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Saudade(1)

 元々、言われずともそれ以外に自分の歩く道など無いのだと、そう信じていた――。

 若くして敵国に送り込まれた王子。護るべき妹を護れず、代わりに敵の姫を護らねばならない現実。当然苦悩はあった。迷いもあった。それでも彼は今日まで真っ直ぐ、揺ぎ無く歩いてきた。

 それは、彼が彼なりに自分で選んだ道を歩いたからだと言える。姫であるシェルシを護り、王であるシルヴィアを護った。その行いは結果的に褒められる事ばかりではなかったかもしれない。だが、それも全ては大切な物を護る為。

 当然、役割として。必然、避ける事も出来ず。しかし純然、それは彼が願った己の道である。かつて幼い少女だったシェルシの笑顔に彼が何度心救われただろうか。彼女を護る事を己の誇りとし、そして彼女が幸せになる時まで見守り続ける……それが彼の夢であり、願いでもあった。

 かつて、彼女の母親は言った。大切な故郷から引き離された王子に、そっと優しく語りかけたのだ。敵国の王子に騎士団を任せたのは、ただしきたりであったからだけではない。彼女は彼の忠誠心、そしてこの世界全体を護ろうとする気持ちを信じていたのだ。彼ならば、娘を護ってくれると。そう信じていたのだ。

 信頼には信頼で、誇りには誇りで、矜持には矜持で――。真っ直ぐにただやりあう事しか知らない不器用な男が出会った一輪の華……。その華は今、正に己の意思で咲き誇ろうとしている。華とは儚く、夜の夢に散り行くが運命……。しかし、せめて願わくばそれは彼女の意思で。散るからこそ美しいその光を、しかしせめて願う場所で……。その為に戦うと誓った。全ての制約を失った今、それでも男は魔剣を握る。それこそが彼が誇る、たった一つのプライドであるかのように。


「無名の魔剣使いにしてはやるな……。名を聞いておこうか!」


「…………。名乗る程の者ではない。私はただの槍であり、ただの盾だ。一つだけ覚えておけ、魔剣使い。力とは――他人に知らしめる為にあるのではない。誇示ではなく、維持する為に。力とは、秘めて置くべきものだ」


「そいつは俺の主義とは反するな。力は使わなきゃ意味がない! 目立たなくっちゃな!」


 二対の魔剣、“重魔剣イクリプス”を交差させ、ジェミニは走り出す。無骨な形状の円月刀を左右交互に繰り出し、身軽な動きでイスルギへと襲い掛かる。イスルギはそれを盾で防ぐと同時に強引に踏み込み、盾で思い切りジェミニを弾き飛ばした。

 単純な腕力ならば、イスルギは相当な能力を持っている。彼の魔剣はパワー特化型……。他の全てを犠牲にしている代わりにその豪腕は彼の線の細い肉体とは裏腹に強力である。弾き飛ばしたジェミニへと槍を繰り出すイスルギ――。その一撃の衝撃は大地を砕き、烈風を巻き起こす。


「やるな! だが、そうでなければ面白くない! すぐにケリがついてしまっては、盛り上がらないッ!! そうだろ、イクリプスッ!!」


 刃に紫の光がぼんやりと宿り、ジェミニは身体を回転させてその波動を撒き散らす。吹き荒れる圧力――それにカンタイルの街は破壊され、イスルギも吹き飛ばされる。盾を構え、大地に槍を突き刺して堪えたものの、その破壊力は並の魔剣とは比べ物にならない。そう、彼もまたAランクの魔剣使い……。どちらの能力が勝っているわけでもなく、劣っているわけでもない。


「イスルギ、無事ですか!?」


 衝撃で吹き飛ばされて転んだシェルシが慌てて走ってくる。その気配を背後に感じながらイスルギは構えを解き、改めてジェミニを見据えた。敵は明らかに剣誓隊、しかもかなりの実力者である。狙いはどうやらシェルシ……。となれば、やるべき事は一つだけだ。


「シェルシ、ヤツの狙いは貴方です。あまり前に出ず下がっていてください」


「だが断ります!」


 拳を握り締め、シェルシは目をキラキラさせながら断言した。思わず転びそうになるイスルギ……。その言い草はまるであの軽薄な魔剣使いのようでさえある。


「……恐らくホクトならそう言うはずです。イスルギ、私も一緒に戦います」


「しかし、敵は剣誓隊の魔剣使い……。かなりの腕です」


「それがどうしたというんですか、イスルギ。私は一歩も退きません。私は戦います。もう、護られているだけは嫌なんです。だから――私は自分の手で未来を勝ち取ってみせる」


 シェルシは両腕を広げると大地に術式の紋章が広がっていく。空に浮かんだ無数の白い刃の幻影――。それを一斉にジェミニへと放った。ジェミニは魔剣でそれを相殺しようとして――とっさに身を屈めて回避した。


「…………っと!? やばかったな……封印魔術ってやつか? 魔剣の動きを封じるんだろう、それは!」


 ニヤリと笑うジェミニ。そう、彼にはシェルシの資料が渡されていたのである。あまりそうしたものに目を向けるタイプではないジェミニだったが、エレットが探査をしている間ずっと暇だったので昇降機の中でも列車の中でも、どこでもそれに目を通していたのである。結果彼女の能力の危険性に気づき、防御ではなく回避を選んだ……。それは大きな差である。


「当たれば一撃必殺だな、確かに。魔剣使いが相手なら尚更だ。だが、そんな姑息な魔術では俺は止められない! 俺はもっと目立ちたいからだ!!」


「シェルシ、読まれています。相手の方が素早い場合、真正面から魔術を放つのでは勝率は低い」


「…………。ですね。では、どうすれば?」


「万物には機というものがあり、戦には流れというものがあるのです。当たらないのであれば、当てられるようにするしかないでしょう」


 ジェミニは再び魔力を刃に通し、猛然と接近してくる。刃を十時に重ね、放つ一撃――。今度は盾で受けるものの、先ほどまでとは重みがまるで違う。二対の剣にかかった圧力がイスルギの強固な盾を軽々と押しのけ、衝撃は騎士に迫った。それを庇うかのように姫はその手を伸ばし、封印魔術により障壁を発生。魔力により発生する魔術現象をすべて“相殺”するその能力でイスルギを救った。その隙を衝き、騎士は槍を放つ。好機に流れを止めてしまわぬように連続で攻撃を繰り出し、ジェミニを圧倒――。その瞬間シェルシは背後に回りこみ、再び幻影の剣を放った。


「なに……ッ!? 後ろからか!」


「ジェミニ少将……ふにゅうっ!?」


「エレット少佐ァアアアアアアアアア――――ッ!?」


 先ほどまで気絶していたエレットが起き上がり、ジェミニに放たれた幻影剣を身を挺して受けていた。が、それは特に命を奪うようなものではなく、封印魔術の直撃を受けたエレットはばったりと倒れこむ。ジェミニはその身体を抱き上げ、号泣しながら夜の空に叫んだ。


「…………。だ、大丈夫ですよ、それ。しばらくしたら解けますし……」


「き、貴様らぁ……! よくもエレット少佐を……ッ!! 許さん……許さんぞぉおおおおお――ッ!! うおおおおおおおおッ!!」


 涙の雫と共にジェミニの魔力が溢れ出し、周囲を破壊する圧力となって広がっていく。砂の上に浮かぶ島、カンタイルの大地が砕け、更に島全体が過度の負荷で沈下を始めていた。港からは砂が市街に侵入し、街全体に激しい振動が走る。慌てて後方に逃げたシェルシとイスルギだったが、もう少し逃げるのが遅かったら“ぺしゃんこ”になっていただろう。


「な、なんですかあれ……!? 無差別攻撃にも程があります! 街を沈めるつもりですか!?」


「一見すると恐ろしい馬鹿ですが……やはり恐ろしい馬鹿のようです。早めに仕留めなければ、この街全体に被害が及びます」


「しかし、あんな近づく事も出来ない力場の中心に居る相手をどうやって……」


 イスルギは頷き、それから盾を変形させその中心に槍を取り込んだ。光を帯びる巨大な槍を、ジェミニ目掛けて照準を合わせる。盾をカタパルトにし、槍を射出する貴魔剣アルテッツァの能力――。両足を広げ、しっかりと踏ん張りを利かせて衝撃に備える。その一撃は通常に放つ槍の数十倍の威力を持ち、そしてそれならばあの力の渦の中でも効果を十分に発揮出来るはず。

 何をしようとしているのかを理解し、シェルシは慌てて後退した。構えた槍に魔力を込め、盾が青白い光を帯びて射出の準備を終える。イスルギが一息に光の槍を放つと、それは回転しながら猛スピードで大地すれすれを疾走して行く。まるで己の意思を持つかのように正確にジェミニへと向かっていく……のだが。

 ジェミニの周囲に近づいた瞬間、槍の動きはまるでブレーキをかけられるかのように遅くなっていく。最終的にはジェミニまであと数センチというところで空中で静止してしまう。更にそれはあろうことか、時間を巻き戻すかのような勢いで跳ね返され、一直線にイスルギ目掛けて吹き飛んできたのである。

 姫を護る為、騎士は慌てて盾を構える。予想よりも遥かに強力だった力によって跳ね返された槍はイスルギの盾に直撃し、男はそのまま遥か彼方へと吹き飛んでいく。衝撃の轟音にシェルシは片耳を塞ぎつつ、イスルギへと振り返った。


「イスルギ――ッ!!」


 彼方に弾き飛ばされたイスルギは民家に突っ込み、瓦礫と一緒に転がっていた。シェルシの声で身体を起し、額から流れる血をそのままに立ち上がる。改めて魔剣を召喚し、再び前へ――。これ以上街の被害を増やすわけにもいかない。最悪この街が沈むようなことになればどれだけの被害が出るのか……。戦うべきは敵だけではない。時間もまた、彼を背後から駆り立て続けていた――。




Saudade(1)




 “記憶”とはなんだろう? ふとそんな事を考える瞬間があった――。

 記憶……。それは、覚えているという事。記憶……それは思い出。記憶、記憶、記憶――。記憶が無くなってしまえば、それはもう別の存在になってしまうのだろうか? 記憶、記憶、記憶――。記憶とは何か。何を意味し、何を定義し、何の為に存在する――?

 それは、人が人である為に。自分自身を確信する為に。他人と繋がり続ける為に。何かを心の中に維持し続ける為に。人は常に記憶に左右され、記憶に制限され、記憶に肯定されて生きている。記憶があるからこそ人は人で居られる。記憶があるからこそ、人は誰かと繋がっていられる。では、記憶がなくなってしまったらどうすればいい? 何度紡ぎなおしても、それを失ってしまうのならばどうすればいい?

 無駄だ。無駄なのだ。何もかもが無駄なのだ。積み上げる事が出来ないのならば三途の川と同じなのだ。それは無慈悲な罪の重荷……。彼に課せられた物、それが罰以外の何物であるというのか。男は一人、夕焼けの中を彷徨っていた。山沿いの坂道を下りながらふと思う。心の中に去来する、この虚無感は一体なんなのかと。

 判っている。自分が異質なものであることは。もうこの世界にも、あの世界にも、どの世界にも属せ無い――。居場所も無くうろつくただの死の影……それが彼の正体なのだ。メリーベルが現れた時、彼は安心した。そして同時に恐れたのだ。得る事も失う事も怖いのならば、何をどうすればいいのだろうか。

 だからこそ、我武者羅に走ってきた。只管に前に進んできた。善悪だとか生死だとかそんな事は関係なく主義も主張も無くただ力を揮った。そうすることで道は開けてきた……はずだったのに。

 何もかも失って、何も覚えていないはずの身体が覚えている。魔剣狩りと呼ばれた男が追い求め、捜し求め続けていた物……。ホクトと呼ばれた男が、心の奥底でずっと求めていたもの。勿論それは今となっては意味のないことだ。今更それを思った所でどうにもならない。だからホクトは決めたのだ。とりあえず前に進むと。


「だから……やるしかねえ、行くしかねえ、進むしかねえ。そうだろ……? それしかないんだ。それだけが、俺の……。俺が俺である為に必要な要素なんだからな」


 ズボンのポケットに両手を突っ込み、ホクトは深く息をついた。感傷的になったところで状況は進展しない。それを彼はわかっている。本能的に前向きなのだ。だからこれもいい機会だったのだろう。穏やかな日常……半年だけだったがそれを経験出来た。それだけでも十分、幸せだったというものだろう。


「ホクト!」


 そんな男の背後、駆け寄るメリーベルの姿があった。坂道を駆け下りてきた女は肩で息をしながら顔を上げる。ホクトは目を丸くし、それからニヤリと笑った。


「そんなに俺に会いたかったのか?」


「…………。そうじゃないけど……。さっきはごめん。ちょっとこっちの理屈を押し付け過ぎた。反省してる」


「別に俺はそんなに気にしちゃいないぜ? 黙ってたって記憶は戻らねえ。じっとしてたって前には進まねえ。だから歩くさ。進むんだ。そういう生き方が俺には合ってる」


「そう……。でも、判って。本当に貴方の力が必要だから……。それに、これ以上ここにいると危ないの」


「危ない……?」


「貴方が異世界に飛ばされても、私と同じように世界を行き来できる存在は居る。貴方がその魔剣の……大罪の力を持っている以上、安全な場所は――」


 と、そこでメリーベルは口を紡いだ。何事かと小首をかしげるホクトだったが、彼女の視線を追って振り返れば自然とそれに目が向いてしまった。ダークスーツに身を包んだ一人の男がゆっくりと坂道を上がってくるのが見える。一目見れば判るほど、それはあからさまだった。目をギラギラと輝かせ、引きつるような笑みを浮かべる人影――。ホクトの脳裏、様々な景色が過ぎった。そう、その男は――。


「よう……探したぜ、魔剣狩り……。“魔女”も一緒とは都合がいい」


「…………タケル……」


 メリーベルの呟きでホクトは眉を潜めていた。名前は知らない。知っているはずもない。だが、覚えている。体が記憶している。それは敵だと、魂が叫んでいるのだ。だから身構える。当たり前のように。


「よくも俺様を異次元にぶっ飛ばしてくれたな……。戻ってくるのに半年もかかっちまったじゃねえか。どうしてくれるんだてめえ……あぁ?」


「千年の努力に比べれば、半年くらい軽いもんだろ?」


 と、自分で言い返してホクトは驚いた。その皮肉はどこから漏れ出すのか……。そう、頭で考えているからいけなかったのだ。どうせ記憶は最初からカラッポ……。刻んでるのは魂に、この心に、意思に。北条北斗はいつ如何なる状況でも同じ思考をし、同じ行動を選び、同じ答えをたたき出すだろう。“今までだって何回も記憶が無くなっている”のだ。だが、それでも普段通りでいられた。誰もそれに気づく事はなかった。それは――彼がブレないから。彼が揺らぎ無いから。彼がどんな状況でも、必ず昨日の彼と、一昨日の彼と、一週間前、一ヶ月前、一年前……。どんなに時を遡っても、彼は同じだから。連続性は保たれている。明日の記憶が続かなかったとしても。彼という存在は連続しているのであれば、それは“記憶”なのかもしれない。


「メリーベル……あれは敵なんだろ」


「……ええ」


「あれが来るから、こっから離れなきゃならなかったんだろ。だから急いでたんだろ?」


「…………」


「そうだよな。他に考えられねえ。あんたは巻き込みたくなかったんだ、本城夫妻を……。ならそれは正しいぜ。間違ってるのは俺と――テメエだ」


 笑顔と共にびしりと指差すその先でタケルは楽しそうに声を上げて笑っていた。二人の男の浮かべる余裕……それが余計に状況を緊迫させている。二人の男は同時に歩き出し、そうして丁度互いの真ん中で額と額とをぶつけ合った。文字通りの目と鼻の先――二人は睨みあう。火花を散らす。そうして笑いあうのだ。


「ガリュウの絞りカスの分際で、よくも俺様をあれだけコケにしてくれたな……あぁッ!?」


「見下すんじゃねえよ、クズが……。そうやって何もかも下に見てるから足を取られるんだよ」


 次の瞬間、タケルは拳を振り上げ、それをホクトの顔面に叩き込んでいた。しかし男は倒れず、反撃の拳を繰り出す。二人はそうして何度か交互に殴りあった後、同時に拳を顔面に叩きこんで仰け反った。

 所謂クロスカウンターの状態から男二人は仰け反り、よろけて下がっていく。タケルはその手の中に魔剣を構築するが、ホクトはそれが出来ない。この世界にはそもそも魔力という力が希薄であり、その身にガリュウの力の殆どを宿しつつあるタケルは兎も角、文字通りの絞りカスとなったホクトにこちらの世界で剣を出せるほどの余力はない。結果、一方的に振り上げたタケルの剣が大地を叩き壊し、アスファルトを粉砕して蜂起させる。砕ける坂道……走って逃げながらホクトはメリーベルの手を握り締めた。


「何ボサっとしてんだ!! 逃げるぞ!!」


「え、ええ」


「あの野郎、異世界だってのに容赦なしか……! 人が暮らしてた街を平然とぶっ壊しやがってッ!! どうすればいい、メリーベル!?」


「あっちの世界に逃げ込むのが早いと思うけど……あいつをどうにかしないと……。こうなる前に戻りたかったけど、こうなった以上仕方が無い。ホクト、夏流とリリアのところへ。そこに彼らが使ってる異世界への転送魔法陣がある」


「…………って、あの人たちも……!?」


 そこで背後から放たれてきた無数の魔剣が二人の行く先を塞ぐように次々に突き刺さった。振り返ったホクト目掛けて猛然と突っ込んでくるタケル――その攻撃から庇うようにメリーベルはホクトを突き飛ばし、自分もまた倒れるようにして逃げ込む。


「どうした!? 魔剣が出せないとそんなもんかよ……? ヤバいよなあ、大ピンチだ! でも誰も助けになんかこねぇよ!!」


「ホクト!!」


 ホクトへと繰り出された攻撃を防ぐようにメリーベルが割って入り、両手を翳して防御障壁を展開する。しかし障壁は術式で編まれている以上ガリュウには通用せず、そしてそもそも魔力の絶対量が明らかに不足している。結果メリーベルへと刃は食い込み、身を引いたものの彼女の身体は鋭く斬り付けられてしまった。


「メリーベルッ!!」


 叫ぶホクトの目の前でメリーベルは血を流し倒れる。その身体をぎりぎりで抱き留め、冷や汗を流しながらホクトは顔を上げた。目の前には大剣を振り上げたタケルの姿――。流石に成す術なく、せめてメリーベルだけでも護ろうと背中を向けた、その時――。

 刃は確かに振り下ろされていた。衝撃は確かに迸った。しかし、痛みはいつまで経っても襲ってこない。血も流れていないし、まるで平穏無事だった。ホクトが振り返るその先、夕焼けに照らされる一人の男の姿があった。振り下ろされた大剣を、片手で受け止める男の――。彼が居候していた、北条昴が居候していた、本城家の家主。本城夏流――。男はガリュウの一撃を受け止め、それを軽く突き放して振り返った。


「全く……どいつもこいつも自分だけで事情を抱えすぎだ。若い内はな、どうしてもダメな時は誰かを頼っていいんだ。逃げたっていい、助けを求めたっていい。それを理解しろよ――ホクト」


「…………だ、旦那……? あんた今、素手で魔剣を……」


 目を真ん丸くしてホクトが苦笑を浮かべながら問いかけると、本城は特に気にする様子も無く頷いた。そんな彼らの背後、妻であるリリアが駆け寄ってきて旦那へとアタッシュケースを投げ渡した。


「夏流さん、これ使って!」


 それを受け取り、男はケースを開いてみせる。中に納まっていたのは黄金の手甲――。それを徐に両手に装備し、ホクトとメリーベルを庇うように前に出た。その間にリリアが二人に駆け寄り、リリアは負傷したメリーベルの傷に手を当てる。淡い光がその傷を瞬時に癒すのを見て、彼女もまた異世界の関係者である事を理解する。


「お、奥さん……? あれ……? ど、どういう事ッスか?」


「えーとねえ……黙っててごめんね。でも、話して信じてもらえることじゃないから……」


 困ったように舌を出して可愛らしく笑うリリア。その視線の先では黒き刃を纏った敵と対峙する男の姿がある。ホクトはリリアの肩を叩き、それから本城を指差した。


「いやっ! 無理だってあれ!! あの人NEETだぞ!? 普段から奥さんに頭も上がらないようなヘタレなのに、大罪相手は無理だろ!!」


「そんな事ないわよ~。ああ見えてもあの人は、本当はとっても頼りになるんだから。ね、メルちゃん?」


 メリーベルは無言で溜息をついた。しかしその様子は呆れているだけであり、不安げには全く見えない。しかしホクトにはどうにも想像出来なかった。普段から妻の尻にしかれている彼が、こんなにも二人から信頼されている事が――。


「なんだ、テメエ……? こっちの世界の人間か」


「ああ」


「それが、どうして俺の剣を止められた……?」


「さて、どうしてだろうな」


「…………。ナメてんじゃねえぞ、クソ野郎があああああッ!! 喰らい尽くせ、ガリュウ――ッ!!」


 黒き魔剣が吼え、本城へと襲い掛かる。猛る魔力が思い切り叩き込まれ――しかし本城はその攻撃を片腕で受け止めていた。余りにも容易かった為威力が周囲には伝わりづらかったが、タケルにはわかる。それは会心の一撃だったはず――。と、次の瞬間一瞬を気を緩めた刹那に本城の蹴りがタケルの脇腹に減り込んでいた。鈍い音と共に骨が砕け、一撃で内臓が潰れるのを感じる。予想斜め上の大ダメージ――直後、勢いを相殺しきれずタケルは激しく吹っ飛んでいった。


「がはあっ!? お……!? なん、だ……テメエッ!?」


「お前こそなんだ、人の家の近くで大暴れしやがって……。その道が使えなくなったら最寄のスーパーまで遠回りになるだろうが。現地住民の気持ちを考えろ、阿呆」


「なんなんだって聞いてんだよッ!?」


 喚くタケルへと一瞬で駆け寄り、男は拳を振り上げる。電撃を纏った、黄金の拳――。男は溜息混じりにウンザリした様子で告げる。


「…………名乗るのもおこがましいが……。しがない引退したただの救世主だよ」


 繰り出される拳。それが電撃と共にタケルのボディに直撃し、雷鳴が轟いた。吹き飛んだタケルは大地の上に転がってピクリとも動かない。それを見届け、本城は疲れた様子で背を向けるのであった――。


~はじけろ! ロクエンティア劇場アンケートランキング特別編~


*それにしたって関係ない。いわば彼はアンケートでいうところの貴志真夕くらいのネタだったはずなのに*


うさ子「なのっ♪ 今回は、アンケートで三番人気だった本城夏流君をご招待したのっ!!」


シェルシ「…………。なんでこの人が第三位なんですか……?」


本城「俺に言われても困る……。これといって目立ってないはずなんだが……なにもしてないし」


シェルシ「票は全体の9.3%集まりました。これはかなり全体的に票が割れた結果ですね……」


うさ子「というわけで、おじさん向けのコメントを紹介しちゃうのっ」


本城「おじさんて……。最近なんか若い子に縁があるなあ……。ライダーとか……」



【コメント抜粋/キャラコメント】

前の主人公がおっさんになるとか最高でしょう。

本城「…………。まあ、おっさんだな。おっさんだ」


…師匠。活躍の機会はあるんだろうか

本城「特に活躍はしなかったが、サウダーデの(1)はちょっとだけ出番があったな。ファンサービスということで」


つまりは――邪魔だ!

本城「…………。そんな事俺言ったっけ……?」


なぜかニート

本城「ニートである理由は、これからわかってもらえると嬉しい……」



シェルシ「何気に奥さんにも票が入ってるんですね」


リリア「な~つ~る~さ~ん~……? 一人で女の子に囲まれて何三位になってるんですか……?」


本城「待てリリア、これには深いわけが……」


うさ子「なんだか大変そうなの……」


シェルシ「……ですね。というわけで、ここからは彼の日常風景を少し切り取った番外編です。投票、ありがとうございました!」


うさ子「なのーっ!!」




 俺の名前は本城夏流――。若い頃は救世主なんかやっていた時期もあったが、今はしがないNEETである――。

 と、誰に対するものかわからない自己紹介を脳内でしながら俺は道場の雑巾がけを続ける。師匠からこの道場を譲って貰ってからもう大分経つのだが、師匠が帰ってくる気配は無い。師匠は外国に旅立ち、世界中で格闘技を極めて……俺に再戦するのが夢らしい。

 まあ、色々あって師匠より軽く強くなってしまった俺はそれから道場の看板を預かる事になったのだが……この道場というのがいかにも流行らない。そもそも俺は愛想も良くないし、これといって人間的に魅力的なわけでもない。肝心な武術についても詳しいわけではなく、俺の手法は決して一般人に教えたところでわかってもらえない。

 気……とかいう単語をたまに聞くが、俺の力は正にそれに近い。得体の知れないエネルギーを拳にのせて放つのである。これが誰かに理解して貰えるほうがおかしい。雑巾を絞り、額の汗を拭う。俺に出来る事――それは掃除くらいのものだ。というのも全てはちょっと変わった嫁さんをもらってしまった事に起因する。俺は腕を組み、道場を眺めながら彼女が嫁に来た時の事を回想するのであった。




受難、本城夏流の場合




 「久しぶり――。へこたれ勇者様――」


 彼女が微笑む。小さな口で言葉を紡ぐ。耳を澄ませ、その一字一句を聞き逃さないように俺は目を閉じた。

 リリア・ライトフィールド。勇者で魔王でお姫様で……ついでに妹で神様で。泣き虫でへこたれで誰よりも頑張り屋さんな白い勇者の少女に、俺は確かに出会った――。


「――久しぶり、夏流さんっ!」


 リリアが満面の笑みで言う。俺は彼女頭をくしゃくしゃに撫で、それからやたらと背の伸びたリリアを強く抱きしめた……。そんな奇麗事で物が片付けば誰も苦労はしなかったのだ……。

 俺の嫁こと本城リリア(実際には籍を入れていないので彼女の苗字は本城ではないが)は、栗毛色の髪に翠の目という明らかに日本人離れした風貌で、その美しさも折り紙付きだ。まるで西洋人形のような端正な顔立ちは一緒に並んでいると嫌になるくらいの超美人だ。昔はちっこくて犬みたいだったが、大人になれば流石は元プリンセスというわけで……。

 再会を果たした時、リリアは既に大人になっていた。その時からほぼ外見が変わらないままなのは、恐らくこちら側と向こう側とで時間の流れが異なっているからなのだろうが、そもそも彼女は歳をとるのか不明である。事実上、寿命など存在しないのではないだろうか。

 というかそもそも彼女が何物なのかという説明からしなければならないのだが、そもそも彼女はなんというか……そう、こういうと馬鹿げているのだが、この世界とは違う世界からやってきた女なのである。所謂異世界人というやつだ。俺も縁があってそこで暫く滞在したりして、リリアとはその流れの中で知り合った。

 ちなみにこのリリアというのが俺の妹であり既に他界している本城冬香にソックリで、というかほぼ同一人物的なもので、そしてリリアは異世界では勇者だとか魔王だとか神だとか言われ、結局俺の嫁で収まった。もうわけがわからない。冷静に思い返してみるとあの頃はよくあんな非常識な事を平然と受け入れたなとばかり思う。まあ兎に角、リリアがこっちの世界に来てしまってから俺の平凡な日常はあっさりと崩壊した。あれは確かまだ俺が大学生だった頃の話だ――。


「…………。えーと……つまり、この子は貴方の彼女さんなの……?」


「の、ようなものというか、そうであるというかそうじゃないというか……」


「エッ!? そうじゃないんですかッ!? リリア、ずっと夏流さんに会いたくて会いたくて頑張ってきたのにそうなんですかっ!?」


「いや、俺もそうだったけどさ……恥ずかしい事を親の前で言うな……」


「だって、夏流さんだってあの日最後に好きだってゆったじゃないですかあっ!!」


「だからッ!! 親の前でそんな事を堂々と宣言するな馬鹿ッ!! お前は全然変わってねえな!」


「夏流さんこそ、相変わらずシャキっとしないヘタレですねえ……!」


 二人で取っ組み合いになってぎこちない笑顔を浮かべる本城の実家……。俺はとりあえず行き場の無いリリアを実家に連れて行った。というのも、どうやら元の世界に戻るにはナナシ……ああ、俺の飼ってる人型のうさぎ……だけどこの説明じゃ全く意味不明……の力が必要らしかったからだ。ナナシは実家にいるので当然実家に行くしかない。そこには俺の母親も丁度同席していたというわけである。

 リリアは明らかに外国人、しかも何故か日本語ペラッペラで、服装はアーマークロークという非常に物騒極まりない。流石に持ってた剣はあの場所においてきたが、それでも母の視線は相当困惑していた。二人して粗相に気づき椅子の上に座る。リリアは相変わらず愛らしい、ほにゃっとした笑顔を浮かべていた。


「まあ兎に角、夏流のガールフレンドだっていうことはわかったわ……。でも、お父さん許してくれるかしら……」


「俺の親父は物凄く古風なんだよ……。つまり、外国人のお前と付き合うのを納得しない可能性がある。しかもあいつは俺の嫁になる人間はお見合いで自分が決めると昔から宣言している」


「…………? おみあいってなんですか?」


 まずはそこからですか――。とにかくそんなわけで、リリアに俺の家族関係を説明するだけでやたらと時間がかかった。というかそんなことも知らないかったのかこいつはとか思ったわけだが俺も説明しなかったのが悪い。兎に角俺の家の中で俺の境遇はあまりよくないのだ。

 うちの親父は某企業のお偉いさんだ。ユニフォンとかいう新型ケータイを売ってるのだが、使用可能エリアが限られているらしく俺は使った事がない。まあそんな親父のお陰でこの家は盛大豪華なわけだが、リリアとしては城とかで暮らしてたから別にそうでもないんだろうなあ……。で、説明したのだがリリアは話を聞いていたのか聞いていなかったのか、立ち上がり拳を握り固めて言ったわけだ。


「リリア、夏流さんのお嫁さんにしてくださいってお父さんに頼んできます!」


「マジか!? 二つの意味で!」


「リリアは夏流さんに会いたくて、故郷さえも捨ててきたんですよ……? それなのに夏流さんは……うぅっ! うぅ………」


「……夏流、このお嬢さんに何をしたの? ちゃんと責任はとりなさい……?」


「まだなんもしてねえよっ!!!!」


「じゃあこれからしてくれるんですね?」


「いや……っ! そういう問題か!?」


「兎に角リリア、お父さんに会ってきます。大丈夫ですよ、どんな人だって話せば判りますから。夏流さんのお父さんとなら、リリア仲良くなりたいです」


 そう微笑むリリアの説得力の深さといったら凄まじい。まあ確かにこいつは背負ってる過去が二十代前半にしてドぎついからなー……。そんなわけでとりあえずリリアはうちの台所でちょっとした料理を作り、お茶と一緒にそれを親父の書斎に持っていく事になった。俺と母とうさぎは三人でぞろぞろとその後に続き、親父の書斎へ向かった。


「おとうさーん、入りますねー」


「ちょ、おま……」


 気安すぎるリリアに既にツッコみたかったが、そこからが問題だった。ドアを開いた親父にリリアは歩み寄ろうとしたのだが、ドアの段差に足を引っ掛けて盛大に転んだのである。宙を舞うお茶……。そしてお料理の数々。それが親父の堅物そうな顔と薄くなってきた頭の上に直撃する。後方待機の三人は同時に青ざめ、それから慌てて駆け寄った。


「リ、リリ……リリアアアアアア!! 何やっとんじゃああああっ!!」


「へう……。へ、へこたれそうですぅ……」


「リリアちゃん、大丈夫!?」


「いや……リリアより親父の心配をしたほうが……」


 恐る恐る振り返る俺たち……の視線の先、親父が仁王立ちしていた。それから物凄い勢いで説教を受け、俺とリリアは家を締め出されてしまったのである……。


「ごめんなさいねえ、リリアちゃん……。あの人頑固だから……」


「へうぅうぅぅ……。リリア、帰るところもないのですよう……」


「それに関してはワタクシの方で何とかしておきましょう。お二人はその間どこかで旦那様のお怒りが収まるまで身を隠されては?」


「……そうするか」


 こうして俺とリリアは二人暮しをする事になったのだが……。この後が大変だった。

 こちらの世界の事を何も知らない非常識なリリアに振り回され俺は酷い目に逢いまくった。何度か死にそうにもなった。だがそのエピソードを全部やるとまるで時間が足りないのでそれはあえて抜粋する。この間に秋斗とも再会を果たし、リリアはこちらの世界の生活に慣れ始めていた。

 まあそんなこんなで俺も大学を卒業して就職する事になったのだが、親父が絶対に自分の会社に入れと煩く、待遇も良かったし特に他に夢もなかったのでそこで働く事になった。しかし、リリアは……。


「夏流さん、会社行っちゃやだああああ……っ」


「…………。リリアさん? 何をしてらっしゃるんですか?」


「やだやだ、やだーっ! 夏流さんもっとぎゅーってしてーっ!!」


 というのが朝の光景……。リリアさんはフォーマルな姿で鞄片手に出勤しようとする旦那の足に背後から縋り付き、目をうるうるさせながら言うのである。冷や汗を流す俺……。せめて服をちゃんと着て欲しい。


「だって、夏流さんが行っちゃうとリリア孤独なんですよう……。だーれもお友達もいないし……テレビでタモさん見るくらいしか楽しみがないんですようう」


「タモさんで我慢しろよ……。というか秋斗はどうした?」


「秋斗君はねぇ、なんか会社起すってどっかにいってからそれっきりでしょ? 親友なのに忘れたの……?」


「いや……そうだったな。ナナシは?」


「うさぎさんは、夜のお仕事だからって昼は寝てるの!! 寂しいよう、寂しいようーっ! わあああんっ!!」


「いや、我慢しろよ……。夜には戻るんだし」


 そんなわけで犬をひっぺがし会社に行くのだが……実際俺もあんなリリアの事が心配で仕方が無かった。こっちの世界の事は右も左もわからないのだ、不安にもなるだろう。それでも帰りたいとは一言も言わずに頑張ってくれているのだ。何かお土産に、今日は買って帰ろうか……そんな事を考えるのだが――。


「夏流さーん♪」


「おぶふぅッ」


 会社にリリアは勝手にやってくる。たまにやってくる。そしてお昼のお弁当を盛大に作ってくるのだ。俺はそれが恥ずかしくてたまらなかった。“はい、あーん♪”じゃねえよ。じゃねえんだよ。

 そしてリリアは会社でも大人気で、俺は会社の先輩達からあれこれ詮索されるのであった……。ひどい生活だ。だがこれが暫く続いたのが悪かった。ある日、親父の耳にまでリリアが会社でダラダラしている事が知られてしまい……。


「クビになったあっ!? な、なんでっ!?」


「お前のせいじゃあああああああっ!!!!」


 別に女を囲ってるくらいならいいんだろうが、リリアはあの親父にお茶ぶっかけた張本人だからな……。あれから俺は見合い話も断っているし、リリアと縁を切らないとお前は会社に来させないとまで言い出したのである。そこまでするか普通……と思ったが、まあ親父も意地なんだろうな……。で、それを聞いたリリアは翌日の朝には、置手紙を残して消えていた……。

 さてこれでどうなるかっていうと、俺は消えたリリアを探してあちこちに行かねばならなくなった。フォーマルスーツのまま走る俺! そのままナナシと共に異世界へ……。これで向こうの世界に行ってリリアを探し出すまでにまたひと悶着あったのだが、まあそれでなんとか無事に連れ戻し……。


「夏流さ~ん」


「ん……?」


「あのね、子供が出来ちゃった♪」


「え……?」


 フリーター生活をしていた俺にリリアは笑顔でそう告げた。嬉しいような、なんかちょっとそうじゃねえだろって言うような……でまあ兎に角子供が産まれ、で、そしてリリアはその子供をつれてまた異世界に行ってしまったのである。


「なんでやねんッ!?」


 と、絶叫したのは言うまでも無い。なんでも向こうの世界で遣り残した事があるからだとかいっていたがそんなん俺は知らん。流石に愛想も尽きたと思ってそれから暫くリリアの事はほっといたのだが今度は仕事が手に付かない。なんだかんだでリリアが一緒に居ないと自分はダメなんだと実感した頃には俺はフリーターどころかNEETになっていた。

 それから死んだような生活が続き、もう意地はってないでリリアに会いに行こうかと思い始めたある日――。突然現れたリリアは大きくなった娘を連れて来たのである。名前はユリア……俺がつけたんじゃない、誰かが勝手につけた。なんだそりゃ!!


「パパ……逢いたかった……っ」


 と、抱きつかれてもこんな大きい娘いたっけか……? やはり時間の流れが違うのか、娘の成長もすごく速かった。まあその頃には既に俺もおっさんになっていたわけだが……。それからリリアも無事に戻ってくる事になり(何を遣り残したのかは教えてくれなかった)、ユリアは向こうの世界の仲間と一緒に魔物と戦っているらしい。危ない事はやめなさい! とは言えないのは自分も危ない事をしていた過去があるからか……。

 そんなわけでリリアが再び俺の元に戻ってきてからはや数年――。それなりに平穏な人生を送っていると思ったら今度は昴という親戚の子を預かる事になったり、私立探偵をやっている知り合いの手伝いで荒事に参加する事になったりと今でもトラブルは耐えない。で、極めつけがこれである……。


「昴が異世界に……ねえ……」


 ホクトとかいう若者がうちに転がり込んできたときに既に何かもう嫌な予感がしただよなあ……。まあ、別にこういうのは慣れっこだからいいんだが。雑巾を絞り、道場に背を向ける。ここを本格的に開けるようになるのは、どうやらまだまだ先の話のようだ――。


「夏流さん、メルちゃんが呼んでますよ」


 と、入り口から顔を覗かせた嫁が言う。可愛くトラブルメーカーな、この阿呆な愛しき嫁よ……。俺の人生は多分、これからもずっとこんなカンジなんだろうな――――。


「ああ、今行くよ――」


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