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絆(3)


「昴……こんな所におったか」


 城を慌てて飛び出していった昴を追いかけ、ミュレイがやって来たバテンカイトス……。昴は一人、その外に出てストリートの片隅に立っていた。街はまだ復興できず、戦いの痛みは消えない。昴はそれらをじっと見つめ、静かに溜息をついていた。

 ミュレイが隣に立ち、その肩を叩くと昴は目を細め静かに振り返った。それから一緒になって街を眺める。戦いに巻き込まれ傷ついた人々、そして壊れた街……。世界で最も栄えた歓楽街の華やかさはそこには既に無く、あるのは嘆きと悲しみが続く壊れた現実だけである。その現実もまた世界の一つ、そしてそれを見て昴が思う事も世界の一つなのだ。


「ミュレイ、私……この世界を変えたい」


「ん? ああ、そうじゃな」


「今までは……正直、こんな世界どうでもいいって思ってたんだと思う。そういうつもりはなかったけど……でも、きっとそうだったんだ。私にとって大切な事は……ミュレイだけだったから」


 まるで愛の告白のような言葉だった。ミュレイはそれを驚いた様子で受け取る。それもそのはず、今ここにいるミュレイは――昴が想いを向けるミュレイと同じであり、しかし全くの別人なのだから。昴が経験してきたミュレイとの時間、ミュレイの死――それは彼女だけのものに他ならない。

 考えてみれば当然の、しかし考えたくは無かった現実――。今、目の前に居るミュレイは昴が護りたかったミュレイとは全くの別人なのだということ。仮に時を巻き戻せても、一度決まってしまった未来を避けられたとしても、それはただ“避けて”――“逃げて”いるだけだったのだ。

 ミュレイの紅い髪、紅い瞳……。抜けるように白い肌、指先、朱に染まった唇――全てが同じに見えて、その優しい眼差しさえも偽り……。それでも護った気になっていた。護れた気になっていた。仮面を被り自分を偽ったのは、きっと自分の弱さから逃げる為ではない。自分の弱さ……それを認識しようとする自分から逃げていたのだ。

 そっと手を伸ばすと、ミュレイはその手を握り返してくれる。さんざん泣いた後だというのに、まだ涙が溢れて来そうだった。ミュレイはこんなにも優しくしてくれるのに、自分はずっと嘘をついていた。嘘をつき続けて、それでも構わないと甘えていた。大切な人に不誠実である事――それがどれだけ愚かしい事か。どれだけ自分を苦しめる事か。知ってしまったなら、もう――避けられない。


「ミュレイ、ごめん……。私、ミュレイにずっと黙っていた事があるんだ……」


「いやじゃ」


 せっかくこれから勇気を出して告白しようという時に限って、まるでミュレイは子供のように悪戯な笑顔を浮かべてみせる。それから昴の頭を何度か撫で、そうして首を横に振る。


「それは昴……お主の心の内に留めて置けば良い」


「ミュレイ……? で、でも……」


「わらわは、どんな昴でも受け入れる……。お主にどんな過去がありどんな秘密があったとしても構わぬ。今、自分で感じる自分の全てを信じて生きている。わらわはもう、些事などには傾倒しないと決めたのじゃ」


 扇子を閉じ、清清しい表情で一歩前に出る。空を仰ぎ見れば――夜空の星。そこに思い描く事……。ミュレイの人生とて、甘い事ばかりではなかった。苦々しい記憶も数多く、そしてそれは今の彼女を苦しめる。これからも、苦しめ続けるだろう。

 だがそのすべてに後悔無く生きていく事が出来るのならばどれだけ素晴らしいだろうか? 失った数々、取り戻せない幸せ……。どうにもならない事ばかりが横行するこの世界の中で、それでもその時本当に大切な選択を迷い無く出来たのならば、滅びの時は笑顔で迎える事が出来る。きっと出来ると、そう信じている。振り返ると昴はまだ不安そうな表情を浮かべていた。そんな少女にも……出来ればわかって欲しい。


「人は、己の中に嘘を抱えて生きている。偽り、矛盾……目を向けるも反らすも気分次第じゃ。じゃが人は、その己と向かい合う事が出来る。のう、昴……? お主には見えたのじゃろう? 自分が本当に願う、自分の姿というものが」


 じっと、自分の手を見つめて思う事がある。今までの自分も、これからの自分も……思い描く事は出来るだろう。強い風が吹き、昴の髪を揺らした。それは迷いの霧されも吹き飛ばすかのようで、昴の心には素直な気持ちがわきあがってくる。

 戦いに対する恐怖や迷い……。大切な物を護らなければならないという義務感と、それを果たせない後悔……。でも、違うのだ。きっと違った。思い描いていた自分は……冷酷無比な白騎士などではなかった。夕焼けを背に、ぼろぼろで格好悪くても誰かにそっと手を差し伸べられる、そんなあの人のような姿――。何かに追われるわけでも、何かを追いかけるわけでもない。それでも兎に角今は一歩前へ……踏み出す事を恐れない心。吸い込んだ呼吸を吐き出せばそれはもう自分の物になっている。生きることを止めなければ――前に進むだろう。


「苦しみを……。この世界で、苦しんでいる人を……助けたい。消したい……何もかも。間違っていると思う事、全部……」


「――――なら、助ければ良い」


「出来るかな……私なんかに……」


「世の理は“成せば成る”のじゃ。成さねば成らぬのと同じように、な」


 肩を叩くミュレイの手……それはとても優しかった。思わずまた泣き出しそうになったが、それはぐっと堪える。今は涙を流す時ではない――。彼のように。かつて少女が憧れた兄のように。苦しい時でも、笑うべきなのだ。今こそ笑う時なのだ。そうすればそこから先は――成せば成るのだろう。

 思い描く笑みは少女の強さへと変わっていくだろう。手にした白騎士の仮面――それをミュレイの目の前で一刀の元に切り払う。もう、“白騎士”には頼らない。これからは自分の両目で全てを見定め、自分の耳で声を聞こう。成りたい自分には化けるのではなく、これから成って行けばいい――。出来ない事はきっと何も無い。そう思えたから……。


「強くなるよ、ミュレイ……。ミュレイだけじゃない、この世界の全部を護れるくらい強くなるよ。だから……その時は、聞いてほしい。貴方に聞いて欲しい物語があるんだ」


「では、約束じゃな。わらわとお主だけの……大切な約束じゃ」


 差し出された小指に己の小指を絡める。二人はそうして大切な物と一緒に約束を契ったのだ。昴の心の根本にあった罪悪感から来る闘争への義務……そこにあったものが摩り替わった瞬間だった。償う為ではなく、変える為に……果たす為に生きていこう。こんな悲しい世界の中でも、もう他人事じゃない現実があるから。だからそこで戦い、そこで死んでも構わない。もう――迷っている自分には逢いたくないから。

 ミュレイはいつも姉のように、母のように、昴の全てをありのまま受け入れてくれた。それが嬉しくて嬉しくて仕方が無かった。自分の傍に居る、自分を受け入れてくれる人……。彼女を姫として護り、自分は騎士として生きる……。これがどれだけ有意義な事だろうか? ミュレイの顔をじっと見つめ、それからその胸の中に飛び込んだ。ミュレイは驚きながらも昴の身体を包み込むようにそっと背中に腕を回した。


「大好きだよ、ミュレイ……。ありがとう……傍に居てくれて。ありがとう……護らせてくれて」


「…………どうした? 今日は随分甘えるのう」


「私は、たまにはこうしてなきゃ死んじゃうんだよ」


「ふふ、そうか。では仕方ないな。いつでも、好きな時に……。身を寄せるが良い。わらわは、そなたの居場所なのじゃからな」


 優しく、しかししっかりと昴を抱きしめるミュレイ。その胸に頬を寄せ、昴はとても満たされた気持ちの中で幸せを噛み締めていた。こんな気持ちを味わう視覚など、自分にはないのかもしれない。けれどもだからこそ戦える。だからこそ生きていける。心新たに、もう一度歩き出すのだ。この、己の居場所を護る為に……。




絆(3)




 瓦礫の荒野を歩くその両足は重く、それでも立ち止まる事は許さない。どれだけ眠った所で体のだるさが取れる事はなかったが、それも仕方の無い事だろう。一度は完全に枯渇した魔力が体内で完全に再生するまでは、命を削り続けているようなものなのだから。

 額の汗を拭い、ホクトは夜空を見上げた。ステラとシェルシを眠らせている間に自分はこっそりと寝床を抜け出し、周囲で仲間を探していた。確かにあの崩落の間際、現場に居た人間は全員助けたはずだった。しかしその力は結局途中で維持が出来なくなり、ホクトはそのまま落下――。仲間たちも、戦いの途中だったシルヴィア王もどこへ行ったのかは検討も着かない。

 結局闇雲に探した所でどうしようもないと気づき、深く溜息をつきながら近くの瓦礫の上に腰を下ろした。煙草を口に咥えて火をつけると、煙が周るのと同時に疲れが少し癒されるような気がした。甘い香りに酔いしれるかのようにぼんやりを空を見上げていると、背後に人の気配を感じた。


「誰だ……って、お前か……ステラ」


 自分の後ろに居たのがステラだと気づき、ホクトは頭を掻きながら再び座り込んだ。ステラは瓦礫の塊から塊へと何度か身軽に移動を繰り返し、最終的にはホクトの隣に収まった。ホクトの吸っている煙草をじっと見つめ、それを指先でむんずと掴み。


「おい、なんだ……?」


「くさいです」


「ああ……。そういえばお前らは煙草嫌いなんだったな……って、だったら離れていればいいだろ? 今の俺の唯一の娯楽だぞこれ」


「話があるのです。色々と、貴方には訊きたい事も」


 ステラは煙に目を細め、目尻に涙を浮かべながらそう訴えた。仕方が無く煙草を踏み消し、瓦礫の中に放置する。そうして岩盤の上に身体を投げ出し、夜空を見上げながら言った。


「で? 話ってのはなんだ? お前だって休んでおかないと明日体力が持たないぞ?」


「体内で魔力が生成されれば、時間経過に伴い肉体の損傷も完全回復します。心配には及びません。そういう貴方の方こそ、休むべきではないのですか?」


「あ~……。いや、俺は別に休まなくてもいい人間なんだよね……。で、話ってのはなんだ?」


「…………それは」


 ステラは行儀良く岩の上に座ったまま、じっと夜空を見上げていた。ホクトはその横顔を見つめ続けている。暫く待っても昴は何の反応も示さないので、段々と沈黙が重くなってくる。そうしてホクトが自分から話しだすことさえも躊躇するくらいに沈黙が続いた後、ステラは小さく息をついて言った。


「私は……何がしたいのでしょうか」


「はいっ?」


「判らないのです……何も。私は……何故、ここにいるのでしょうか……」


「って俺に言われてもなあ……。まあお前の事はお前にしか判らないんじゃないか?」


 当然、ステラの気持ちなどホクトに判るはずもない。だがステラは自分の気持ちの意味を考える事も、それを言葉にする事も出来なかった。もっと自由に、自分自身の事を表現できたらいいのに……何となく悔しくなり、唇を噛み締めた。


「ま、いいや。とりあえず先に俺の質問から済ませよう。ステラもそれでいいだろ?」


「…………。はい。質問とは、浄化作戦の件ですね?」


「ああ。あの崩落――何もかもが不自然すぎる」


 そもそも浄化作戦の目的とは――? それは恐らく勢力を肥大化させたギルド等の反帝国勢力の牽制である。ククラカンそのものを切り落としてしまえば、大きな戦争による正面衝突を避けるという意味も生まれるだろう。大事なのは帝国側がそれを一度成す事により、今後絶対に帝国に逆らおうなどと考える者が出ないようにする事……。抑止的な効果である。そしてその実行に必要なのが、“管理者”と呼ばれる二人の姫である。

 ザルヴァトーレとククラカンにそれぞれ存在する太陽と月の姫――その二人だけが月と太陽に干渉し、第四以下の界層を操作する事が出来る。しかし例外としてヨツンヘイムに存在する第三の塔管理システムであるミレニアムを使用し、帝国のハロルドが干渉可能なのである。となれば必然的に今回の件を巻き起こしたのはハロルドという事になるのだが、そう考えるには余りにも矛盾が多い。

 まず、支配下であり、そして帝国軍や剣誓隊まで出張っていたザルヴァトーレをパージしたところで出るのは被害だけでうまみは何一つ存在しないし、牽制としての効果もない。むしろ失敗したら帝国は支配下国でも斬り捨てる冷酷な国……そんな悪印象を与えただろう。これによる今までは帝国に支配されていれば安全だと考えていた者たちも戦うしかないと立ち上がる可能性が高くなってくる。

 最終的にはこの世界の下層とハロルド帝国が全面戦争へと突入してしまう……。まるで自分に不利にしかならないパージを、わざわざハロルド本人が行うだろうか? ホクトの推測は概ね的を射ており、ステラもそれには同意だった。


「パージするのはあくまでククラカン……それもごく一部の地域だったはずです。ラクヨウのような大都市を崩落させては、帝国に対する反感も高まりますし、占領後の使い道もありませんから」


「だよなあ……。ハロルドの側近であるお前が知らないって事は、まさか本当にハロルド以外のヤツの仕業か……」


「しかし、ディアナドライバもホルスジェネレータも、干渉出来るのは王家の血筋だけのはずですが」


「そこが良く判らん……。まあ、この件に関してはお前も探るつもりなんだろ?」


「当然です。帝国もこのような無駄な大量虐殺など望んではいません」


 そう返すステラの表情は心苦しそうだった。ホクトはそれに少しだけ安心するような、迷いが生まれるような複雑な心境だった。そんな気持ちを隠すかのように話題を変え、話をとめどなく続ける事にした。


「そういやお前……うさ子はどうなってるんだ?」


「…………うさ子、ですか?」


 その名前が出るとステラは少し拗ねたような顔になった。意味が良く判らないホクトは気のせいかと思いそのまま話を続けるが、ステラの機嫌は段々悪くなっているようだった。


「いや、うさ子には色々と酷い事しちまったし、謝れるなら謝っときてえし……って、なんで不機嫌なんだお前?」


「…………私の事は斬っても謝らないくせに」


「は? そりゃ、敵だからしょうがないだろ……」


「女性は斬らないと言いました」


「んー……。いや、お前はミラの仇らしいからな。俺は良く判らんが、ガリュウが気に入らないんだとよ」


 実体化していたならばガリュウは今もステラへ襲い掛かったとしてもおかしくはないだろう。それほどまでにガリュウが抱えているステラへの憎しみは深く大きく、そしてそれは時にホクトの意識さえも侵食、支配してしまうほどなのだ。

 勿論、その因果をステラは理解している。だが――何となく納得はいかなかった。座ったまま指先で石を拾い上げ、それを指先で粉々に砕く。この気持ちが何を意味しているのかはわからない。しかし少女にとってそれは未知で、そして不快な感情だった。


「おーい、何ふてくされてんだよ?」


「別にふてくされてはいませんが、シェルシも貴方もうさ子うさ子と、あれのどこがいいのですか?」


「…………。良く食べる所……?」


「それなら私も良く食べます。それに、彼女の事なんて私には判りませんから」


 徐に立ち上がり、腕を組んで背を向けるステラ。その様子にホクトは立ち上がり、背後からその頭をわしわしと撫で回した。ステラは何とも言えない表情で驚き、唇を噛み締めながら身体を震わせていた。言語化も思考化も不可能な感情に思考が停止寸前だったが、何とかホクトの手から逃れる事で正常な状態に近づいていく。


「な、何をするだぁーっ!」


「まあ、何があったか知らないがそんなにへこたれんなって。これからこの廃墟から脱出しなきゃいけないんだし、色々とやる事は山積みなんだ。もう休んでおけよ」


 ひらひらと手を振りながらキャンプへと戻っていくホクト。その背中をじっと見つめ、ステラは気づいたら走り出していた。ホクトの背中目掛けて猛然と駆け寄り、その身体に強く飛びついた。攻撃されたのかと思ったホクトは怯み、しかし驚いた様子で振り返る。そこにいたのは顔を真っ赤にしてホクトに抱きつくステラの姿だった。


「お前…………何してらっしゃるんですか?」


「…………な、なんでしょう……」


「…………わかった、わかった。少し落ち着け。なっ? 話せば判る」


「…………何がですか?」


 二人はそのまま暫く固まっていた。顔を寄せるとホクトの服に染み付いた煙草の匂いがした。触れると体中に傷があり、それでも暖かい事が判った。実際に行動してみなければ判らない事もある。心臓が破裂しそうなくらいにドキドキしているその意味も、脳が溶けてしまいそうなくらいに痺れているこの混乱の意味も、行動したところではっきりとは判らない。けれども……何となく、判った気がした。うさ子と呼ばれた少女が彼の傍に居た意味。いつも笑っていられた理由……。それを思えば切なくなる。苦しくなる。涙を流せない心を宿されなかった魂が思い描く願い……。ホクトはそれを何も言わずに受け止めていた。


「大丈夫か?」


「…………はい。もう大丈夫です。すみませんでした」


 身体を離したステラは既にいつものステラに戻っていた。ホクトは肩を竦め、それからステラの頭を軽く小突いた。何故だか嬉しそうなステラに若干薄気味悪さを覚えながら、ホクトは苦笑を浮かべる。


「ホクト……。その、うさ子の事ですが」


「ん?」


「恐らく、この場に出す事が出来ると思います」


 ステラの申し出はホクトにとっては全くの予想外だった。任務に忠実なステラがあんなゆるゆるとした人格を表に――しかも敵の前で出すとは思えなかった。しかしステラにとって現在は絶賛一時休戦中である。戦闘の必要性がないといのならば何の問題もない。それに――。


「……シェルシも、きっとうさ子に会いたがっているでしょうから」


「…………まあそりゃそうだが、いいのか? うさ子が出てくるって事は、お前は……」


「構いません。私の人格を一時的にシャットダウンし、しかし私の人格もセーフモードで起動させておきます。恐らくうさ子が危機に瀕した時には反応出来るかと」


「お前、帝国に戻らなくていいのか?」


「戻りますが、それより今回の件の真相を確かめる方が先です。恐らく戻った所でハロルドは同じ命令を下すでしょうし……。貴方は今回の件を探るのでしょう? 私がうさ子の人格のままなら貴方達と行動を共にする事が可能であり、情報収集も効率的になります」


「そう言われると確かにちょっと納得だが……」


「では、早速そうしましょう。切り替え中は意識が途切れるので……ホクト、私の身体を押さえておいてください」


「あ、ああ。了解だ」


 歩み寄り、ホクトはステラの身体をしっかりと両腕で押さえた。ステラは目を閉じ、己の意識を自覚的に閉ざしていく。まるで心が暗闇に落ちていくようなその錯覚の中、ホクトが傍に居る事を強く感じた。戦い、殺さねばならないはずの敵……しかし答えはそれだけではないのだろう。ケルヴィーが探してみなさいといったその言葉の意味が、今ならば少しだけわかる気がした――。


「…………。ど、どうなったんだ? おい、ステラ! 大丈夫か!?」


「…………」


 ぱちくりと目を見開いた少女は耳をぱたぱたと上下させ、ホクトの顔をじーっと覗き込んだ。それからあの頃と変わらないゆるゆるとした笑顔を満面に作り、ホクトの体へと飛びついたのである。


「ホクト君なのーっ!! なんだかとっても久しぶりなのーっ♪」


「うおっ!? おぉ、うさ子か……ややこしいな……。ステラはどうしたんだ?」


「すてら?」


「あ、いや……なんでもない。まあいいや、とりあえず久しぶりだなうさ子。色々積もる話もあると思うが……シェルシのところに戻ってからにしよう」


「ホクト君、うさの事怒ってないの……?」


「なんでだ?」


 まるで当たり前のように首をかしげるホクト。そんなホクトが大好きで、そんな彼と一緒にいられる事はとても幸せな事だった。うさぎの少女は目をきらきらと輝かせ、もう一度ホクトへと飛びついた。背後からくっつかれて歩きづらそうにしながらもホクトはよたよたと進んでいく。


「ホクト君、好きなのっ♪」


「ああ……。歩きづらいんスけど……」


「ホクト君、ホクト君っ!! うさはねぇ、ホクト君と一緒にいられて幸せさんなのーっ!!」


「そりゃよかったな。うさ子隊員、ご帰還ご苦労さん」


「なのーっ♪」


 すりすりと頬擦りしてくるうさ子。その柔らかい感触をくすぐったく感じつつ、ホクトは歩いていく。白いうさぎの耳をぱたぱたと上下させ、少女は喜びを一杯に表現する。そんな風に、きっと“彼女”もしたかったのだろう。だからこそ“彼女”はここにいるのだ。


「ところでうさはおなかがぺこぺこなの……。なんだか何日も何も食べてなかったような……」


「…………食べてなかったんじゃねえの? 暫く気絶してたはずだし」


「!? た、食べなかった分もどこかで食べれるよね!? じゃないと損しちゃうよ!?」


「それはどうかね~」


「は、はうぅ……っ!? ねえねえホクト君、ごはんは? ごはんはまだなの?」


「まだです」


 鬱陶しく背後で跳ね回るうさ子とそれを無視して進んでいくホクト。二人は瓦礫の山を歩いていく。希望のない死の世界――しかしそこにも星の輝きは降り注ぐ。どんな闇にも、終わりがあると囁くかのように――。


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