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大罪(2)


 始まりは恐らく些細な誤解だった――。そしてそれは徐々に大きくすれ違い、やがて決定的に取り戻せないまでに成長し、拡大し、心と心の狭間を空けていく物――。

 インフェル・ノアの最下層付近、ホクトは一人暗闇の中を歩いていた。淡い蒼い光に照らされたその通路の奥にはいくつもの隔壁により閉ざされた一つの部屋が存在している。ホクトは腕にガリュウの術式を出現させ隔壁横のインターフェイスを侵食、ハッキングして次々に扉を開いていった。こうしていくつの扉を潜ってきたのかは判らないが、少なくともこの与えられた“鍵”が本物である事は間違いないらしい。

 やがて闇の空間の中に異質な光が現れる。その部屋はもう長年誰も立ち入った事の無い秘密の部屋だった。皇帝ハロルドのみが知る、ミレニアムシステムとは別に存在するもう一つのインフェル・ノアの秘密……。ホクトは扉を潜り、光の中へと進んでいく。そこにあったのは結晶の樹林だった。

 UGで見たあの景色と限り無く良く似たその場所にホクトは思わず眉を潜める。そうして少しずつ、忘れ去った記憶に火を灯すのだ。かつて少年がガリュウと呼ばれる剣に人生を振り回されていた時代……。まだ無力で、一人では生きられなかった時代。生きる術を教えてくれた人が居た。そしてそんな自分を護ってくれる人が居た。白いドレスを輝かせたその幻影を瞼に浮かべ、男は黒き剣を大きく振り上げた――。


『――――皮肉、そして数奇な運命だな』


 ホクトが結晶へと剣を叩き付けるのとほぼ同刻、ミレニアムシステム前ではうさ子とハロルドが刃を交えていた。素早い身のこなしでハロルドへと攻撃するうさ子、それをハロルドは巨大な剣を振り回して迎撃する。黄金の光を纏った王と銀色の光を纏ったうさぎはめくるめく光の水槽に囲まれて踊り続ける――。そう、それは何年も、何十年も、何百年も前から決まっていたかのように……当たり前に。

 うさぎの目は涙を散らして眩く輝いた。王の瞳は無機質にそれを見下ろし、鋭い眼光を瞬かせている。魔剣と魔剣、最強と呼ばれるに相応しい力同士が激しく何度も火花を散らして激突した。その度二人はまるで幻の中を彷徨うかのように……不思議と。長い年月の中で育んできた過去の記憶を思い返すのだ。

 断片的に流れるイメージの中、ハロルドは護るべき物とこの世界に存在する意味を思い出していた。ステラと出逢い、同じ目的の為に戦った……。全ては何の為にあったのだろうか。こうして友であり仲間である彼女と、こうして刃を交える事になっても……。迷いは心の中から消えるはずもない。だが王にはプライドがあった。プライド――それだけが彼の人生を支えてているもの。彼が彼である為に必要なもの。そう、故に彼は己の胸の内に宿した大罪を顕現し、それを行使する――。


『見違えたぞ、ステラ……。貴様は変わったな、随分と。いや、或いはそれでいいのか……。前進なのか後退なのか、それは世界が判断する事だ』


「ハロルドちゃん……ッ!!」


『楽しいな……ステラ。まるで夢のようだ。何故だと思う? 何故こんなにも余は幸福に満ち満ちているのか……。貴様には判らぬだろうな。余にも判らぬのだから』


 繰り出される巨大な剣……それをうさ子は真上に大きく跳躍して回避する。剣の上に回転しながら着地するとその上を走り、空中でハロルドの顔を蹴りつける。しかしその屈強な鎧の前に岩をも砕くうさ子の一撃は減衰され、ダメージは多く通らない。


『余はずっと求めていたのかもしれぬ。変わる物を……。予定調和から外れた混沌を……。故にステラ、余は貴様の変化を嬉しく思う。それを叩き潰さねばならぬのだと知っていても――ッ!』


 反撃の拳がうさ子の身体に減り込み、小柄な少女はくるくると回転しながら吹き飛んだ。何十メートルも吹っ飛びながらも片手を地面に付きブレーキングを行い、足元に火花を散らせて立ち上がる。うさぎもまた無傷――全てのダメージを受身でほぼ相殺していた。手と手を叩いて目をこらすその姿に王は剣を両手で構えなおし、同じく瞳で応える。


『得心行くまで何度でも思い切り繰り返そうではないか。偽りの我が世の春に、或いは一つの終焉を齎すやも知れぬぞ――!』


「…………。うさはね、皆が幸せになる世界になってもらいたいだけなの。ハロルドちゃんには聞こえないの……? この世界の大地が……空が。人が、心が、魂が……。涙を流して叫んでいるの。うさには判る。聞こえるの。だからそれを止めてあげたい……それだけなの」


『吹き荒れる孤独と憎悪の連鎖は容易に止められるものではない。そう出来ているのだからな、この世界は』


「だからね、それを壊したいの……。一人じゃ難しいと思うの。うさはね、あんまり頭良くないから……いい方法は思いつかないの。ばかだから……それでも判って欲しいから……。ねえ、戦う事は悲しいことかな?」


『論ずるまでもない。言葉では判り合えぬからこそ、言葉では結論を出せぬからこそ、人は争うのだから――!』




「――――大丈夫? シェルシ」


 声はすぐ目の前で聞こえた――。真っ直ぐに続く回廊、ガラス張りの壁の向こうに夜の景色を映し出したその場所でシェルシは止まっていた呼吸をゆっくりと再開した。

 首筋に突き刺さったミラの放った刃の蛇は間一髪の所でメリーベルの手で受け止められていた。金色の篭手、神威双対は雷を迸らせながら刃を捕らえて離さない。シェルシ目掛けて繰り出されたミラの刃は切っ先こそシェルシの首に僅かに刺さった物の致命傷とはならなかった。シェルシが庇ったイスルギは片腕を切断され、血を流しながらその場に膝を付いている。止まっていた時間が動き出すかのようにウサクがイスルギをつれて後退し、シェルシは首筋に手を当ててミラをじっと見つめた。

 ミラの表情は穏やかで、まるで何も敵意のようなものは感じられない。しかしその笑顔の裏で、その綺麗な赤い瞳の奥で、軽やかで美しい音色を奏でる舌と同じ舌で、何かが――。何かがどろどろと渦巻いているのがわかった。その背筋がぞっとするような感覚には覚えがある。そう、あの日……タケルと遭遇した時も同じようなどす黒い圧力を感じた。足が竦んで立ち上がれなくなるような威圧感……。“絶望”という言葉にそれは良く似ていた。


「よく受け止められたわね、私の剣」


「…………まあ、目はいい方だから」


「そうじゃなくて……。並みの武装なら触れただけで即破壊出来るくらいのはずなんだけど」


「ご覧の通り特別製だから」


「――――ふうん。私の魔剣とどっちが特別かな? 力比べというのも面白いんじゃないかしら」


「退屈なだけよ」


 刃をメリーベルが手放すとそれは風を切りながら主の元へと戻り、一振りの剣の形へと落ち着いた。それを片手で軽く揮い、ミラはじっと優しい眼差しでメリーベルを見据える。見詰め合う二人……その間に割って入ったのはシェルシだった。


「ミラさん! ミラ・ヨシノさん!! ど、どうしてこんな事を……!? イスルギは貴方の兄であるはずなのにッ!!」


 それがどれだけ愚かな行いなのか、その場にいる全員がはっきりと認識していた。問答無用で斬りかかって来る敵に“どうしてですか”などと馬鹿げているにも程があるだろう。しかしシェルシはあえてそれをするのだ。望んでそうするのだ。一つでも迷いがあれば前に進めなくなる……。自分を誤魔化したら生きていけなくなる。真っ直ぐさと純粋さだけが彼女の血液であるかのように、当たり前のようにその愚を行使する。故に――それがミラの機嫌を余計に損ねるのだ。


「…………貴方は、本当に純粋ね。純粋で……正しく……。まるでこの世界の汚い事なんて何一つ関係ないみたい」


「え……?」


「私だってね、貴方みたいに生きたかった……。野原に咲く一輪の花のように……清らかに。でもね、駄目なの……。もう駄目だった。私はそういう風には生きられない。そういう自分を知ってしまったから。だから――」


 放たれる斬撃――それをシェルシは避けようとするが、しなる刃はまるでシェルシの逃げる方向を読んでいたかのように揺れ、鋭い刃の羅列が襲い掛かる。結局またメリーベルがその攻撃を拳で弾き飛ばし、二人の女は再び対峙する事となる。


「ウサク、シェルシとイスルギを連れて先に行って」


「し、しかしッ!!」


「それが一番合理的なのよ。私はいつでも転送魔術で逃げられるし、貴方達の場所もこっちは把握できる……。時間を稼いで、それから逃げればいいだけの事よ。簡単でしょう?」


 実際メリーベルの言うとおりにするのが正しく思えた。ミラ・ヨシノの介入は予想外だったが、ゼダンがこの段階になって出てこないというのもおかしな話……。だからこそこの武器を持ってきたのだ。ウサクは少し迷った後頷き、イスルギに肩を貸して立ち上がった。


「待て、ウサク……。私は、まだ……」


「腕が一本取れちゃってるでござるよ! 早く手当てしないと!!」


「シェルシ、貴方も早く」


「い、いやですっ!! 私も残ります!」


 シェルシは真顔でそう答えた。一瞬周囲の空気が停止し、それからメリーベルの溜息で再び動き出す……。メリーベルはシェルシに歩み寄るとその額を強めに小突き、それからミラを親指で指し示した。


「アレとこれから一戦交えなきゃならないの。ヤバいのはわかるでしょ?」


「でも、彼女はあのミラ・ヨシノなんですよ!? ホクトが……ヴァン・ノーレッジが愛した人です! 悪い人のわけがないじゃないですかっ!! きっと、何か洗脳処置とかを施されているに違いないんです!!」


 首を横に振り、シェルシはミラを見つめる。ミラの表情は読めなかった。怒っているのか、それとも楽しんでいるのか……。無表情なその感情を前にシェルシは噴出す冷や汗にまみれてごくりと生唾を飲み込んだ。相手は最早異形――化け物の類である。それを前にして魔剣さえも持たない二人に何が出来るというのか……。判っている。それでも――。


「お話をしましょう、ミラさん……! ホクトが喜びます、きっと! ホクトは今でも貴方の事が……。貴方の事が、大好きだから……!」


 笑顔を作れたかどうかは難しい問題だった。それを彼女にしろというのも酷だったし、そう出来ずとも仕方の無いだけの理由があった。呆れた様子で苦笑を浮かべるメリーベル、その背後でウサクはイスルギに肩を貸したまま様子を伺っていた。そして暫しの沈黙の後――ミラは肩を震わせ俯いたまま己の額に手を当てて言った。


「ホクトなら、もう逢ったわ……。だから彼の心配ならしなくても大丈夫よ」


「え……っ?」


「だから、ホクトはもう私の仲間になったの……。彼は今頃私の命令を聞いて、私の為に働いてるわ……。何も判っていないのね、貴方……。ホクトが変わった事に気づかなかったの……?」


「そんな……」


 ミラの言っている事が信じられないのと同時に、しかし先ほどまで行動を共にしていたホクトの違和感を思い出していた。何となく――そう、彼は以前とは違ったようにみえた。記憶喪失だからと思っていたのだが、理由がもしもそれだけではなかったとしたら……。もしも、彼の身に他の何かが起こっていたのだとしたら……。


「貴方にそんな事を言われなくてもね、私とホクトは上手く行ってるの……。なのに、貴方は……貴方みたいなのが横から勝手にホクトを掻っ攫っていくから……ッ!! 許せない……。なんなの、その言い分。貴方ホクトの何なのよッ!!」


「な、仲間です! “ただ”のッ!!」


「嘘ッ!! 貴方がホクトをおかしくしたのよ! 前は私の事しか考えてなかったのに……。今は、貴方の事ばっかり……ッ」


 目を瞑り、ミラは苦しげに肩で息をしていた。その様子は鬼気迫るものがある。その状況において直彼女は美しかった。しかしその常時“ぶれない”美しさが逆に奇妙であり、不気味であった。あとずさるシェルシの一歩の音がミラの耳に届き、それを合図に死者の姫は顔を上げた。


「私は正常よ、シェルシ・ルナリア・ザルヴァトーレ!! 私はホクトの心を手に入れたの! 私は私の意志でここにいる……!! 貴方みたいに流されるだけじゃないの。私は選んだ! 選択した!! 選び進まない者は何も勝ち取る事なんか出来ないッ!! そうでしょうッ!?」


 再び魔剣を振り回し、シェルシへと襲い掛かるミラ。それをメリーベルが割ってはいるとミラは魔剣に魔力を通して能力を発動させる。振るわれる蛇の剣はしなり、打ち付けた大地に傷を刻むと同時にそこを一瞬で凍て付かせる――。凍結する刃を自分を中心に振り回し、ミラはそこに氷のフィールドを構築した。氷山の中に立ち、煌く結晶に囲まれて女は笑う。


「貴方を徹底的にいたぶって無残な姿を世界中に晒して上げる……。そうね、私の玩具にしてもいいわ。一生可愛がってあげるわ。たまにはホクトの“相手”もさせてあげましょうか? そのほうが楽しいもの――ねえっ!!」


「ミ、ミラ……ヨシノ……!? あ、貴方……」


「止めなさいシェルシ、もうわかったでしょう? 言葉が通じるような相手じゃないのよ、“大罪”に覚醒した人間は……」


「メリーベル……ど、どうすればいいんですか? どうすれば……。だって、ミラさんはホクトの……ホクトの大好きな人で……」


「それが戦いに何の関係があるの? 落ち着きなさいシェルシ・ルナリア・ザルヴァトーレ……。目の前の現実を直視するのよ。彼女はもう死んでいる。もう彼女はミラ・ヨシノの形をしているだけ。“大罪”に支配され、それに隷属するだけの存在……。もうどうしようもないわ。戦うしかないの。わかるでしょう、貴方も」


「でも……でもッ」


 頭ではわかっていた。理屈もわかる。だが、納得は出来ない。あんなにもミラは美しく、確かにそこに存在しているというのに……。

 襲い掛かる氷牙の刃にシェルシは目を見開き、涙と共に術式を発動する。紅の姫は蒼いフィールドの中心で舞い踊る……。その姿はとても神々しく、そしてこの上なく…………。




大罪(2)




『ロゼ君、君は神の存在を信じるかね――?』


 刃と刃を交える最中、ビッグホーン中将……否、元砂の海豚副団長であるシグマールは言う。風の渦巻く中心で少年は男を見上げ、剣を繰り出した。幾度と無くぶつかり合う刃――その狭間にロゼは何を見るのか……。


『神は確かに存在する……。御伽噺に出てくる神は、この世界にまだ生き続けているのだよ』


「それがどうした! そんな馬鹿げた離しにどれだけの意味がある!?」


『意味ならあるさ、ロゼ君……! 君はこの世界をどう思う? 傷つけ合い奪い合う事しか出来ないこの世界を……!』


 風が爆ぜ、二人の身体は大きく突き放された。肩で息をしながらロゼは顔を上げる。その消耗度は語るに及ばず、シグマールはそれを見下ろして刃を構えなおした。


『私が何故裏切ったのか、それが知りたいと君は言ったね』


「ああ……」


『簡単な事だ。この場所には――帝国には、私の夢を叶える力がある。そして私たちは罪を償わねばならないのだ。ロイと……それからシャナク。彼女たちが犯した罪を……』


 ロゼは額の汗を拭い立ち上がった。シグマールのわけのわからない話は半分ほどしか聞かず殆ど聞き流し、体力の回復に努める。魔剣の扱いはまだ完璧ではなく消耗は激しいしその力を完全に引き出せるわけではない。相手が休むチャンスを与えてくれるというのならばそれに乗らない手はない。ロゼはシグマールの言葉に応える事にした。


「父上が犯した罪……?」


『私たちはあの頃、この世界を帝国の手から取り戻そうと必死だった。“大罪”の力さえあれば、この世界を変える事が出来るのだと……。だがそれは間違いだった。帝国にこそ正義があったのだ。いや……そんな事はどうでもよかったのかもしれない。私はね、ロゼ。ただ家族を護りたかったんだよ』


 目を閉じ、シグマールは思い返す――。それは既に遠く、忘れ去られてしまった懐かしい日々……。その中で彼は確かに笑っていた。リフルやロイ、そして彼らが護ったシャナクと共に……。だが全ては過ぎてしまった。何もかもが変わってしまったのだ。彼の裏切りによってそれが齎されたのならば、その終焉を悲しむ資格などあるはずもない。


『私はただ、大切な物を取り戻したかった。だからこの世界を変えたかった……。けれどもそれは無理な事だったのかもしれない。神は人に自由を許さなかった。決して……』


「それが何の関係があるっていうんだ……! リフルが! 父上が!! お前に殺される理由になんかなるかッ!!!!」


『…………そうだな。だからロゼ君、君は私を討つ資格がある。だが討って何が変わる……? 死者は蘇らない。君のその感情は余りにも幼く未熟だ。人の生き死になど、この世界の流れの中では有り触れた事』


「有り触れた事……だと……」


 ロゼは目を見開き、それから瞳に映る騎士の言葉を反芻した。そう、確かに――有り触れた事なのかもしれない。人は生まれそしていつかは死んでいく。そこには何の忌憚も無いのだ。良いとか悪いとかではなく、兎に角そうなるものなのだ。確かにリフルが言っていた事でもある。憎しみや――それに順ずるような邪な気持ちで刃を取ってはならないと……。

 まだ、彼女が生きていた頃の事を思い出す。リフルは剣の稽古をロゼのつける事はあっても魔剣を継承することはなかった。父は死に際、自分ではなくリフルへと魔剣を継承した。その事がずっと気にかかってはいたものの、今はまだ未熟なのだろうと己を無理に納得させていた。そう、それはまだホクトたちと出会う前、彼らが彼らなりの生活を営んでいた時の記憶である。

 ある日ロゼは自分の傍らで本を呼んでいるリフルをじっと見つめていた。剣士はそっと本を閉じ、ロゼへと目を向ける。優しく穏やかで、暖かい眼差し……。リフルは唐突に、不機嫌そうなロゼに向かって語り始めた。


「ロゼ、魔剣とはなんなのでしょうね」


「……術式により構成される魔術武装だろ?」


「そういう事ではなく……。魔剣とは、“力”とは、何の為に在り何が正しいのか……。私はグラシアを先代から引き継いだ時に魔剣使いとしての心得までは引き継ぐ事が出来ませんでした。だから私は今も未熟なままで、そして答えも出ないままなのです」


 遠い目をしてそう語るリフル。ロゼにしてみればリフルの力は十分なもので、それは嫌味にしか聞こえなかった。不機嫌そうにそっぽ向くロゼへとリフルは歩み寄り、その頭をそっと撫でて頬を寄せた。


「私はきっと、間違った魔剣の使い手なのでしょう。ですがロゼ、どうか貴方は真っ直ぐな心で力を扱ってください」


「リフルにだってそうできるはずだろ? リフルに出来ない事が僕に出来るかよ……」


「いえ、きっと出来ます。私は――私の心は憎悪に囚われ、掻き消す事の出来ない悪意に囚われています。それは私の“弱さ”……。信じる事、赦す事こそ強さなのです。ですがそれでも私は……」


 優しかったリフルの事を思い出す度、叫び出しそうな強い失意と憎しみに囚われそうになる。リフルは憎しみに囚われるなと常々言っていた。だからこそ割り切った。平静を装った。けれどもこの仇を前にしては、その付け焼刃の強さは脆くも崩れてしまう。


「リフルは……。確かに世界にとっては有り触れた存在だったのかもしれないよ……。でも、僕にとってはかけがえのない人だった……! リフルを“有り触れた”なんて言葉で片付けるなッ!!!! 僕はぁあああッ!!」


『憎しみに囚われて剣を使えば剣は曇りに囚われたままだ。ロゼ君、君に魔剣を使う資質はないな』


「うるさあああああああああああああいいぃいいッ!!!!」


 雄叫びと共に走り出すロゼ。猛然と刃を振るうのだが、それはシグマールの刃に次々に捌かれてしまう。何故、どうして……? 混乱するロゼの視界を真っ白に染めるシグマールの反撃……。吹き飛ばされるロゼは何も考えられない頭の中、リフルの事を沢山思い浮かべていた。右から左までリフルの思い出を順番にスライドさせていく。そうしてやっぱり思う事があるのだ。“赦す事なんて出来ない”……でも――。

 倒れ、そしてまた立ち上がる。リフルの言っていた事が今は少しだけわかるような気がした。目の前には巨大な敵……。未熟な自分の力。勝算はどれほどなのか? わからない。それでも――。


「リフル……。やっぱり僕は赦せないよ……。やっぱり僕は……だって。だって、お前の事が……大好きだったから……」


『そろそろ蹴りを着けるかね? お互い、過去の思い出に縋るのはみっともないだろう』


「…………みっともない、か。そうかもね。僕は子供だから……まだ弱いから。だから想い出に縋って生きている。でも――前に進みたいんだ。リフルみたいになりたいんだ。リフルの事が好きだったから……だから!」


 風を起し、心を解き放つ――。怒りや憎しみに囚われた心が消せないのならば、せめてその闇を受け入れよう。罪を見つめよう。そしてそれと正面から向かい合い、乗り越えていけばいい。リフルとは違う手段で、自分なりの力で、過去と決別したい……。ロゼの心に拭いた風は一陣の黒い風――。何もかも吹き飛ばしてしまうような、あの男との出逢いだった。

 過去が心を縛るのならば、明日へと思いを進ませるのもまた過去の風――。その力をすべて解き放つ。心を素直に真っ直ぐに。学んだ事、知った事、全てを受け入れる。そして憎しみを肯定する――その弱さを風に乗せ、明日へと吹き飛ばす為に。


「勝負をつけよう、シグマール……。僕は仇を討ちたい――!」


『ではそれに応じよう。万全なる一撃で……。これで決着だ、ロゼ君。さようなら、過去の妄執よ』


「消えるのはお前だ、シグマール。今の僕は一人で戦っているわけじゃない。お前にはきっと判らないよ……この気持ちは」


 一層強くロゼの魔剣が輝き、風と共にそのシルエットを変えていく。より鋭く、柔らかく、風をイメージした刀身……。ロゼの身体に刻まれた術式が光を放ち、今までに無い感覚を放っている。その瞬きを忘れぬうちに少年は走り出した。傍に彼女がいるような気がした。そう、いつだって護られているから。傍に彼女がいるから。だから自由に、どこにだって羽ばたける――――。

 インフェル・ノアに風が吹き抜けた。それと同時にホクトは地下で剣をその手から消滅させる。彼が立ち去るその背後、結晶の森は無残に砕かれていた。インフェル・ノアに異変が起こる。物語の終焉は、目の前にまで迫っていた――。


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