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千夜一夜(2)


「私はね、シェルシ。この壁の向こうの世界が、時々無性に怖くなるんだ」


 それはまだ、水の都が美しさを保っていた時代――。シェルシの心の原風景、夕焼けに照らされる純白の白と水路の輝きを反した光――。街を見下ろす丘の上、彼女の隣にはもう一人の姫の姿があった。まだ、シルヴィア王と呼ばれた女がただの姫であった頃。鎧も剣も必要ない、ただの乙女でいられた頃の記憶……。

 シルヴィアは、世界を囲う城壁へと手を伸ばし、そっと目を伏せた。ぬいぐるみを抱きしめたシェルシはそんな姉の言葉がまだ理解出来ず、ただ目をぱちくりさせる。妹の怪訝そうな顔にシルヴィアは苦笑し、それからその頭を優しく撫でた。


「この壁の向こうには、無法なる理不尽が溢れ返っていると聞く……。帝国による支配が続く限り、それは変わらないだろう。母上はそれを変えると仰った。私たちが、これから生きる者達が、その理不尽に潰されてしまわないように」


「お母様は、悪い人と戦ってるんですよね?」


「ああ、そうだ。母上は立派な人だ。大きな力に立ち向かう事は、容易なことではない……。常人ならば屈してしまうその影に、母上は立ち向かおうと旗を掲げたのだ。とても立派な行いだよ」


「私も、大きくなったらお母様のお手伝いをしますっ! 悪い人と戦って、かわいそうな人を無くすんです!」


 無邪気に目を輝かせる妹に姉は首を横に振った。そうして腰を落とし、夕焼けの光を浴びて微笑む。妹の頬を、髪を、そっと優しく撫でた。愛しい存在……。母は言った。もしも自分に何かあった時は、シェルシを頼むと――。


「お前は、何とも戦わなくていい。この国を脅かす物……お前を怖がらせるすべて。私は剣となり盾となって、それからお前を護る。それが、母上との約束だから」


「…………? ねえさま、泣いてるの……?」


 シルヴィアの頬を伝う熱い涙、一筋……。姫であった少女は、王にならねばならなかった。英雄の姿に憧れ、そして砕かれた理想を知った。国を護る為に、シェルシを護る為……。約束したから。だから誰に何と言われようとも、それだけは護ろうと誓った――。


「きっと……お前だけは護ってみせる。これからどんな苦難が待ち受けたとしても――私は」


 姉はその日から笑わなくなったし、泣く事もなくなった。以前のようにシェルシに接する事もなくなったし、言葉を交わす機会すら減ってしまった。シェルシはそれを、自分が姉に嫌われてしまったのだと思っていた。だがそれは違う。違ったのだ。そんな事に、今になって気づくなんて――。

 ぶっきらぼうな彼女の言葉や態度の節々に、シェルシへの愛があった。妹を護りたかったのだ。家族を助けたかった。母が戦いの中で消えていった。だから約束を胸にシルヴィアは敬愛する母を、あえて“敵”だと主張したのである。裏切り者と……そんな事はあってはならないと。

 従いたくないものに従い、言いたくない事を主張した。道化となって、ならばシェルシにも嫌われたほうがいいと思っていた。いつかは自分も戦の中で死のう――。それが、母に対して出来る唯一の禊であると、彼女はそう考えていた。戦いに身を置き、母を愚弄しながらも彼女は母と同じやり方を選んだのだ。他者に何かを押し付けるのではなく、自分の手で何かを護る為に戦おうとした。

 シェルシはいつも見ていたのだ。静まり返った深夜の宮殿の中、疲れた様子で座り込むシルヴィアの姿を。一人で毎日遅くまで勉強をし、剣の鍛錬を怠らず、貴族や国民に負けない権力を得ようとした。帝国に媚び諂い、プライドをズタズタにしてでも護ろうとした。誰を――? 決まっている。彼女だってきっとどうせ、“この世界なんてどうでもよかった”のだ。護りたかったもの、それは――。


「シェルシ……。もう、母上は……帰ってこないよ――」


 泣きながら彼女はそう笑ったのだ。シェルシは意味が良く判らなかったけれど、今ならばはっきりと判る。彼女の気持ち、想い――。やっと、これからだったのに。どうしてわかってあげられなかったんだろうか。どうして目をそらしてしまったんだろうか。自分こそ、彼女の傍で……。彼女を支え、彼女を護ってあげねばならなかったのに。


「あ……っ! あぁあ……っ!!」


 廃墟の上に転がった姉の頭を拾い上げ、血に沈んでいたそれを強く抱きしめた。涙は止まらなかった。悲しみなどという言葉では表現できない混沌としたどす黒い感情がシェルシの中で渦巻いていた。シルヴィアは――王は死んだ。国は滅び。王は死んだ。何度でも再認識しよう。終わったのだ。終わってしまった。何もかもが――もう。意味を無くした――。


「シェルシちゃん、逃げてっ! 早くここから逃げてっ!! うさの言ってる事、わかる? シェルシちゃん、危ないから! 逃げてなのっ!!」


「姉さん……姉さん……っ!! どうして……はは……はははは……っ」


「シェルシちゃんっ!!」


 うさ子がシェルシの肩を掴み、激しく揺さぶったがシェルシは反応しなかった。焦るうさ子の視線の先、空中で剣を交える二つの影があった。ぶつかり合う最強の魔剣と最強の魔剣――。激しく黒い魔力を迸らせながら、二対のシルエットは刃を何度も叩き合わせた。

 ここはもう危ない。シェルシを引きずってでも、逃げ出さねばならない。うさ子の中にある何かがそう叫んでいた。シェルシの腕を掴んで強引に立たせると、うさ子は無理矢理に歩き出した。


「シェルシちゃん、急いで! ここにいたらシェルシちゃんまで死んじゃうよ!」


「…………うさ、子……」


「うん、うさだよっ! シェルシちゃん……悲しいよね。辛いよね。でも、歩いて。今は歩いて! さあ、早くなのっ!!」


 シェルシは一歩を踏み出しつつも背後を振り返った。そこにはタケルの攻撃で吹き飛ばされ、瓦礫の山に突っ込んで巨大な砂煙を巻き上げているホクトの姿があった。シェルシは我が目を疑う――。ホクトが……あの最強と呼んでいい男が。一方的に叩きのめされる情景がそこにあったからだ。

 黒き衣を風に揺らし、黒剣を握り締めた男は黒い炎で全身を包み込み、ふわりと空中に浮かび上がっていた。瓦礫の山から復帰したホクトは雄叫びと共にタケルに斬りかかるが、その一撃はタケルのガリュウで防御され、反撃の蹴りがホクトの顔面に減り込んだ。


「遅いな魔剣狩り……? 無力だよ、君は! 能力開放すら出来ないのかい? そんな状態じゃいくらやっても僕には敵わないよ」


「ぐお……ッ!?」


 よろめいたホクトの身体にガリュウを叩き込む。肩に減り込んだ刃――血飛沫が上がる。しかしタケルは手を休める事はなく、そのまま連続でホクトの体をガリュウで切り刻んでいく。


「ほら、ほら。ほらほらほら。早く反撃しないと死んじゃうよ」


「がああああああっ!?」


「…………。退屈なんだよてめえッ!! 何が最強の魔剣狩りだボケェッ!! 雑魚が! 雑魚が雑魚が雑魚が雑魚が……雑魚がああああッ!!」


 勢いを増していく斬撃でホクトは次々に攻撃を受けていく。その瞬間にはダメージを回復しようとしているのだが、攻撃によるダメージと追撃があまりにも早すぎて回復が追いつかない。ズタズタに引き裂かれた体から腕が刎ね、足が妙な形にねじれる。そうしてホクトの胴体に大剣を突き刺し、タケルは片手に術式を構築する。


「魔力不足か……!? 馬鹿が、自分だけ助かるようにしてりゃあそんなフラフラにならなかったのによ……!」


 放たれる闇の炎――。爆発はホクトの身体を再び吹き飛ばし、男は何度も身体を大地に叩きつけながら廃墟に転がった。ピクリとも動かないその様子にステラもシェルシも呼吸をする事さえも忘れていた。あの、どんな敵にも絶対的な力で立ち向かってきたホクトが……いとも容易く、倒されたのである。

 それに何より彼の持つ剣――それはどう見ても魔剣狩りの象徴、Sランクの一つである蝕魔剣ガリュウである。ガリュウが二つ――その時点で既に意味が判らない。更にタケルだったはずの少年は、何故か成長した姿の美青年となっている。口元に邪悪な笑みを浮かべたその様子からはどうにも性格の良さを感じることは出来なかったが。

 理解を超越した状況――唖然とする女子二人。それを上空から見下ろしていたタケルは笑みを作り、目の前に下りてくる。そうして口元を歪に引きつらせながらシェルシへと手を伸ばしたのである。


「シェルシちゃ――ぎゃうッ!?」


 シェルシを護ろうと動いたうさ子の体にタケルの膝が減り込んでいた。そのままよろけたうさ子の頭を掴み、大地へと叩きつける。それを三回繰り返した後、放り投げてまるでバットでボールを打つかのようにうさ子の頭身体にガリュウを叩き込んだ。派手に吹っ飛んでいったうさ子は遠くの廃墟に埋もれ、そのまま戻ってくる事はなかった。


「あ~……。やあ、お姫様。なんだか良く判らないけど、君たちは君たちで色々大変だったみたいだね」


「ひ……ひぃっ」


「あ~……そんなリアルにドン引きされるとオレも傷つくっていうか……。イラっとくるぜ、ええおい?」


 シェルシの髪を掴み、タケルは強引に引っ張り上げる。恐怖で体が竦んで動かないシェルシを見下ろし、タケルは楽しそうに無邪気に笑ってみせる。それから女の身体を引きずりながらタケルは廃墟の中を歩き出した。


「お~い、ホクト~? 早く戻ってこないとあんたのお姫様に酷い事しちゃうよ~? あ、もうしてるか……ぎゃはははははっ!!」


「い、ひぐ……っ! どう、して……」


「あ?」


「どうして、貴方が……こんなこと、を……?」


「どうして? どうして貴方がこんな事を……?」


 タケルは一瞬真面目な表情に戻り、それから少し考え込んだ。そうして唐突にシェルシの脇腹を蹴りつけ、悲鳴も上げられないシェルシを続けて何度か暴行した。


「下らない質問で時間とらせてんじゃねえぞボケ。とっとクビっちゃいたいのは山々なんだが、お前は色々使い道があるからな……。ほら、さっさと立ち上がれよホクトォ!! それともお姫様の悲鳴が必要かい!?」


「ダメ……! ホクト、立ち上がらないでっ!!」


 彼の狙いがホクトの持つ魔剣だと気づいたシェルシは突然息を吹き返した。先ほどまで放心状態だったはずの姫はタケルの腕を掴み、身体を起して叫ぶのだ。


「ホクト、逃げてぇっ!! 貴方だけでもいい……ここから逃げて、生きて、脱出してぇっ!!」


「ってお姫様は言ってますけど……どうしますか~?」


「ホクトッ!!!!」


「てかあんたうっさいわマジで。そういうのイライラすっからやめてくんねえかな……」


 唐突にシェルシの胸元を掴んだタケルは服を強引に引きちぎる。肌蹴た身体を隠すようにシェルシは両腕で胸元を覆うが、タケルはその様子に楽しそうに声を上げた。


「人間の分際で結構な上玉だな、シェルシ姫……? 買うトコじゃ高く売れますよ~。ホクト君、この子もアレと同じ目にあわせちゃおうかな~。ほら、なんつったかな……。ザルヴァトーレ元女王の――」


 次の瞬間、瓦礫の山を吹き飛ばしホクトが猛然と襲い掛かってきた。繰り出される拳をタケルは片手で受け止めながら後退する。瞬間的に開放されたシェルシだったが、ホクトはタケルの反撃により再び胴体にガリュウを突き刺される事となった。


「はい、残念……。不意打ちするならもうちょい地味に襲ってこないとね。ちゅどーん! とか言いながら吹っ飛んでくるんじゃ意味ないでしょ」


「タケル……てめえ……!?」


「あはっ! いいね、いいよその感じ……。憎悪……殺意……! 憎しみの力がオレにとっては大好物なのさ、わかるだろ? わかるよな? わかれって、おいッ!!」


 剣を引き抜き、ホクトの身体を更に横に斬り付ける。よろめき、倒れたホクトの身体を踏みつけ、タケルは白い歯を見せて笑い続ける。


「苦労したんだぜ、テメエに奪われたガリュウを奪回するのにどれだけ手間ぁ必要としたと思ってる……? わざわざテメエの捕まってるインフェル・ノアから研究途中だったテメエのガリュウのデータを奪い、テメエを逃がしてやった……。それだけじゃないぜ? これまでだって何度もテメエらを助けてやったんだよ。オレの投資を考えれば、当然の報酬だと思わないか? なあ、魔剣狩り」


「ぐあああ……ッ!?」


 深々と付けられた傷口にタケルの革靴の踵が減り込む。その激痛に耐えかねて叫んだホクトを見下ろし、タケルは楽しそうに笑っていた。漸く身体を起したシェルシが見たのは、わけのわからない存在に最強であるはずのホクトが叩きのめされる景色……。最早ホクトは片腕もなく、足は捻じ曲がり、体中を切りつけられ肉は削げ落ち、骨が見えている。それでも彼はまだ生きている。戦おうとしていた。


「おい、人の話はちゃんと聞けよ、なあ? あのクソ女……シャナクさえいなきゃもっと早く奪い返せたんだ。何年もガキの姿で人間風情の為に働いていた俺の苦労がお前にわかるか? 簡単には死なせねえよ……。地獄の苦しみを与えて、もう殺してくださいって懇願するまではなあっ!!」


 倒れたホクトの身体に再びガリュウが突き立てられる。ホクトは片腕でその剣を押さえ込むが、タケルの力には敵わない。何度も身体に剣を突き刺され、ホクトは既に声も上げられなかった。タケルは楽しそうに暴行を続けるが、そんな彼の足にシェルシがすがりついた事で一時に停止が訪れた。


「や、やめてください……! お願いします、もう止めて!! ホクトが……ホクトが死んじゃうよおっ!!」


「…………んー……いや、死なないだろ? てかこいつの肉体は術式により再構成されているだけのただの架空情報だろ? 死んだところでガリュウがあればまた別に再生出来るし」


「そういう事じゃないんです! 彼は……ホクトは、この世界にたった一人しかいない!」


「でも幻だ」


「違うッ!!!! 彼は……この世界に生きている!! 私たちと同じです!!」


 泣きながらも歯を食いしばり、真っ直ぐにタケルを見上げるシェルシ。その反抗的な折れない眼差しにタケルは眉を潜め、それからシェルシの下着に指を引っ掛けてそれを軽く剥ぎ取った。顔を赤らめるシェルシ、しかし彼女は両腕を広げてホクトを庇うように立ち上がった。タケルの眉が潜められ、さらに眉間に皺がよる。


「そこはキャア~って叫んで泣き喚くとこだろが」


「…………負けません。貴方なんかに……屈しない!!」


「…………イラつくぜ、クソ女……! 誰に向かって物を言っている?」


「私は――!! シャナク・ルナリア・ザルヴァトーレの娘! 革命を引き継ぐ者……! 私はシルヴィア・ルナリア・ザルヴァトーレの妹……!! 誇り高く、理想を貫き通す者……!! 貴方などに、屈しない! 私はもう――何にも屈したりしないッ!!」


 “あの時”は、ホクトに助けを求める事しか出来なかった。でも今は違う――多くのことを経験し、強い心を持てたと思う。悲しみも苦悩も背負い、真っ直ぐ歩いていく……。不器用だとか愚かだとか、馬鹿なんて言葉で表現されてもいい。それでも――曲げたくない。自分の理念だけは、理想だけは、絶対に曲げたくない――!


「…………。めんどくせえな。じゃあ死ね」


「く……ッ!?」


 タケルが溜息混じりに放った剣の一撃――それを立ち上がったホクトが片腕で受け止めていた。黒く燃え上がる炎――ホクトの瞳が真紅に輝き、放たれた魔力の波動がタケルを吹き飛ばした。よろめくシェルシを片腕で抱きとめ、それから自分の上着を脱いで姫の肩にかけた。


「ホクト……!? 貴方……」


「ゴチャゴチャうるせえぞ、お前ら……。まあお陰で回復する時間が稼げた。ありがとうな、シェルシ……。よく、頑張ったな――」


 肩をぽんと叩き、片腕しかない男は歩いていく。シェルシはその背中を見守る事しか出来なかった。今ほど思ったことはない。どうか、あの人の事を護ってほしいと神に願った。どうか、あの人を支える力がほしいと切実に祈った。あの孤独で、孤高で、何もかもを背負い歩く男の背中を……護りたいと、そう願ったのだ――。




千夜一夜(2)




 反帝国軍による反逆の主軸、それは昴の手にかかっていると言っても過言ではない――。

 帝国側は当然のようにシャフトを中心に防衛網を敷き詰めている。既に戦闘は始まっており、シャフトでヨツンヘイムへと上がっていった兵力は交戦状態にあるだろう。戦争は既に始まっているのだ。だというのに昴はまだバテンカイトスの中に居た。

 バテンカイトスの一室、特殊な転送魔法陣の準備が着々と進められていた。その円陣の中心に立つ昴は深く息を着き、この作戦の趣旨を思い出す。この戦いの肝となる部分、それを昴が担っているのだ。

 そもそも帝国を倒したところで全てが好転するわけではない――それは承知の事だ。問題なのは帝国が下層の全てを支配しているということ、そしてその支配の象徴であるミレニアムが存在し続けている事なのだ。

 ミレニアム――。スーパーコンピュータだといわれているその存在は、常にハロルドの傍にあるという。ハロルドを倒したところで、第二第三のハロルドが現れるだけだろう。王や指導者なら、代替品などいくらでもある。だが唯一無二の存在――下層支配の主軸である、ミレニアムを破壊すれば……どうなるか?

 帝国は壊滅的な打撃を受け、転送魔法も使用不能になり、機動兵器もすべて動かなくなるだろう。そうなれば一気に反撃のチャンスが生まれてくる――。正面衝突ならば勝ち目など絶対にないのだ。だから、なんとしても破壊工作でミレニアムを壊す事が必要となる。そこでようやく勝率は五分五分に持ち込めるのだから。


「他のみんなは……もう、シャフトでヨツンヘイムに向かったんだよね」


「ええ。きっと今頃、レコンキスタでの戦いになっていると思う」


 部屋にいるのはメリーベルと、それから昴の二人だけである。メリーベルは術式を細かく調整し、昴の転送位置を割り出していた。その間昴は待機……ロゼもミュレイも、生き残った戦士達は全員シャフトからレコンキスタへと向かった。つまりそれは、大規模な“おとり”だ。

 ロゼが砦で回収してきた転送情報、それからホルスジェネレータから解析出来たミレニアムの一部のデータ……。そして実際に一時期インフェル・ノアに滞在していた昴の内部知識……それらから場所を割り出すしかない。昴とて、実際にミレニアムを見た事はない。だがどこにあるのか、おおよその察しはつく。

 ミレニアムがある場所、それはハロルド王の部屋の中だろう。彼は部屋から基本的に一歩も出ず、常にそこに滞在している。そしてそこはインフェル・ノアの中心部……。あるとすればそこしかない。いや、そこにある……確信めいたものが昴にはあった。

 だが、それを行うということはつまりハロルドと一騎打ちをする事に他ならない。だが隙さえ見つける事が出来れば昴の剣ならがまさに一刀両断――。一撃必殺の破魔の力でミレニアムを破壊できるかもしれない。それにハロルドの頑丈すぎるあの鎧にも、昴の剣ならば有効かもしれない。

 いや、最早理由などどうでもいい事だった。確かなのはこの作戦に志願したのは昴本人の意思であり、決着を付けようと願うのは彼女本人という事である。それを汲み、仲間達はこの重要な仕事を彼女に預けたのだ。囮の戦いも、長くは持たないだろう。剣誓隊に大型機動兵器……脅威となる戦力はいくらでもある。それらを止める事が出来るか、彼らを救うことが出来るか、それは昴にかかっているのだ。


「準備はいい?」


「勿論」


「心の準備は?」


「当然」


「なら、ざっと説明するわ。場所は大体打ち合わせ通り……。恐らくはハロルドとの一騎討ちになると思うけど、やれるわね?」


「うん」


「ミレニアムを破壊したら、帝国側の転送ポータルは使えなくなるから……。敵の輸送機を奪うとか何とかして、脱出。レコンキスタの本隊に合流後、反転して敵を叩く……」


「わかってる」


 だが、昴はわざわざ脱出のことまでは考えていなかった。例え命を落とすことになったとしても、悪魔ミレニアムだけは破壊してみせる。この世界に渦巻く因果――その中枢。いよいよそこに喧嘩を吹っかける時が来たのだ。刃を突き立てる時が来たのだ。こんな瞬間を、ミラは望んでいたのだろうか? 刃を握り締める手……しかし昴はもう迷わない。


「成すべき事を成す……それだけだよ」


「……判った。では、作戦を開始する。行くよ、昴」


 足元の魔法陣から光が溢れ、昴の身体を包み込んでいく。体が重力から解き放たれ、物質としての束縛さえも失っていくような感触――。転送の光の中、少女は目を瞑る。次に目を開けるとき、そこは――。




「――――コード、“剣創ロクエンティア”……起動ッ!!」


 ホクトの叫びと同時にガリュウが目を覚ます。しかしそれは完全ではない。ホクトの魔力は枯渇寸前であり、本来の実力の何割も発揮出来はしない。切り落とされた腕は復元できず、体中がおかしな事になっている。だが、それでも引き下がるわけにはいかない。身体を寄りガリュウ側へ……化け物の方向へ引っ張り寄せる。それでも、負けない。これは負けられない戦いなのだから。気合を入れろと自分に言い聞かせる。構築したガリュウを手に、もう一人を魔王を見据えて――。


「コード剣創……! うーん、でも無駄でしょう。今のテメエにそれは使いこなせねえよ。戦っても無駄だぜ? ま、オレはテメエをボコせればなんでもいいんだけどな」


「…………シェルシの……」


「あ?」


「シェルシのおっぱいは、俺が最初に見ようと思ってたんだけどなあ……」


 ぼそっと、呟くような言葉。喉が潰されまともに声も出せなかった。しかしそれでも口から出た血と冗談――。それはタケルを苛立たせるのに十分すぎる挑発だった。タケルは剣を掲げ、それから切っ先をホクトへと突きつける。


「“天叢雲(ヤマトタケル”の名において命じる……! とっととくたばれ、クソ野郎――ッ!!」


「だが――断るぜ?」


「テメエの意見は聞いてねえんだよ、クソがあああああああああッ!!」


 雄叫びと共に動き出したタケル。それにあわせるようにホクトは黒い炎を纏いながら、ガリュウを大きく振り上げるのだった――。


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