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大罪(3)


「リフル……? リフル、しっかりしろ! おいっ!!」


 別れの時は、誰にでも平等にやってくる。それは常に唐突で、心の底から納得できる別れなどあるはずもない。この世界で武器を手に取った時から……そう、運命はすべて決まっていたのだ。

 けれどもそれでも大切な人との別れは辛く、そしてやはり到底納得の行くような事ではない。それでも剣士は――リフル・ヴァンシュタールは大切な人の腕の中で最後の瞬間を迎える事が出来ただけで、それだけで幸せだと感じていた。

 半年前、あの天空に浮かぶ太陽の中でリフルは血に染まって通路の脇に倒れていた。状況に気づいてロゼが駆けつけた時には全てが遅く、昴は倒れリフルは血まみれになっていた。服が真っ赤に染まっている事に気づいてシャツを捲り、ロゼはそこから目を離せなくなった。きつく目を瞑り、唇を噛み締めてそれを閉ざす。賢い少年にはそれがどの程度の傷なのか、皮肉にも判断出来てしまったから。

 ホルスジェネレータの中は暑く、紅いランプに照らされている。色彩の感覚が鈍った世界の中、ロゼは大切な人をじっと見詰めた。口から血を流し、そっと微笑を作るリフル……。彼女は最後までロゼの事を案じていた。堪えきれずに涙を流すロゼの頬にそっと手を伸ばし、首を横に振る。


「悲しまないで……ロゼ。私の事は、構わずに……」


「構わずにって……。誰がやった……? 誰がッ!!!!」


 ロゼとリフルの背後、ミュレイがソレイユを翳し炎の嵐を巻き起こしていた。仲間を殺された怒りからかミュレイの攻撃に容赦は無く、逃げ場の無い狭い通路という事もあり剣誓隊は引き上げていく。ロゼは炎を背にリフルの顔を撫でた。こうして失う間際になってやっと気づく事がある。リフル……。彼女との間にあった絆。大切な想い……。自分の正直な気持ち。全ては遅いのだと判っている。だが、それでも――。


「仇討ちをしようなどと、思わないでください……。貴方は……貴方の自由に生きればいい。何かに、縛られずとも……」


「自由にって……リフル……そんなの出来ないよ……。出来るわけないよ! 僕は……僕は、お前の事が……っ」


「…………ロゼ、手を……。手を、私の手に重ねて下さい」


 言われるがまま、ロゼは自らの手をリフルの手に重ねた。二人は指と指とをしっかりと絡め合い、ぎゅっと握り締めた。温もりを感じる――まだ。それが傷口からすべて抜け落ちてしまうのは時間の問題だろう。だがそれでも、リフルは普段と変わらず優しく笑っていた。


「これから貴方に……グラシアを、継承します……」


「グラシアを……? おい、そんな事したら……」


「どちらにせよ長くは持ちません……」


「でもっ!!」


「ロゼ……これは私の我侭です……。貴方に……継承してほしい……。きっと、ロイもそう考えただろうから……」


 重ねた掌から熱い物が身体の中へと流れ込んでくるのを感じ、ロゼは歯を食いしばった。術式を継承するのはこれが始めてではないが、魔剣式を継承するのは初体験である。リフルの腕に刻まれた術式が緑に瞬き、それがロゼの腕へと移って行く。まるで彼女の命そのものが流れ込んでくるようで、ロゼはそれを止めたいと思った。けれどそれを彼女が望まないのは明らかな事で、だから何も言えないし、気の利いた言葉一つ思いつかない自分がもどかしかった。


「ロイは……貴方に、憎しみや悪意に囚われて魔剣を使って欲しくないと、常々言っていました……。彼はいずれ貴方に剣を継承する、つもり……だった。でも……うっ」


「よせリフル、もういい……喋らなくていい」


「……私もいずれ、貴方に剣を……。私は、憎しみに囚われてしまった……。貴方を護りたいあまり、貴方を遠ざけてしまった……。それでもロゼ、私は……私は貴方と一緒に居られて、幸せだった……」


 きつく両手でリフルの手を握り締めても、その命はもう繋ぎ止める事は出来ない――そう判っていたのに。冷静さを失い、ロゼはリフルに回復魔術を発動した。ありったけの力で、諦めという言葉を吹き飛ばすかのように。何度も何度も繰り返し……その中でリフルは目を閉じ、安らかな顔で語る。


「出来る事なら、貴方が大人になり……。砂の海豚を率いる姿を、この目で見届けたかった……」


「見せてやるよ、これからいくらでも! 僕は強くなるよ……グラシアをもらって、団長になるよ!! そうしたらリフルは副団長になればいいじゃないかっ!!」


「私には、無理です……。私は人の上に立つのは向いていませんから……」


「そんな事、ないって……。僕なんかより、ずっとましだよ! 僕は大事な事にも気づかない愚か者だ! 今になって、焦って……取り返しがつけばいいのにって思ってる……!」


「きっと、取り返しは付きますよ……ロゼ。世界とは……人生とは。長い長い、バトンリレーのようなものなのです……。私が、ロイから受け継いだように。ロイが、誰かから受け継いだように……。私も貴方に託し、そして貴方も誰かにそれを繋げて欲しい……。貴方の誇りを……願いを。生き様を――」


「リフルッ!!!!」


 ぐったりとした様子で目を開くリフル。その顔色は青く、瑞々しく美しかった彼女の顔とはまるで別人のようだった。ロゼは腕に走る痛みで回復魔術の発動を阻害される。その瞬間、リフルは血に染まった両手でロゼを優しく抱きしめた。


「ありがとう、ロゼ……。これから貴方は、貴方の人生を……。貴方なりの、人生を――」


「リフル……?」


 そっと、震える声で呼びかけてみる。しかしリフルはそれには応えなかった。リフルの腕の中、ロゼは目を見開き涙を流した。うっすらと目を開け微笑んだまま動かなくなった剣士の身体を強く強く抱きしめた。少年の絶叫とほぼ同時、魔剣の継承が終了した瞬間にロゼの腕は輝き、嘆く彼の頭上に剣はその姿を現した。風を纏い、穢れを知らぬ誇りを載せた剣士の剣――。自由と、理想と、そして安らぎを運ぶ剣――。ロゼはそれに手を伸ばした。力へと手を伸ばした。時の流れが止まず、そして別れが訪れるのならば少年もまたいつかは大人になる。その第一歩を――その力強い腕で刻んだのだ――。

 リフルとの思い出は絶対に消える事は無い。そして彼女を失った傷と痛みも決して消える事はないだろう。数日後、ロゼは砂の海の上に立っていた。砂の海に浮かぶ、ガルガンチュアの上に。彼の背後には砂の海豚の団員達が並び、そして彼はリフルを包み込んだ棺を見下ろしていた。

 どんな葬儀でもきっと納得など出来ないのだろう。それでもロゼは棺の中に眠るリフルへと優しく想いを馳せた。今まで辛く当たってしまった事もあった。もっと分かり合えたらよかった。大好きな……とても愛しい人。失ってしまったらもう戻らない。だから彼はそれを背負って進むしかないのだ。生き残った、受け継いだ、たった一人の後継者として……。

 棺をその手で砂の海へと沈め、少年はそれが見えなくなるまでじっと立ち尽くしていた。ナノマシンの海はきっと彼女の棺も、彼女の身体も、粉々に砕いて海の一部としてしまうだろう。リフルがよく一人で眺め、愛した砂の海……その景色の中に彼女もまた還って行く。そしていずれは、少年自身も――。

 永久の別れ――そして彼女と向かい合い、己の力と、罪と向かい合った。少年は強くなった。大人になった。未熟さは拭えないだろう。だが一歩ずつでも前に進む事は出来る。目をそっと開き、少年は過去から回帰する。戦場に吹き荒れた嵐は止み、今は彼の心を反芻したかのようにただ凪だけがそこにあった。

 グラシアを構えたロゼの背後、擦れ違ったシグマールの姿がある。ロゼが膝を付き――それに続いてシグマールは前のめりに倒れた。インフェル・ノアの回廊に静けさが戻ってくる。少年はゆっくりと振り返り、騎士へと目を向けた。


『…………今のは……。成る程、風を載せた斬撃か……。君には魔術の才能があるな……ロゼ君。グラシアの刃を風で振動させ……我が魔剣の鎧を切り裂くとは』


 ゆっくりと身体を起したシグマールの胸には大きな傷が残っていた。騎士はそうしてふらつきながらも立ち上がり、再び剣を取る。ロゼは先ほどの感触を思い出すかのように魔剣に力を込めた。すると風は剣を中心に渦巻き、刃を細かく振動させる。そこから発せられる音は響き渡り、まるで女性の歌声のようだった。音色の中、ロゼは再びそれを構える。不完全な技ながら、止めを刺すには十分である。


「あんたの首をこの一撃で刎ね飛ばすくらいは簡単だ……。もういいだろう、シグマール。あんたの負けだ」


『そういうわけにも行かないんだよ、ロゼ君……。大人には、色々と事情があってね……』


 立ち上がり剣を構えなおすシグマール。姿を消したところでロゼにはそれを感じることが出来るし、まともに打ち合っても攻撃能力はグラシアの方が上……。勝ち目は明らかに薄い。しかしそれでもシグマールは立ち上がった。納得の行かないままロゼが剣を構えた時である。背後から突然人の足音が聞こえ、ロゼが振り返った瞬間――。


「ビッグホーン中将、危険です!! 下がってくださいッ!!」


『…………!? エレット君、何故君がここに……!?』


「たああああああっ!!!!」


 エクスカリバー清明を振り翳し、ロゼへと襲い掛かるエレット。しかし戦闘力では明らかにロゼの方が一枚も二枚も上手である。あっさりと受け止められた挙句、風で吹き飛ばされてしまう。壁に叩き付けられたエレットだったが、諦めずに立ち上がり再びエクスカリバーを手に取った。


「私が時間を稼ぎますから、中将は早く撤退を!」


「なんだ、こいつ……? あんた、そんな弱いのに良くこんな所に出てこられたな……」


『止せ、エレット君!! 君の方こそ逃げるんだ!!』


 突然、先ほどまで冷静だったシグマールが慌てた声を上げた。しかしエレットは戦いを止める気配がない。困惑するロゼの視界、通路の奥から迫る足音があった。それはパチパチと手を叩きながら歩み寄り、そうして光の中に姿を現す。


「君は実に良くやってくれたね、ビッグホーン……。だが、親友の息子相手だからといって手加減するのは良くない。君ならそんな未熟な魔剣使い一人くらい倒せるはずだろう?」


『…………オデッセイか……!』


 現れたのは剣誓隊大将、オデッセイである。剣誓隊の中で最も強く、限り無くSランクに近い能力を持った剣の所有者でもある彼は何故かこうして姿を現した。ロゼには全く状況がわからなかったが、何となく彼が言う“手加減”という言葉は嘘ではないような気がした。


「やあ、ロゼ・ヴァンシュタール。ちゃんとこうして顔をあわせるのは初めてかな?」


「…………剣誓隊のトップ、オデッセイ大将……」


「光栄だな、前途有望な若者に名が知れているとは……。しかし君は我々の深遠に近づきすぎた。残念ながらここでゲームオーバーだ。ビッグホーン、止めを刺せ。それとも“彼女”がどうなってもいいのか」


 突然、オデッセイは背後からエレットの首に腕を回した。わけがわからずきょとんとするエレットだったが、首にかかる力が冗談ではない事に気づき苦しさから呻き声を上げた。シグマールは立ち上がり震える手で剣を握り締める。


「た、大将……な、何を……?」


「大方ここで合法的にロゼ君に殺して貰うつもりだったんだろうが、そういうわけには行かない。お前にはまだまだ役に立って貰わねばならないからね」


「どういうことだ……? おい、シグマール……?」


『…………くう……ッ』


 ロゼの視線の先、シグマールは悔しげにただ震えているだけだった。必然、ロゼの視線はオデッセイへと向けられる。オデッセイは普段通り安らかに笑ったまま、エレットの首を絞め続けている。酸素を求め、苦しげに喘ぐエレット……。その様子にロゼは直感的に理解した。本当に戦わねばならない相手は誰なのか……今、何をすべきなのか。風を纏った二対の剣を構える。しかしその腕を掴み、シグマールは首を横に振った。


『やめろロゼ君……! エレットを殺すつもりか!?』


「やめろって……。オデッセイは何を言ってるんだ? あんたは何を隠してる!!」


彼はね、ロゼ君。ただ脅されているだけなんだよ」


『オデッセイ言うな!!』


「彼は死んだ自分の妻を生き返らせたくて帝国に与したんだ。そして、その妻との間に設けた一人娘を剣誓隊の人質に取られている。だから彼は君に殺して貰うことで全てを終わりにするつもりだったんだ」


『オデッセェエエエエエエエエエエイィイ――――ッ!!!!』


 シグマールの怒号が響き渡り、ロゼは思わず背筋をびくりと振るわせた。響き渡る声の後には静寂だけが残り、ロゼはごくりと生唾を飲み込んだ。頬を汗が伝い、状況を徐々に理解し始める。ロゼの視線の先――そこには捕らえられた一人の女。“まさか”――。


「さあ、“娘”を殺されたくなかったらロゼを殺すんだ。帝国への忠誠を見せろ、“中将”」


「オデッセイ……あんた……ッ!!」


「君も早く彼と戦った方がいい。君が私を恨むのはお門違いというものだ、ロゼ。君の父親を殺したのも、君の大事な人を殺したのも、私ではなくそこの彼だ」


 刹那、ロゼの思考の中で何かが爆発した。我慢の限界という言葉がそれに近かったのかもしれない。少年は猛然と走り出した。剣誓隊最強の男目掛けて真っ直ぐに。しかしエレットが強く首を絞められて呻くのを耳に足が止まってしまう。そんなロゼ目掛け、大将の振り上げた魔剣が煌いた。全ては一瞬の出来事――。振り下ろされる刃が肉を引き裂く音が鳴り、血と共に悲劇は幕を下ろした――。




大罪(3)




 唸る魔剣、その名は“リヴァイアサン”――。水を司る魔の名を関したその剣は“大罪”が一つの象徴。罪を統べる者となった今のミラそのもののようでさえある。触れる全てを氷結と同時に砕き、切り裂き、捻る刃……それを前にシェルシに出来る事は決して多くはなかった。

 襲い掛かる刃を封印魔術にて叩き落す。しかしその刃の動きはどんどんペースアップして既に目で追うのも困難なほどになっていた。氷の結界の中に閉じ込められている所為で逃げ出す事も出来ず、シェルシは久々に心から覚悟した。“死”という、ほの暗いたった一文字を――。


「さあ、剣が舐る音と共に痛みに呑まれてしまいなさい……。その肉を殺ぎ、骨を砕き、魂を犯し、我が剣は存在を塗り潰し余りある――。蒼い血の輝きを見せてごらんなさい、“人間”」


「シェルシ、イスルギとウサクを庇って。二人の武装じゃあれには耐えられない」


「でも……」


「でもとかそういう事じゃない。自分に出来る事、今の貴方を必要とする事、よく考えて動いて」


 その言葉と共にメリーベルは猛然と走り出した。上着の裏に隠していた無数の試験管を複数同時に抜き去り、それをミラ目掛けて投擲する。当然それはすべて魔剣によって叩きのめされたが、その瞬間に術式が発動する。雷が、炎が、渦となって瞬いた。耳を劈くような轟音は大魔術の発動を意味している――。なんの詠唱もなくノータイムで発生した攻撃にしては余りにも高威力……しかしミラは傷を負っていなかった。耳を押さえて倒れそうになるシェルシの前、メリーベルは先ほどの攻撃を目晦ましに跳んでいた。


神討つ一枝の魔剣レーヴァテインその力を我は担うコールライトニング――ッ!!」


「…………術式詠唱……? でも、そんな術詩……」


「知らないでしょうね。これは、“私の世界の”魔術だから……」


 足に輝く雷撃を纏い、回転しながらメリーベルは落下していく。迎撃に放つ剣の波を腕で受け止め、その上を滑り、回転しながらその踵をミラへと叩き付けた。


障害をウルス――討ち滅ぼす者ラグナッ!!」


「障壁貫通術式……ッ!?」


 放たれた一撃はリヴァイアサンを弾き飛ばし、更に氷の結界を一撃で破壊し貫通する――。飛来する攻撃――それを腕で受け止め、ミラは激しく吹き飛ばされた。自らが構築した氷の結界に背を打ちつけ、激しく咽る。腕は焦げ、奇妙な方向へと捻じ曲がっていた。


「……その程度のダメージしか与えられない、か。やっぱり本家には劣るわね」


「…………この私に傷をつけたんだから、もう少し喜んでも良いと思うわ。でも、それももうおしまいだけど――」


 剣を揮い、ミラはその足元に巨大な術式を浮かべる――。現れたのは蒼い結晶の鱗に身を包んだ巨大な龍であった。その頭の上に乗り、ミラは高い場所からメリーベルたちを見下ろしていた。龍は開いた口から吹雪を放ち、それを受けたメリーベルの身体は見る見る凍結していく。


「メリーベル!! そんな……!? 龍まで出せるなんて……まさか、式神……!?」


「さあ、全てを停滞した時間の中に閉じ込めてあげる……。美しいものは美しいままに、醜いものは醜いままに――!!」


 再び放たれる吹雪を回避しようとするメリーベルだったが、その両足は完全に大地に接続されていて身動きが取れない。冷や汗を流しながら吹雪を睨んだ瞬間、魔女の身体は氷の結晶の中に飲み込まれ消えて行くのであった――。




『何事だ……!?』


「はわわわ……っ!? ハ、ハロルドちゃん……? インフェル・ノア……傾いてない……?」


 二人がそれに気づいたのはインフェル・ノアが既に落下を始めてから数分経過してからの事だった。戦いに夢中になっていたのだが、流石に無視出来ないほどの異常に気づかざるを得なくなった。ハロルドはそっと何も無い空間に手を伸ばし、そこに立体的な下層コンソールを出現させる。いくつかの映像が出ては消えてを繰り返し、そしてついに気づいた。


『…………!? 動力結晶樹林が、破壊されている……!? いかん、このままではインフェル・ノアは浮力が維持できず墜落する……。それだけではなく、ミレニアムシステムも維持できなくなる……』


「えーと、それって大変なの?」


『すごく大変だ!! く……っ!? この身体も維持出来なくなる……。こ、ここまでか……』


 膝を付くハロルド。それに駆け寄りうさ子は傍でぴょこぴょこ跳ねていた。一応心配しているのだが、ただ傍をちょろちょろしているようにしか見えない。ハロルドは苦しげな様子でうさ子を見やる。うさぎは耳をパタパタさせながら張り切った様子でハロルドを見つめ返していた。


『…………ここを出ろ、ステラ……。もう、インフェル・ノアは長くは持たない。ミレニアムシステムが停止すれば、帝国の全てが停止する……』


「ハロルドちゃんは? ハロルドちゃんはどうなるの?」


『……余は……インフェル・ノアと一体。この城が消えれば我が身も消えるのが定め……』


「それって死んじゃうってこと!? ど、どうにかならないかな!?」


 問いかけるが、ハロルドは何も応えない。うさ子は慌てて周囲をきょろきょろと見回したが、時間切れなのかハロルドの身体がうっすらと透け始めていた。うさ子は慌ててその身体に触ってみるが、腕が貫通してしまい耳をぴーんと立てて目を真ん丸くする。


「ハロルドちゃん……すけてるのっ」


『見ればわかる……』


「ハ、ハロルドちゃん消えちゃだめなのっ!! 消えちゃだめなのっ!! がんばれよぉ……! もっとがんばれよお! あつくなれよおーっ!!」


『…………。何を言っているのだ、貴様は……』


 それがハロルドの最期の言葉だった。消えてしまった黄金の王の居た場所をうさ子は暫くウロウロし、それから唐突に思いついたかのように振り返る。その少女の視線の先――。ミレニアムシステムの中枢部である水槽の中に入った一人の少女の姿がある。何を思ったのかうさ子はそこに駆け寄り、何かを決意してその水槽へと己の拳を叩き込むのであった――。


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