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I need you(3)


「気に入らない……。実に気に入らないっ!!」


 テーブルを叩く一人の男――。彼の名は、ジェミニ少将……。剣誓隊の四本指に数えられるほどの実力者でありながら、重要な仕事を尽く任されない男――。

 容姿端麗、そしてAランク魔剣の使い手である。ハロルドへの忠誠心も高く、将軍クラスの名に恥じない剣誓隊の顔だと本人は自負している。しかし熱く燃え上がる本人の熱意とは対照的にテーブルの向こうに座るルキアとビッグホーンは沈黙を保っていた。

 インフェル・ノア内部――。剣誓隊に与えられたカフェエリアの一画でジェミニは拳をわなわなと震わせていた。ルキアは呆れた様子で内心“またか”と思い、ビッグホーンは相変わらず一言も口を効かない。しかし放っておくと際限なく自家発電し続けるので、ルキアは一応訊いて見る事にした。


「何が気に入らないの……?」


「ここ最近の、俺の扱いだよっ!! ず~っとやる事が無くて暇なんだ! 俺はこんなにも戦いを渇望しているというのにッ!!」


 両の拳を握り締め、男は叫んだ。ルキアにつばが跳び、ビッグホーンが無言でハンカチを差し出す。ルキアは顔をごしごし擦りながら眉を潜めていた。

 確かに、ジェミニの出番はここずっとなかったと言える。ザルヴァトーレでの戦いでも後方待機だったし、ホルスジェネレータの戦いでもお留守番……。そしてようやく帝国の反撃が始まった今でも、出番は“白騎士”に取られてしまっている。


「そもそもなんなんだよ、あいつーっ! 途中から入ってきたくせに行き成り将軍クラスと同等の扱いで!! 仕事もみんな奴が自発的にやっちゃうじゃないかっ!!」


「ラクでいいと思う……けど」


「ルキア……。俺は思うんだ。剣誓隊の魔剣使いの力とは、前線で戦う事によって発揮される! そうっ!! 要するに俺はもっと目立ちたいんだっ!!」


 テーブルの上に立ち、汗を迸らせながら両手を広げるジェミニ。その汗がまたルキアの顔にかかり、ビッグホーンがハンカチを差し出す。顔を拭きながらルキアは眉を潜め、それから視線を反らして溜息をついた。

 ジェミニ少将――。強力な魔剣使いであり、ヨツンヘイムの貴族でありながら出番の無い男……。それは彼が変わり者ぞろいの剣誓隊の中でも更に変わっているからに他ならない。重要な仕事の局面で暴走されては困るのだから、自然と彼の出番は地味になる。

 そんな彼もようやく目立てるかと思っていた矢先、白騎士こと昴の参戦である。将軍クラスには彼女が何故寝返ったのか、詳細は一切伝えられていない。そんな状況で納得しろというほうが無理な話だろう。実際ジェミニだけではなく、ルキアやビッグホーンにもこの状況には疑問があった。


「なあルキア、今度からお前に渡される仕事は全部俺に回さないか? この重力を操る魔剣使い、ジェミニに」


「能力名バラさないほうがいいと思うけど……」


「戦う前には毎回名乗ってたぞ?」


「それ、相手にインパクトないと思う……」


「なにぃいいいいいッ!? そ、そうだったのか!? 俺としたことが……“正々堂々ノブリスオブリージュ”に拘るあまり、印象を薄くするような事を……。これでは目立てないではないか……ッ」


「元々目立ってないけど」


 ルキアの一言でジェミニは遠い目をした。それからテーブルの上から降りて、唐突にルキアに土下座する。何事かと周囲の剣誓隊の視線が集中する中、ルキアは無言でその頭を踏みつけた。


「よ、幼女のハイヒールで踏まれるというのもこれはこれで目立ってそうだが、頭を差し出したら即踏むというのはどうなんだルキア」


「……え? 踏んで欲しいのかと思って……」


「結構そういう隊員がいるのか……」


「“我々の業界ではご褒美です”……とか言ってたけど」


「…………。そいつらの事はあえて干渉したくはないが、兎に角ルキア!! 俺を目立たせる為に……! 俺を男にしてくれっ!!」


 土下座するジェミニ。その大声の発言に周囲の剣誓隊隊員が目を丸くする。ルキアは暫く考えた後、無言でジェミニの顔を蹴り飛ばした。


「なんでそうなるのかわかんないけど……。兎に角、重要な仕事をジェミニに任せて、失敗されたらルキアの責任になっちゃうでしょ……」


「大丈夫だ、俺は失敗しない!」


「その根拠は?」


「無い! だが失敗はしない!」


 ルキアがジェミニの足を思い切り踏みつけ、よろけたところで顔面を思い切りビンタする。吹っ飛んだジェミニが派手に倒れると、少女は溜息を一つ残して席に戻った。


「はあ……。あいつの相手、すごく疲れる……」


 そんなルキアをねぎらうように大きな手でビッグホーンがその肩を叩いた。二人がそんなやり取りをしているとカフェ内に大将であるオデッセイが入ってくる。オデッセイは派手に倒れているジェミニを見て腕を組み、それから一案――。


「ジェミニ、また仕事がないと嘆いているのかい?」


「団長ッ!! 何故自分には仕事が巡ってこないんでしょうかッ!?」


「…………うーん、そうだね……。君の能力は強力すぎる……というか、派手すぎるんだ。敵も味方もお構いなしだからね。集団先頭には向いていないし、貴重なホルスジェネレータなどの施設での戦闘はもってのほかだ。君は周囲に容赦など出来ないだろう?」


「た、確かにその通りだ……。俺が戦った場所は、すべて荒野になる……。団長! そこまで考えて……!」


 勝手に感動して涙を流すジェミニ。オデッセイは優しい笑顔で頷き、ジェミニの肩を叩いた。彼の扱いに関しては右に出るものは居ない……ルキアはオデッセイに尊敬の念を送った。


「というわけでジェミニ、君に仕事を与えよう」


「ほ、本当ですか!?」


「ああ。君の今回の任務は、生き残っていると思われるザルヴァトーレ残党の排除……。目標は、彼女だ」


 オデッセイが手渡した書類には、シェルシ・ルナリア・ザルヴァトーレの顔写真が載っていた。それから彼女についての詳細、扱う魔術の種類や性格などを分析したデータが乗っている。ジェミニはその顔をよく目に焼きつけ、それから頷いた。


「単身突撃による破壊なら君は非常に優秀だ。今回のミッションは街の被害なども特に考えなくていい。思い切り暴れてくるといい」


「派手にやっていいんですね!?」


「勿論だよ。それから探知系の魔剣使いを一人つけるから、そちらと協力するように。君は失せ物を探すには向いていないからね」


「了解しましたッ!! このジェミニ、何がなんでもこの小娘を派手に抹殺してきますッ!! ルキア!! 仕事をもらったぞおおおおおッ!!」


 涙を流しながら再びテーブルの上に昇り、書類を高々と掲げるジェミニ。何故かカフェ内には感動的なムードが広がり、各地で拍手が起こった。ルキアはそんな馬鹿げた組織の中で頭を抱え、最早何度目か判らない溜息をつくのであった――。




I need you(3)




「というわけで、貴方を迎えに来たの……ホクト」


「…………はあ……」


 本城家、食卓――。そこには家主である本城、その妻リリア、そして居候ホクトの姿がある。だが今日はその三人だけではなかったのだ。黒髪の美女が一人、流し目でホクトを見ている。彼女の名前はメリーベル・テオドランド――。異世界の住人にして、本城家とは縁のある女性である。

 彼女がここにやってきたのは当然ホクトを回収する為なのだが、まさか異次元に吹き飛ばされたホクトがこんな所にきているとはメリーベルも思ってはいなかった。しかしつい先日、唐突にリリアから連絡が入り、ここにホクトが飛ばされてきている事、そして記憶喪失になっている事を知ったのだ。

 しかしいざ駆けつけてみれば、ホクトはすっかりこの本城家での生活に馴染んでしまっている。今も気の抜けた様子で湯飲みを傾けている……。メリーベルは溜息を一つ、それからホクトの手を掴んで強引に立ち上がる。


「……これ、少し借りるから」


「メルちゃん、痛いことはしちゃ駄目だよ?」


「わかってる」


 リリアはひらひらと手を振り、本城は何も言わなかった。強引に外に連れ出されたホクトはボケーっとした表情を浮かべていたのだが、そこに思い切り振り上げたメリーベルの右拳が叩き込まれ、ホクトは思い切り2メートルくらい吹き飛ばされた。


「いってえええええッ!? 痛いことしてんじゃねえか思いっきり!!」


「…………。治らなかったか」


「そんなんで治るもんじゃねえだろ、記憶喪失って!?」


 頬に手を当てて立ち上がるホクトにメリーベルは困った様子だった。彼がこうなってしまった理由は、大よそ想像もつく。彼にとって記憶とは所詮彼自身を構成する情報……究極的な話、魔力そのものなのだ。それは本来ならば消耗されるようなものではないのだが、彼がそれさえも燃やし尽くしてしまうほどに力を使ったとすれば……十分に在り得る事。

 あの日、世界全体に影響を及ぼすほどの莫大な魔力が放たれたのをメリーベルは観測している。その原因が彼以外に思いつかず、故に彼はどこかで吹き飛ばされたのだろうとアタリはつけていたのだが……。


「ったく、初対面でぶん殴るとは恐ろしい女だな……。美人だから許すけど」


 青空の下、ホクトは両手をズボンのポケットに突っ込みながらメリーベルを見つめていた。メリーベルもまた、そんなホクトを見つめている。まさかこうしてここにまた来る事になろうとは……否、だとすれば。彼女の推測が正しかったとすれば。恐らく、本当に必要だった“救世主”というのは――。


「記憶喪失は兎も角、私と一緒に来ればそれも回復する手段があるかもしれない。この世界には魔力という概念がそもそも希薄なの。私の術もここでは殆ど効果を発揮出来ない」


「…………うーむ、術……魔力……。わりとすんなり受け入れられているところを見ると、俺が異世界の住人だっていうのは事実らしいな。それにしちゃあ本城夫妻の反応に驚きが一切無くて不気味だが……」


「あの二人は、そういう事に関しては色々と経験済みだから……。リリアも夏流も理解してくれると思う。早くここから離れないと、色々と問題が山積みなの」


「…………。そうねえ……。でもな、あんたには悪いけど俺はこっちに仕事もあるし、本城夫妻との生活がそれなりに気に入ってんだ。行き成りそんな事言われても困るぜ」


 日本庭園を背景に、ホクトは考えた。記憶喪失という事の意味。異世界の存在……。メリーベルという、その壁を越える者……。信じがたい事は多く、しかしその全てをすんなりと受け入れられる自分がいる。記憶喪失になった所で、結局彼自身の存在まで変える事は出来ないのだ。


「私には、貴方を連れて帰る責任がある……。貴方の力が必要なの、ホクト。貴方が居ないと、悲しむ人が大勢居るわ」


「…………」


 ホクトは難しい表情を浮かべ、それから空を見上げた。必要――と言われたところで、空は青くそして彼には実感がわかない。何か大切な事をしていたような気もすれば、何もしていなかったような気もする。穏やかで平和で、少しだけ賑やかな日常……それがこの世界にはあるのだ。じっと、自分の掌を見つめて見た。癖のように繰り返したその行為――結果は今までとは違ったのだろうか。


「あんたの言い分はわかった。あんたの役割もわかった。でも、それにYESと首を縦には振れねえ。振りたくねえ」


「どうして……?」


「何も覚えてねーし、何も感じねぇ……。今の俺を見てあんたはどう思ったか知らないが、俺はもう今何もしたくない気分なんだ。俺は……。あんたのいう、戦いの世界なんて、全然好きじゃない。そんなの望みもしない。俺はただ……家族と一緒に、平和に暮らしたかっただけなんだ」


 片手を額に当て、男は苦しげな表情を見せた。記憶はもう残っていない。でも、心の中に何故だか苦しさだけが残っている――。家族と共に在りたかった。護りたい人が居た。しかし戦いは全てを奪い去っていく。何もかも、無慈悲に……残酷に。滑稽なくらい、その中で踊って。踊り続けて死んでいく……。そんな自分の姿を思い描き、恐怖とも失意とも言えない暗い感情がわきあがってきた。

 そうだ、何が戦いの世界か――。必要だと言われても、今のホクトに必要なのは優しい家庭、そして受け入れてくれる人々の気持ちなのだ。やっと生活も落ち着いてきたというのに、今になって戻って来いと言う。


「そりゃ……ご都合主義だろ、なあ?」


「…………ホクト」


「あんた、何か勘違いしてんだろ……? 俺は別に、しがないその辺に転がってるような路傍の石だよ。何も護れない、何も救えない……。だからもう嫌だったんだ。でも、やっと居場所を見つけた……。見つけたんだよ」


 ホクトはメリーベルへと歩み寄り、その胸倉を掴み上げた。メリーベルは、何も言い返せない。残酷な事を押し付けているのは判っている。彼が例え、七つの大罪の持ち主だとしても……。そんなものは自分の理屈だ。メリーベルが言っている事は、全部自分、そして他人の理屈なのだ。それはすべてホクトには関係ない。彼はただ、巻き込まれただけの被害者なのだから。

 ヴァン・ノーレッジと呼ばれた人間の身体の中に取り込まれ、剣として再構成され、彼は何故か戦いの渦中に放り込まれてしまった。何故自分がそこにいるのかもわからないまま、右も左もわからずただ戦い続ける日々……。常に笑顔を浮かべ、余裕の表情で、困難を打ち破ってきたホクト。しかしその胸の内にどんな想いを抱えていたのだろうか?

 それを理解しようとも思わなかった時点で、彼女に言い返す言葉などなにもないのだ。少なくとも彼女自身はそう思っている。至近距離で見詰め合う二人……。ホクトは手を離し、それからメリーベルの肩を叩いた。


「…………。なんてな。冗談だ。戻るよ、戻る。戻って、なんだかよくわかんねえけど戦う……。それでいいんだろ?」


「ホクト……」


「ただ、色々後片付けだけさせてくれ。挨拶しなきゃいけない人も居る……。それが全部済んだら……おしまいだ」


 寂しげな笑みを残し、ホクトは去っていく。遠ざかっていく背中を見送り、メリーベルは何とも後味の悪い気持ちを抱いていた。再び彼を戦いに巻き込む事……それがどんな事なのかは判っている。深々と溜息を漏らし、それから空を見上げた。何故だろう、こんなにも蒼いのに……吹けば飛んでしまいそうに見える。


「メルちゃん……。どうしても、ホクト君を連れて行くんだね」


 背後、玄関から出てきたリリアの姿があった。かつての仲間であり、友人でもあるリリア……。メリーベルは視線を向け、それから寂しげに大地へと移した。


「ねえ、どうして私たちに相談してくれなかったの……? 私たち、貴方が異世界でそんな事をしているなんて全然知らなかった。不老不死の法を探す……今はそれだけじゃないんでしょう?」


「……リリアは鋭いわね。相変わらず」


「もう長い間ずっと友達だもの……判るよ。ねえ、何か力に成れないかな……? それとも、私たちじゃ役不足……?」


「…………。これは、私の問題。私が片付けなきゃならない事だから」


「その結果、ホクト君を巻き込んでしまうのに?」


「………………。キツい言い方だ」


「でも、貴方のためだよ」


 リリアは悲しげな瞳でメリーベルを見つめていた。二人の間に風が吹き、メリーベルは憂いを払うかのように首を激しく振ってみせる。それから気合を入れるように頷き、リリアへと手を伸ばした。


「追いかけてくる」


「……うんっ! 頑張ってね、メルちゃん」


 二人は手と手を結び、それから笑いあった。まるで子供の頃と変わらないその様子に縁側に座った夏流は苦笑を浮かべる。ホクトが異常な存在だという事は気づいていたが、まさかこんな不思議な縁に巻き込まれるとは思っても居なかった。


「お前も……巻き込まれたのか? 昴……」


 記憶の中、様々な景色が蘇る。メリーベルが一人で何をしようとしているのかはわからない。しかし友人として――かつて共に戦った仲間として。放っておくわけにはいかないだろう。彼女がそれを、望まなくても。彼がそう、望むのならば――。




「では、最近噂になっている白騎士というのは……」


「恐らく、北条昴本人でしょう」


 カンタイルの中でも格安な、一見すると寝泊りが可能なのかどうか胡散臭くなるほどの安宿に部屋を取ったシェルシとイスルギ。二人はベッドの上に座ったまま、互いの持ち寄った情報を交換していた。

 中でも最も気になっていたのが、帝国側に現れた強力な魔剣使いの噂である。その外見、能力から正体不明の敵は白騎士という呼び名を付けられていた。実際白騎士――北条昴は一時期帝国剣誓隊に所属していた事もあり、それが噂を広めるのに一役買ったようである。一度は落ち着いた白騎士の噂が再燃した、というのが正しいのだろうか。

 その白騎士の正体が、死んだと思われていた北条昴本人であると聞いた時、シェルシの脳裏に事の真相が見え始めていた。何故ミュレイ・ヨシノともあろう人が帝国に捕まったのか……。仮に推測が正しければ、状況はただミュレイを助ければ済むという事でもないらしい。


「困りましたね……。仮に相手があの白騎士なら、話をしなければなりませんが……」


「まともにやりあってどうにか出来るような相手でもない……。彼女はSランクの魔剣使いだからな」


 二人して腕を組み、思い悩む……。この無理難題をどのように解決すればいいのか――考えたところで答えは見つからない。しかしシェルシは微塵も諦めてはいなかった。まるで諦めという言葉をどこかに置き去りにしてきてしまったかのように。当たり前のように、それを何とか出来ると信じていた。


「……仮に相手が北条昴なら、私にはちょっとした考えがあります。とりあえず今はミュレイさんの救出ですね」


「公開処刑まで、まだ僅かだが時間がある。まずは侵入経路と段取り……か。それにしても……見違えましたよ、シェルシ」


「はい?」


「貴方は随分と、強くなったようだ。これも全てはあの男の……ホクトのお陰ですか」


 面と向かってそういわれたシェルシは固まっていたが、暫くすると見る見る顔が真っ赤になっていく。やがて限界を突破したかのように首を横にぶんぶん振り、それから立ち上がった。


「なんだか妙な誤解が発生していませんか!? まだホクトとはそこまでの関係では……!」


「は?」


「…………あ、いえなんでもないです……。確かにホクトが私を変えたのは事実です。でも、それだけじゃない……。これまであった出来事全てが、私にとっては貴重な経験でしたから」


 ベッドの上に座り込み、シェルシは優しく微笑んだ。そうして彼女が笑ってくれるのはイスルギにとっても在り難い。異国に連れて行かれた彼が唯一心の寄る辺とし、そして護りたいと願った華がそこにあるのだから。

 安宿の中で二人がそうして話を続けている頃――。宿の外に、魔剣を片手にあるく少女の姿があった。剣で宿を指し示し、彼女は――エレット・ノヴァクは頷いた。


「少将、あそこです! 私のエクスカリバー清明の探知に間違いはありません!」


「あそこって……あんなボロ宿? お姫様を探せって言われていたような気がするんだけど、俺の気のせいかな……?」


「いえ、気の所為ではありません! ですが敵はあそこに居ます!!」


 剣を降ろしたエレットを押しのけ。ジェミニが前に出る。改めて今回のミッションのターゲット、そして内容を確認する為に書類を取り出したが、面倒くさくなってそれは投げ捨ててしまった。

 夜の砂漠に浮かぶ街でジェミニはマントを剥ぎ取り、手の中に二対の魔剣を構築する。昂ぶって行く力――それにエレットが慌てて首を横に振った。


「少将、行き成り魔剣ですか!?」


「そうだ、行き成り魔剣だ! 段取りとか色々面倒くさい……! 宿ごとぶっ潰してやる!」


「な、なんでですか?」


「その方が派手だからだ――よッ!!」


 クロスさせた二対の剣の切っ先から摩擦して弾くようにして黒い弾丸が放たれた。それは見る見る巨大化しながら宿の二階へと直撃する。派手な爆発が起こり、安宿の木材があちこちに飛び散った。荒事には慣れっこなこの街の住人も、流石に爆発の規模が大きすぎて逃げ去っていく。

 剣を降ろしたジェミニはニヤリと笑ったが、巻き上がる白煙の向こうからは雄雄しい光が現れた。巨大な盾――それを構えた男が一人、姫の前に立ちふさがっていた。紅い髪を靡かせ、鋭く眼光を向けてくる。上着を脱ぎ捨てた男は巨大な盾を変形させ、槍を装備して崩落する宿から飛び降りてきた。


「なんだ、あれ?」


「……さあ……。恐らく護衛かと」


「姫だからな……いいぜ、そのほうが派手だ! 俺の名前はジェミニ少将――ッ!! 重力の能力を持つ男、帝国剣誓隊ナンバー4ッ!! いざ、尋常に勝負だああああッ!!」


「ええーっ!? 能力ばらしちゃうんですか、少将!?」


「あ――。し、しまった!? ルキアにばらさない方がいいって教えてもらったばっかりなのに――!?」


 と、二人が慌てていると正面にイスルギが迫っていた。巨大な槍と盾を片手に、男は軽々と跳躍する。空中から繰り出された槍は石畳に突き刺さり、二人を派手に吹き飛ばした。その一撃でエレット少佐は壁に激突、気を失ってしまう。


「きゅう……」


「エレット少佐ァ――ッ!! お前の事は……忘れない!!」


「いつまで続けるつもりだ、そのコント」


「俺はバカ正直な男だ! クソ真面目な男だ! 故に――コントなどではないっ!!」


 イスルギの放つ槍を剣で弾き、ジェミニは素早い動きで突っ込んでいく。盾で一撃を防ぐが、その盾を蹴って空中に上がったジェミニは放つ重力でイスルギの周辺全てに一気に圧力をかける。大地が軋み、イスルギの全身に耐え難い負荷がかかった。しかしイスルギは振り返り、背後からの攻撃に盾をあわせた。


「馬鹿正直なら俺も同じようなものだ。俺にはこれしかない。これしか出来ん。この魔剣が俺の人生全てだ」


「そういう判りやすい奴は嫌いじゃないぜ……!」


「俺は嫌いだ。貴様のような、頭の悪そうな男はな――」


 二人が同時に武器を交差させる。激しく散る火花――。笑うジェミニ、無言で眉を潜めるイスルギ……。夜の砂漠の街で、再びそれぞれの戦いが始まろうとしていた。


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