地獄と呼ばれた場所(1)
少女は、“彼”に見覚えがあった。それは、記憶をそう遠くまで遡らずとも済む程ごく最近の出来事――。
アンダーグラウンドへと向かう罪人を乗せた列車の一つでとある事件が起きた。砂の海を移動する列車が大型の魔物の襲撃を受けたのだ。
騎士たちは直ぐに列車を放棄し脱出。襲ってきた魔物が希少種かつ危険種に指定されている龍種の魔物であった事がその大きな理由である。まともに相手をすれば死傷者の発生は避けられず、そしてそこまでして守るべきものは列車には積まれて居なかった。
帝国の命令によりアンダーグラウンドへと輸送されていた罪人たちであったが、彼らの命はただの労働資源、アンダーグラウンドでの強制労働に参加するだけであり、基本的に代用品など掃いて捨てるほどあるのだ。それを命懸けで守るなど、そんな事は実に無意味な事である。
帝国の護送騎士が脱出艇を使って脱出する中、少女は手を騎士の一人に手を引かれ脱出艇に乗り込み、遠ざかっていく壊れかけた列車を見送っていた。体当たりによって列車の車両が次々に切り離され、罪人たちが砂の海にゴミのように投げ出されていくのを遠巻きに眺める事……それだけが彼女に許された事だった。
しかし、心が痛む事はなかった。アンダーグラウンド送りになるような罪人は、とても重い罪を背負った人間である。それが砂の中に沈んで死んでしまったとしても、それを救えなかったとしても仕方ない……。何も出来ない無力な自分に対する言い訳のようなその思考の最中、彼女が目にしたのは龍へと向かっていく一人の剣士の姿だった。
剣を呼ぶには余りにも巨大で。人がその手で翳すには余りにも重く。戦闘に対する美など微塵も感じない、荒々しい剣捌き――。騎士たちが訓練し習得する剣術とそれは余りにもかけ離れている。完全なる我流――。黒き剣の剣士は龍に立ち向かい、恐れる素振りさえ一つとして見せる事はなかった――。
夜の闇の中、その男は今目の前で自分を抱きかかえて走っている……。それがまるでとても不思議な事であるかのように感じていた。生きているなどと誰が考えただろう? あの列車と共に沈み、消えていて当然の存在……。龍種は並大抵の腕前の人間では歯向かう事すら愚かしい正真正銘の化け物である。それと対峙し、そして退治し、男は今目の前に実在する――。
「――そんなにカッコイイかい? 俺の顔は」
「え――っ?」
男は薄明かりの中、調子よく微笑んで見せる。少女はそう意識せずとも彼の事をずっと見つめ続けていたのである。急にこの状況が気恥ずかしくなり、少女は顔を赤らめつつそっぽを向いた。
少女が視線を逸らすのとホクトが停止するのはほぼ同時だった。急ブレーキをかけるホクトの足元で民家の屋根が削れる。正面、唐傘の者たちが迫って来ていた。当然背後からの追走も続けられている。
「挟み討ちってわけね」
「も、もう十分です! 私に関わらず、貴方だけでも逃げて下さい……!」
「お? そういう事言っちゃうの? 悪いね、お兄さんそういう事言われると頑張りたくなっちゃうんだよな――」
ホクトはそっと少女をその場に下ろし、空に手を掲げる。黒き光が編みこまれるように、ワイヤーフレーム状の剣の幻影に“実体”が付与されていく。召喚された黒き魔剣を片手で軽くいなし、肩に乗せて男は笑う。
「悪いが俺は優しくないんでな。雑魚相手だろうが容赦なく必殺武器使っちゃうもんね」
「黒い……魔剣……」
やはり見間違いなどではなかった。あの時見た、黒い剣士――。しかしだとすれば彼は少女にとって二つの意味で脅威である事も意味している。一つはアンダーグラウンド送りの罪人であるという事。そしてもう一つは――龍殺しを為すほどの腕の剣士であるという事。
帝国騎士団でさえ手を焼く大型の魔物をあの場たった一人で討伐したとでもいうのだろうか? 過ぎた力を持つ人間は帝国にとって脅威である。それは管理され、帝国騎士団に囲われて当然の腕前……。
男は軽く剣を振り回した。掠れた民家の屋根が圧力で吹き飛び、火花と同時に瓦礫が舞い上がっていく。浮かび上がる腕の紋章……それを見て唐傘の者たちは動きを止めた。
ホクトはそれで口元に笑みを浮かべる。お互いに判りきっている事だ。相手は暗殺者――ホクトの実力を見て理解出来ぬほど無能ではない。仮に全員で同時に飛び掛ったとしても、屋根の上から転がり落ちるのは自分たちの切断された首なのだと暗殺者たちは理解する。
唐傘たちは同時に動きを止め、くるりとその場で反転して走り去っていった。それを見送り、ホクトは魔剣を消滅させる。残されたのは壊れた屋根の上に立ち尽くす二人の姿だけであった。
「逃げるぞ!」
「え?」
「誰ん家だかわかんねぇが、屋根ふっとばしちまった。俺修理代なんて持ってないからな」
「え、えぇっ!?」
二重の意味で驚く少女。その身体を再び抱きかかえ、ホクトは跳躍した。屋根の上から街中へとダイブしていく。人通りの少ない裏路地に降り、そこから人通りの多い中央の広場を覗き込む。
「流石にもう追ってこないだろ……。よかったな、もう大丈夫だ」
「は、はい……ありがとう、ございます……」
しかしホクトの予想に反して少女の反応は微妙であった。貴重な魔剣使い、しかもアンダーグラウンド送りの大罪人である。それが目の前で龍をも殺す剣を見せ付けてくれたのだから、怖じるなと言うほうが無理な話である。
てっきり、助けてくてありがとう! と胸に飛び込んでくるものだと思って準備していたホクトは空しく抱きとめる為に広げていた両腕を収めた。手が寂しくなり、壁に背を預けて首から提げたパズルをいじる。
「……で? 何であんなおっかないのに追い回されてたんだ?」
「そ、それは……」
「そんなにドン引きすんなよ、傷つくな……。俺はね、紳士なのよ? そりゃあまあ、色々あって反帝国組織の傭兵なんかやってるけどさ……」
「反帝国組織!?」
何故かその言葉に大きく反応する少女。逆に驚いてしまったのはホクトの方である。ここは、無法者の街カンタイル……。反帝国組織の人間など、街を歩けば数え切れないほどすれ違う。
目を丸くするホクトに対し、慌てて取り繕うように咳払いする少女。そうしてゆっくりとフードで頭をすっぽりと覆い隠してしまう。見えていた綺麗な金色の髪が隠れてしまい、ホクトは内心舌打ちした。
「た、助けてくれた事には礼を言います……。では、私はこれで……」
「ちょっと待った」
「ひっ」
慌てて立ち去ろうとする少女の肩をつかむホクト。小さく上げられた悲鳴にさらに傷つかずには居られなかったが。涙を流しつつホクトはそれに耐えた。
「まだ連中、近くで君が一人になるのを待ってるに決まってるだろ」
「え?」
「ここも監視されてるはずだ。俺が一緒にいるから何もしてこないだけでな」
見れば北斗は片手でパズルをいじりつつ、常に視線はあちこちへと向けられ索敵を続けていた。当然、暗殺者たちの狙いが少女であるのならば簡単に諦めるはずがないのだ。それは少女自身も良く判っていた事だ。
まさかこんな所まで追いかけてくるとは思って居なかっただけに、今は彼らがどれだけ本気で自分を殺そうとしているのかが理解出来る。ちらりと目の前の男の様子を上目遣いに覗き見た。筋肉質な身体、長身に長く伸びた後ろ髪をテキトーに結んでいるだけの髪型……。お世辞にも礼儀正しい紳士には見えなかった。
「まだ一人にはならないほうがいい。判ったか?」
「…………は、はい」
最早断る事も怖くなり、少女はただコクコクと首を縦に振り続けた。ホクトは周囲の様子を警戒しつつ、少女と肩を並べて歩き出す。
「俺の名前は、ホクト」
突然ホクトがそう口にするので少女は思わずビクリと肩を震わせた。そんな反応に苦笑を浮かべ、ホクトは歩みを止めずに続けた。
「自己紹介くらいしておいたっていいだろ? ったく、なんか妄想してたのと全然違う展開だぜ、とほほ……」
「あ、はい……! 私は……私の名は、シェルシ……」
「シェルシ、ね。よし、こっちだぞシェルシ。ちゃんと迷わずビクビクついてこいよ」
冗談交じりにそう語るホクトの背中は確かに頼り強かった。目深に被ったフードの下、シェルシは蒼い瞳にその背中をじっと映し続けていた。
地獄と呼ばれた場所(1)
「それで……? なんでそのままその女の子をここに連れてくるんだ、お前はっ!?」
ガルガンチュア船内に存在するロゼの部屋から家主の怒号が響き渡り、乗組員たちが首をかしげていた。扉の向こうではロゼがホクトの襟首をつかみ、青筋を額に浮かべながら微笑んでいる。
「ここにつれてきてどうする!? 何度も繰り返すがうちは反帝国組織なんだぞ!? そんな素性も判らないヤツを連れ込むな馬鹿が!!」
「ロゼ……お前口を開けば馬鹿、馬鹿って……馬鹿っていったほうが馬鹿なんだぞ?」
「煩い馬鹿! 死ね馬鹿っ!!」
ホクトの頭を揺さぶりまくるロゼの背後、呆れた様子でリフルが腕を組んで黙り込んでいる。言葉もないというか、正に何もいえないという様子である。そんな奇妙な状況の中、接客用の椅子の上に座り込んだシェルシは緊張した様子でそれを眺めていた。
正面には頭から奇妙な耳のようなものを生えさせた少女が一人でもぐもぐとシェルシに出されたカットフルーツを食べ続けており。もう何がなんだかわからなかった。危険な状況から脱出できたのはいいのだが、これでは気持ち的に危険なままである。
シェルシを連れて行く場所ということで他に何も思いつかなかったホクトが悪いのだが、ある意味それも無理の無い話である。何しろホクトはここしか安全な場所を知らないのだから。それが理解出来る故に余計にロゼはなんともいえない怒りに包まれていた。
「ったく、厄介ごとが増える一方だよ! 僕は忙しいんだぞ!?」
「暇だったからギルドボードの前ウロウロしてたんじゃねえかよ~」
「何か言ったかタダ飯食らい……?」
「あ、ひっでえ!? 仕事してんだろ俺だってちゃんと!!」
「あんたの仕事の報酬は全部うさ子の食事代で消えてるからな。あんたは現在タダ飯食らい同然なんだよ馬鹿」
ふと、ホクトの視線がうさ子に向けられる。にこにこと笑顔でフルーツを頬張っていたうさ子であったが、背中に突き刺さるような視線に冷や汗が滲んでいく。
「まあ、うさ子はあとでこってりと絞るとして……」
「――――今の問題は、彼女をどうするか、でしょう」
見かねてリフルが口出しする。ロゼもようやくホクトの胸倉から手を伸ばし、溜息混じりにずれた眼鏡に手を伸ばした。ようやく話を前に進める事が出来そうだ。
「シェルシさん……とか言ったかな。あんたがどうして暗殺者に追われているかなんて事には興味ない。僕はあんたをここでかくまう積りはないからね」
「おい、ロゼ……」
「ミスターごくつぶしは黙ってろ。とにかく、うちみたいな小さい組織は信用が大事なんだ。不必要な揉め事は避けるし、足がつきそうな事はしない。疑わしい人間も、ガルガンチュアには入れない……。当たり前だろう」
ロゼの言葉にシェルシは項垂れてしまう。落ち込んでいるシェルシにうさ子は口の中から食べかけのリンゴを取り出しそっと差し出すが、シェルシは青ざめた表情で首を横に振ることしか出来なかった。
「女の子を暗殺者の中に放り出せっていうのか?」
「暗殺されるような事をするのが悪いんだろう」
「ひっでー……。聞きましたうさ子さん? うちの団長はこれだからまったく……」
「そうだよそうだよ! ロゼ君、ロゼ君っ! ごはんのおかわり二杯までってね、うさはおかしいと思うのっ!」
「そうだそうだー!! このツンデレメガネー!」
子供が二人、ロゼの周りで野次を飛ばす。再びキレそうになるロゼを抑え、リフルが溜息混じりに前に出た。
「それ相応の事情があるのは理解したが、来るもの拒まずというわけには行かないのが実情だ。私たちは見ての通り小さな組織であり、君の為だけに行動する事は出来ない。護衛が必要なら、ギルドで依頼を申し込むといい。それ相応の金額が必要となるが、それが現実的だろう」
「…………そう、ですね」
リフルの言葉は全く以って正論であり、かつ現実的に彼女の為になる言葉であった。頷き、黙り込むシェルシ……。ホクトは腕を組み、少しの間考え込んだ。
「だったら、その依頼俺が引き受けるぜ」
「え?」
「俺は砂の海豚所属扱いになってるが、基本的には傭兵なんだし……シェルシの護衛は俺が引き受ける」
「また馬鹿が勝手なことをほざきはじめたよ……」
「馬鹿で悪かったな。俺は、命狙われてる女の子を街中に放り出すなんて下種な真似はしたくないだけだ。砂の海豚は驕る帝国を倒す正義の組織なんだろ? それが悪漢に追われる美少女を助けないのかよ!」
美少女、というところがミソである。またいつものようにホクトのよく理屈は判らないが迫力のある説得に圧され、後退するロゼ……。弱ったロゼを見つめ、うさ子も同時に立ち上がる。
「そうだよ! ごはんのおかわり、三杯! 三杯まで引き上げてよ!!」
「「 いや、だからそれは関係ないから 」」
ホクトとロゼが同時に振り返り、うさ子を指差す。うさ子が部屋の隅で膝を抱え、空の茶碗を箸で叩くのを無視して二人は話を纏める。
「…………シェルシ、だっけ?」
「は、はい」
「どうする? 悪いけど、うちはそんなに資金的にも人材的にも余裕がないから。護衛に付けられるとしたら、そこの頭の悪い傭兵一人と、あとは客に出されたカットフルーツ全部食い荒らす馬鹿女くらいしかいないけど」
シェルシは二人を交互に見つめる。確かにこれは、ちゃんと考えて答えを出すべき問題のような気がした。しかしホクトの実力は折り紙つきである。龍さえも討伐した一流の魔剣の使い手なのだ。これ以上の護衛はそうそう見つかる事はないだろう。
仮に、追っ手側にも魔剣使いが現れるとしたら――。そんな事はロゼもホクトも想定していないのだろう。そこまでして命を狙われる理由が彼女にあるのだと、二人は気づいていないのだから。だがシェルシは知っている。その可能性は決してゼロではない事を。
見れば、確かに弱小だが潜水艦の性能はそう悪くなさそうである。文字通りの少数精鋭の組織、ということだろうか。ギルドに詳しくないシェルシが知る良しもなかったが、砂の海豚は中小ギルドの中では名の知れた組織である。気質は決して悪くなく、依頼成功率は非常に高いのだ。
シェルシがそうして考え込んでいる間、ロゼとリフルもまた別件で耳打ちを交わしていた。ホクトは暇だったのでうさ子の隣に座り込み、その頭を撫でて慰めている。暫く思案の空白が続き、答えはほぼ同時に決まった。
「……お金なら、あります。私を……私の護衛を、正式に依頼させてくれませんか?」
「ああ、引き受けるよ。値段は――こんなもんでどうかな?」
ロゼが机の上のそろばんを弾き、シェルシはほっとした様子で頷く。契約の書類を書き込み、とんとん拍子に護衛依頼が決まっていく中、護衛する張本人はうさ子のとなりでボーっとしていた。
「契約成立――っと。ギルド本部の仲介料がない分安いと思うけど?」
「はい。この値段なら、手持ちで十分お支払い出来ます」
「じゃあ、部屋にはリフルが案内するから。これからの事はとりあえず休んでから考えよう。僕たちはまだ少しこの街に留まるしね」
リフルに案内され、シェルシが部屋を出て行く。それを見送り確認し、ロゼはホクトを手招きした。
「おう、どうした?」
「彼女の護衛はあんたに任せるよ。あんたが連れ込んだんだし、責任は持てよ」
「ああ、そりゃ当然。しかし珍しいな? ロゼにしては聞きわけが言いというか……」
「まあ、僕には僕なりに考えがあってね……。彼女のご機嫌取りもあんたの仕事だ。初めてのクライアントなんだから、丁重に扱えよ」
ロゼの言う考えというものがひっかかったが、一先ず目先の問題は解決したのだ。ホクトは頷き、大人しく従う事にした。仕事があるからとロゼに部屋を追い出されたホクトとその足元に転がったうさ子が移動を開始したのは、それから数分後の事だった。
「おいうさ子……しっかりしろ」
「ごはん……ごはん三杯……」
「…………お前、そんなに食ってると太るぞ」
「…………?」
「え、なにその“何言ってるのか理解できない”みたいな目……」
うさ子が知性の無い目をしている頃――。リフルに案内された客間の中、シェルシは深く息を着き同時にマントを脱いでいた。
マントに覆われていた金色の髪を解き放ち、身体についた砂を落としながら少女は窓の向こうを眺める。港に停泊する無数の船の姿……無法者の街。思えば遠くに来てしまったものだと、感慨深くなる。
白い、蝶を模した髪飾りが窓ガラスに映り込んだ影の中で輝いていた。マントに覆われていたのは、白い装束であった。オケアノスの海では滅多に見る事の無い、上位階級の人間だけが着る事を許された魔道装束である。
ドレスにも似た、しかし動きやすさを考慮された戦闘服は彼女が本来着用しているものではない。その上着を脱ぎ、ハンガーにかける。備え付けのシャワールームを見つけ、周囲に人の気配がない事を確認し服を脱ぎ始めた。
「待っていてください、お母様……。私が、必ず貴方に――」
蒼い瞳に憂鬱を映しこみ、少女は目をそっと瞑る。白い素肌が露になった下着姿のまま、胸にそっと手を当てる。少女の背中には巨大な術式が刻まれている。その術式を全て露にするかのように、下着にそっと手をかけた――。
「…………で、覗いてるのバレました、と……」
シェルシのいる客間の外、頭から血を流すホクトの姿があった。隣に立っているリフルの拳から血が滴っていることから大体の状況は推測出来る。
「結局、なんであっさり引き受けたんだ? 面倒ごと以外の何者でもないだろう、あの子は」
正座させられたままホクトが真剣な表情でリフルに訊ねると、剣士は静かに目を閉じた。血の滴るグローブを剥ぎ、ヒールを鳴らして踵を返す。
「貴様には関係の無い事だ」
「――――そう言うと思ったよ」
「貴様こそ、何故彼女を助けようと思った……?」
完全に振り返る事無く、留意するためだけに僅かに首を回してみせるリフル。問いかけは余りにも無意味なものだった。理由など、考えたところでキリがない。
「そうだな……。強いて言うならば、美少女だからかね」
「…………ロクでもない理由だな」
「だが真理だろ? いい格好したいから、男は本気で頑張るんだ。本気で何かを為せばそれはちゃんとかっこよく見える。嘘から出た真になりゃいいのさ」
「……覗きをしようとして正座させられている男の言葉でなければ、もう少し説得力もあったのだろうがな」
何も言わず、そのままリフルは立ち去っていく。その口元に笑みが浮かんでいたように思えたのはホクトの妄想だったのかもしれない。
何しろ、ホクトはリフルからの代理命令――術式により拘束されているホクトとロゼの上下関係の代理行使――により、全く立ち上がることが出来ず足が痺れたまま正座させられているのだから……。
「…………ちなみにこれ、いつまで続くんだ? おーい、リフルさんやーい……」
結局ホクトの正座はリフルがど忘れ――故意か過失かは定かではないが――してしまい放置され、翌日の朝になるまで誰にも気づかれず助けられる事もなかったと言う……。