかかえたまま、“我龍”の中で遠くを眺めていた。このままどこか遠くへ行ってしまおうか……そんな下らない事を考える。だがそんなことよりももっと早く、言わなければならないことがあるだろう。やらなければならないことがあるだろう。だから男は笑みを浮かべ、その優しい眼差しでシェルシを捉えた。
「――――おかえりなさい、ホクト」
全てはお見通しだった。姫が微笑むとホクトはそれに応えた。唇が言葉と共に思いを紡ぐのならば、それはきっととてもシンプルなストーリー。そう、全ては思いの中にある。例えその世界が、どんなに大罪に――穢れていたとしても――。
大罪(5)
その後の事を、少しだけ語ろうと思う――。
私こと北条昴は無事にガルガンチュアに乗って帝国からの脱出に成功した。私たちの襲撃によりインフェル・ノアは沈み――そしてゲオルクが中心となって待機していた反帝国組織が動き出し、帝国はあっという間に崩れていった。というのも、剣誓隊の殆どが既に逃げ出しており、将軍クラスも最期まで戦っていたのはジェミニだけである。肝心のハロルドは消え、帝国は完全に崩れ去った……というわけだ。
それからの流れは本当にあっという間だった。瞬くような瞬間の連続で、帝国の百年の歴史はあっという間に無かった事になってしまった。これから帝国がどうなっていくのかはわからない。生き残った人々はミレニアムシステムによる管理とハロルドという絶対象徴を失い放心状態で、帝国民全員が裁かれるべきではないという声も上がり始めている。尤も、ここから先の政治的な話は私には関係の無い事なのだが……。
この世界を救うなんてことは結局出来なかったのだと思う。私は救世主なんて名前ばかりで自分の事ばかりが可愛かったんだ。でも今はそれも悪くないと思えるようになった開き直ったというか……納得したというか。自分の浅ましさを受け入れたというか……まあそんな感じで。今はとりあえずローティスに身を寄せてそこで街の復興を手伝っている。ローティスは元々交易の中心だった町でもあり、戦争で行き場をなくした人々が集まる場所にもなっていた。少しでも誰かの居場所を護る事が出来たら……というのが私の今のところの考えだ。
色々あって、なんだかすごい事になって、それが終わると急に燃え尽きたように全ての気持ちが治まってしまったように思う。若干の無感情と怠惰な平和な中、私は今日も生きている。この、遠い遠い世界の中で……。
「昴ちゃん昴ちゃん、どこ見てるの~?」
「…………空?」
「はう……? 昴ちゃん、燃えつきちゃったの? あれからもう三日だもんね~」
耳をぱたぱたと上下させ、うさ子はニコニコと笑っている。バテンカイトスの前、階段の段差に腰掛ける私の隣にちょこんと座り、足をぱたぱたと振っている。そんなうさ子の頭を撫でながら私も少し彼女の平和な空気を分け与えてもらいたかった。
うさ子は相変わらずで、今日も平和にうさ子らしくしている。そんなうさ子を横から見ていると視線に気づいたのか彼女もこちらへ目を向けてきた。なんというか、知性のない目をしている。くりくりとした、真ん丸い目だ……。うさ子の頭を撫でると私は立ち上がり、それから身体を大きく伸ばした。
「さてと……そろそろまた行って来るかな」
「どこに?」
「――――ミュレイの、お見舞い」
「は~……。ベッドの上は退屈じゃあ……。わらわも早く仕事に戻りたいのう……」
と、ベッドの上で駄々をこねているのは私のお姫様であるミュレイである。部屋に私とうさ子が入ってきたのを確認すると目を輝かせ、それからひらひらと手を振った。さて、この人が何故生きているのかという話になるのだが……。
彼女は私の剣に突っ込んでくる時急所を外し、そして瞬間的に全魔力を消費して強力な回復魔術を発動し傷を塞いだらしい。まあ確かに自分から突っ込んで来て置いて死なれても困るのだが、生きていたら生きていたで色々と文句もある。魔力の消耗とダメージの所為で気を失っていただけだと気づいたのはこっちに戻ってきた後で、その時は私も嬉しくて泣くべきなのか、怒って泣くべきなのかを迷ったものだ。まあどっちにしろ泣くんですけどね。
早くククラカンを復興したくてたまらないミュレイだったわけだけど、当たり前のようにメリーベルから外出禁止を受けてベッドに押さえ込まれている。勝手に抜け出さないようにと術式で動きを封じられているらしく、そこまでする必要あるのかなと思いながらもまあやっぱりこの人のことだから必要なんだろうなあ、と納得もしている。そんなわけで、私の大好きな人は今日も元気にふてくされています。
「昴~……メリーベルに言ってこの術式を何とかするように言ってくれぬか?」
「駄目だよミュレイ、怪我治ってないんだから……。ていうかどっちみちミュレイが回復魔術に優れてなかったら死んでたでしょあれ」
「死なない勝算があったから実行したんじゃ、そんなに自分に自信がなかったらもうちっと別の手を考える」
「でも、その後どうなるかはわからなかったでしょ? 無茶である事に変わりはないよ……っと」
ベッドの上に腰掛けるとミュレイは優しく微笑んでくれた。私は彼女の手に自分の手を重ね、そっと指を絡める……。うさ子は誰かがお見舞いに持ってきたリンゴをもぐもぐ勝手に齧っていた。まあ、別にいいんだけどね……。
「しかし、問題はまだ山積みじゃな……。戻ったら忙しくなるぞ、昴」
「そうだね。だから今の内に体を休めておいてよ……。ミュレイが苦しんでるのは、私は耐えられない」
「……うーむ、真顔でそんな事を言われると若干顔が熱いのじゃが」
「私もだよ……ミュレイ」
二人で至近距離で見詰め合っていると、何となく頭がぼーっとしてくる気がする。ああ、ミュレイかわいいよミュレイ……。どうしてこっちの世界でも同姓婚不可なんだろうか。この世界の法律を作ったやつは絶滅すればいい。
まあ法律で認められていようがどうだろうがそんな事は関係ないのだ。私はもうミュレイを愛し続けると決めたんだし、もう勝手にしてやるのだ。彼女が嫌がろうがなんだろうが、自分の自由にしてみせる……。そんな黒い感情が漏れていたのか、ミュレイは怯える子羊のような目で私を見ていた。笑顔でそれを濁し、うさ子が齧っていたリンゴを一つ拝借する。
「!? う、うさのりんごが……」
「別にいいでしょ、ミュレイのなんだから……もぐもぐ」
「いや、わらわのなんだから昴が食べちゃだめじゃないか……」
「いいんだよ、ミュレイのものは私のものなんだから」
そんなやり取りをしながらリンゴを咀嚼していた時だった。部屋の扉が開き、そこからひょっこりとホクトが顔をのぞかせたのである。ここ数日すっかりどこへ行ったのかわからなかったのだが、ホクトは何故かボロボロで酷く疲れた様子だった。うさ子はそんな事はお構い無しにホクト目掛けて突っ込んでいく。
「ホクト君ーっ!!!! 帰ってきたのーっ!! はうううう!!」
「おー……帰ってきたぞい……。うさ子、元気そうだな……」
「はうはうっ♪ うさはねぇ、いっつも元気なの~!! そういうホクト君はなぜだかよくわからないけどボロボロなの……」
「ああ……。実は色々あって、魔力が持たなかったんでエル・ギルスの辺境に墜落してな……。山超え野を超え、まあ色々歩き回ってたら三日かかったわけだ……。もう、そろそろ眠い……」
「ホクト君しっかりしてなのっ!! はうーっ!? ホクト君がくたばっちゃうよーっ!!」
ぷるぷるしているホクトを抱きかかえ、うさ子もぷるぷるしている。二人ともぷるぷるしているのがおかしくてつい笑ってしまう私の隣、ミュレイも呆れたように笑っていた。ホクトは気を取り直し、ボロボロの姿のまま私の前に立った。
「よう、元気か昴」
「…………元気だよ、ホクト」
「まあ、色々積もる話もあるが……お前が無事でよかった」
そう言って私の肩を叩くホクト。よほど疲れているのか、うさ子に縋りつかれたままホクトはさっさと部屋を出て行く。そんな背中を呼び止め、私は今なら素直に言える気がした。
「…………おかえり、お兄ちゃん」
ホクトはどんな顔で振り返るだろうか? そう考えると少しだけわくわくする、そんな平和な日の昼下がりの記憶――。しかし全ては解決したわけではなかった。本当の問題はここからで、私たちはその問題を前にあまりに無力だった。
時は更に数日後――。始まりはとある一人の少女の目覚めからだった。彼女の名前はハロルド――。うさ子がインフェル・ノアより救出してきた、ミレニアムシステムの生体コンピュータであり、“大罪”を持つゼダンの一人である――――。
~はじけろ! ロクエンティア劇場~
*テラフリーダムカオス*
うさ子「なのっ!!!!」
シェルシ「…………」
うさ子「はわーっ!? なんで行き成りへこんでるの!?」
シェルシ「アンケートが……再開されました……」
うさ子「うん……されたね……」
シェルシ「あとは何も言わずとも良いかと……」
うさ子「……はうっ?」
ホクト「まあへこたれプリンセスはほっといてと……。長かった帝国との戦いも何とか一段落、次から漸く新展開に入れそうだ」
昴「長かったよね、すごく」
ホクト「長かったなあ……。そんなわけで登場人物が大体出揃ったので、アンケートの後半戦が開始だ。ちょっと項目も増えたりしてな」
昴「でもこれ見るとすごいよね。女性キャラクターより圧倒的に男性キャラクターのほうが人気になりつつある」
ホクト「な……。これは何を意味しているのか……」
昴「とりあえず読者層が今までと違ってきているような気はする」
うさ子「……はう?」
ホクト「まあそんなわけでアンケートが出来たって事は長らく音沙汰なしだった劇場でやる事が出来たって事だ! 今回はキャラの声優について」
うさ子「声優ってなあに?」
ホクト「いや、もしもいたらってだけの話な。そういう投票コメントがあったからふと思って」
昴「……うさ子の声は誰がいいかな」
ホクト「大橋のぞみ」
昴「…………。ストイックすぎない、それ」
ホクト「そうか……?」
うさ子「何の話だかよくわかんないけど、うさはお肉も食べるよ?」
ホクト「それこそ何の話ですか――」
昴「ミュレイの声優は誰がいいかなあ……えへ、えへへ……」
ホクト「なあ、ちょっとみないうちに妹がヤバい人間になってた場合ってどんな顔したらいいんだ?」
うさ子「えっとね、笑えば良いと思うよ?」