千夜一夜(3)
かつん、かつんと靴音が鳴り響く――。闇の回廊の中、白き剣の騎士は王座を前に仰ぎ見る……。インフェル・ノアの中心部。全ての中枢にして善悪の根源、この世のルールを産み落とす場所……玉座、ミレニアム。その上に座り皇帝ハロルドは侵入者を静かに見つめていた。
黄金なる甲冑を纏いし巨人と、白銀なる甲冑を纏いし勇者――。髪を揺らし、昴は一歩一歩と前に歩む。王との体格差は圧倒的であり、ハロルドの前では昴など小人のようであった。王は椅子の上に座ったまま顎を撫で、しわがれた声で語りかける。
『ここまで辿り着いたか、救世主よ』
「…………ハロルド……」
『安心しろ。この場所には何人たりとも立ち入る事は許さぬ……。ここに居るのは余と、そして貴様のみよ。他者を呼び込むつもりも、逃げも隠れもせぬ。余は貴様を待っていたのだ――救世主よ』
「待っていた……?」
怪訝そうな表情を浮かべる昴。当然の事である。ハロルドは待っていたと言った。それにここに来るまでの間、全く迎撃を受けなかった時点で既に異常なのである。囮が上手く行っていると言えばそれまでだが、この場所に歩いてくるまでの間昴は一切の妨害を受ける事はなく、それどころかまるで導かれるようにしてここまで辿り着いたのだ。言葉では表現できない、直感的な誘致……。当然のように少女は眉を潜める。
「私はお前を倒しに来た……。それは判っているんでしょ?」
『当然の事よ。全ては承知の事……。余も勿論、相手をしよう。全力で、な……』
ハロルドがゆっくりと立ち上がる。巨大すぎる身体を支える足元の一歩はずしりと部屋を揺らすかのように衝撃を纏った。聳え立つ黄金なる王――。手に巨大な鉄板のような剣を握り、王は紅き布をはためかせる。黄金の魔力が揺らぎ、それに対応するかのように昴はユウガを構えた。
『ふん……。破魔剣ユウガ、か。ミラ・ヨシノの剣……それがよもや貴様に渡ろうとはな。流石に余も予想はしていなかった』
「ミラ・ヨシノを知っているのか」
『当然だな。あの女も七つの大罪を持つ者……。救世主よ、戦いの前に知りたくはないか? ミレニアムとはなんなのか……。魔剣とは……帝国とはなんなのか』
そう言って目を細めるハロルドは、昴の目に笑っているように見えた。何故戦いを前に、敵を前にしてこんなにも悠長なのか……。だが興味が無いと言えば嘘になる。こんな事を唐突に語り始めたハロルドの考えも含めて。
『見せてやろう、救世主よ。この世の人間ただ一人として到達し得なかった、ミレニアムの姿を……』
ハロルドがその片手をゆっくりと掲げる。するとそれを合図としたように暗闇に覆われていた部屋全体の壁が、床が、あらゆる場所が魔法陣を浮かべ、ゆっくりと稼動を開始する――。ミレニアム――それはハロルドが繋がっている玉座そのもの。ミレニアム――それは、彼が生存し続ける為に必要なシステム。
開く隔壁、解き放たれた光――。巨大な魔法陣の上、昴は眩い光に目を細めながら立っていた。周囲を見渡し、そして息を呑んだ。部屋の壁の中にあったもの――それは、巨大な水槽だった。黄金の光を放つ水槽の中にはズラリと並ぶ人間の姿がある。そう、人間――人間である。ヒトの形をした者……それが水槽の中にずらりと沈んでいた。数え切れない人間達の骸、骸、骸……。そのおぞましさに昴は冷や汗が止まらなかった。
ミレニアムとは、人間を内蔵した“夢見るシステム”である――。決してミレニアムは独断で何かを判断しているわけではない。沈められた、取り込まれた人間の総意によって、世界のルールを制定する……。そして人間達によって議論が行われ、計算が行われ、尋常ならざる事を実現しているのである。ハロルドの玉座が動き、それが競り上がって行く。現れたのは人が一人入れる程度の水槽だった。その中には小さな少女が膝を抱え、光の中にぷかぷかと浮かんでいる。
『…………見よ、これがミレニアム……。千年の時を支配し、予知し、議論し、“ゆらぎ”と“柔軟さ”を持ち合わせた機械……。神が己を模造して産み落とした、神なる知識の中枢……』
「ミレニアム……これが……!?」
『必要な事だった。人間を護り、人間を繁栄させ、罪を償わせる為には』
「罪……?」
『魔剣があるから争いが起きる。魔剣がある限り人は争いを止められぬ。魔剣などなければいいのに――そう考えた事はないか?』
魔剣――。“魔剣”。それは、この世界の中に存在する規格外の力。人の身を化け物にまで昇華させる力。過ぎた力は人に悪影響を及ぼすだろう。死、混沌、欲……。ばら撒かれた魔剣の数だけ憎しみが生まれ、悲劇が連鎖する。魔剣などなくなればいい……確かにそういえるのかもしれない。だがそれが一体なんだというのか?
『余は答えを欲した……。この百年、答えを欲し続けた。貴様は余に答えを与えてくれるのか、救世主よ……?』
「…………。そんな事は関係ない。私は私の成すべき事を成す。ミレニアムシステムを破壊し、その作られた境界線をブチ壊すまで」
『良かろう。ならば貴様が導き出したその答え――神の力にどこまで抗えるか試してみるが良い!』
ハロルドの全身からエネルギー供給パイプが切り離され、床の上に転がっていく。背中から蒸気を吐き出しながらハロルドは瞳を輝かせ、巨大な剣を高々と掲げた。昴はそれに応じるように鞘から剣を抜き、その鋭い切っ先を黄金の王へと向ける。ハロルドは――何故か楽しそうだった。いや、嬉しそうだったのかもしれない。己を殺しに来た異世界の救世主を前に、王が望み、願う事……。常人には理解し得ないその笑顔を前にしかし昴は迷わなかった。王は――笑っているのだろうか? 確かめる術はない。だが、確かめる必要もない。
『我が肉体はミレニアムから切り離されては生きていけぬ……。全力戦闘が維持出来るのは、せいぜい十分といった所か』
「……弱点だらけだな」
『時間切れを待つか?』
「いや――必要ない。十分も待たずとも、ケリは着く。そうだろう、ハロルド王?」
昴も笑ってみせる。暗く、冷たい闇の海の中で……。絶望的な戦いを前にしても。悲しい状況を踏みしめても。それでも笑って剣を取ろう。それが彼女の強さに繋がるのだから。
『正々堂々――! 感謝するぞ、救世主! 心置きなく、かかってくるが良い!!』
「言われずともそうするさ、ハロルド王。これで……。これで、本当に最後だ――ッ!!」
目を閉じ、精神をすべて力に集中させる――。昴の全身から白銀の光が放たれ、それは光の柱となって部屋全体を照らしていく。心臓の音を感じる――。ハロルドの猛る魔力を感じる。力量差はどれほどかわからない。あのホクトが勝てなかった相手である。だが、負けるつもりはない。負ける気はしない。どんなに圧倒的劣勢だとしても――心だけは折れない。屈しない。負けない――。
「往くぞ、ハロルド……! 救世主、北条昴……参るッ!!」
白き鎧の騎士が走り出す。王はそれを迎撃するかのように巨大な剣を叩き付けた。インフェル・ノア全体に響き渡る衝撃の渦……。世界の命運を別つ一戦が今、始まろうとしていた――。
千夜一夜(3)
「おいおい、本気を出してこんなもんか~……? 弱い……弱すぎんぞ、テメエッ!!」
「ガキ相手に……大人は本気出さないんだよ」
「ぬかせしてろ、この○○○野郎ッ!!」
タケルの放つ斬撃に耐え切れず、弾き飛ぶホクト。しかし黒い炎を背後で瞬かせ、ブレーキングを行う。身体を捻り、大剣を地面に擦らせ炎を巻き上げながら突撃――。繰り出す一撃はタケルの持つガリュウと衝突し、爆発を巻き起こした。
激しい戦いを前にシェルシはただ見ていることしか出来ない――。吹き荒れる嵐のような二人の魔力を前に、祈るように胸の前で手を組んだ。そこにふらつきながら戻ってきたうさ子が並び、シェルシの肩を掴む。血まみれのうさ子を見やり、シェルシは悲しげに目を細めた。
「シェルシ、ちゃん……。あぶない、の……」
「うさ子……。ごめんなさい、でも……逃げたくないの……」
「シェルシちゃん……?」
足元を見やる。疲れた、汚れた姫の足……。これを後ろに一歩引いてしまう事はとても簡単だ。今直ぐにだって出来る。考えなくても出来る。けれども前へ……前へと進む事は、その何倍も何十倍も難しい。とても難しいのだ。
今の彼女に前へ進む資格などありはしない。彼女は力を持たず、ホクトを助ける事もできないのだから。しかしならばせめて……。せめて、ここから一歩も引きたくなかった。逃げたくなかった。目の前の現実から……戦いから。だから悲しくとも目を凝らして見つめるのだ。あの男が、命を燃やして夜の中で瞬くのを――。
シェルシの気持ちを理解したのか、うさ子は頷いて血塗れた手でシェルシの手を優しく握り締めた。二人が見守る先、ホクトは圧倒的な劣勢に立たされていた。剣創の力を解き放ったとしても、魔力不足は明らか。負傷の度合いも決して軽くはない。黒炎を纏い、男は空を駆ける――。闇の中を駆ける。確固たる敵を目指して……。
「そんなズタボロの状態でよく頑張るよ、全く……。オレ様惚れちゃいそう~! かっこいいねえ……えぇおいっ!?」
「生憎男にゃ興味がなくってな……!」
「冗談だよ冗談! お前も判ってんだろ? なあ? なあ!? なあッ!?」
空中に浮かび上がった炎の剣、それがホクトへと降り注ぐ。対応するようにホクトも剣を編み出すが、その速さは明らかにタケルが上である。そして構築された剣は相殺する事もままならず、一方的にタケルの剣に砕かれてしまった。やはり力そのものも、残されている力も圧倒的に違いすぎる。ホクトの顔に余裕はなく、軽口を叩いているのは自分を誤魔化そうとしているかのようだ。
「“剣創”の力は、この世界の“神”にアクセスして力を引きずり出す力だ……。テメエにはもう領域に踏み込むだけの余力が残ってねえんだよ、魔剣狩り」
「…………そういうお前は、随分と余裕そうだな」
「当たり前だろ? オレは元々、このタケルとかいうガキの身体に組み込まれちゃいるが、存在そのものは“領域”に直通しているんだからな……! テメエ、オレが何年化け物やってると思ってやがる……? 千年だよ、千年!! せーんねん? ひゃはははははっ!!」
そう、男は千年間存在し続けていた――。ガリュウという剣に限って、それは外見も中身も、生死さえも関係がない。ホクトが見た目をいくらでも捏造できるように。そしてホクトという自意識が消えたところでガリュウから別の自意識が表層化されるように。この男もまた同じ……。ガリュウを持つからには不死身、そして無敵、磐石なる最強――。
「まさか……。お前、タケルじゃないのか……!?」
「タケルだよ、タケル。まあ……意識までタケルかっつーと微妙な所だけどな。オレとタケルは……テメエとヴァン・ノーレッジみたいな関係だよ。一つの肉体の同居人……。オレが……ガリュウだ」
歪な笑顔を浮かべるタケル。己の胸をトントンと指先で叩き、それから悦に入ったように両手を広げてみせる。黒き炎の渦が男を包み込み、尋常ではない魔力が迸る。
「ガリュウは元々オレ様の物なんだよ……。それをテメエは勝手に使いやがって。苦労したんだぜ~? 気絶してるテメエに気づかれないようにガリュウの力を奪い返すのはよ」
「……まさか、俺がインフェル・ノアに捕まってた時に……」
「ぴんぽんぴんぽ~ん! だ~いせ~いか~い!! お前らさぁ、俺が脱出させてやった事にも気づかないで……バッカだよなあ!! 帝国の連中も、ガリュウのデータを切り離して使おうなんて馬鹿なこと考えるからオレに掻っ攫われるんだよ。ま、自業自得ってやつ?」
「てめえ……一体何者だ……!?」
ガリュウを両手で構え、ホクトが緊迫した様子で問いかける。彼も悟ったのだ。冗談で存在している化け物ではないのだと。これは――確実に千年という時を悪意を持って過ごしてきている。異形も異形、怪物も怪物……。ならば問わねばならない。その男の存在を――。
「何度も言わせんじゃねえよ。オレがガリュウだ。蝕魔剣、ガリュウ……! 七つの大罪って知ってるか? 知らねえよな。知らねえだろ? まあいいんだよ。兎に角オレはその一つ……世界で最悪のバケモンってわけだ。あ、まあ正確には違うんだけどな。色々あんのよオレにも事情ってもんが。語るのはムズいぜ? 何せ千年分の野望だ――!」
「とりあえずてめえがヤバいって事、それからここで殺した方が良さそうだって事だけはわかった」
「あ~…………。ダメだそりゃ。てめーには無理だって。ホクトちゃぁ~ん!? 力も弱まっちゃって……ククッ!! “剣創”の加護も受けられないてめえに何が出来るのよ!?」
「魔剣の性能が絶対的な勝敗に直結すると思うなよ……? お前は……シェルシを苛めたな。うさ子をぶっとばした。いいか、耳かっぽじってよく聞けよ変態野郎……! シェルシを苛めていいのは! うさ子をひっぱたいていいのは! この……俺だけだっ!!」
「そんな話誰もしてねえんだよ屑がああああああああああッ!!!!」
負けられない戦いがある――。だから、例えどんなに勝ち目がなくとも立ち向かうのだ。ホクトも――そして昴も。二人は戦っていた。それぞれの場所で。それぞれの役割を持って……。
ハロルドが振り下ろす剣の一撃――それを昴は鞘で受け止める。しかし絶対相殺を誇るはずのユウガの鞘を持ってしてもそのダメージは防ぎきらない。ハロルドは巨体に似合わず素早く、繰り出す斬撃はまるで旋風――。攻撃を受けた昴は派手に吹き飛び、部屋の中心から端まで弾き飛ばされ、水槽に激突した。その衝撃にも水槽はびくともせず、それがどれだけ強固な護りに固められているのかを知る。
もしも白神装武と呼ばれる鎧を装備していなかったなら、彼女の身体は砕けていただろう。ハロルドの持つ力はそれほどまでに圧倒的なのだ。昴は背中を強く打ち、咽ながらも身体を起す。既に追撃で猛進してきていたハロルドが目の前に居たのである。昴は素早く鞘に収めた剣を引き抜きながら、ハロルドの振り下ろす剣と脇を抜けて斬り付ける。一瞬の出来事であった。刃はハロルドの強固な鎧へと確かに徹った。しかし、王は倒れるどころかダメージを受けている様子すらない。
『どうした救世主、その程度か……? そんな剣では何万回斬った所で余は倒れぬぞ……!?』
「ハロル……ドッ!?」
繰り出された剣をまともに受け、昴の全身が悲鳴を上げた。先ほどまで無傷だった少女の体中に亀裂が走り、呼吸がままならなくなる。意識が吹っ飛びそうな衝撃……。口から大量の血を吹き出し、昴はぬめる口の中で舌を巻いた。強い――やはり、尋常ではなく。強い――。
吹き飛ばされた昴はまるでピンボールの球のようであった。天井に激突し、更に吹っ飛んで床に叩きつけられる。更にバウンド……そこで漸く着地する事に成功する。昴は両足でしっかり踏ん張り、勢いを殺した。それからもう一度血を吐き、泣き出したくなるほどの激痛をぐっと堪えて前を見据えた。
余計な情報はいらない――そう切に願う。ハロルドを……遥か格上の相手を倒す為に必要な事。それは、無駄を廃する事だと悟った。己の命の維持など二の次――。昴は深く、そして短く呼吸を繰り返しながら視野を狭めていく。余計なものは遮断する。この部屋の事も、ミレニアムシステムの事もどうでもいい。今はあの化け物を倒す。この世界の歪を正す。ただそれだけである。
「あ……あぁああああああああッ!!」
叫びだった。それは人間の声というよりは獣の咆哮に近い。銀色の魔力が迸り、一気に膨れ上がっていく。体がそれに耐え切れず軋み、血が噴出してもやめる事はない。少女は決めたのだ。命をかけると。護ると。戦うと。迷わないと――。
「ハァロォルゥドォォオオオオオオオッ!!」
『それでこそ――! 来い、救世主ッ!!』
銀色の稲妻が迸る――。昴の暴走にも近い魔力の放出に反応するかのように鎧全身に術式の光が浮かび上がった。走り出した昴はまるで光にも近い速さで急加速する。時が――止まったように見えた。昴は己の時間を加速させ、そして術式によって物理的にも加速し、知覚不可能なほどの早さに到達したのである。全く何も見えなかったハロルドの体を剣が刻み、王は振り返る。昴は部屋の中を猛然と走り続けている。が――音が聞こえるだけで。魔力を感じるだけで……。
『…………全く、見えぬ……』
耳を劈くような音が部屋の中に響き渡り、気づけば昴がハロルドに襲い掛かっていた。胸を切り裂かれる。今度は背後――知覚が追いつかない。ミレニアムの処理速度を持ってしても、それは予測不可能だった。ハロルドはミレニアムの恩恵を遮断し、己の直感に全てを委ねる。
『そこだ!!』
振り返り、虚空に剣を振るった。何拍か遅れ、切り裂かれた昴の肉体が現れた。しかし次の瞬間それは氷の結晶となって砕け散る――。気づけば部屋の中には無数の昴の姿があった。氷によって生み出された虚像……幻影。そしてその幻影を切り裂いたハロルドの剣は重い時の呪縛に囚われていた。土壇場で昴が投入した、新しい能力の使い方――。連続でハロルドの身体に衝撃が走り、その身体が氷に飲み込まれていく。
『ぐ、おぉお……ッ!?』
恐ろしい腕力を持つハロルドも、時の停止には敵わない。それが維持出来るのは数秒――しかし、それでも今の昴には十分過ぎる。稲妻を纏った昴は気づけばハロルドの目の前に立っていた。そして――まるで閃光が瞬くように、一撃――。二撃――。次々と繰り出される剣の乱舞。それは加速し、次々にあらゆる方向からハロルドを切り裂いていく。昴の腕から先はまるで消えてしまったかと思うほど高速で動き、王の身体を滅多切りにし続ける。
「万回斬っても通じないと言ったな――? ならば私は……億! 兆!! 無限の時の中で貴様を斬り続けるのみだッ!! 朽ち果てろ、ハロルド……!! ユウガァアアアアアアアアアアッ!!」
更に前に跳び、ハロルドの身体を蹴り飛ばす。空中に放り出されたハロルドの氷の呪縛が解かれ、しかし昴の連続攻撃は止まらない。知覚認識不可能な降り注ぐ剣の雨――。ハロルドは反撃も出来ず、成されるがままに空中で踊るしかない。
「おぉおおおおおおおおおおおおお――ッ!!」
『ぐ……!? 音よりも光よりも、早い剣……か……!? 見事だ……救世主……』
ハロルドの隣をすり抜け、電撃を纏ったまま昴は着地する。その足元は黒く焦げ付き、昴の服も身体も酷くぼろぼろになっていた。在り得ない速度で動かしていた腕の服も鎧も完全に砕け散り、残っているのは血まみれの生身だけである。口から血を流し、膝を着く昴……。その背後、ハロルドは轟音と共に沈むのであった――。